え、あ、はい

 私は自分自身がチートだと思ったことはない。前世の記憶があっても、二十歳過ぎればただの人。それなりに努力はしたけどステータスの振り方は多分間違えてる。前世で得意だった方にばっかり振ってしまったと思う。そして前世同様、これまで付き合った男性は碌なやつがいない。その話は今はいいや。
 書類整備、プロファイリング、資料集めや情報収集のお手伝いの過程で気になったことがあっても「それがどうした」とか「え?今更?」と言われると思って基本黙っていた。まあこれは前世引き摺ってるだけなんだけど。というか降谷さんがいるんだぜ?私が気付くようなことなんて大したことじゃないんだよ。
 だから何で降谷さんとこうして会えたのか分からない。自己紹介されたから自己紹介したけど、何でやねん。今日は寝る前に枕を殴ろうと決めた。推しに出会った喜びより緊張感の方がデカい。どうせ「こんな若い女か、使えないだろ」みたいなマイナスの印象しかないだろうけど、やっぱ夢は夢のままが一番いいんだよ。イケボな声優さんを生で見たら…って一番夢壊れるじゃん。仮面ヤイバーの中身を見ちゃう感じ?着ぐるみの頭が外れる瞬間を見た小学生の気持ちを述べよ、クリスマスに両親が枕元にプレゼントを置いた瞬間を見てしまった小学生の真情を述べよ、ああ、落ち着け俺、OK。降谷さんに限ってそんなこと思わないなんて紙面上の話だろ。
 今まで以上に胃が痛い日々が続きそうだ…。
「如月、結婚してる姉がいたよな」
「?は、はい…」
「姉の旦那と会ったことはあるか?」
 え、何でそんなこと聞いてくるん?
「な、いです」
「…そうか」
 ミスった?ミスった?身内の情報も知らんのかそれで公安以下略?あ、詰んだ。
 姉ちゃんの旦那さんは名前しか知らない。景光って名前だった気がする。姉ちゃんの前世の旦那と同じ名前だったから「これが生まれ変わってもってやつか?リオンか?」とか思ったわ。姉ちゃんは前世の記憶ないけど。


 業務中に業務外で気になったことをするのは、目を付けられるからNG。画像の件で学んだ。例え背後に席がなくてもダメ。一応ある定時後に区切りが悪くてそのまま作業を続けて、その後に気になったことをちまちまやってたらみんな帰ってた。ぺーぺー残して帰るってどうなん?
 誰もいないならいいやーと調子に乗ってヘッドホン付けて、本日気になったことを調べた。ある組織のここ最近の動向。何が気になったって、あれよ、その気があるって見せかけて「いやお前のこと好きじゃねえし」って手のひら返しする男みたいな動きしてるように見えるんだよ。…例えがおかしくなった。もう少しで捕まえられそうな雰囲気が公安内でも広がってるんだけど、そう簡単に行く気がしない。組織の捜査は途中から突然加わったから、上司も先輩も「これ見とけ」だけで必死に情報集めてなんとか状況が読めた所なんだけど。この読めた状況も集めた情報もまだまだ足りないんだろうなぁ。風見さんたちはもっといっぱい情報持ってて、…やばい、もっと集めて頭ん中いれないと。
 歌詞が無い曲の方が記憶するのに良いって聞いたことがある。絶対音感持ってる私からすると歌詞がない曲は存在しない。クラシックも全部音階が歌詞となって聞こえてしまう。性能の良いヘッドホンは周囲の音を遮断する為だけに使っている。部屋には誰もいないけど、外から聞こえる車の音とか遠くから聞こえる救急車の音すらも遮断したい。一番は自分のタイプ音かな。
 あれこれ調べまくって、事実と考察をまとめる。これで今後の話もきっとついていける筈。ゲンドーポーズでプロファイリングや集めた情報を眺めた。
 ルパコナでは海外のアイドルの公演?を利用して裏の取引が行われていた。まさかそれを利用するとは、みたいなのはあると思うんだよ。特にここ最近、まあ映画に合わせてるんだろうなって思うんだけど、色々建設中だ。ベルツリーだの東都水族館だのエッジ・オブ・オーシャンだの。
 本日気になったこと、それは些細なこと。組織の取引をおさえようとした映像に、ある建築会社のトラックが通った。別におかしくない。取引って言っても情報交換の取引で、バスを待つ乗客のふりをしてバス停で男が2人待っているだけ。あたかも他人の様に一切目も合わせず喋らず。そこに偶然通りかかった建設会社のトラック。それが気になった。他の車に比べて徐行運転だったんだ。映像は監視カメラのもので音までは拾えていなかった。
 建設会社を調べればベルツリーの建設に関わっている会社であることは間違いない。あの方向には確かにベルツリーはあった。不自然は無いように見える。別の監視カメラの映像でトラックの運転席と助手席に座る男を確認しようとしたけど、太陽光の反射のせいか顔が見えない。車種とナンバープレートを調べた。ハッキングは苦手。できなくはないけど一般企業が限界。
 そして調べども調べども、あのトラックは建設会社に存在しなかった。なんでやん。
「……わっかんねー……」
 誰もいないからと言葉を素直に漏らす。ミネラルウォーターの入ったペットボトルを持てば空っぽ。買いに行こ…。ヘッドホンを外して伸びをしながら立ち上がり、後ろの存在にそこでようやく気付いた。
「何が分からないんだ?」
 缶コーヒー片手に壁に寄り掛かりながら、恐れ多き日本の恋人降谷さんがいた。いらっしゃられた。
「お疲れ様です!」
 伸ばしてた手をバシッと腿につけ直立。時計が視界に入って初めて時間に気付く。え、2時?
 何でこんな時間に降谷さんおるん?つか、こんな時間までぺーぺーがいたら、ヤバいよね、色々。冷や汗が出る。こんな時間までかかってるのか、これで公以下略だこれ。
「…そんな固まらなくても…、それで?」
 降谷さんは隣の先輩の椅子を引いて座り私のモニタを見た。あ、私の出来なささがバレる。胃が痛い。
「何が分からないんだ?」
 ひとり言はしっかり聞かれていた。これはあれだな、こんなのも分からないのか?これで以下略。
 前世の推しを相手に、ではない。恐るべき上司という意識しかない。
「い、いえ、その、すみません、今調べていて…」
「聞いた方が早いこともあるぞ?」
 聞く?とな?それが一番難しいんだってばよ。ええい、女は度胸!
「先日バス停で行われた取引で通りかかった建設会社のトラックが存在しないトラックでしたのでそれが分からなかった次第です」
 ノンブレスで言い切った!よくやったおれ!
「トラック?」
 え、あ、うぇ
「え、っと、こ、これです」
「座っていいぞ」
「失礼します」
 座ってマウスを操作し一時停止してあった映像を見せる。海村建設と電話番号付きで書かれたトラック。
「ナンバープレートを照合したのですが、見つからず、その、トラックの「海村建設」と電話番号の字体が、本物の海村建設のトラックと少々異なっていて、もしかしてこの時の取引はこの待っている2人じゃなくてトラックに乗っている方とだったのかとか思いまして調べていた途中でございます」
 無言の降谷さんが恐ろしく言い訳がましく言う。もう冷や汗ヤバい。プチパニック。
「………どうしてこのトラックが怪しいと思った?」
「他の車に、比べて徐行運転だったので……信号もない広い道路で徐行する理由が分からなくて…」
 無い頭必死に絞って調べてるんですごめんなさいすみません申し訳ございません。ああ、帰りたい、帰って風呂入って寝たい。つか2時とか笑えん…。
「他は?」
「………?」
「組織について調べていたんだろ?他に気になったところ、分からないところはあったのか?」
 なるほど、こういうタイプの…怒り方なのだな。質問攻めして如何に自分が出来ないか知らしめて、甘ったれんな、これ略なわけですね。
 ダラダラと内心冷や汗流しながら、あくまでモニタを見ながら大人しく言われるままに気になったところとか分からないところ、あまりにも降谷さんが黙って聞くから沈黙が恐ろしくてしょーもない推理というか考察も述べた。
 モニタ左下の時間は…おかしいな、アワーの時間がインクリメントされてる…あかん語彙がおかしくなってきた…。
 聞き終えると降谷さんは盛大にため息を吐いた。ギクリと手が浮く。やっちまった?やっちまった系?明日の夜は酒飲むぞ、あ、明後日仕事だやめとこ。次の休みの前夜…飲むぞ、わたしゃ飲むんだ、と現実逃避。
「そういうのはもっと早く言え…」
 あ、今更気付いたのかそんなに時間かけるくらいならさっさと言って次の仕事に集中しろ、これ略か。気付くのが遅くなりすみませんと謝罪を入れるとそうじゃない、と何故か否定された。どういうことだ。