強くてニューゲーム
2
大事な勝負をぶっつけ本番で挑む人間はあまりいないだろう。入念に準備して、勝つつもりで挑む。準備せずに勝とうなんざ「どうして勝てると思ったのか」としか思えない。というか、勝てる勝てないはともかく本気で挑んで勝てなかったら萎える。それが重なってみろよ、どうでもよくなるじゃん。まさに絶望の海に飲まれる。
「金曜日が終わらない」という児童書がある。コナンの世界には見つからなかった。あれと同じであるなら、正しく生きるか、もしくはハッピーエンドを目指せばいいわけだ。
明日を始めるために、暫くは準備期間として捨てることにしよう。
まずやったのはキーパーソンが死ぬ条件探し。1回目では原作までいったのに2回目と3回目は原作にすら辿り着かなかった。数回色々試した結果、どうやら相手に私自身を認識されるとアウトだということが分かった。1回目と2回目はそんな記憶ないけど、もしかしたら私の気付かないところで認識されていたのかもしれない。3回目は、早々に工藤新一としっかり対面していた。その時に毛利蘭もいた気がする。
認識の範囲はどのくらいだろうと更に数回試してみた。分かってることをもう1度勉強するより新しい知識を覚えて次に活かそうと、繰り返す度に違うことを吸収した。英語は人生3回くらい使ってマスターした。爆弾解体とか重火器の扱いの方が楽ってどういうことだよ。組織に入ったり警察に入ったりFBIやCIAとかそういうところに入ったりもした。認識の範囲は私の存在が認められることではなかったのは安堵しかない。着ぐるみを着てたり変装してたり自分の素顔が見えない状態で会えば問題なかったのだ。その時に死んだのは変装を見破ってしまったベルモットや工藤有希子だったのは言うまでもない。
降谷さんの様に、認識したけど死ななかったパターンは勿論あった。けれどその後に来るのは必ず絶望だった。例えば最愛の人の死、例えば下半身麻痺、例えば記憶障害等々。その絶望の時に私が深く関わるとキーパーソンは死なないようだ。認識されたら第1ライン、そこを突破し第2ラインへ到達したとき、私との親交度というか好感度みたいなもので生死が決まる。何てめんどくさい…。それなら最初から認識されない方が遥かに楽だ。最初から深く関わってみるってのも手だったけど、知りすぎる私への不信感がありゃ好感度が上がるわけがない。あの時の降谷さんの様に、本当に独りぼっちになった人はいなかった。だから最初から深く関わるのはやめた。自分が生きる為に友好関係を築くなんて、明日を迎えた後に空しくなるんじゃないかって。つかそういうのまで考えて動くなんて頗る面倒くさい。
まるでゲームでもしてるかのように繰り返してたけど、生への執着は人並みにはあったと思う。自分が死にそうになった時は生きようと這いつくばったし。でもキーパーソンが死んだときはダメだった。「あ、このターン終わったわ」とあっさりその人生を諦めた。意外にも死にかけたことはあったが実際に殺されたり勿論自殺したりしたことは無かった。面白いよね。ああ、ここでいう自殺はターン終了発覚前に、の意だ。
そもそもキーパーソンが死ぬ原因を根本から叩き壊せば良いのでは?その考えに至り試してみた。勿論本気ではない。それでダメだったらつらいじゃん。
まず1番の要因になりそうな組織を原作が始まる前に潰してみた。流石に何度も組織入ったからね。警察サイドからも探偵サイドからも、加えて組織サイドからも見たわけだから、分からないことがないわけがない。幹部も構成員も捕まえては身動きが取れないよう縛ったり眠ってもらったりして、そこに警察が来るように仕組んだ。昔毛利蘭を殺したやつと同じ奴が今度は妃さんを殺してその回は終わった。組織が滅んで気が緩んだ時に会ってしまったのが不味かったらしい。それと、組織の壊滅がループ脱出条件でないこともこれで分かった。
組織に入ったし警察にも入ったけど、人をこの手で殺したのはあの夜の降谷さんだけだった。そして、降谷さんが死んだのを私が認めたのもあの夜だけだった。だから「降谷さんなら死なないんじゃないか?」と淡い期待を抱いて会ってみた。仲良く、はなれなかったけど知り合い位の立ち位置にはなれたと思う。降谷さんのご友人方の死に方は回数重ねて把握した。原作時点で死んでいるキャラなら死んでも問題ないと思うじゃん?でもさ、自分の未来に不要だからと見殺しにするには降谷さんがどうしても気がかりになってしまった。分かってるさ、仕事の中で死んで、降谷さんはそれを知っても前を向いて生きるんだろうって。…本当に?降谷さんは本当に前を向いて生きてくれる?彼は紙面のキャラクターじゃない。未来に絶望しままならない日々を過ごしたただの人間だ。それに、繰り返しの日々の中で私も彼らと接触しなかったわけじゃない。「物識りだね」と褒めてくれた萩原さんを、「ませたガキだ」と頭をぐしゃぐしゃに撫でてきた松田さんを、「あんまり無茶なことすんなよ」と心配してくれた伊達さんを、「俺のサンドイッチ、気に入ってただろ?」とお昼をともにした諸伏さんを、…………見殺しに、なんて……。
楽な方法を選べば早いんだろう。分かってるさ、だって彼らは原作で死んでいる。わざわざ助ける必要なんて無い。危険をおかしてまで助ける余裕なんてないだろう?それより死なせてはいけない人がいるのだから、そちらをどう生かすかを考えるべきだ。
……なんて、何様のつもりなんだ……ああそうさ、助けたいと思ってしまった。未来に不要?ふざけんじゃねえ。
萩原さんも松田さんも救出。伊達さんはまだ先。今年死ぬはずの諸伏さんは降谷さんの足音で引き金を引く。諸伏さんは拳銃を持ってないから、降谷さんを足止めするより赤井さんを足止めしたほうが確実だと思った。「NOCを始末しろ」と傍受したから、赤井さんが廃ビルに来ないよう情報錯乱をした。だというのに。
「こうなるなんて思わんじゃんか」
廃ビルの屋上、私の足元には気絶しているジン。腹から血を流し息も絶え絶えだのは降谷さんだった。ゴフッと血を吐く。私を見上げる瞳は「どうしてここに」と聞いていた。
「…この出血量じゃ間に合わないな」
NOCバレしたのは降谷さんで追いかけてきたのはジンだった。銃を撃ったのはジンで無抵抗のままこうなってしまったのは降谷さん。こんな展開は想像してなかったから出遅れてしまった。ジンを気絶させたはいいものの、降谷さんは助けられない。
「医療技術か、次はそれの勉強だな」
降谷さんの身体を起こして壁に凭れ掛けさせる。
「流石に怪我した成人男性を運ぶのはちょっときついな…。ごめんな降谷さん、やっぱ直接会っちゃまずかったみたい」
安室さんとして知り合っている私から本名が出てさぞ驚いただろう。弱々しく私の左手を掴んだ。しかし口から出た言葉は予想外だった。
「おれの…しにがみ…?」
「…は?まじ?」
おいおい、あれから何回繰り返したと思ってるんさ。その間に直接降谷さんと会ったことは無いけど、もし降谷さんは覚えてたら辛かったんじゃないか?終わりのない今と始まらない明日。訳も分からず繰り返す生死。
「…はは…いま、おもいだすなんて」
杞憂に終わった。たった今思い出したらしい。ホッとすればいいのか思い出した途端死ぬことに絶望すればいいのか。
「降谷さんはどこまで覚えてるか分からんけど、私が降谷さんを殺してから今回まで繰り返した回数は両手からあふれるよ」
「そ、んなに…」
「…あーあ、ったくそんな寂しそうな顔すんなよ」
降谷さんの左側にドスンと座る。意図的か偶然か、降谷さんの身体が私に傾いた。降谷さんの頭が私の頭にこつんと当たる。
「どうやらキーパーソンが私そのものの存在を認めたらアウトみたいなんだよね。だから次会うとしても、それは仮初の姿かな」
「…つらくない、のか…」
「つらいと感じたことは無いかなぁ。ただ全力で人生楽しめなくなったのは、ちょっと残念かも?」
一度しかないから悩んだり苦しんだりする。その先の喜びや嬉しさは谷があるからこそ楽しめるのだ。
「降谷さんが思い出したのが、私に名前を呼ばれたからなのか今際の時に私を見たからか分かんないけど、私に会う前に降谷さんが思い出す可能性も無きにしも非ず、なんだろうな。どうしよっか」
「…さがす、から…君のこと…」
「ほー、イケメンに探されるなんてこんな気分の良いことないね。期待せずに待ってるよ」
力なくきゅっと手を握られた。ごめんごめんとケタケタ笑う。
降谷さんはもう意識も朧気だ。あの時の様に、右手を降谷さんの瞼に宛がう。
「降谷さんに見つかるのが先か、降谷さんが幸せになるのが先か、楽しみにしてるよ。おやすみ、零さん」
繋がれた手の力がなくなる。呼吸音は一切聞こえない。まったく、これじゃ本当に私は死神じゃないか。