存在の肯定
1
存在を肯定するのはどちらか
それは、否定する者に存在は認められない、ということだと私は思った。まさかBBBとクロスオーバーだとは思わなかったコナンの世界に転生して、この日本でこんなのを見る日が来るなんて思わなかった。
姉ちゃんはスコッチ…景光さんと結婚して、組織が壊滅した今ハッピーライフを送っている。幼馴染で親友の降谷さんや妹である私も交えた宅飲みは、想像以上に楽しい。偶に「悪い奴じゃないから」と仲良くなったと言う赤井さんと明美さんを連れダブルデートだなんてやってる。それをこっそり尾行しているのが私と志保ちゃんなんだけども。
しかし、どうして降谷さんと私がいるときに現れるのかこいつは。もっと空気を読んでほしい。いや、私と降谷さんでよかった、と考えてもいいか。だって自分が知らない間に降谷さんを忘れてしまうのは悲しいし、忘れられたままの降谷さんはきっともっと辛い。
「私にしろ」
驚きで立ちすくむ降谷さんに言わせる前に、明らかに人外の、自分たち人間にはきっと及ばない存在を睨みつけた。凛々しくはっきりと言った彼女や妹を守るために兄を見せた彼の気持ちが分かる。確かに、この場で最も相応しいのはこのセリフだ。
「奪うなら、私から奪え!」
ハッと降谷さんが正気に戻った。NYが堕ちたのは3年前。もうあの義眼の少年はHLにいるんだろうか。
正気に戻った降谷さんは、契約してしまったこともその内容も覚えているのに、代償である目の前にいる私に気付かなかった。これが、存在の否定か。
存在がない。だから寝る場所も帰る家もない。姉は一人っ子ってことになってて私のことを全く覚えていない様子。試しにスマホで姉に電話をかけて見た。私の連絡先は登録してあるはずなのに、これこそ契約の結果か削除されていて知らない電話から来たことになっていた。知らない電話は出ない。流石姉だ。じゃあ電話したら必ず出るだろう110や119に電話してみれば、繋がりはするがこちらの声は一切聞こえていないらしくブチりと切られた。
降谷さんは必死に私を探してくれていた。つっても、私自身の記憶はないからまさしく雲をつかむような、雲はまだ目に見えるしあれは結局水?だかなんだかだからまだいい方か、空気を掴むような状態。ただ、自分が何かと契約してそれにより誰か、つまり私を消してしまったというのは分かっているらしい。その様子は正直見ていて申し訳なくなった。
降谷さんの食べるご飯をつまみ食い程度に勝手に食べて、何とか空腹は満たしている。降谷さん自身も何かに気付いたらしく、家で1人でご飯を食べるときは2人分用意してくれていた。ありがたく頂戴する。降谷さんからすれば私は記憶にない得体の知れない人物だろうに、甲斐甲斐しく世話してくれた。合鍵を渡してくれたのだ。まあ降谷でも安室でもない別の名前で借りているアパートって時点で、やはり信用はされていないみたいだけど。そらしょうがないか。
そっち方面に対して知識は無いけど、本当にこれが神々の~的な契約であれば降谷さんは見えなくてもそこになにかがいるってこと自体を認めている筈がないと思った。でも降谷さんは自室に何かがいると察した。これは劣化版なのでは?実は本物ではないのでは?何より、神々の義眼に私はどう映るのか?これが私が最も気になるところだった。
私が触れたものは私と一体化みたいな感じで消える。でも手を離せば別の物体として再び存在する。あったものが突然消えたり、突然何かが現れたりしても目の当たりにした人はノーリアクションだった。あ、でも降谷さんと景光さん、赤井さんは「?」って反応してたから人によるのかも。このことは私を益々期待させた。
私一人が彼の地に行っても仕方ない。つか英語できないし、飛行機のチケットの手配できないし向こうでの生活の保障が無い。危険を承知で、契約してしまった降谷さん自身も行ってもらう必要がある。
忘れられていること、目の前にいるのにいないものとして扱われること、もう2カ月たったが相当堪えている。
「相変わらず料理上手っすね降谷さん」
「悪いな、ご飯作ってもらって」
「いいんだよ、それより奥さんの体調は?」
「だいぶ良くなったよ。勉強熱心なところも良いんだけどなぁ、ちゃんと休んでほしい」
「それ多分景光さんには言われたくないと思うよ、ねーちゃんは。似たもの夫婦かよ」
「講演会で講師やるらしいな」
「ああ、しかも今月で3件、来月は4件だってさ」
「忙しいな…」
「流石私のねーちゃんよなー。でも姉ちゃん、平日は定時で帰るようにしてるんだぜ?景光さんいるから」
2人の視線が姉の寝ている寝室に向いた。揚げたての唐揚げをハフハフと摘まむ。姉ちゃんの体調不良は恐らくそういうことなんだけど、景光さんも降谷さんも気付いていないみたいだ。姉ちゃんはそっちの分野の人間だから気付いていると思うんだけどなー…。姉ちゃんのことだし、仕事が落ち着いてから言おうって思ってんだろうなー、いつ落ち着くんだよ…。
降谷さんの指導を受けつつ体調の悪い姉ちゃんの為に景光さんが卵粥を作った。こういう場で降谷さんは私の分のご飯は用意しない。だから降谷さんが家でご飯を食べない時はその辺のものをささやかにつまんでいる。ただでさえ降谷さんは家に戻らないから基本的に私は空腹状態だ。
普段は降谷さんの近くをうろうろし、その次に頻度の多いのは姉ちゃん、景光さん、偶に見かけたら赤井さんや明美さん、志保ちゃんの周辺をうろついてる。志保ちゃんは工藤新一の1個上だから大学に通う志保ちゃんの周囲にいても工藤新一周辺の人間と会うことはまずなかった。電話してるらしい節はあるし、もしかしたら会ってるかもしれないけど志保ちゃんと会う機会事体少ないから分からない。
片づけは俺がするから、と景光さんが言って明日も朝が早い降谷さんはそのまま家を出た。景光さんも忙しい立場ではあるけど、明日はそこまで早くないんだって。駐車場で自分の車の前に立った降谷さんは何故か助手席のドアの前に立ち何か考え込んでいた。降谷さんのセーフハウスは全部知ってるから、この後私は降谷さんが帰った家を片っ端から訪ねる作業に入る。そんで家の場所が分かると地下駐車場にある降谷さんの車の近くで眠りにつくのがいつもの流れだ。合鍵をもらった部屋に降谷さんが行った時はそのまま入るけど、そうでないときは部屋に入る手段がない。
「へっくしょん!」
暦も冬に入るが私の格好はまだ2カ月前の秋服。つまりクッソ寒い。まともな睡眠も食事もとれてないからそろそろ本気で体調崩しそうだ。
降谷さんは周辺をきょろきょろした後、意を決したように何故か助手席のドアを開いた。
「え、降谷さんどうしたん」
「…もし、いるなら乗ってください」
「え?ええ?どういう心境の変化?」
「僕に変な力が備わってから2カ月、その影響であなたがそういう状態になってしまったのであれば、あなたの格好は秋物のはずです。これからの時期にその恰好で夜道を歩くのは身体を壊しますから…」
少しの沈黙、もう閉めますよ、閉めますね、と言われ慌てて車に乗った。間一髪降谷さんがドアを閉める前に身体を滑り込ませ、降谷さんは運転席に乗った。
「あーこんな形で降谷さんの車載る日が来るとは思わなかったなー。知ってます?何気初めて乗るんですよ?」
「………………」
「ほんと最近寒くなってきましたよねー。私冷え性なんでちとしんどいんすよー。カイロ欲しいなぁ。その前に服どうにかしたい。洗濯は降谷さんのマンションの1階にあるコインランドリーで済ませてるんで大丈夫なんすけど。他に替えの服ないんで、つまり、全裸で洗濯機前にいるんすよ。やばいっすよね。こっそり降谷さんの家のバスタオル拝借してるんでさらけ出してはいないんすけど」
「………………」
「あー、座り心地いいなぁ…あったけえなぁ…ほん、とに…」
ぼたぼたと目から水が落ちる。ねえ降谷さん、私こうなったことに後悔も反省もしてないけど、やっぱ辛いッスわ。
家の中にまでしっかり招いてくれた降谷さんに涙が止まらなかった。流石に風呂とかトイレとかまではエスコートなかったけど、ソファにクッションと毛布を置いてくれた。いないのにいる、いるのにいない。何かがいるけど何かが分からない。降谷さんも降谷さんで精神的にきつい筈だ。このままじゃだめだ。
月明かりをライト代わりに毛布にくるまりながら勝手に紙とペンを借りた。最優先は現状打破。
「ヘルサレムズ・ロッド ライブラ 神々の義眼」
何で知ってるとかどこで情報を手に入れたとかそういのも全部解決してから。今はとにかく、降谷さんの精神面をどうにかしたい。最悪私は…そのままHLに残る。そもそも行かないと捕らぬ狸のってやつなんだけど。
降谷さんのことだ。全て書いてしまえばその情報が罠だとか思うかもしれないし裏取りをしないといけないくなる。だったら断片的にだけ書いて自分で調べてもらった方が確実だ。ライブラの情報自体高値でやりとりされているからきっと入手は出来ない。そこは…赤井さんなんとか手伝ってくれないかなぁ…。
自分の生命の維持活動を優先し、聞こえもしない詫びを入れ降谷さん…安室さんのコートを借りた。これで多少は寒さを凌げるはず。大分暖かい。安室さんのコートを選んだのは、降谷さんがもう安室さんの服を殆ど着ていないからだ。偶に捜査で着ることはあるけど、最後に着たのは1年前となれば分からないだろう。サイズが全然合わなくて動き辛いけど、寒さを凌げれば何でもいいや。クリーニングに出したんだろうなぁ、降谷さんの匂い全然しねえや。別に変態じゃねえよこの状況なら嗅ぐだろJK。
あの日から降谷さんは私に対する気遣い的なものが一切なくなった。悲しいかな、空腹は残飯廃棄されるコンビニ弁当でどうにかした。何回か腹痛起こして辛かったけど死ぬよりマシだ。もしかしたら私がそこに行ったって思ったのかも。でも仕事の合間に紙の情報を調べてたから、気にかけてはくれているみたい。
賭けにもなっていない賭けに勝ったと喜んだのは、大使館勤務の赤井さんが一度本国に戻ることになったと知った降谷さんが赤井さんと景光さんを呼び出した時の会話だ。お高いんでしょう系和風の居酒屋、一番奥の個室で水を差されないよう一気に注文して、品が揃ってから始まった会話。
「俺の周りで妙なことが起きていることに気付いているよな」
「…やっぱり、気のせいじゃないんだな」
「その妙な事というのは、身に覚えのないものが現れたりいつの間にか物がどこかへいってしまったり、といったことか?」
「赤井の方でもあったのか?」
「降谷君といるとき限定だがな」
「……これから話すこと、信じられないかもしれないが聞いてほしい」
降谷さんは3カ月前に、人智を超えた何かと契約した気がすること、そしてそれから今日に至るまで初めて見る筈のものや事柄を“既に知っている”こととして何故か認識できること、この3か月間自分の近くに見えざる何かがいることを話した。その見えざる何かは、恐らく契約の時この変な能力と引き換えにそうなってしまったのではと考えていることも。
「その契約のこと何も覚えてないのか?」
「契約した、というのは分かるんだが誰と何の契約をしたのか全く覚えていないんだ。…俺が、その何かを犠牲にこの力を手に入れてしまったんじゃないかって、ずっと考えていて」
「その何かがそれを恨んで君の周囲にうろついていると?」
「可能性はある。今ももしかしたらここにいるのかもしれない」
「まあいますけど恨んではいないっすよ。寧ろ自分から進んでこうなったみたいな」
「向こうから直接的な接触は無いんだな」
「接触しないというより出来ないのではと考えています。間接的に物に触れられるようですが、俺自身に触れてきたことは一度もない」
「人間や動物とか生きてるもの相手には何でか幽霊みたくすり抜けるしな」
「ただ、1カ月前に向こうから存在を示してきたんです」
懐から1枚の紙を取り出した。それは私が書いたあの紙だ。
「HL、NY大崩落以降の別称か。ライブラってのと神々の義眼ってのは?」
「ライブラは聞いたことがある。HLを拠点にしている秘密結社だ。詳細は不明で、その情報は高値でやりとりされているらしい」
「赤井知っているのか」
「無法地帯と呼ばれるあの場所にも警察組織はいるからな。俺もHLに入ったことは無いが、FBIの中で中の警察と連絡を取っている奴がいる」
「…降谷、お前まさかいくつもりか?」
「え、マジすか!うっしゃー!第一歩!!」
「…正直悩んでいる」
「いやいこ?行きましょ?頼むって」
「自分の身に何が起きているのか、明確にする必要がある。この紙を残したってことは、ここに行けば何か分かるってことだと思うんだ。見えざる何か…俺は勝手に幽霊って呼んでるけど、幽霊はそれを知って俺に行かせたいんじゃないかって」
「神々の義眼って名前からして、何でも見えそうな感じするよな。その目を使えば幽霊が見えるかもしれないってことか」
「そうそう!景光さん分かってるぅ!」
「仕事はどうするんだ?」
「アメリカに逃げた組織の残党を追うという名目で行く。といってもそんなに長居は出来ない。…長くて3ヶ月」
「3ヶ月…か…レオナルドに接触するまでの期間、じゃなくて問題そのものの解決の期間って考えると、短いな…」
「俺に話したのは、HLに行く手筈を整えることと、アメリカにいる間の口裏合わせだな?」
「アメリカに、だけならまだしもHLに行くと分かれば上も良しとしないだろう。巻き込んで悪い」
「巻き込んでいいと思えるほど友人になれたと思えばなんてことないさ」
「流石スパダリマジイケメン。でも明美さんヘのプレゼントはいつもなんか微妙っすよね」
「降谷、1人で行くつもりか?」
「諸伏は奥さんがいるだろう。それに、彼女は機を見て言うつもりだろうけど、妊娠していることは分かってるだろ?」
「そうなのか、おめでとう」
「ああ、ありがとう、じゃなくて」
「人間と異界人が並んで歩く場所だ。突然建物が爆発したり、隣にいた人が突然死ぬことも日常の世界だと聞いてる。それでも行くのか?」
「ああ。俺の身に何が起きたか、というより幽霊の正体が分かれば一先ずそれでいい」
「それだと私が困るんだよなー……これでレオナルドが私を視れなかったらどうしよ……」
想像するだけでじわりと視界が歪む。いかんいかん、絶望するにはまだ早い。深呼吸して涙を抑えると、積み重なって少ししか減っていない唐揚げを摘まんだ。美味い、誰もレモンかけないんだ。私はかける派。
「なら、俺が同行しよう。丁度HLへ行く任務があった筈だ」
「それこそ彼女は良いのか」
「これまでずっと組織ばかりだったからな。姉妹水入らずで過ごすのも問題ないだろう。それに真澄たちもいる」
「あーそうねー、うちの場合両親いないからぶっちゃけ景光さん達以外頼れる相手いないんだよねー」
3人が今後の予定を計画し、なるほどなるほどーと適当な相槌を打ちつつ腹を鳴らした。これ以上食べると流石にバレそう。うまそー…食いてー…。
降谷さんと赤井さんがHLに行くのは2月。つまり…あと2カ月後…。
- 東條椎名(25)
- 姉がスコッチと結婚するということで意地でもスコッチ守らなければと暗躍した前世持ちの転生者。 契約により存在を消され実態ある幽霊と化している。姉を含めこれまで関わって来た人間全員が自分の存在を忘れており、幽霊のように目の前にいても気付かない状態。声も聞こえない。実際は幽霊ではないので物に触れたりお腹がすいたり眠くなったりする。手に持ったものも存在が消失する。生きているものはこれに限らない。
- 降谷零(30)
- 東條を除いた“本来認識できないもの”を認識できるようになった。存在の肯定能力。神々の義眼に近い。幽霊や見えない事象なども見える。目を見て過去や未来を見る、ということはできない。また、初めて見るものや事柄についても“認めている”ので、それが何なのかが分かる。故に『神々の頭脳』とも言われる。
実際にはレオが出会った150年かけ神々の義眼を作ったあいつ同様、200年かけ神々の義眼を作ったやつがその精度のデータを集めるために人間に与えてみただけで、本物の神々の頭脳ではない。 その為契約の破棄は出来る。