楽観主義

「まぁだ働いてんの?もう辞めちまえよ」
 頼んだカフェオレをストローも使わず飲みながら正面に座る姉を呆れたように見る。姉は烏龍茶を一口飲み盛大なため息を吐いた。
「やっぱ辞めた方がいいって思う?」
「辞めろ、今すぐ辞めろ。辞め方分かる?ググろうか?」
「いや、大丈夫」
 超ブラック企業に勤める姉を思って只管退職を勧める。かれこれ数カ月給料が払われないらしい。勉強会へ参加しろというのに交通費も宿泊費も実費。突然の明日出張命令。ブラックすぎる。前世と同じ道を歩んだ姉は、前世と同じくブラック企業に勤めてしまった。前世で学んだ知識も技術もしっかり覚えていた姉は、その道じゃ少しチートになっていたわけで。こうして会って話すのも随分久しぶり。私は前世と違う道を歩んだ。やってることは前世と同じくパソコンをガチャガチャしてるわけだけど。
「お金は大丈夫なん?」
「何とか生きれるくらいには…」
「大丈夫なんかほんとに…家来いよ、家事さえやってくれればいくらでも養うし」
「…なくはないな…でもなぁ、次の学会で発表したいし…。あと半年はあそこにいるわ…」
「マジでヤバくなったら、言ってくれればいくらでも助けるぜ。ありとあらゆる手段で」
「お前が言うと怖いんだよ…因みに、何すんの?」
「ちょっと調べて、ぱぱらーんってする」
 ブラック企業なら黒いもんの1つや2つ直ぐに見つかるろ。それを御公表すれば最悪会社自体潰れる。イコール、姉は解き放たれる!
「笑えねえ…」
「だいじょ、ばれなきゃ何しても」
「ダメだろ。…ねえ、まさかあそこは調べてないよね?」
 あそこ…どれだろう。組織かな、警察関係?
「え、どれ?心当たりがありすぎて」
「…はぁ、これで死んだら流石に恨むわ」
「だいじょーぶっしょ!あれよ、そしたら証人保護プログラムでも2人で受けりゃ」
「そんなおいそれと受けられるもんじゃないじゃん…」
「私だぜ?」
「どっからその自信がくんだよお前は、一片死ね」
「だが断る」
「知ってた」
 テンポよくする会話は楽しい。こっそり聞いている安室氏とコナン氏がこっちを気にしてるのが分かる。ワロス。にしてもマジ安室さんマジイケメン。赤安最高だよね、安コも好きだよ。それで思い出した。
「そうそう、姉ちゃんにこれ、はい」
「こ…これは…」
「無いなら作ればいいじゃん理論で描いてみた」
 前世で出来なかった技術磨いてやるぜ!とばかりに絵は結構頑張った。自給自足の為と言えばそうでもある。でも自分の絵ってあんまり萌えないんだよな…。姉に見せたスマホ画面には姉が前世で推していたカップリングの1枚絵が写っている。
「言い値で買おう」
「だが断る。ただであげるよ、あとで送るわ」
「お前…神か」
「ふっ…今更知ったか」
 スマホをしまってカフェオレを飲み切る。流石姉妹かな、姉も烏龍茶を飲み切っていた。
「小腹空いてるし、なんか頼もうかな」
 姉はメニュー表を眺めうーんと悩んだ。まだここにいるなら何か頼んだ方がいいよなぁ。
「うわっ、珍しいレモンパイだって」
「頼んでみる?」
「いいんじゃない?すみませーん」
 待ってましたとばかりに返事をしてこちらに来たのは安室さん。まじ、イケメン過ぎる。はぁイケメン。イケメンっぷりに項垂れ心から本心を言う。
「耳が孕む…」
「はい?」
「レモンパイ2つお願いします。あと紅茶と、お前は?」
「アイスコーヒー」
 私を無視して姉はメニュー表のレモンパイを指しながら注文した。かしこまりました、の一音一音で私はもうヤバい。安室さんはレモンパイを用意しに引っ込んだ。
「末期か」
「今更だろ」
「あー尊いんじゃ―」
「てかもう原作あれと違うんでしょ?」
「私も詳しくないからどこまで違うか知らんけどねー。ほら、運命Moiraは闘わぬ者に微笑むことなど決してないのだから?」
物語Romanはここにあったか」
死体パパに向かって話しかけることはないだろうね。よかったよかった」
「お待たせいたしました」
 コトン、とレモンパイがのったお皿が2枚テーブルに置かれる。紅茶とアイスコーヒーも置かれた。
「こ、これが…レモンパイ…」
 一緒に1つずつ置かれた砂糖とミルク、ガムシロップを全部コーヒーにぶっこみ混ぜる。ブラックコーヒーが飲めるのは徹夜明けとかテンションおかしいときだけ。
 フォークで一口食べる。姉も口に入れた。甘いのが苦手な私には、中々に甘かった。
「甘さ控えめだね」
 大して甘いのが好きな姉の口には合ったらしい。羨ましいぜ。確かに甘さは控えめなほうだと思う。でも私には甘い。
「お口に合いまして?お姉さま」
「え、美味しいじゃん」
 余程おいしいらしい、ぺろりと平らげた姉に小声でお願いした。流石に大きい声で言うには心象が悪いからね。どうせ聞こえてんだろうけど。
「あげる」
「あ、やっぱお前には甘かったか」
 ケーキとかデザート系を頼んで私が食べれない甘さの時は姉が食べるのはいつものことだった。安室さんがこちらを向いていない隙にさっと皿を交換した。
「あー…あのイケメンが出してくれたものが食べられないなんて…つらい、死のう」
「おー死ね死ね。おいしい」
 くっそにこにこしやがって。裏山椎太だわ。誰だよ。
「あ、今更思い出したんだけど、初音ミクはできたん?」
「あーあれねー。元の声ないからさミクは出来なかったんだよねー。代わりにゆきころいど作った」
「ゆきころいど?…まさか、藤峰有希子?」
「そうそう、聞いてみる?これ」
 スマホにイヤホンを刺して姉に渡す。もう片方のイヤホンを自分の耳にさし曲を流した。藤峰有希子が歌う千本桜。
「めっちゃ映画とかドラマ借りまくったよね」
「わりと調教上手いんじゃない?これは」
「だしょ?あー、イギイギのルールブリタニア聞きたい…似たような声の人いねえかなぁ…。イケボが欲しい。イケボ…」
「仮面ヤイバーいい声してんじゃん」
「早起きできない」
「ワロス」
「因みになんとこちら、色々あれこれすると凄いことになる」
「日本語でおk」
 イヤホンを返され自分の耳からも抜く。再びスマホを弄っておふざけで作ったものを見せた。
「クリス・ヴィンヤードじゃん」
 映っているのはクリスの3Dモデル。物理計算もしっかりしたし見た目もめっちゃこだわったから、あたかも画面の中にいるかのように見える。安室さんとコナンがあからさまに反応したのが視界に映った。
「最近休業してるんだってねー。ハベルス監督の映画出ると思って楽しみにしてたんになー。んでこれなに?」
 画面に映るクリスはこちらを見つめているだけ。髪は揺れるし目はパチパチしているが、何も話しかけてこない。
「このアイコンタップすると、クリスと会話ができる」
「へー」
 姉はタップすると「こんにちは」とスマホにうつるクリスに向かってあいさつした。クリスは女優スマイルで返事をする。わかりやすいように文字表示付きだ。
<Hello、こんにちは、子猫ちゃん>
「ふぁーすげえこれ!」
<ふふ、嬉しそうね>
「え?これ中にいるの?どゆこと」
<あら、あなたの前にいる、それじゃダメかしら?>
「ダメくないです」
「姉ちゃん落ち着けや」
「わーすごい!」
 突然会話に混ざったのは先ほどまで座っていたコナン少年、さらに安室さんも興味深そうにスマホを覗き込んでいた。いつのまにこっちに。
<かわいらしいボウヤね>
「ちゃんと僕も分かるんだ」
「凄いですねこれ…貴女が作ったんですか?」
 安室さんが…私に声を…。頭の中で「めとめがあう~このしゅんかんに~」と曲が流れた気がした。
「はい、まあ、はい」
「夕、おい、現実に戻ってこい」
 安室さんから視線を外し姉の目を無表情で見つめる。
「一生分の運と幸福をたった今使い果たした。いつ死んでもいい」
「本人前によく言えんなお前」
「イケメンと可愛いは正義」
 コナンと安室さんを軽くスルーしながら姉はスマホを覗き込む。
「よく調教できてんね。全然分かんないや」
「でしょでしょ?」
「調教?って?」
 つぶらな瞳できょとんとする少年。中身は高校生なんだよな。
「調教ってのは、ロープを用意しいって!」
「TPOわきまえろ常識的に考えてJK
「さっせーん」
 姉に思い切り頭を叩かれ自嘲する。若干コナン少年は置いてかれていた。
「この女性ね、ハリウッド女優なんだけど」
「知ってるよ!お母さんがシャロン・ヴィンヤードなんだよね」
「そうそう。クリスと若かりしシャロンの声を集めて、子音とか母音とかそういうのを弄ったり音程弄ったりしてるの、それが調教。クリスとシャロンのインタビュー記事とかオフの時の様子とかのデータをもとに性格を構成、調教した音を使って話してるって感じなんだ」
「僕たちのことをしっかり認識できているんですね。話す言葉も、こちらの言葉を理解できているようですね」
 安室さんが話すだけでもうにやにやしそうに、いや多分してる。姉ちゃんが引いた目で私を見ている。
「スマホのカメラと音声認識機能を利用してるので、あとはカメラの顔認証システムで今目の前に何人人がいるかを検知。認証した顔のパーツバランスとか諸々でその人の大凡の年齢や性別を判別、音声はとりあえず日本語と英語は対応してます」
「…これあれば自分がいなくても電話かわりに出たりとかできそうだよね」
「姉ちゃん分かってんじゃん。できるよ、やろうと思えば」
「まじか」
<でも私はクリスだから、貴女の代わりに電話に出るのは良くないんじゃないかしら?>
「確かに…」
<電話は代わりに出られないけれど、話し相手にはなれるわよ。ところで夕、いいの?そろそろ時間じゃない?>
「へ?」
 ほら、と画面のクリスは時計を指さした。
「あ、やばい、仕事や」
「そういえば言ってたね。すみません、お会計お願いします」
「17時だよ?お姉さん今からお仕事なの?」
「世の中にはね、色んなお仕事があるのだよ少年」
 お会計は安室さんがしてくれた。あーイケメンじゃー。
「また是非お越しください。先ほど見せて頂いたものについて、もっとお話し聞いてみたいです」
「…今の録音していいですか?」
 すちゃっとスマホの録音機能をONにする。またしても姉に思いっきり叩かれた。
「すみませんこの変態が、失礼します」
 姉は私を引き摺りポアロを出た。結構叩かれたところが痛い。
「馬鹿かお前は、いや、お前は馬鹿だ」
「今のイケメンの声を目覚ましにしたら朝強くなる気がする」
「妄想目覚まし時計でも作ってろ。つかなんでチョイスが藤峰有希子とクリスだったん?」
「ふつくしいから」
「さようでございますか」
 コナンのキャラで堂々と使えるのが2人しか思い浮かばなかっただけ。2人の映像やら声なら持っていても全然おかしくないしね。
「ところで見てよ、これ」
 来ていたカーディガンの裾をあげ、姉にそれが見えるようにする。白い小さな機械、盗聴器。
「…しーらねっ」
 カーディガンの裾を手放し、姉の隣に並ぶ。
「これをね、こーしてこーすればこれが出るんだよ」
 盗聴器から電波を取って辿ればどこから盗聴しているか分かる、とジェスチャーで伝えると先ほどよりしっかり引かれた。
「それでどうすんのさ」
「いや、面白そうだなって思って」
「…しーらねっ!」
 面倒ごとは面倒だから嫌だけど、別に組織と関わったことないし事件的なものも関わってないし、姉がブラック企業に勤めてるって意味では黒いけどそれ以外に疚しいことはない。調べられても問題ないぜ!

東條夕(23):妹
コナン知ってる転生者。
東條楓花(25):姉
コナンほぼ知らない転生者。