技術の進歩が実感できない
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家に帰って足で得た情報を整理。次に…盗撮犯が私の知っている人間かどうかか。こんだけ時間を消費してるし恨みは強そうかな。前世はともかくこっちでは彼氏はいないし、記憶の限り恋愛系のごたごたは無かった。フラグは総回避したし、高校までの友人はほとんど連絡を取っていない。専門時代の友人で親しい人は卒業後もLINEしてる。つってもまだ半年も経ってないけど。
恨まれるようなことをした記憶がないときが一番不味い状況だよね。とりあえず『おまえさえいなければ』ってことは、私がいることで盗撮犯にとって良くない事が起きたんだろうな。私がいなければ得をした人とか良いことを起きた人、頑張って洗い出してみるかー。
とりあえずリスト化してみた。そしたら面白いことにある1人の人間が浮かび上がった。そいつの写真を見てみれば身長も170後半、今大学3年生か。しかも東都大学の理工学部かよ…。
就職に必要なのは意欲やら熱意よりそれを実行できる力。結果があればもっといいけど、やったという事実が第一の信用に繋がる。プログラムとかは親のお古のPCで小学校の頃から弄ってた。コンテストとか早いうちから出したかったけど、前世と当時の技術の差に項垂れた記憶がある。前世の方が進んでたのだ。だから前世で出来たことをこっちでやるには、前世のベースをまず作るとこから始まった。ゲーム作るのにエンジンから作ることになるとは思わなかったさ…。結局高3でやっとコンテスト出して、何だかんだ就職するまでの3年間は割とコンテストは総なめだった気がする。専門時代に参加した学生向けプログラミングコンテスト、シンドラー主催のグローバルプログラミングコンテスト、その他諸々。そのコンテスト全てにある名前が、私とそいつだった。
真壁林太。よく覚えてるなー、同い年で凄い頭良いって言うか、そう来たかっていう発想。
「…まさかなー…まさかね…」
いくらここが漫画の世界とはいえ、そんな簡単に盗撮犯が見つかるわけ…。
つか直接投函したなら、集合ポストの監視カメラ見たほうが早いのでは?
「もしもし、2020号室に住む相沢と申します」
管理人に電話。誤魔化すのは良くないよな、変な手紙が入っていたので相談したいと話をする。丁度管理人室にいるということで管理人室に行った。
管理人は頑固そうなおじさんと井戸端会議が好きそうなおばさんの2人だ。夫婦だけあって仲がよろしい。おじさんは地下駐車場と駐輪場の見回りに行ってるらしく、おばさんしかいなかった。
「住所が書かれてないのですが私の名前が書かれていたので、直接入れたんだと思うんです」
「どういう手紙なの?」
「…あー、これなんですけど。諸事情で印刷したものになりますが…」
カラーコピーした紙を見せる。明らかに盗撮写真と分かりおばさんの顔は青ざめた。
「ちょっと!ストーカーじゃないの?警察に相談したほうがいいわよ」
「えー、いやぁ、まだ入社したばかりなんですよ。警察沙汰はちょっと…」
「何言ってるのよ!被害者なんだから大丈夫よ」
「会社に知られるのも、ぶっちゃけ家族に知られるのも嫌なんで、すみませんがご内密にお願いします。そんで、ポストの監視カメラ見せて頂けないかなぁと。昨日の分だけで大丈夫です」
「もぉ、危なくなってからじゃ遅いのよ?私も旦那も、ちょっと警備強くしておくわね」
ありがたい、話の分かるおばさんでよかった。そんな感じで監視カメラの映像を見せて頂いた。ちょっと画質荒いな…。でもまあこれなら解析できそう。
「これ、データ貰うことって出来ます?」
「本当はダメだけど、特別よ?そうだわ!探偵に依頼したらどうかしら?探偵なら会社に連絡しないと思うし、警察沙汰になる前に解決するわよ!あの有名な、えーっと、居眠りの小次郎ですっけ?」
「眠りの小五郎ですかね」
「そうよ眠りの小五郎!あの名探偵に頼めばいいんじゃないかしら?」
ぜってーやだわ。つかこういうタイプの相談って、警護って言うか暫く周辺探られるんでしょ。友人とか知れた仲ならまだしも、他人にプライベート聞かれるのはちょっとなぁ。
「あー、まあ考えときます。管理人さんには状況報告しますんで。すみませんが、警察とか探偵とか含めて人に言わないで頂いていいでしょうか?」
「そこまで言うなら…いやよ、私。事故物件の管理なんて」
「流石に殺人現場なんてしませんって」
1回死んでるからね、流石に死ぬ怖さは分かってる。
まさか1日で盗撮犯が分かるとは思わなかった。監視カメラの映像を解析してみれば、黒い帽子はしてたけど顔はしっかり写ってた。こいつあほか?あほなのか?切り抜きまでしておいてここで気を抜くなよ。前にふざけて作った解析ツールをこんな感じで使用することになるとは思わなかったさ…。前世で見た「科捜研の女」とか警察系のドラマでよくあった映像解析のあれ、作ってみたくて作った。この世界にはもうあんのかな。知らんけど。
犯人が分かってから、いつも通り生活して1週間。相手の姿も分かるから警戒するのは容易かった。何気なく過ごすけど、確かにいるわ…。そして分かったのは、人気が多いときこそ尾行していて、人気が少ないと直ぐにいなくなる。尾行のプロかよあいつ。木を隠すには森を、じゃないけど人が多いからバレにくいのは確かにそうだね。現に何度か見失ったし。スマホ持ってる背の高い男を注視すればすぐ見つかったけどね。
土曜日の早朝、超がんばって5時に起きた。真壁が私の生活パターンを把握しているならこの時間に来ることはまずない筈。休みの日は起きるの遅いし、外出するにしてもお昼過ぎるかどうかくらいが多い。玄関掃除をしている管理人のおばさんに声をかけた。
「はようございます」
「あら相沢さん、おはよう。どう?大丈夫?」
「おかげさまで元気です。あの件何とかなるかもしれないですんでその報告を」
「そうなの!良かったわぁ。依頼したの?煙の小太郎に」
「眠りの小五郎ですねー。依頼はしてないです、先週頂いた映像で確信が持てたので」
「犯人が分かったのね!」
「まー、はい。でももしそいつが、自分が盗撮犯だってバレてるって分かったら何をするか分からないので、少し様子見ます。管理人さんも、あんまり過度な行動すると危ないかもしれないので…」
「分かったわ。警備少し強化したり監視カメラもあれからよく見たりしたけど、特に不審な人はいなかったわよ」
「そうですか、わざわざありがとうございます」
そのあと少し世間話をして部屋に戻った。二度寝して目が覚めたのはインターホンだった。
テレビドアホンだから来客は部屋から分かる。宅配便だ。何か頼んだっけな…実家から何か送られるにしても、先に連絡来るしな…。宅配便を騙った宗教勧誘とかだったら居留守使うけど、相手はどう見ても宅配業者だったから応じた。よく見かけるサイズの段ボール1箱。宛先は間違いなく私、送り主は…私。は?筆跡から違うがな。一先ず開けてみた。
「…わー、お…うわーこれは凄い…凄いわ…」
よく撮ったなってくらいの量の盗撮写真。ご丁寧に私の顔よや心臓やらに何度も細い何かで刺したような跡がある。おまけに写真もちょいちょい赤い液体がついてる。写真に埋もれて入っていたのは、私の大好きなゲームのキャラクターのマスコット人形。切り刻まれ赤い液体がべっとりついてる。マスコットに刺された果物ナイフは見た目から本物だった。
「これは、ヤバいやつや。アカンやつ」
相手も工学系だし、コナンがよく使ってそうな盗聴器入ってたりして。使い捨てのポリ手袋をはめて箱の中を丁寧に確認する。それらしいものは入っていなかった。手袋は新聞紙にくるんで捨て、箱のふたを閉じた。
「精神に来ますねー。なるほど、嫌がらせで有効なわけがよく分かった。となると…」
次は今度こそ殺しに来るかな。
箱を押し入れに隠すように入れて、先週同様いつもと違う服装で外に出た。流石に気分転換しないとちっときつい。人の多い道を選んでウィンドウショッピングをする。嫌いじゃないんだよね、ウィドウショッピング。金ないし雑貨とかお洒落なもの買うよりはもっと別の機材買いたいから買わないけど。
(…ああ、これが毛利探偵事務所か)
管理人さんがニュアンスはあってるけど微妙に違う覚え方をしてる名探偵。記念に写真とっとこ。
「あれ?先週のお姉さん」
丁度写真を撮っているところをまたもあの少年、江戸川コナンに見られた。そういえば互いに自己紹介してないから、ぼろ出さないように気をつけないと。
「……ごめんね君、先週どこかで会ったっけ」
「ほら、写真撮って欲しいって」
「ああ、ああ!あの時の子か!」
「今度は何撮ったの?」
「毛利探偵事務所だよ。知り合いがね、何か好きらしいから。多分ミーハー心なんだと思うけど」
管理人さんは知り合いに入ります。見せれば喜びそう。
「僕てっきりおじさんに依頼しに来たかと思っちゃった」
「おじさん?君、毛利探偵の親戚とか?」
「ううん。僕今小五郎のおじさんとこに住んでるんだ」
中身知ってるからへーとしか思わないけど、普通に考えると事情が複雑よな。親がいないのかな、とか色々心配しちゃうよね。中身知ってるからへーとしか思わないけど。とりあえず普通は、という対応をしておこう。
「……人生いろいろあるけど、まあなんとかなるよ」
「お姉さん何か変な勘違いしてない?」
「大丈夫大丈夫、深くは聞かないよ」
「ちょっとまって?お姉さん?」
「ほら、飴ちゃんをあげよう」
「どうしたんだい?」
カランとポアロから出てきたのはトリプルフェイスで前世の推し、安室透さんですね。わーイケメン。
「安室さん、こんにちは」
「こんにちは」
次いつ会うか分からんし、つかここ普段通らないから会わないだろうし、今の内拝んでおこう。
「…僕の顔に何かついてますか?」
「見れるうちにイケメン拝んでおかないとと思いまして。不快ならやめるので」
「はは、面白い方ですね」
ほんとイケメンだよな。お肌すべすべしてそう。髪さらさらだな。ケアしてんのかなー、めんどいから私やらないけど。
「もし良ければ、お昼にどうです?」
カランとポアロの扉を開ける。お腹空いてないけどイケメンの顔拝めるなら一杯くらい飲んでいこうかな。
案内されて座ったのはカウンター席。隣に少年が座った。何故だ。
「とりあえず、ホットココアとかあります?」
「かしこまりました。コナン君はアイスコーヒーかな?」
「うん!ありがとう安室さん」
ニコニコ笑う少年にため息をつき、ちょっと行儀悪いが片肘付きながら少年を見た。
「君、知らない人にそう簡単に懐いちゃだめだぞ。例え女で若くてもヤベぇ奴はヤベェぞ」
「大丈夫だよ!お姉さん、上がおじさんの事務所って知ってて悪いことしないでしょ?」
「さぁどうかな?君がこの上に住んでいるって分かれば、今はしなくても君を拐かす…誘拐することもできちゃうんだぞ?」
悪そうな笑みを浮かべニヤニヤしてみる。こういうのやってみたかった。
「僕そんな簡単に攫われないよ」
「言うだけなら簡単だよね。子どものうちはもっと大人を頼りなさい。そこの店員さんとかね」
「安室さん?どうして?」
「君が注文を言う前に「アイスコーヒー?」って聞いたってことは、それだけここに通ってるか仲が良いか。しかも、アイスコーヒーというチョイスを考えれば、少なくともただ親しいだけじゃないかなーって」
「お待たせしました」
ホットココアとアイスコーヒーを出される。両手で包むと温かさが身に染みた。思わずあったけ…と呟いた。
今更自分の手が酷く冷えていることに気付く。思ったより精神に来てたか。ココアを一口飲むと少しほっとしたが、飲み切れるほどは回復していないらしい。これは困った。思った以上に精神に来ているな。
「お姉さん凄いね!おじさんみたい!」
「起きたばかりの殺人事件を数時間もしないで解決するような名探偵と一緒にしちゃダメダメ。私もっと底辺だから」
「そういえば先ほど探偵事務所を見ていたようですが、何か依頼予定でも?」
「知り合いが好きっぽそうなんで写真撮ってただけですよ。有名じゃないですか、毛利探偵。ミーハー心だとは思うんですけどねー、見せれば喜ぶかなって」
「そうだったんですね。てっきり依頼者かと思いましてついポアロに誘ってしまいました。今毛利先生は席を外されてたので」
ここで反応しないと変だよな。
「せんせい?」
「僕も探偵なんです。毛利先生に弟子入りしてまして」
「探偵に弟子とかあるんだ…」
ちびっとココアを飲む。普段ならこの熱さも飲めるんだけど、飲みたい意欲がないからまるで猫舌みたいになっちゃう。
「悩みとか相談とか有りましたら、お話聞きますよ」
待てよ、安室さんは警察官、じゃねえそれは降谷さんか。安室さんは探偵か、とするとこの手のタイプの依頼とか近い事件に関わったことがあるかもしれない。少年も関わってるだろうし、これは聞いてみるのも手か。
「悩みとか相談ではないですけど、そうですね、一探偵のご意見聞いてみようかな」
「なんでしょうか?」
「えっとー、まあ心理テスト感覚で話聞いてほしいんですが。いきますよ?」
ごほんとわざとらしく咳ばらいをし、話を始めた。
「あなたには酷く恨んでいる人間がいます」
一瞬空気が張り詰めた気がした。気にしない気にしない。降谷さんは心当たりあると思うけど、気にしない。
「僕は恨んでいる人間はいませんよ」
「心理テスト感覚でって言ったじゃないですか、とりあえずいるってことにしてください。どれくらい恨んでいるかというと、そうっすね、自分の時間かけて復讐したいってくらい憎くて、そいつがいなければ上手くいったのにとか、自分にとっていいことがあったのに、ってくらいとんでもなく憎くて恨んでる人」
「…随分具体的ですね」
「まあまあ。で、その人は恨まれていることを知らずのうのうと生きていました。自分はこんなに憎くて考えたくもないのに考えてしまうほど恨んでいるのに、当の本人はそんなこと知らず平然と生きています。そんなそいつに対してどう思いますか?」
「どう、ですか…。そうですね、普通に考えるなら殺してやりたいとか、そのあたりなんじゃないでしょうか。それか自分がどれほど憎んでいるか知らしめる」
すげえここだけ空気凍ってるよ。まあ私は別に降谷さんのこと言ってるわけじゃないし。
「ふむふむ…やっぱ殺しますよねぇ…」
「で、でも!殺人は犯罪だよ!たとえどんな理由があってもやっちゃいけない!」
コナンが必死に訴える。まって、私が誰か殺そうとしてるとか思ってない?口ぶり的にそう捉えられても仕方ないか。
「そうだね、理性でどうにかできる世の中だったら平和なのにね」
やっぱこのままだと殺されるよな。かといってみすみす殺されるのは嫌だし、どうにか説得できねえかなぁ。
「じゃあまあ、あなたはとうとう殺す決意をしました。いざ殺そうとした時、相手は命乞いにもとれる説得をしてきました」
「こんなことしてどうなる、とかですか?」
「そうですねぇ…。どちらかというと、「お前は自分を殺したいほど恨んで今殺そうとしている。それをしてお前の気持ちは晴れるのか、お前はどうしたい、何を望んでどうなってほしいんだ」ですかね」
「恨まれてるって知らないんじゃないの?その人」
「どこかで知ったのさ。どういう理由で何故恨んでいるのか、殺される前にね。さてそれを言われたあなたはどう思いますか?」
安室さんはすっごい真剣に考えてた。あれ、安室さんだよね?降谷さんじゃないよね?
「続けてその人はこう言います。「お前が自分を殺しても、過去は変わらない、ただお前が人を殺した事実が残る」」
「それでもお前を殺したいほど憎んでいる気持ちは変わらない」
ぼそっと、完全に降谷さんで言った。今のは絶対降谷さんだ。降谷さん知らんけど。
「と、思うんじゃないでしょうか」
少年は神妙な表情をした。少年からすれば2人の軋轢の理由知らないから、執着する理由が分からないんだろうな。
「なるほど~。まあそらそうか…」
これは詰んだか?詰んだくさいか?上手いこと丸く収めたいんだけど。
「結局、憎んでる対象から言われてもって感じですよねー。参考になりました。お会計お願いします」
やっぱ精神的にきてるせいか若干体調が悪いな。部屋…に帰るのはちょっとなぁ。もうちょっと散歩してからにしよう。
「ココア、すみません。体調がちょっと優れなくて」
「体調悪かったんですか?すみません、気が利かなくて」
「いやー悪い状態で出歩く私も私なんで。もしまた来れたら、その時はオススメでもいただきます」
「お待ちしてます。…これ、よろしければ」
渡されたのはシンプルな名刺。私立探偵 安室透と書かれている。名刺持ってるんだ。
「人を恨んでしまうことは、あるかもしれません。過ちを犯しそうになる前に、一度連絡ください。全力で止めます」
完璧に私が犯罪しようとしてる人になってる。すまん、実は逆。
「まーこれで私に何かあったら夢見悪いですよねー。何も他人に後悔させるようなことはしないつもりなんで、ヤバそうになったときに思い出したら連絡します」
相手の返答を聞かず、ごちそうさまでしたとポアロを出た。ちょっと心が軽くなった気がした。