転生魔術師は警察が怖い
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なんでこんなところに、と思うには十分すぎた。ここは日本で、米花で、HLじゃない。HLに行ったことないけど、話は聞いているし漫画も読んでたからどういう場所かは知っている。HLだったらなんも気にしない、でもここにあるのはダメだ。
学校に落ちてたんだと少年探偵団が中身を空けようとしている銀色の箱。野球ボールほどのサイズで、鍵穴もなく蓋はあるのに開かない。当然だ、それは術で鍵が掛けられている。HLへ行ったことは無くても、魔術師の血を受け継ぐものとして知識はあったし過去に同じものを見たことはある。あのタイプの箱は…生きている状態の臓器とかを運ぶためのもの…。
食器を洗いながらチラリと彼らを見る。テーブルの上に置かれた箱を囲む、哀ちゃんのいない探偵団と安室さん。
「振っても音はしないし、中に何も入っていないんじゃないかな」
コナン君は箱を手に取って瓶の蓋の様に捻る。引っ張ったり押したり、色々試行錯誤をしていた。
「蓋に見えるけど実は柄、ってことは無いかい?」
「歩美たちが今日の朝に見た時は蓋が開いてたよ」
「そうなんです。帰りにまた見に行ったらこうなってたんですよ。だから開くんですよきっと」
パリン
洗っていたお皿が滑り落ちシンクの上で割れた。
(それって…つまり…近くにいるってこと……)
「里桜さん、大丈夫ですか?怪我はないですか?」
ハッと意識を戻すと割れた音に気付いた探偵団が心配そうにこちらを見ていた。安室さんは隣に立っていて、私の手を覗き込んでいた。
「だ、大丈夫です。手が滑って」
慌てて割れた皿を拾おうとすると安室さんが腕を掴んでそれを止めた。そのまま私の泡だらけの手を水で流しタオルを持たせた。割れた音を聞きつけた店長が店の奥から顔を出した。
「里桜ちゃん、顔色悪いよ?今日はもう上がっていいからゆっくり休みなさい」
「そうですよ、店長、彼女送っていいですか?」
「ああ、安室君お願いね」
あれよあれよと帰る準備をさせられた。大丈夫って言おうと開いた口は店長が「ちゃんと休むこと」と言われ閉じた。
「里桜お姉さん、お大事に」
心配そうに私を見る子供たちは相変わらず箱を囲んでいて。
(…ダメだ、やっぱ見過ごせない。中に入っているって確証はないし彼らは開けられないけど、ここにあることが問題だ)
「ねえ、その箱、私に預からせてくれないかな」
「里桜さん開け方知っているんですか?」
「こころ、あたりがあるんだ。でもここじゃ開けられないから、預かってもいい?」
「しょーがねーな。開けたら俺たちに見せてくれよな!」
はいどうぞ、と歩美ちゃんに渡され受け取る。中身を想像しないよう、手が震えないようお礼を言った。
「…里桜姉ちゃん、服にゴミがついてるよ?」
服を一瞬引っ張られる感覚と同時にコナン君に言われる。ごみを取ってくれたみたいだ。
「ありがとうコナン君」
「ううん、お大事に、里桜姉ちゃん」
安室さんに何か突っ込まれると思った。でも家に着くまであくまで私の体調を気遣っていて箱については何も聞いてこなかった。
「すみません、送って頂いて」
「お気になさらないでください。治らなければ、明日は学校休んだ方が良いかと」
「…そう、ですね…ありがとうございます」
あっさり帰っていった安室さんにホッとすべきかどうか。
そして箱をテーブルに置き直ぐに父に電話を掛けた。
『どうした、お前から電話を掛けるなんて珍しいな』
「…お父さん…保存器が、落ちてたんだ」
『何?』
「帝丹小学校に落ちてたんだって、仲の良い子供が拾ったんだ。朝見た時は開いてて、学校帰りに、閉じてたって…」
『サイズは?』
「野球ボール、くらい」
『ってことは目玉あたりか…中は開けていないな?』
「うん、本当に鍵がかかってるだけみたいで、鍵かけた人に居場所とか開けたかどうかとかはバレないと思うけど…」
『そうか…心当たりはないんだな?目玉のない死体が見つかったとか』
「今のところは何も」
『ふむ。術で中を確認してみろ』
マジかよ…眼球だったら嫌なんだけど…暫くなんも食えなくなりそう…。早く、と急かされる。右手を箱にかざす。箱の上に魔法陣が浮かび上がり、魔法陣の上に中に入っているであろう物が浮かび上がった。
「これは…USB?」
『不思議なものが入っているな。それに呪術はかかっているか?』
「かかってない。なんか、本当にただのUSB」
『うーん…分からんな。まあ眼球じゃないならいいか。中確認して俺にメールしてくれ。落ちていたのは帝丹小学校だったな、そのあたりで術者やこっちの人間の目撃情報があるか調べてみよう』
「分かった、ありがとう」
通話を切る。中にそういうものがないことで緊張感が解放された。中に臓器がないなら躊躇することは無い。箱を手に取り鍵を外しUSBを取り出した。
保存器を持っているのは臓器売買の関係者か医療関係者。後者ならいいけど前者だと嫌だな。
「……日本好きなのになー…たまに、生き辛い…」
こういう時気軽に相談できる相手がいるならやはりHLなんだろうな。
中を確認したけど英語で書かれていて全く読めなかった。だからそのまま父へメールを送った。父の居場所が分かれば空間異動でUSBや箱ごと送れるけど、居場所が分からないから送ることができない。USBは元あった通り箱に入れ鍵をかけた。念の為箱の場所を常に把握できるよう別の術も分からないようにかけた。
翌日の登校時。中身がよほど気になったのかいつもは会わないのに高校の入口で探偵団が待ち構えていた。時間大丈夫か?
「おはよう里桜お姉さん!」
「おはよう、どうしたの?」
「箱だよ箱!開けられたんだろ?何かはいってたのか?」
好奇心旺盛な子供たちを騙すようで悪いけど、世の中知らなくていいこともある。
「あれね、持ち主見つかったんだ。だから中身知らないんだ」
「ちぇー、なんだぁ」
「まあまあ元太君、持ち主が見つかったなら里桜さんに渡して良かったです」
「…ねぇ里桜姉ちゃん。持ち主見つかったって、いつ見つかったの?」
静観したコナン君が尋ねてきた。安室さんがいないって分かってるからか、哀ちゃんもいっしょにいる。
「…昨日、ゴミ出しに外に出た時に、だよ」
「へぇ、ゴミ出すのに箱も一緒に持ってたんだ」
「もしかしたら持ち主が気付くかなって思ったんだ」
探られてるなー。箱の中身が気になってる、にしては妙な雰囲気だな。
「ほら、もう行かないと間に合わないんじゃない?」
「そうですね」
またねーと手を振って彼らは小学校へ向かった。コナン君から暫く探られそうだなぁ…。
全く気にしてなかったし気付かなかったけど、どうやら原作が終わりを迎えようとしてるみたい。コナン君と哀ちゃんが近々転校するそうだ。そして因果があるのかどうか、安室さんももう少ししたらポアロを辞めると言う。更にさらに、沖矢さんも留学とやらでいなくなるらしい。あれ、沖矢さんは想像ついてたけど安室さんもがっつり原作のキーパーソンだった系?分からん。転校宣言してるってことは解毒剤ができたとか、作ってる最中とかなのかな。ということは?組織壊滅したのか。
からんからんと入店を知らせるベルが聞こえる。食材の在庫確認で店の奥にいる私には音しか聞こえない。安室さんがいるし大丈夫っしょ。
チェック項目を確認して足りないものを洗い出す。次の買い出しはこれを買えばいいな。明日だっけ。
「安室さーん、明日の買い出しなんですけ…ど……」
カウンターにいる安室さんに声を掛けながらお店の方に顔を出す。こんにちは里桜姉ちゃん、挨拶をしてきたコナン君、の隣にいたのは、赤井さんとやら。思わずまた引っ込んで顔だけ出した。
「り、里桜姉ちゃん?」
「…え、FBIってほんとなんですか…」
警察は苦手だ。特にFBIに対しては嫌悪感すらある。こちらを見つめる赤井さんに負けじと睨み返す。
「なるほど、俺自身が嫌われていると言うより、FBIが嫌いなのか」
「里桜さんFBI嫌いなんですか?」
え、なんで安室さんちょっと嬉しそうなんだ?
「警察は嫌いです。FBIは特に嫌いです」
「そういえば蘭姉ちゃんもそんなこと言ってたな…里桜姉ちゃん警察が得意じゃないって…」
くっそ、負けるな東條里桜!あれから10年も経つんだぞ!黙ってビービー泣いてる私はいないのだ!
と言い聞かせるも赤井さんの「ほー?」と発した声にビクッとする。
「け、警察が嫌いって…何があったかお聞きしても?」
魔術を使える、それを知ったあの捜査官は当時起きていた少年少女連続拉致殺害事件の犯人を捕まえる為、私を囮にしようとした。
―それが使えるなら簡単に死なねえだろ!黙って協力しろ!FBIの言うこと聞けねえのかあぁ!?―
銃で脅され殴られたあの痛みは今でも鮮明に覚えている。騒ぎを聞きつけた両親と、その捜査官の上司らしき人が駆け寄ってきて囮になることは無かった。いくら前世を持っていて中身が大人と言っても、あれは流石に怖かった。
「………わ、私は…人間だ…からな!…」
「…それは見れば分かるが」
「え、里桜姉ちゃん、FBIに悪口言われたの?」
悪口…まああの捜査官の最後の捨て台詞は「化け物が!」だったから悪口言われたに入るか。くっそー私がもっと勝ち気で世良ちゃんみたいな人間だったら!何でもないように赤井さんは私を見てるんだろう。
「まるで野良ネコだな。安室君もああいう威嚇の仕方にしたら可愛くなるんじゃないか?」
「喧嘩なら買うぞFBI」
「あ、安室さんと喋るなFBI!」
「…なんかいいコンビだね、この2人」
やがて赤井さんは「彼らの仕事に支障が出そうだな」とコナン君を置いて先にポアロから出ていった。私はその背後にベーっと舌を出した。
「里桜姉ちゃん、やってる事が子供っぽいよ」
「…どうやったら大人っぽくなるんだろ…」
「そこなんだ」
「それで、里桜さんがやたら嫌ってるのは何故です?アメリカに行ったことがおありですか?」
「一時期向こうで過ごしてて…」
両親の仕事の関係でいろんな国に行った。でも結局日本語以外は喋れないけどね。アメリカに行ったのは10年ほど前。2,3年くらいいたかな…。
「その時に住んでた場所の近くである事件が起きてたんですけど、それの時に色々あって…」
あの捜査官の言う通り、確かに私が囮になれば犯人は容易に確保できたと思う。捕まったのかどうかは全く知らないけど。でも、それじゃ私はどうなってもいいってのか。死ぬことは無い、けど、怖いのは嫌だ。…これは自己中心的な考えなんだろうか。
「…丁度コナン君と同じくらいの時だったな。私もコナン君みたいな強さがあれば、良かったのかな」
例え傷つこうとも大切な人の為に振り返らず最善を尽くす。自分が多少怪我したってそれで笑顔になる人がいるならいいんじゃないのか。
「…あーこの話止め!やめ!はい!おしまい!私買い出し行ってきます!」
「え?買い出しは明日じゃ」
安室さんの声を無視していってきまーすと私は明日行く予定だったポアロの買い出しに行った。
この前父へ送ったUSBについて母から電話が来た。何でもHL内にある臓器売買のバイヤーが、日本の犯罪組織と繋がっていると。あの中に入っていたデータはその取引情報だったらしい。…そして、米花周辺で術者の死体が発見されていた。死体にはHL行きのチケットを持っていたという。術者はお母さんたちとつながりのある人たちで、手に入れた情報をHLへ持っていこうとしたところで組織に捕まり殺された…という。
『それで、この件についてFBIに言ってあるんだけど、内容が内容だから刑事課じゃなくて公安警察と合同調査をするんですって。丁度今FBIが日本にいるらしくて』
「へー、そうなんだ」
しかしそれを何で私に言うんだろう?という疑問を持ちながら、何だか歯切れの悪い母の言葉を待つ。
『その、里桜が警察苦手なの知ってるんだけどね、協力、してもらえないかしら…?』
「…え?何を?」
『…臓器のいくつかが、既に日本に運ばれてしまったの。保存器に入った状態で。それも、ただの人間じゃない、エルフの臓器。それと、術者が1人今日本にいるらしくて』
…漸く話が、見えた。
「保存器の見た目は多種多様。それを見つけ出し、そっちに送る。そして術者が術を使えないように補佐する。それをすればいいんだね」
『や、やってくれるの?』
「…警察が嫌いであるからって、協力しない理由にはならないよ…」
ありがとう、と母は言った。警察は私の能力を知っていて、その上で私は協力する。正直怖くて仕方ない。私がやるのは犯罪者を捕まえることじゃなくて、あるはずのないものをあるべき場所へ戻すだけ。
明日、朝に警察が迎えに来ると言う。通話の切れたスマホを眺めた。
協力、終わったら、もしかしたら高校に戻れないかな。米花にいられるだろうか。気付いたら私は家を出ていた。Closeを気にせず扉を開けた。
「あれ、里桜さん、どうしたんですか?」
安室さんは閉店準備をしていた。安室さんは、唯一私の力を知ってしまった人。
(…その犯罪組織が私の存在に気付いたら、私の能力を悪用するだろう。安室さんが知ってるって言えば、安室さんも利用されるかもしれない)
「…里桜さん?」
「安室さん、絶対に、私を“知らないで”ください」
驚く安室さんにへらっと笑いかける。安室さんはここで、探偵しながらコーヒー淹れててほしい。笑っていらっしゃいませって、女子高生に黄色い声上げられて、毛利ちゃんたちの話を聞いていてほしい。
「東條里桜は、帝丹高校に通う女子高生でポアロのアルバイター。ただそれだけです。閉店作業中にすみません、それじゃあ、お疲れ様です」
覚悟はできた。私は魔術師だ。魔術師だから、その能力を活かす。そして、コナン君みたいに、工藤君みたいに誰かを、…大切な人を守りたい。
如何にも、な風見さんの車に乗せられ警察庁に着いた。物々しい雰囲気の中歩くのはとても緊張した。今回の件は、簡単には聞いた。風見さんは事前に私の情報をやっぱり知っていたみたいで、部屋から出てきたのが女子高生と知っても表情一つ変えなかった。
貴重品しか入ってない軽い肩掛けカバンを胸の前で抱きながら風見さんの後ろをついていく。なんだか悪いことをした気分がする。警察が嫌い、と勝手に思い込んでいただけかな。すれ違う警察官に対して嫌悪感はそこまでなかった。警戒していることに変わりはないけど。
通された会議室には赤井さん率いるFBI、そして上の役職っぽい人たちが集まっていた。
「降谷はどうした」
「降谷さんは別件で遅れてきます」
降谷という人も加わるらしい。会話の流れを聞いていると上の人、っぽい。
(…怖い、ダメだやっぱり怖い)
私を見る目は好奇に満ち溢れていて、今なら動物園の動物の気持ちがわかる気がする。
「…君は、やはりあの時の」
「ジェイムズ、彼女を知っているの?」
聞き覚えのある声がして目を向ければ何故かジョディ先生がいた。そして…10年前、私を脅した捜査官の上司の姿。
「…先生も、FBIだったんですね」
「騙してごめんなさい」
「彼女が潜入していたのは君が理由じゃない」
「ジェイムズ?」
ジェイムズ、というらしい。こちらを伺うジェイムズさんを睨みつけた。同情されているようで、腹が立つ。
「私は私の意志でここに来ました。決して、FBIの指示に従ったわけじゃない、捜査に協力するのも、この力を使うと決めたのも、全部私だ」
「………すまない」
それは何の謝罪なのか。赤井さんやジョディ先生は成り行きを見守っている。ガチャリと誰かが入って来た。
「遅れました」
「…え?…」
明るい髪色、褐色の肌、大空の様な青い瞳、初めて見るグレーのスーツを身にまとった、安室さんだった。
「安室さん…?」
「…すまない、もっと前に伝えるべきだったかもしれない。警察庁警備局警備企画課、降谷零だ」
母さんが警察に協力を求めたのは、この人の采配か?でも両親の情報は見つかってないって言っていた。それに、本当に私を利用するなら、もっと前からいくらでも利用できたはずだ。…安室さんはやっぱコナンのキーパーソンだったんだな、とぼんやり思った。
「………大丈夫です、事情は、お察し…しますから」
この場で私は何を信じればいいんだろう。信じていいんだろうか、この人たちを。これが終わったら、本当に逃げてしまおうか。
「改めまして、東條里桜、です。身体能力は平均より低い、のでご了承いただければと、思います」
一礼。震える手を何とか抑える。怖い、みんなの目が、怖い。