強くてニューゲーム

 最初に気付いたのはコナンの世界に転生したということ。工藤新一の3つ上、つまり原作時は20歳で飲酒喫煙ができる年齢。原作読まず、wikiで得た情報で二次創作を漁っていた。主に腐ったもの。映画は見てたけど、月日が経てば朧気になるよね。見たいミーハー心はあれど、下手に関わって彼らの未来が変わったり私自身が死ぬのは嫌だから、例え米花に住んでいても関わることも見かけることもなかった。米花って広いんだね、20年間生きててたった1度しかエンカウントしなかったよ。朧気な記憶の中にある時計じかけの摩天楼で、きっと今コナンが蘭に爆弾解体させてるんだろうなって、米花シティホテルの中継映像をテレビで見ていた時。あれ、これエンカウントしてないね。まあいいや。そのホテルはその時、爆発しないはずなのに何故か爆発した。あの映画館のある階が。私の知ってる展開と違う、もしかしたら違っていた?食い入るようにテレビを見てたのに、その爆発が最後だった。
 主人公だし死ぬはずがない、それは結局二次元の話だって感じたのは2回目を迎えた時。あの夜は、でもまあ多分助かったろ、そう思って寝た。目が覚めたら身体が縮んでいた。それが薬によるものでも再び転生したことでもなく、過去に戻っただけとようやく気付いたのは闇の男爵を本屋でみかけたから。赤ん坊からのやり直しじゃないのは救いと見ていいのか微妙だった。前回、やはりコナンが死んでしまったから、だから過去に戻ったのでは?と予想をして工藤新一に接触したのに、当人は全く覚えてないようだった。コナンが死ぬとループする予想を裏切られたのは、人気のない道で赤井秀一の死体を見つけた時。私の想像していた死体を見た時の反応は、彼女らの様にキャーと叫んで震える様、もしくは驚きと恐怖で声も出ず動けなくなる様。実際の私の行動は、110と119へ冷静に電話をしていた。サイレンを鳴らし猛スピードでやって来た車から降りてきた女性がジョディ・スターリング捜査官だと分かったとき、時間差で恐怖が身を支配し血の気が引いた。思うと車が来るまでの時間ずっと死体を見ていた気がする。やっと人が来た、その安心感から多分貧血で気を失った。それが最後の記憶。
 コナンの死だけではループを止められないと理解し3回目を迎えた。赤井秀一、彼も死んではいけない人間のようだ。要するに原作で生きている筈の人間が死ぬのがマズイのか。でも原作で生きている筈の人間は全員把握できないし、そもそも原作の完結を私は知らない。ここで死ぬ人間、生きる人間、そんな運命分かりもしない。記憶に覚えている限りの人物をリストアップしデータをまとめた。アメリカを拠点にしてる赤井秀一を生かすなんて私にはできない。英語すらまともに喋れないし、いくら4度目の人生だからって頭がいいわけじゃない。大学受験すら必死に勉強してなんとか受かる私に何ができるだろう?謎々の答えを探すように考えたけど全く思い浮かばなかった。

 正面から記憶の底に沈んでいた見覚えのある5人組が談笑しながら歩いてきた。警察学校組って言われるやつだ。過去2回1度も会ったことなかったなとそのイケメン顔をガン見していたらトラックが突っ込んで来た。5人のところに。救急車で運ばれ、あの中に降谷零がいたはずだからこれは詰んだかなと冷静に判断したのに、目が覚めても過去に戻っていなかった。事故はニュースになっていた。実はみんな生きているのか?そんな期待を元に、事故現場から搬送先の病院にあたりをつけ向かってみた。子どもだからね、お兄ちゃんのお見舞いにって言えば病室教えてくれるんだよ。看護師の話から4人が亡くなったと分かった。残る1人の病室に行くと、まだ意識が戻らない1人がベッドに横たわっていた。
 サラサラした髪を撫でる。確かに温かい、生きている。体中包帯を巻いている彼は左腕が無かった。彼の両親だという夫婦が来た時は「遊んでもらった」と嘘を吐いた。数日通って、目が覚めたのは私しかいない時だった。
「おはよう、降谷さん」
「…?……ぁ」
 声が掠れて言葉が出ていない。医者も呼ばす私は降谷さんに話しかけた。
「トラックに跳ねられたんだ。他の4人は先に逝っちゃったって。降谷さん、左腕無くなっちゃったけど、生きてるよ」
 ゆっくり聞き取れるように話しかける。頭を強く打ってるから障害が残ってるかもしれない。そう思ってたけど降谷さんは脳に障害は残ってないようで、私の言葉を理解し目の色を絶望に変えた。よく考えたら寝起きの降谷さんに「生き残ったのはお前だけだ」と言外に伝えたの、我ながら酷いやつだったと思う。
 降谷さんは私が誰かとかそんなことも聞かず、呆然と日々を過ごしていた。目に浮かんでいるのはただただ喪失感。左腕を失い、後遺症で歩くことができなくなり、何よりも友を一気に失った。カウセリングを受けているのに、一向に回復する気配がない。降谷さんがこの状況なのに過去に戻る気配はなかった。だから死にさえしなければいいのかもしれないと1つ情報を得ることができた。
 どんな言葉を掛けてもどんなにカウセリングしても、精神的に回復する気配のない降谷さんに降谷さんの両親が投げてしまった。車いすでも生活できるバリアフリーの広い部屋を借りると、たまに降谷さんの様子を見に来はするも基本干渉せず。回復しないと言ってもそこまで酷いものじゃない。言葉に反応するし、自分のことはできる限り自分でやろうとしていた。ただ、ぼーっとしてる時間が長く無気力で未来に絶望をしていた。
 話ができるくらいには回復したのに、私のことを一切聞かなかった。どうでもいいんだろう。しかし想像と全く異なっていた降谷さんを放っておけず、というのは綺麗事でループの条件を更に絞るために降谷さんの家に通った。以前と同じように生活できないことに、降谷さんは目に見えて情緒不安定だった。些細なことでイライラし、かと思えばできないことに涙する。私は何も言わず降谷さんの怒りや悲しみの言葉にただただ頷いた。
 そんな生活がなんだかんだ1年続いたある日のこと。誰が予想するだろうか、まさか毛利蘭が死ぬだなんて。
 敏腕弁護士の母親が勝訴した裁判で、訴えられた方が逆上して娘である彼女を殺した。百円均一の店から出たら、向かいのスーパーの駐車場、男が彼女をめった刺しにしているのが見えた。
「恨むなら母親を恨むんだな!」
 周囲の人に取り押さえられ鼻息荒く男は言い放った。走って来た工藤新一が彼女を抱き寄せ絶叫している姿は堪えた。
 共働きで運よく今夜は帰ってこない両親あてに最期の手紙を残す。リビングのテーブルだとすぐに分かってしまうので、私の机の上に置いた。
『思わぬところに落とし穴が!ふりだしにもどる』
 警察学校組が事故にあった時から用意していたあるセットをボストンバックに詰めて家を出た。
 降谷さんの家に行くと、ぼーっと外を眺めていた。私が来たことに気付くと、1年経っても変わらない仄暗い目を私に向けた。
「残念ながら今回も終了みたいなんだ。降谷さん、私は今なら死神になれるけどどうする?」
 目に少しの光がささった。それはまるで薬にすがる中毒者がようやくブツにありつけた時の様。
「あいつらが死んで、夢も未来も消えて、両親に見捨てられ、もう君しか残ってない」
「私が降谷さんのとこにいたのは降谷さんの為じゃないよ。いたって自己中心的な、そうだね、もしかしたら献身的な自分に酔っていたところもあるかもしれない」
「どうでもいいよ、君の事情なんて。酷いことしても喚いても、いつも変わらずずっといてくれたじゃないか」
「そういうのを依存って言うんだろうなぁ。それで、どうする?頷いたらもう戻れないよ」
「このまま生きていても何もない。自殺すらできないんだ、君がいなくなったら俺はどうすればいい」
 じゃあ決まりかな。降谷さんの車椅子を押し、降谷さんの車の助手席に乗せる。キーは勝手に拝借しエンジンを付けた。
「君小学生だよね、運転できるの?」
「見た目のわりに中身は降谷さんより生きてるよ。色々あってね」
 足が届かなくて座席をかなり前に出した。夜、暗闇に紛れ車通りの少ない道を進んでいく。降谷さんが運転して「君高校生?」って言われたら免許証出してごめんで終わりだけど、流石に私はそれがきかない。明らかに身長が小さいし、免許証もない。とにかく人通りを避け、目的地に向かった。
 米花も杯戸も見渡せる規制線の先の高台。雪の舞う夜景は幻想的だ。周りには人っ子一人いない。車に乗ったままでも見える景色は色鮮やかだ。残業の産物、なんて言ったら流石に夢がないか。
「最期に見る景色が綺麗な夜景だなんてロマンチックだね」
「ロマンなんか求めてないよ。ああそうだ、これあげる」
 元々渡すつもりだったチョコレートを、自分で封を開け差し出す。
「アンラッキーバレンタイン、最期の晩餐くらい甘くいこうぜ?」
「全然嬉しくないプレゼントだ」
 ひょいっとショコラを口に入れる。
「あっま、コーヒー飲みたい」
「絶対そういうと思った。はい」
 ボストンからコーヒーの入った水筒を出す。水筒のコップに注ぎ、降谷さんに手渡した。
「これ、睡眠薬入り?」
「それ言わない方が安らかだったと思うんだけど」
「言っても言わなくても一緒だろ」
 一口飲み、美味しいと零した。
「降谷さんの方が美味しいコーヒー淹れられるでしょ」
「前だったらな」
 片手のハンデは私が思ってるより大きいらしい。降谷さんと会う前は淹れてたのか分かんないけど、私が見るときは私が飲み物を入れない限り、水しか飲んでいなかった。
「次は良い人生だといいね」
「次なんてあるわけないだろ」
「まあ、そうか。降谷さんはないか」
「君にはあるっていうのか?」
「なんだろうね~。悲観はしてないけど、終わらないって言うより進まない?」
「なんだそれ」
「今分かってるのだと、キーパーソンが死んだ後に寝ると、かな」
「…つまり、今日そのキーパーソンが死んだと」
「さっすが降谷さん」
 睡眠薬は即効性ではない。緩やかに、まどろむように眠りにつく。
「俺も、そのキーパーソンってわけか…」
「部屋でも言ったけど、降谷さんを助けるために降谷さんの元にいたわけじゃない。かといって降谷さんが死なないようしてたわけでもないよ。降谷さんが、強いてはキーパーソンがそういう状態になることは条件にならないってことが分かった」
「…君の身に起きていることは正直検討がつかないし、想像しているものがあまりにも非現実的で信じられない」
「想像できるのが凄いね」
「君からしたら、寝たら何か起きるのだろう?…何で俺を…」
「私の身に何か起きてもその後がどうなるか分からないから」
 私は過去に戻ってもこの世界は変わらず進むかもしれない。パラレルワールド、その可能性を否定するつもりはない。
「死にたいのに死ねない。死んだら降谷零らしくない。先に逝った友人に合わせる顔がない。でも、予期せぬ事件に巻き込まれたら問題ないかなって。あの日事故にあったように」
「事件、に、なるのか、これは」
「私は心中を強要しているよ。一回り年下の子どもに迫られると思わないでしょ?」
 言葉が舌ったらずになっている。上手いこと薬が回っているようだ。閉じそうになっている瞼を無理やり開け降谷さんは私を見つめた。
「いまさら、だけど、君の名前をきいてなかった」
「そこは聞かない知らないを貫かないのかい」
 私の左手を掴む。まるで母親がどこかへ行かないよう縋る子供のよう。
「いろいろききたいこと、あるけど、なまえわかればいいや。つぎ、みつけられるかもしれないだろ」
「じゃあ見つけてくれたら教えてあげるよ降谷さん」
「…なまえ、なまえでよんで」
「駄々っ子か。かわいいなぁもう」
 薬を飲んでない私は寝る気配はない。ケタケタ小さく笑いながら頑張って瞼を上げている降谷さんの目に右手を宛がった。
「仕方ないから、次かその次か、いや確約できないな。いつか、できる限り幸せにしたげるよ、おやすみ零さん」
 うん、と小さく頷き降谷さんは眠りについた。掴まれた左手を優しく外し、心中の準備をした。
 どうせ私は勝手に寝る。だからコーヒーは飲まない。降谷さんの右手をもう一度握り、瞼を閉じた。
 何時間で車内は一酸化炭素で充満するんだろう。最後に考えたのはそんなしょうもないことだった。