技術の進歩が実感できない

 阿笠博士の発明品とか、コクーンとか、そういうのがあるくらいだからてっきり進んだ世界だと思っていた。そんなことないね!あれはまさしく天才方の発明品ですね!他は時代がついていけてないよ!!
「何で…バージョン管理システムがないんだ…世も末だ…」
 23時、定時退社がモットーのホワイト企業なのでみんなとっくに帰った。残業代は出ない代わりに出社と退勤時間はかなり融通が利く会社だ。前世なら相当いい企業と言われただろうね。私もそう思うよ。1日の仕事量も適量だし内容だってハードなものでもない。ただ、前世でもエンジニアだった私からするとあまりに効率が悪い。
 エンジニアたるもの、楽することに重きを置くべきだと思う。何度もやる必要のある作業は自動化するとかツール作るとかしてちまちま面倒な作業を楽して終えられるようにするとか、一々作業内容の差分を口頭で言うんでなく目で見て分かるようバージョン管理システム使うとか…そもそもそのシステムがない時点で詰んでる…。ないなら作ればいい。そう認識を変えて、前世でも触っていなかったサーバー周りを絶賛勉強中。それはまあおいておこう。
 作っているシステムをテストする際にエラーや警告が出ても検知する術がない。いや普通あるだろ、って思うじゃん。無いんだよこれが。特に指示されたわけでもなく私が今作っているのは、そのログ集積ツールだ。吐かれたエラーや警告に重要度を付けて排出してくれる。一先ずテストが終わった後にどこがダメでどこを直さないといけないのか、調べる時間がこれで相当短縮されるぞ。あとはテストの自動化ができれば完璧だ。
 ツールはあと半分くらいで作り終わると思う。指示されているものではないから定時後に作っている。サビ残?違う違う、今後楽にするための貯金だよ。
 私服OKな会社のおかげでスーツの皺とか気にしなくていい。今日は帰ろうと会社を出た。


 会社から家が近い方がいいんだろうけど、家が近いと会社の人に家バレしやすいのが難点だ。徒歩圏内では少々遠い場所に部屋を借りている。車だと10分足らず。少しでも動かないとという意識から徒歩出勤している。自転車だと駐輪場がなくてやめた。前世で就職した時には3階分階段上っただけで息が上がるくらい体力が激減していた。その反省を踏まえ、運動部には入らなかったけど最低でも週に1回は運動するようにしている。クラブとか入ったらもっといいんだろうけど、気楽にやりたいから基本ぼっちっち。
 30分かかるのはゆったり歩いているからで、普通に歩けば20分もかからない。こんな時間でも気にせずいつものスローペースで家を目指す。
(サーバー作ってそれを利用するならセキュリティ面はよく考えないといけないな…あー、前世で勉強したやつ今使えんのかなー)
 今流に改良すればいいかな、と頭の中でアルゴリズムとプログラムを組む。
 私の住むマンションの近くにはスーパーもコンビニも駅もバス停もない。そのせいか家賃が頗る安い。そして値段の割にセキュリティがガッチガチだ。オートロックのエントランス、部屋の鍵はピッキングは基本的には出来ないと言われているタイプらしく、「失くしたら根本からとっかえね」と言われている。因みに住所はギリギリ米花じゃない。
 1分以上誰かがいると警告音が鳴ると言うちょっとシビアな集合ポストで自分の部屋の郵便物を取る。エレベータで宛先を確認。電気と携帯料金…あとどっから来たか分かんない茶封筒が1つ。宛名しか書かれていない。
 住人向けだったら号室が書かれてるだろうし、名前だけ書かれてる茶封筒に一切の心当たりがなかった。部屋に入り電気量と携帯料金を確認して茶封筒を開封。そういえばこのマンション、23階建ての20階の角部屋なんだぜ。おかげで夏は暑い。でも角部屋のおかげでちょっと広い。
「…わーお…」
 入っていたのは私の写真だった。すごい、これ盗撮ってやつ?10枚ほど入っている。買い物してるものやら会社から出てくるもの……宛先なしでポストに入っていたから住所もバレてるな。これはストーカーなのか嫌がらせなのか…。どちらにせよ一切心当たりがないのが凄いよね。今日は金曜日で明日明後日と休み。この写真がどこから撮られたのか確認してみるか。


 翌日、頑張って午前中に起きてまずゴーグルマップを元に写真を撮った場所の目星をつけた。後は実際に行ってみて正しいかかな。そして写真に写る影と天気から時間と日にちを割り出す。影の伸びる長さと方角から大凡の時間が分かる。その時間にその時の天気だった日をあぶりだした。早くて7時、遅くて18時か。その18時のやつはスーパーに買い物に行ってる時の写真。車も見られてるのかー。写真に写っている私はどれも顔がしっかり写っている。ということは私を尾行しているというより先回している方。家も会社もバレてるし車もバレてる、となれば結構尾行してたんだろうな。昨日10枚送られてきたけどもしかしたらもっと撮っている、あるいは見られている可能性が高い。
 10枚の写真からある程度情報を得られた。10枚は全部日にちが違う。10日以上は見られているってわけだ。暇人かよ。でも真昼間…だいたい10時から17時くらいまでの間の写真は土日しかない。ということは、相手は私の生活と似通っている。土日は自由に動けて平日昼間は拘束されている。土日自由なら今日外出たら不味いかなぁ。そもそも何でこんなことするのか理由が分からん。と写真をペラペラ見てたら裏面に何か張られているのに気づいた。1枚に1文字、切り抜き文字だ。
「『おまえさえいなければ』かな?」
 子どもの頃にふざけて切り抜き文字で文章作ったことあるけど、結構大変なんだよね。文字探すのがまず大変。そんで貼るときにちょっと息吐くと紙が飛ぶのはベルマークを思い出すよね。文章的には嫌がらせで送ってきたっぽいな。10日以上私を張って態々こんなもの用意するなんて相当暇人か?これが趣味か?そんだけ恨んでるならサクッといった方が早くね?殺されるなんてまっぴらごめんだけど。とりあえずこれに関して心当たりが一切ない。
 貼られている文字は触った感じと若干裏面が透けて見えるから新聞と同じ素材。文字サイズから全部見出しかな。『まえ』の文字は同じとこから持ってきたな。字体的にスポーツ新聞ぽい。『いなければ』の文字は微妙に透けてる裏面の文字が縦につながるから同じところから持ってきてる。文章から新聞紙が割り出せるかな。
 写真の両面をスキャンしてPCに保存。ついでにカラーコピーもした。お湯を沸かして写真の裏に数滴たらし、張り付けられていた紙を剥がす。それをつなげてさらに両面をカラーコピーしておいた。
「えーっと、『毛利小五郎氏(38)は「眠りの小五郎」と呼ばれ、多発する事件の捜査協力をしている。その』…『か怪盗キッドも華麗に捕まえて見せますよ」と毛利氏は心強く意気込んだ』…毛利探偵へのインタビュー記事か?」
 前世のwiki知識だと、毛利探偵は確かメディアへは積極的に出ていなかったはず。何かのCMには出ていた気がするけど、インタビューとかって確かにあんまり見ない。ならこの記事が何のインタビューか探しやすいな。ちょっと調べてみればあっさり分かった。夕日新聞が発行してる新聞だ。写真を撮られた日で1番古い日付は恐らく先月。新聞の記事は2週間前か。そんでこの新聞は全国へ売られてるもんじゃなく米花中心に売られているもの。実物があれば『許さない』の文字が何の記事の切り抜きか分かるけど、まあいっか。
 外を見ればもう昼を過ぎていた。お腹は空いてるけど別に食べなくてもいいかな。いつもと違う服着てあたかも部屋にまだいるように装えば、外に出たことも気付かれないかも。いつもと違う帽子を被り、いつもと違う服装で出掛ける準備をする。化粧苦手だけど、いつもと違う化粧ならすぐには分からないんじゃね?と1回も使ったことのないアイシャドウとかチークとか口紅を使う。というか全部卒業式以来だわ…。ファンデーションとアイブロウしかしてねえもん。面倒くさいから。カバンもいつもリュックだけど、肩掛けの方にした。もったいないけど電気をつけっぱなしにして家を出た。
 スマホのマップを頼りに目星をつけた場所を回る。地図上では分からなかったことが現場に行くと分かるもんだね。
(この場所でこの角度から撮る、ってなるとどう考えても私が気付かないわけがないから…自撮りモードにして撮ったか。自撮りモードで撮ったにするには高い位置から撮ってるな…うーん、自分がチビだから身長が読めねえ)
「お姉さんどうしたの?」
 きょろきょろしてると声を掛けられた。足元を見ると小学生くらいの男の子…別にエンカウントしてもいいか、江戸川コナンがいた。
「え?なんで?」
「スマホ片手にきょろきょろしてたから。見えちゃったんだけど、マップ見てるみたいだしお店とか探してる?」
 確かにそう捉えられるよな。変にみられるよりマシか。
「まーちょっとねー」
「おや、コナン君じゃないですか」
 正面からやって来たのは糸目のイケメン沖矢昴さんですね分かりますよはい。ガンダム知らんけど赤い彗星だのシャア?だの言われてたのは覚えてる。
「昴さん!お姉さんが何か探しているみたいなんだ」
「おや、僕たちで良ければこのあたり詳しいので案内できますよ」
 身長高いな…私が150だから…この差なら170後半くらいかな。高校の友達で180のやついたけど、そいつくらいだから180前後か。
「…じゃあ、すみませんけど1つお願いしてもいいでしょうか?」
 この人に撮ってもらえばアングルから身長がある程度読めるかもしれない。
「写真撮って欲しいんです」
「写真ですか?いいですよ」
「ありがとうございますー!」
 スマホをカメラモードにして渡し、盗撮写真に写っていた自分の位置とだいたい同じ場所に立つ。
「ポーズとかいいんでそのまま撮っていただければ」
「分かりました」
 3,2,1、パシャ
 改めてお礼を言いスマホを受け取る。取れた写真は盗撮写真のアングルより高い位置から撮られている。さっき沖矢さんは自分の顔当たりの位置で撮っていたから、盗撮者の身長は180は無いか?175前後くらいかなー。
「お姉さん何で写真?そこって別に何もないよね?」
 確かに私の背後はただのビルで目立つものも何もない。言ったら首突っ込んでくるかな。つか普通初対面の他人に言わないか。
「ちょっと知りたいことあっただけだよー。おかげで大体分かったかな、ありがとうございました」
「いえ、それより知りたいことというのは?」
「大した事じゃないですよ。写真撮ってくださってありがとうございました」
 一礼してさくっと切り上げる。あのままいるとぐいぐい来られる気配がした。逃げるが勝ち。

相沢夕(21)
 転生者。IT企業に勤める新社会人。ブラック企業ではないが作業フローやツールが古くて嘆いてる。