強くてニューゲーム

 果たして今の実力でどこまでいけるのか。多少法に触れてもいいから試してみることにした。
 萩原さんの日。最初っから爆弾仕掛けなければいいだけの話なんだけど、そうすると別の爆破事件で予想通り防護服着ずに解体しようとして吹っ飛んだので、しっかり事件は起きてもらった。簡単な話だ。爆発物の置かれる近くの部屋に侵入し、タイミングを見計らって外に出るだけ。萩原さんは残念ながらキーパーソンではないので姿を隠す必要はないが、降谷さんの同期だしどこでバレるか分からない。母親の化粧を借り見た目の年齢を十歳ほど上げる。少ない小遣いでウィッグを買い、父親の持ってる服でシンプルなものを借りてアメリカ人の少年を作り上げる。
「なっ、避難は終わったんじゃなかったのか!?」
「What?Who are you?(何?誰?)」
「くっそ、とにかくこの子を下に連れて行ってくれ」
 別の警察官が私を連れて行こうとする。怖がるふりをして萩原さんの背後に隠れた。
「Who are these people?What?Scary!Hey you, What is going?(この人たち誰?何なの?怖いよ!ねぇ何が起きてるの?)」
 防護服に怯えてたらかえって萩原さん着なくなるかな…。仕方ないから俺が連れていくという萩原さんに手を引かれ、エレベータは止まってるので階段を降りる。一階も降りていないところで、マンションが大きく震えた。その大きな揺れでバランスを崩しながらも萩原さんは私を庇おうとした。ひらりと躱す、萩原さんだけが階段から落ちた。頭は庇えたようで、強打した左肩を押さえている。ゆっくり階段を降り萩原さんを見下ろしながら苦笑した。
「防護服着なかったから死んだ、なんて聞いたらオトモダチがどんな思いするだろうね?」
「なっ日本語!?」
 どこぞの怪盗や大泥棒の様に声帯模写はできなかった。しかし声は変えられる。
「自分が死ぬことより死んだ後のこと、考えて行動しなよ」
 痛みで悶える萩原さんを放置し、私はその場を去った。
 妃弁護士が勝訴した裁判は医療裁判だった。そういう系って専門の弁護士がいると思ったけど、妃弁護士はオールマイティだった。奴が事件を起こさなければ捕まえることはできない。あの事件は計画的でありつつ証拠など一切無いものだからだ。動機はあっても手にかけるまで、武器を振りかざすまで事件にできない。しかもいつ起きるのか分からないのだ。だが今回は運よく分かった。なんせ毛利蘭の周辺をうろちょろしてるもんだから。工藤新一が隣にいるのも気に留めず、ナイフを振り上げた瞬間に男と毛利蘭の間に立った。残念ながら子どもの身体では男が全力で振り下ろした腕を食い止めることはできない。左腕に深く突き刺さったナイフをそのままに、男の鳩尾に一発あてた。わざと厚着をしてきたから血は滴り落ちていない。刺さったナイフをそのままに振り返る。驚愕で目を見開く2人の無傷に安堵し、周りの目も気にせずその場を去った。追いかけてくる2人を振り払うのなんて簡単な話だよ。左腕の手当ての方が大変だったね。包帯を買って目ざとい探偵に気付かれる可能性を考え、古着を切って包帯にし普段は長袖で生活した。勿論、彼らの前に現れた時も男装していた。
 松田さんの日は萩原さんの時より簡単だった。松田さんより先に観覧車に入り爆弾を解体。警察が気付く前に病院の爆弾も解体。公衆電話で警察に通報しとんずら。萩原さんと松田さん、話を聞いた伊達さんが私を探しているという情報を入手した時は特に驚かなかった。過去にもあったからね。私に辿り着く可能性は降谷さんが警察官にならないくらいの可能性かな。
 諸伏さんの時は緊張したね。また降谷さんがNOCバレしてたらどうしようって。一度諸伏さんがNOCバレしないよう工作してウィスキートリオ存命のまま原作に入ろうとしたことがあったけど、諸伏さんがNOCバレする原因となった公安の協力者のせいでウィスキーもキールも死んでしまった。降谷さん、自分の瞳より明るい色した海に捨てられてた。
 隣のビルから屋上を眺める。やってきた2人の男がビルで揉みあう。諸伏さんが赤井さんから拳銃を奪った。そして銃口を赤井さんに向けた瞬間、屋上に飛び移りながら拳銃を撃った。衝撃で手を離した諸伏さんと何が起きたか分かっていない赤井さん。2人が漸く拳銃を撃ち落とされたと気付いたときには、私はその拳銃を拾っていた。右手の拳銃は、赤井さんのセーフハウスから拝借したもの。私を取り押さえようと咄嗟に動いた2人の心臓に、それぞれ銃口を向けた。
「お前…誰だ」
 まるでスキーに行くかのような格好。流石にスキーウェアは来てないけど。黒いニット帽に周りからは目が見えないゴーグル、鼻まで隠すくらい巻いている黒いマフラー。体格が見えない黒いコート。十センチアップのブーツもまた黒。あんまり身長高くないから、それでも成人男性には見えないだろうな。
 警戒心マックスの2人に答えず、銃口を向けたまま後ろに下がる。カンカンと聞こえてきた足音に慌てたのは諸伏さん。しかしその身を滅ぼすための道具はない。屋上に新しく現れたのは降谷さんだったことに酷く安心した。
「!…これは一体どういう状況ですか?」
 降谷さんは私を探している様子はなかったから、やっぱり思い出せていなかったか。思い出すのはやっぱ死ぬときか、死に際に私を見ることかなぁ。そっちは試したくないからやめておこう。
 あー降谷さんの声、何年ぶりだろ。なんだかんだここ数年、数回か、は降谷さん見ずに終わってたからな。
 まだ3人はそれぞれがNOCだとは知らない。第三者に知らされるのは彼らにとって不安を煽るものでしかないけど、この場で平和的に解散するにはお互いの立場を知ってもらうのが手っ取り早い。3人がお互いがNOCだと知っているときが1番人生が進んだ時だったし、その方が明日に近いだろう。左手で持っていた拳銃を下に落とし、ポケットからボイスレコーダーを取り出し再生した。流れてくる音声は事前に取った声を加工したものだ。
「赤井秀一、連邦捜査局から組織に潜入するNOC。諸伏景光、警視庁公安部からのNOC、降谷零、警察庁警備局警備企画課からのNOC。敵は目の前の味方ではない。……せいぜいこの死神に会わないよう気をつけるんだな」
 流れる音声に、目に見えて3人の空気が変わった。そりゃそうだ、見知らぬ人間が突然自分の身分を明かしてきたんだから。ボイスレコーダーをポケットにしまいなおし、コートの内側から二つの黒い封筒を出し地面に置いた。それぞれ「FBI殿へ」「公安殿へ」と書かれている。中にはそれぞれの情報を組織や裏社会に流している人間のリストが書かれている。
 右手の拳銃を落としたのを見過ごす彼らではなかった。拳銃が地面に落ちる前に、赤井さんは一気に間合いを詰めてきた。左腕の怪我は治ってないから掴まれたら振りほどけない。捕えようとする赤井さんを躱し、階段を目指す。屋上の壁は飛び乗るにはちょっと高かったから、階段から上手いこと逃げるしかない。原作で頭に思いっきり発砲受けた赤井さんなら、多少強く当たっても問題ないっしょ。ぎりっぎりで躱してからバランスを少し崩した赤井さんの首裏に肘鉄をかます。本気じゃないから気絶はしないはず、ここでされたら公安組が困るかなって。
 逃げられると判断した諸伏さんが今度は捕えようとしてきた。ルパンが逃げるときってこんな感じよねとか場違いなことを思った。諸伏さんはさっきので右手がまだしびれている筈だ。私を捕まえようとしているから体重は前傾、そこで更に右手を掴み強く引いた。バランスを保とうと思わず前に出した左足を右足で掬い上げた。背中から割といい音立てて叩きつけられてたけど、現役警察官だし大丈夫っしょ。この程度の強打で今後に影響したことは今のところない。
 最後は降谷さん、だが、流石に拳銃持ってた。間合いを詰めたけど銃口を向けられてしまった。困ったな。
「その身のこなし、先ほどの音声、あなた何者です?」
 セーフティが外された拳銃はいつでも私を撃てるようだ。だが私はここで死なないと確信をしている。降谷さんが相手だからじゃない。
 ありがたいことに、私がこのループの中で殺されることは一度もなかった。重傷重体になることはあっても、死に至ることは今の一度もない。死んだらループが終わるような気はしてるけどそれは完全なる負けだろ。強くてニューゲームしてるのに負けるとか笑いも出ない。
「膝立ちして、両手を後ろに」
 指示に従うふりをし右膝をつく。左足を浮かした瞬間に拳銃を持つ降谷さんの腕を思い切り掴んだ。体重をかけ、降谷さんは地面に伏した。よくある刑事が犯人を捕らえるように拳銃を掴んだ右腕を背中に抑えた。その途中で聞こえた発砲音とわき腹の激痛には気付かないふりをして。降谷さんが地面に伏したが赤井さんと諸伏さんは態勢を整え直してしまった。しかし私の背後には階段。すぐさま階段から地面に飛び降り、お借りした諸伏さんの車でその場から去った。