転生魔術師警察が怖い
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念の為逃げる準備はした。元々物が少なかったから殆ど捨ててしまって大丈夫だな。最低限の荷物を纏めておく。一旦アメリカに行ってから両親に連絡を取ろう。日本からかけるより繋がりやすい…はず…。急に姿を消したら流石に毛利ちゃんたちに心配かけるから、学校で伏線を張っておいた。海外にいる両親の体調が芳しくないから、近々そっちに行くかもしれないと。ポアロのマスターにも伝えた。これで突然いなくなっても大丈夫っしょ。あとは飛行機のチケット買えば…あああ高い、高いよおお。公園のベンチに腰掛けスマホに写るチケット代に項垂れる。
「バイト3か月分より多め…アパートの違約金もあるのに…買えねえ…」
「買わなくていいんじゃないですか?アメリカ行きのチケットなんて」
背後から聞こえた声にビックリして立ち上がり振り返る。キャー、アムロサンダー!!
「こ、んにちは安室さん。お怪我無いですか?」
だらだら冷や汗が流れる。大丈夫だよね、安室さんって実はヤバい系じゃないよね。私はコナン君を信じてるぞ!…え、本当に大丈夫だよね?
「ええ、貴女も元気そうで何よりです」
まずいよ、安室さんに私がアメリカに行こうとしているとバレた。逃亡ルート変えたほうがいいかな。脳内で今後の展開を想像する。
~ときめき☆安室'sショッピング~
その1、私を捕まえます。
その2、捕まえた私をその手の組織に売ります
その3、大金を手に入れます
その4、手に入れた大金で欲しいものが買えます
脳内に父の言葉がよみがえる。
――術者の友達の一人がな、裏組織に売られて薬やられちゃって、その力で人を殺して血界の眷属に売ったらしい…そいつ自身も食われちゃったって聞いたな…――
あ、やべえ死ぬやん。
どうするどうする?ちょっと寝てもらう?詠唱中に逆に眠らされるわ。つかこんな公園でやって誰かに見られたらもっとヤバい。サーっと血の気が引く。安室さんが敵か味方か分からない。
「そんな身構えなくても、僕は君をどうこうするつもりはないよ」
警戒心マックスな私に困った顔をする。全部が胡散臭すぎて何にも信用できん。HL行った方が平然と生きてけたかも、いやあそこの方が命の危険がバンバンするわ。
「見せといてなんですけど、あれ見といて、調べたんじゃないすか、色々」
「まあね。君のあれが何なのか、というのは分かったよ。もっとも、ご両親に関する情報はほとんど出てこなかったけどね」
ですよねー!ってことは、私をその手の組織に売ったらおいくら万円するか知っている筈だ。ちゃんと自分の価値は把握してるつもりだ。あんな額…あんな大金はいるとか信じられねえよ…。しかも私は女だから、“そういう意味”でも価値がある。男性より女性の価値が高いのは、生まれてくる子供が魔術を扱えれば、利用価値が高いから。
「わ、私がなんも知らないと思わないでくださいよ、私自身が言うこと聞かなくても生まれてくる子供が使えればいいですもんね」
「…は?」
ひっくい声で真顔になった安室さんにビビりながらもじわじわ距離を置く。
「戸籍を作る前なら子供の扱いは簡単ですからね、媚薬盛って孕ませるつもりでしょう、いや、盛った状態で売った方が高いんだっけな…」
「…本当に君を売るつもりはないから」
信じていいのか?今までこういったことに騙されたことがないからラインが分からない。安易に信じていいのか分からない。どうしたもんか、様子見るにしても気付いたら…なんてパターンが一番嫌だし、信じてダメでしたってなれば流石の私もしんどいわ。
「安室さんに里桜姉ちゃん、こんなところで何しているの?」
そこに登場したのは天の助けコナン君!大好きだわ。
「コナン君は安室さんのこと信じてる?この人悪い人?」
安室さんと私との距離に不思議そうにしていたコナン君は、私の質問に驚くも笑顔で答えた。
「安室さんは悪い人の敵だよ」
ジーっとコナン君を見つめる。そして安室さんに目を向ける。いつものニコニコした笑顔じゃない、真剣な表情をした安室さんがいた。
「僕の味方だ、それが言いたいだけなんだ」
ぐっ、そんな顔して言われたら、うう、私ちょろいんじゃねえか?
「そ、そこまで言うなら、信じます、よ」
「里桜姉ちゃん、何かあったの?」
そうか、コナン君は見てないから知らないんだ。安室さんがいたことや雰囲気から黒の組織関連と勘違いしていそうだ。
「あの後から、様子が変だよ。学校もポアロも辞めるかもしれないって、蘭姉ちゃんが言ってた」
「辞めるんですか?」
「安室さんが私の敵でないなら辞めないです。コナン君、大丈夫だよ、まだ何も起きてないから」
例えば私が黒の組織とエンカウントした、とかそういうことは起きていない。スマホのチケット購入画面を消した。
「…じゃ、帰ります!おつかれした!」
何とも言えない空気にいたたまれなくなり、私は猛ダッシュで公園を後にした。
私が両親とともにアメリカへ渡らなかった最大の理由は、HLの方が危険そうだからというものではない。いたって単純、英語ができないからだ。私の正体を知っても安室さんの態度は前と変わらなくて、それにホッとしたのはある。ただ帰りが遅くなったり夜見かけられると家まで送ってくれるようになった。過保護、っていうか心配されてるっぽい?何でだ?
スーパーに向かう道中、なんたる偶然か探偵団と知らない男性が話しているのが見えた。あ、毛利ちゃんと鈴木ちゃんが話てた沖矢さんって人に特徴が一致してるな。男性がこちらに気付いた。
「おや、安室さんじゃないですか」
「安室さん、知り合いです?」
「…えぇ、君の同級生、工藤君の家を借りて住んでいる大学院生の沖矢さんだよ」
「沖矢昴と申します、初めまして」
「あ、東條里桜です。へー、工藤君の…」
ってことは組織関係者?工藤君の事情も知っていそうだな。じっと沖矢さんを見る。沖矢さんもきょとんを私を見つめ返す。
言いようのない不安感が何故か広がった。何だろう、この人、怖い。視線を逸らして安室さんの裾を掴んだ。
「あ、安室さん、買い出し行きましょう」
「えぇ、では失礼します」
沖矢さんとは視線を合わせないよう安室さんと共に今度こそスーパーに向かった。あの不安感は何だろう。昔一度退治したネクロマンサーが操っていた死んで間もない人間の顔、に近いような。なんだ、顔に違和感があった。気持ち悪い。
「里桜さん?」
名前を呼ばれハッとする。ずっと服を掴んだままだった。慌てて離す。
「わああすみません!やばい、誰かに見られたら炎上する」
「そんなことより、沖矢さんを知っているんですか?」
心配を顔に出しながら探る目で私を見る安室さん。初対面の男性に嫌悪感を抱くって良くないよな…。それもあんなイケメン相手に…。
「知らないです、さっき初めてお会いして」
「それにしてはなんだか怯えているように見えましたが」
うひいこの人よく見てるな。視線が「言え」と言っている。
「なんか、何ですかね、怖いと、思いまして」
「怖い、ですか」
「なんか、顔になんか張り付けてるような、生きてるのに顔に生気を感じないというか、あれは借りの顔で実はみたいな……。し、失礼ですよね!!はは…忘れてください…あ、スーパー着きましたよ!」
見りゃ分かることを口に出して話をぶった切る。アイスは最後ですよね、とカート置き場から大きいカートを引っ張り出し安室さんを見ると、何やら考え事をしていたようだが直ぐに表情を切り替え、そうですねと同意を示した。……この同意はアイスのことだよね?
安室さんがいないと一気に客が少ない。安室さんっているだけで貢献してるよね。凄いよ全く。アイスコーヒーを飲むコナン君を見る度に「隠す気あんのかな」って思う。この年でノンシュガーノンミルクでコーヒー飲む?少なくとも私の周りにはコーヒー自体飲む子はいなかった。
「里桜姉ちゃんって、昴さんのこと苦手なの?」
うおっとこの子も切り込んでくるな。
「うぇ?昴さんって沖矢さんのことだよね、どうして?」
「この前昴さんと会った時、何か様子が変だったから…直ぐに視線逸らしてポアロの買い出し行っちゃったし」
家を貸すほど信頼している人を同級生が苦手意識持ってたらそら気になるか。あれ、工藤君って私が同級生って知ってるよね?流石に知ってる…よね?
「昴さんなんか言ってた?」
「気付かないうちに気分を害することをしてしまったかもしれない、って落ち込んでたよ」
本当に落ち込んでたのかな。言葉の綾かな。
「沖矢さんは悪くないよ、私が一方的に苦手意識あるだけで」
「初めて会ったんだよね?」
「初めて会ったよ、えーっと…」
顔が怖いなんて言えねえよなぁ。しかも怖いの類が表情的な意味じゃなくて生きてる感じしないからっていうのは。
「…沖矢さんってさ、工藤君の家に今住んでるんだっけ」
「え?あぁうん。前住んでいたところが火事になっちゃって、新一兄ちゃんたちと知り合いだったから貸してるんだって」
工藤家付近には近づかないようにしておこう。一番エンカウントしそうな場所だし。
「…イチゴ大福ってさ、白いじゃん」
「え?うん」
「中にあんこが入ってるからあんこの色が透けて見えるよね」
「そうだね」
「その中に一番おいしいイチゴが入ってるからイチゴ大福じゃん」
「うん」
「沖矢さんは、なんか中身の分からないイチゴ大福みたいな感じ」
「…どういうこと?」
「イチゴ大福ってパッと見本当にイチゴが入ってるかって分かんないじゃん?包装紙に書いてあったり、誰かがこれはイチゴ大福ですって言って、ああこれはイチゴ大福なんだなって分かる。沖矢さんに対する苦手意識は、みんながこれはイチゴ大福だよって言ってて確かにイチゴ大福に見えるのに、私にはそれは本当にイチゴ大福なのかなって何でか疑っちゃてるんだよね。割って確認したいような、でもそれをして中身が違ったらどうしようって。そんな感じ。ごめんね、なんか分かりづらかったね」
勿論沖矢さんの人となりは一切知らない。どうしても沖矢さんに対する恐怖心がある。だから下手に会って失礼するくらいなら会わない方がいいなという判断。そもそも接点無いから会わないんだけどさ。
「でもそっか、沖矢さん私の態度傷ついちゃったのか…申し訳ないことしちゃったな…」
「何の話をしているんですか?」
にゅっと奥から現れたのは安室さんだった。突然の登場にコナン君と2人でビックリする。
「安室さん?あれ、今日シフトじゃなかったですよね」
「梓さんが体調を崩してこの後のシフトに入れないと言う連絡をいただいたので、代わりに入ったんですよ」
あ、そういうことか。安室さんのシフトの代わりに私や梓さんが入ることは多いけど、その逆はほとんどないからちょっと新鮮だ。
「ピンチヒッターで安室さんが来るのってなんか不思議な感じですね」
「はは…いつもすみません」
「忙しい?みたいですし気にしてませんよー。おかげでお金も入るし」
安室さんに対しての警戒心はもうない。これで裏切られたらすっごいショック受けそうだけど、疑ったり警戒するのは結構疲れる。…勿論いつでも逃げられるよう部屋のものは少ないけど、日常生活でびくびくすることは無くなった。
安室さんが来てからコナン君は急に沖矢さんの話をするのをやめた。安室さん相手に都合の悪い話なのかな。安室さんは探偵だから、コナン君が組織に関わってたり沖矢さんも関わってるってことをバレないようにしてる?あれ、だとするとこの前の水族館はなんだったんだ?