強くてニューゲーム

 セーフハウスの1つで寝ていたはずだ。諸伏は眼を瞬いた。しかしどれだけ冷静になっても、ここは警察庁の仮眠室で、目の前には申し訳なくなるくらい困惑した表情を浮かべた降谷の部下、風見がいた。
「俺、何でここに?」
「こちらが聞きたいです…。とりあえず、現状を報告します」
 困惑した空気を消しきれないまま風見は状況説明をしてくれた。今日の夕方に組織から「スコッチはNOCだ、抹殺せよ」と命令が来たらしい。降谷…バーボンも含め血眼で探したが、命令から1時間後に何者かによってスコッチは殺されたそうだ。誰が殺したかは全く分かっていないという。しかしスコッチの死体をピスコが確認し死亡判定されたそうだ。風見がここにいるのは、誰も使っていないはずの仮眠室から明かりが漏れているのを見て来たそうだ。そして見てみれば死んだと言われたスコッチが穏やかに寝ていた、といわけで。
「ちょっと待て、俺が寝たのは深夜だ。…1日中寝ていたということか?」
「そういうことに、なりますね…庁内の監視カメラも確認しましょう」
 風見と共に休憩室から出る。スコッチのNOCバレによってバーボンもしばらくは疑われるだろう。ということは降谷は暫く登庁できない。胸ポケットから出した携帯で、それでも生存報告をした。
 仮眠室を最後に使用した部下の園田によると、仮眠室を出たのは14時、組織の命令が下る2時間ほど前。それからは誰も仮眠室を使用していない。監視カメラで確認したが、仮眠室の廊下を通る人間はどれも庁内の人間だし、例えば人が入るほどの大きな荷物を持った人間も、そもそも仮眠室に入った人間すらいなかった。
「俺は一体どうやって休憩室に……いや、その前に、部屋に誰か来たら気付くはずだ」
「庁周辺も確認しましたが、不審な人物の姿は見えませんでした」
「諸伏さん、これ」
 園田と話していると風見が缶コーヒー片手にやってきた。
「風見、ありがたいが今は」
「違います、これ仮眠室にあったんです。諸伏さんが寝ていたベッドの、枕の下に」
「何?」
 仮眠室は基本飲食の持ち込みは禁止。寝ていたベッドの枕の下にあった、ということは間違いなく諸伏をここに連れてきた人物の仕業。温度から購入してから大分経つと思われる。そもそもこの缶コーヒーは、それこそその辺の自販機やコンビニ、スーパーでも売ってるくらい有名で一般的なものだ。缶コーヒーの購入人物を探すのは流石に頭が悪い。
「…文字が書かれているな」
 底を見ると英語が書かれていた。降谷ほどではないが流石に世界規模の組織にいた諸伏も、英語はできる。
「『Q.E.D is 5 years later』…Q.E.Dって証明終了のときに掛かれる文字だったよな。5年後に分かるってことか?…証明、って一体何の」
「諸伏さんを仮眠室へ運んだ、という意味ではなさそうですね。タイミング的に組織にも何か関わりがあるかと。…庁内の人間も含め、調べてみます」
 5年後、5年後に何かあるのか。風見や園田、バーボンが落ち着いた降谷も交え公安総出で調べて分かったことは、諸伏と降谷と同期である萩原と松田が関わった爆弾事件で、同じ缶コーヒーが置かれていたということだった。


 高木は不思議そうに現場の写真を見た。ホワイトボードに貼られる写真は、大体は殺人事件の現場や関係者の顔写真、証拠写真だが、今回は違った。警察官となって初めて、捕えられた犯人の写真とその現場の写真が貼られている。
「一体誰がしたんでしょうね」
 うーんと疑問符を浮かべる後輩の隣に並び「さあな」と返事をする。伊達ですら今までなかった珍事件に疑問符を浮かべるしかなかった。
「気付いたらこうなっていた、っつってたな犯人たちは」
「うーん…あの建物の監視カメラには強盗犯に接触した人物の映像は出ませんでしたよね」
「強盗犯が仲間を裏切って、にしては全員しっかりガムテで拘束されていたしな…」
「そういえばあの缶コーヒー、底の文字って結局なんて書かれていたんですかねー。僕は英語全然できないので分からなくて」
「俺もさっぱりだ」
「その話詳しく聞かせろ!」
 少しほのぼのとしていた空気に割り込んで来たのは、ここ数年あまり庁内で顔を合わせていなかった萩原と松田だった。松田は2年前の事件から再び爆弾処理班に戻った、戻らされたという方が正しいか、ということで今ではほとんど顔を合わせない。
「2人がここにいるなんて珍しいな」
「だ、伊達さん、この方たちは?」
「ああ俺の同期、爆弾処理班のエース、松田と萩原だ」
「缶コーヒーの裏に英語が書かれていたんだろ?」
 自己紹介も碌にせず聞いてきた松田に、お人好しで少しのほほんとしている高木はよく分かりましたね!と少し興奮気味に答えた。警察手帳を取り出し松田と萩原に見せる。
「書かれていたのはこの文字です」
「『To date,is well』、『今日まで順調』ってことか?」
「松田お前、英語で来たんだな」
「備えたんだよ、これにな」
 萩原は6年前と2年前の爆弾事件の話をした。そして勿論、缶コーヒーの話も。
「つまり、その只者じゃない何者かが警察より先に事件を解決しているってことか?」
「ああ、今のところ犯罪してるってわけじゃねえからな。警察としてとっ捕まえるわけにはいかねえが、話は聞かねえと」
「上からはいい加減にしろって1回怒られたんだけどな。だから今俺たちが探してるのは完全に個人的な話」
「監視カメラも周辺の聞き込みも、捕まえた強盗犯の取り調べからも缶コーヒーを置いた人物についての情報は何も上がってねえな…」
 伊達は先ほど高木がしていたようにうーんと唸る。松田と萩原も、久々に手に入れた情報に嬉々として目を輝かせていたが、案の定というべきか目ぼしい情報がなく意気消沈する。天然の入った高木は話を聞き、そういえばと言った。
「関係ないと思いますけど、交通課の人から聞いた話、強盗犯を捕まえた次の日に同じ建物にトラックが突っ込んで来たそうですよ。僕たちの張り込みが計画通り行われてたら、もしかしたら危なかったかもってヒヤってしたんですよねぇ」
「そういえばあの日強盗犯が捕まらなきゃ張り込みだったな。流石に轢かれる前に気付くだろ」
「寝ずの張り込みはあまり経験してないので、あんまり自信ないんですよ」
「…まさか…」
 話を聞いて居た松田が1つの可能性に辿り着く。しかしそれはあまりに現実離れしていて。
「何か分かったのか?」
「爆弾犯言ってただろ、6年前に仕掛けた爆弾には遠隔操作で起爆できるようになってたって。2年前のは、観覧車の爆弾が爆発する3秒前に、病院に爆弾があると言うヒントが流れる筈だったと」
「ああ、俺たちが解体をミスるとは思えねえが、その時はそんなの知らなかったからな。普通に解体してたら誰か死んで……」
 死んでたかもしれない、言いかけて先ほどの高木の話を反芻する。突然萩原にじっと見つめられた高木は訳が分からずへ?と声を出す。伊達も漸く松田の言わんとしていることが分かったらしい。
「んなことあり得るのか?」
「そう考えると缶コーヒーの行動に納得できる、気がする。最初の缶コーヒーの意味だけは未だに分からないけどな」
「随分非現実的だな~。仮にそうだとしたら、警察がじゃなくて俺たちが、助けられたわけか」
「萩原!松田!こんなところにいたのか!」
 何とも突飛な結論が出たところで萩原と松田を呼ぶ声がした。上司だ。やべえと2人は慌てて出ていった。
「伊達さん、つまり、どういうことですか?」
 話についていけなかった高木は目をパチパチさせながら伊達を見る。伊達は困ったように頬をかき、別に言う必要はないが言っても困らないかと缶コーヒーの謎の、松田の解を答えた。
「缶コーヒーを置いた人物は、死ぬ可能性がある人間を助けたってことだよ」
「それって…未来予知的なものですか!?」
「さあな。考えられねえけど、少なくとも松田たちはそうじゃねえかって思ってるみたいだな」
 そんなものあるわけないだろ、と断言する同期の一人が思い浮かんだ。警察官になってからめっきり会わなくなった2人の同期。この前1人にはメールをしたが返事は来ていない。そういえば缶コーヒーは萩原、松田、そして伊達が発見した。残る2人の元にも缶コーヒーがあったらいい。伊達は密かに2人を案じた。