強くてニューゲーム

 今までで一番進んでいる。これ、案外このまま明日へ進めるんじゃないか?いや油断大敵。期待しといてダメだった時の絶望感は味わいたくない。それでも期待してしまうのは、最高記録更新中だから。
 降谷さんは組織の命令として、ベルモット共にシェリーを追っていた。ベルモットはシェリーの正体知ってるはずだけど、コナンがいる手前手出しができないってわけね、なるほど。毛利探偵の弟子として過ごす降谷さんは、私の知ってる降谷さんとは正反対で鳥肌が立った。「こびへつらう」って、これのことを言うんだな…理解した。
 ベルツリーでの一件は初めてのことだったので肝が冷えた。え、大丈夫だよね、そういえば怪盗キッドってキーパーソンに…入るよなきっと…。あっちの話はマジで分からんから、これでキッドサイドのキーパーソンも守れとか言われたらほんと無理ゲーなんだけど。まずキーパーソンすら知らないし。原因の分からないループは無かったから、向こうは大丈夫だと信じてる。
 原作はどうか知らんが貨物が積んであるところに爆弾が積んであると知った時は本気で終わったと思った。キッドがシェリーに化けているのは分かっているけど、脱出できるかどうかなんて分からない。爆弾のおかげでシェリーは死んだと判断されつつキッドは無事逃げられたので、多分原作通り。ただ全車両の上に爆弾が仕掛けてあるのは原作なのか?実は私が見ていない映画の話なのか?コナンも降谷さんも、ついでに沖矢さんも本気で気付いていなかったから、慌てて全部解体した。駅から離れるのに一苦労したよ…。
 更に記録は更新し、沖矢さん = 赤井さん、安室さん = バーボン = 降谷さん、コナン = 工藤新一、灰原哀 = 宮野志保だなんて盛大なネタバレがあった。安室さんと沖矢さんを相当警戒していた灰原哀も、これで少しは安心して過ごせるようになったことだろう。コナンも灰原哀も、宮野明美は死んだと思っていたらしく降谷さんから生存報告がされて、灰原哀はそりゃもう号泣していた。この時改めて自称死神こと、私の存在について情報共有が行われていた。過去に潜入捜査員が危うい状態になった時に現れたこと、毛利蘭が殺されそうになった時に庇った男が受けた怪我と同じ場所にあった傷跡、宮野明美の強盗計画が送られてきたこと、小さくなって組織から脱した直後に工藤邸まで運ばれたこと、そして先日の偽装の直後に現れたこと。一体何者で何が目的なんだーって、まさかすぐ近くで私が聞いているとは思わないだろう。なんかめちゃめちゃ凄い人というか重要人物扱いされててくすぐったい。ちょっと人生ループしてるだけの、本当は一般人なんですよ私は、て突っ込みたいわ。ループしなきゃこんなにチートになってませんって。
 それから数日後、妙な動きがあった。「死神の正体」を探っていた彼らだが、「何故死神を探してはいけないのか」と考察内容が変わっていたのだ。コナンと赤井さんの会話から降谷さんが探すなと言っていると分かった。「死神を探してはいけない」…これを降谷さんが言ったということは…。
 言われて探さない彼らじゃないよね。知ってた。工藤新一と会った時の姿のままを想像しているらしく、「左腕に傷跡のある二十代前後の男性」であると予想していた。長袖を着ている若い男を見る度に若干目の色が変わる彼らを見るのはちょっと面白かった。
 さて、ここまで順調だったから谷が来たのだろうか。最悪な状態に陥っている。灰原哀の姿をジンが見てしまった。シェリーと瓜二つの姿に、最初は子供かと思ったらしいが年齢的にそれはあり得ない。ドジンジンって言って悪かった、まさかシェリーが小さくなるなんてトリッキーな発想にちゃんと辿り着くと思わなかったんだよ。何が最悪って、毛利蘭も一緒に捕まっちゃったんだよ。赤井さんもコナンも降谷さんも、更に言うならベルモットですら知らないところで2人は連れ去られてしまった。灰原哀はジンの車で、気絶させられた毛利蘭はウォッカの車で別の場所へ連れ去られた。そう、同時に2人のキーパーソンが危ない。
 一度始末命令があったシェリーだがこの状況なら、チャンスがあるかもしれない。毛利蘭を助けた後でも間に合うかも。その場にいたなら私も何とかできたかもしれないが、残念ながらもう2人はそれぞれに連れ去られ移動中。ベルモットには接触したくなかったがやむを得ない。ベルモット、赤井さん、そして降谷さんに「毛利蘭がウォッカに、灰原哀がジンに連れ去られた」とメールを送った。どちらがより命の危険にあるか、両方だ。でも灰原哀ならまだ可能性は。
 宮野志保と関係がなくても組織にはそんなのどうでもいい。疑わしいのは殺す、それが組織の、いや、ジンのやり方。毛利蘭の身元が学生証ですぐさまばれ、そして毛利探偵の娘だとジンが判断したのも一瞬だった。毛利って苗字は全国的には珍しくないと思うけど、こんな狭い範囲じゃ身内だと思われても仕方ないかもしれない。同じ米花だし。
 毛利蘭にはベルモットが向かってるはず、灰原哀にはFBIが行くはずだ。コナンがどっちに行くかわからない。危険な状態にNEWで追加されたのは毛利探偵。見晴らしのいいビルの屋上で探偵事務所の向かいのビルを見れば、キャンティがライフルを構えていた。違うビルには前回赤井さんに邪魔された経験を活かしてしまったのだろうコルンがスタンバイしている。赤井さんが持ってるライフルの予備を勝手に持ってきているから、キャンティは何とかなっても今度は私がコルンにやられるかもしれない。私より毛利探偵だ。大丈夫、私は死なない。
 キャンティのライフルをピンポイントで打ち抜く。更に右掌もピンポイントで撃ちぬいた。利き手と逆で撃てるほどキャンティは器用じゃない、これでキャンティは潰せた。照準を直ぐにコルンに変える。向こうの照準も毛利探偵でなく私を狙っていた。こんな嬉しいことは無い。左頬に一瞬焼ける痛みが走った。コルンの銃弾がかすったと気付いたのは、キャンティ同様にコルンのライフルと両方の掌を撃ちぬいた後だった。コルンなら利き手じゃなくても打てそうな気がしたから、念のため。分がないと直ぐ判断してくれた2人は直ぐにその場からいなくなってくれた。探偵事務所の近くに1台の車が止まる、中から風見さんが出てきた。公安が来たなら毛利探偵はきっと大丈夫だ。後2人。
 車をかっ飛ばして毛利蘭がいる場所へ向かう。念の為と毛利蘭の腕時計にこっそりGPSをつけていたのが役に立った。しかしなんたる不幸か、ベルモットもFBIも、更には公安もまだ彼女を助けられていなかった。舌打ちを隠さずウォッカの車に思い切りぶつけてやった。偽名で借りているレンタカー、後でお金だけレンタカーの会社に送っておこう…。めっちゃ壊れた。
 恐らく衝動でだろう毛利蘭が目を覚ましたらしく、車から直ぐに出てきた。ウォッカも同様に直ぐに車から出て、そして彼女に銃を向けた。
「っ伏せろ!!」
 形振り構っていられない、変声器も使わず声を上げる。毛利蘭は振り返ってしまった。彼女の瞳に、銃口が写る。過去に銃弾を避けていたとはいえ結局彼女は一般人でしかなかったんだと、彼女の揺れる瞳で理解した。毛利蘭に飛びつき抱き伏せる。左肩に一発食らう。首筋にも一発かすった。これは流石に死ぬかと覚悟するより前に、猛スピードで車が来る音がした。
「チッ!もう来やがったのか!」
 走り去る音にハッとしてウォッカを見る。あいつあんなに足早いんだと緊迫感のない感想が心に出た。
「だ、大丈夫ですか!?怪我は!?」
 それはこっちの台詞だよとは口に出さず、毛利蘭の頭から足先までなめるように見る。怪我、無いな。死神スタイルのおかげで銃弾は食らったがはっきりと血の色は見えない。このままとんずらできそうだ。痛みは無視、感じたら多分動けなくなる。
 こちらに向かっていた車は複数台。目を凝らすとジョディ捜査官が運転しているのが見える。もう大丈夫だろう。灰原哀はどうなった。このまま走り去ろうとすれば間違いなく逃さないよう毛利蘭は私を掴むだろう。ごめんねーと心の中で呟きながら思い切り彼女を突き飛ばす。尻餅をついた彼女に一瞥もくれず、私も走ってそこから去った。

 結果を言うなら、間に合わなかった。毛利蘭のもとにも何で誰もいなかったんだと思ったが、そうだ、私は「連れ去られた」とメールはしたけど「どこへ」とは伝えていなかった。その時は私もどこへ連れ去られるか分からなかった。いや、GPSの情報を流していればよかったんだ。灰原哀は探偵バッジがあるからコナンが分かる。いや、幼馴染と灰原哀の両方が危険な状態で、コナンはどちらに向かうのか分からない。そもそもコナンにはメールしていなかった。やってしまった。
 殺すだけ殺して死体は放置したジンには感謝すればいいのか分からない。心臓を貫かれ息絶えた少女が確かに灰原哀…宮野志保だと私は認めた。探偵バッジは持っていなかった。どこかで捨てられてしまったのかもしれない。赤井さんに住所だけ書いたメールを送った。
「…あー、ごめんなぁ、間に合わなかった。いくらループして何度も死体見て来たって言ってもね、ついさっきまで生きてた人間が動かなくなる姿を見るのは、結構、ね。ほんとごめんなぁ、調子に乗ってたかもしんないわ…」
 両手を合わせ、屍に話しかける。ああ、ループする前に私を思い出したらしい降谷さん聞きたいことがあるな。死神スタイルのコートを彼女にかける。ゴーグルもマフラーももう必要ないな。帰る途中の近くの川に投げ捨てた。
 降谷さんは、安室透として毛利探偵や毛利蘭に付き添い警察病院にいるという。勿論表向きの話だ。毛利探偵も毛利蘭も、公安の保護下に入るようで公安の人間が近くをうろついている。毛利蘭が保護されたと聞いたコナンは灰原哀を助けるために動いていたようだ。風見さんが運転する車で警察病院へ来たコナンに声をかける。風見さんは駐車しに行って今ここにはいない。
「あ、ちょっといい?」
「お姉さんごめん僕急いでるんだ」
「すぐ終わるよ、ふ…安室さんに伝えてほしいんだ。アンラッキーバレンタインって」
「…お姉さん、安室さんとどういう関係?」
「関係はないよ、“安室さん”とはね」
 警戒をしているコナンに苦笑し、乱暴に頭を撫でた。ビクッと身体を強張らせながらも為されるがまま。このサイズだと可愛いんだけど、大きくなると若干憎たらしく見えるのはなんでだろう。
「気になるなら聞いてみなよ、“ゼロの兄ちゃん”に」
 分かりやすく目を見開いたコナンの表情は、過去に私が仲良くなった回で私が組織の人間と知った時と同じ驚き方をしていた。

 昼間は寧ろ暑い時期だけど、流石に夜の高台は肌寒い。車の音と共に周囲が明るくなる。ヘッドライトをそのままに降りてきたのは降谷さんだ。
「おっす。そういえばこの歳で会うのは初めてかも」
「…つまりその前に終わってたってことか」
「全力でやってダメだったらしんどいじゃん。いきなりゴールを目指すより、ポイントを決めたほうがいいかなって」
「…このタイミングで会うってことは、彼女は…宮野志保はキーパーソンなんだな。毛利探偵も、蘭さんも含まれている。…そして新一君も赤井も」
「降谷さん的推理を聞かせてみてよ。参考になるかもしれないし」
 複雑そうな表情を浮かべ、降谷さんは、恐らく降谷さんにとっては3度目の人生においての推理を述べてくれた。
「キーパーソンの基準は、恐らく組織も関係あるだろう?明確なものは分からない。俺たちの前にその姿を現さなかったは、キーパーソンが死んでしまう条件の一つだから。多分君の姿や声、名前を知られるとアウトなんじゃないか?…俺は君を思い出したけど、その後に自分の身に危険が及ぶことは無かったから、恐らく思い出すこと自体はセーフ。君が何もしていなければ、の話だけどね」
「うんうん、大方合ってるかな」
 キーパーソンが組織に関係ある、というのはニアピンだ。毛利探偵は一度組織に目をつけられたから関係がないとは確かに言い切れない。だったら、本当に関係のない探偵団の子供たちまでキーパーソンになるのはおかしい。コナンや灰原哀、キュラソーを介して接触していると言えばそうではあるが、結局彼らはそういう意味で接触してはいないから違うだろう。
「皮肉なことにさー、キーパーソンが死なないと終わったかどうか分からないんだよね。でもこれまでの経験から条件は分かった。キーパーソンが死ぬ条件は降谷さんの言う通り、私の存在が認められると死んじゃうみたいだね。回避するには私が見張るとか助けるとかしないといけない。あとは強制イベントよろしく殺されたり事故にあったりで死んじゃうこともあるかな」
「終わる条件に目途はついているのか?…組織が壊滅するとか」
「組織壊滅は条件の1つだと思うんだけどねー。試したんですけどダメだったんよ。壊滅後にキーパーソンが死んでやり直し」
「それだけ繰り返したんだな…。納得できたよ。スコッチの件も、俺たちのことをやたら詳しいのも…」
「因みに公安に入った時は風見さんが死んじゃったんだよな」
「あいつもキーパーソンなのか…」
「降谷さんの言う通り、降谷さんが思い出したっぽいって分かってから様子は見てたけど私は何もしてないから、思い出すだけならセーフみたいだね。因みに思い出したきっかけは?」
「…安室として探偵の仕事をしているときに、依頼人からお礼だってコーヒーとチョコレートをもらったんだ。車の中で。その時は何か重なるなくらいだったんだけど、病院に行ったあたりかな、徐々に思い出したんだ」
「なるほどねー…うーん、思い出すのを阻止するのはできなそうだな…」
「思い出してほしくないのか…?どうして…」
「私はさ、客観視できてると思うんだ。そりゃキーパーソンと友達になった回もあったさ。でもその友達だって打算的だし次に活かすためだのなんだの、本当の友達ってやつにはどうしたってなれない。その点降谷さんはきちんと友人で、同僚で、部下で……親しい相手が何度も死んで、それを助けられなかったとなればきっと苦しむ」
 親友を含む同期の友人がキーパーソンじゃないことは気づいている筈だ。でなければ降谷さんとのあの1年間は存在していない。諸伏さん以外の3人を降谷さんが救うのはかなり難しい。
「それでも俺に姿を見せてくれるくらいには、俺には許してくれてるんだろ?」
「絆されたのかもね。降谷さんと会った時はまだ3回目だったし、唯一私の事情を知っちゃってる人だから」
「………」
「…………っていうのは後付け、実際のところ単純に顔が好みだから」
 重くなった空気を誤魔化すように別の理由をつける。顔が好みは実際そうなのですべてが嘘ではない。
「意外に面食いなんだな」
「赤井さんみたいな仏頂面が微笑むのを見るのも中々ギャップ萌えで好きだけど、私が赤井さんを初めて見たのが死体だったからそっちが強くてねー。降谷さんの時は笑顔からの絶望顔だったかな」
「赤井が死んだ過去もあったのか」
「2回目だよ2回目。時期的には丁度2年前だから、多分NOCバレしてジンから逃げてる時に殺されたんだと思う。ぶっちゃけ許されるなら赤井さんが生きてる鼓動をこの身で感じたいね」
「それは妬けるな」
 妬けるってなんやねんと降谷さんを見ると、それはもう、今まで見たことのないくらい穏やかな、優しい、それでいて何故か泣きそうな顔をしていた。やがて潤む瞳から一筋零れ落ちた。
「なんつー顔してんのさ」
「君が泣かないからだろ」
「こういうのって定石としては男女逆だと思うんだけど」
「煩いなぁ、いいだろ、君が弱音を吐かないなら、辛くても悲しくても笑うなら、俺が代わりに泣いたって」
 つーっと綺麗な涙を流す降谷さんはそりゃもう絵になるほど美しくて、思わず吹き出してしまった。
「そこは笑うところじゃなくて、涙をぬぐってくれるもんだろ、定石としては」
「ごめんごめん、あんまりにも綺麗に泣くもんだからさ」
 ケタケタ笑いながら降谷さんの顔に手を伸ばし涙をぬぐう。降谷さんは私の手をそのまま掴み頬擦りした。
「俺にとって君は死神だ。だから、君がいないと死ねないんだ」
「なんじゃそら」
「依存でも刷り込みでもなんでもいいよ。君がその運命から抜け出せた暁には、今度こそ君の名前を教えてほしい」
「え、探さなかったんだ私の名前。どこまで思い出してるか知らないけど、あの1年の行動パターンから探すのなんて簡単だと思うけど」
「君から聞かなきゃ意味ないだろ。…もう遅い、家まで送るよ」
 降谷さんに手を引かれ車に乗る。降谷さんの運転する車に乗るのは…まあ初めてではない。
 カーチェイスを繰り広げられるくらいにドライブテクニックのある降谷さんは、こんな運転できるんだと驚くくらい穏やかに運転していた。あそこの店は美味しいだの、あの店は売ってるものは良いけど入りづらいだの、本当に他愛のない世間話をしていた。舟をこいでいる私に気付いた降谷さんは、車を止め私の右手を握った。
「…眠いんだな」
「良い子はもう寝る時間だからねー…」
「……なぁ、名前…」
 ゆるりと降谷さんを見る。母親においてかれる子供の様な、そんな眼差し。
「だからなんつー顔してんだよ。ったく、終わったらちゃんと報告してやっからさ。…またな、零さん」
 くしゃりと降谷さんの頭を撫でて、私は静かに瞳を閉じた。