Reincarnation:凡人に成り損ねた

今後のことはあまり考えていない

8

「つみかさねたぁ~おもいでとかぁ~おとをたててぇくぅずぅれたってぇ~」
 前世で好きだったバンドはこの世界には存在しない。間延びしだらだら歌うこの曲も、存在しない以上私のオリジナル曲となってしまった。まあ好きだっただけあって結構覚えている。イギリスじゃ日本語通じないのが大半だし、態々調べようとする人もいないので堂々と口遊める。優作やかほりさんに曲名を聞かれたときは「秘密」とだけ言っている。好きなように解釈してくれ。
「ぼくらはまたぁ~きょうをきおくぅにぃかえていけぇるぅ~を~うを~」
 住み始めたころは慣れなかったこの10畳というアホみたいな広い個人部屋も、1年以上経つと違和感がなくなった。タワーマンションの最上階。4LDKとかヤバいだろ、工藤家恐るべし。家賃はもちろん私も両親が出してくれているが、恐らくとんでもない破格だろう。子供は金額なんて気にしなくていいと値段は聞けなかったが。
 L字の机にデュアルモニターのデスクトップ、ノートパソコン、そして座り心地抜群のチェア。反対側にはベッドと本棚が2つ。中央にはテーブルとソファー。クローゼットもしっかりあるため衣装ケースが部屋に出ていることはない。L字机の近くに広めのローテーブルと工具やら基盤やらがごちゃごちゃと散らかっている。そのローテーブルの前で座り込んで私はネジを回していた。私も工藤家も当然日本人の為、イギリスではあるが基本靴は玄関で脱いでいる。床に座れるって最高だよね。
 しっかりネジを止め、完成した箱を回す。見た目としては、前世であったゲームボーイサイズのスマートフォンだ(この世界にはゲームボーイのようなものはあったが名前が違った)。キーホルダーも何もついていないイヤホンジャックが刺さっているが、これも前世の物と比べると少々大きい。側面のボタンを押し画面が起動するのを確認する。
「椎名ちゃんいる?」
 ノックオンと共に優作の声がした。いるよ~とドアを開けると、優作はコーヒーが入ったマグ2つとクッキー缶が乗ったプレートを持っていた。律儀にお邪魔しますと言い優作はプレートを中央の机に置きソファーに座った。
「お、おやつ?ありがとう」
「適度な糖分摂取は必要だからね。ところで何を作ってたの?」
 机を挟んで床に座りコーヒーをすする。って、そうだそういえば。
「そうだよそのことで!優作にクレーム付けようかと」
「僕に?何かしたっけなぁ」
「優作さんや、君、ヤードの連中に私のネタ帳話したな?」
 こちらに来てから私立探偵としても活動している優作は、なんとも自然に警察関係者の友人を増やした。知り合いじゃなく友人な所が、本当に恐ろしい。探偵として解決した事件は物騒なものから穏やかなものまで、具体的に言うなら殺人やらテロ一歩前から迷子猫探しやら落とし物探しまで幅が広かった。解決した事件にはなんだかんだで私も微力ながら手伝った。といっても基本裏方を徹していて、物騒な事件に至っては現場に行く回数はまだ両の手に収まる回数だ。正確には、頑張って収めている、だが。
 以前から優作がヤード、スコットランドヤードの連中に私のことを話しているのは知っていた。じゃなきゃ事件の時に「君が引きこもりシャーロックか!せめてワトソンになって優作を助けてやりなよHA★HA!」だなんて言われるはずがない。シャーロックもワトソンも御免だぜ。つかワトソンは博士がなるんじゃなかったっけ。
 エニジニアコースに在学している私は、課題として所謂作品提出をすることが多い。レポートも当然ある。前世よりまだ進んでいないこの世界で、如何に最先端過ぎずそれでいて成績に影響のない程度のものを作るかが結構難しい。何が大丈夫で何が大丈夫じゃないのか分からないのだ。その為、ネタ帳と称して思いついたものや前世であったものを書いて大丈夫かどうか確認をしている。そのネタ帳の中身を優作は知っている。あれやそれや言いふらす性格ではないと知っているからこそ、特に制約なく見せていた。
 優作はネタ帳の話に心当たりがあったのか、むっとした顔をした。
「ビルが君のこと馬鹿にしたんだ。『ケンブリッジにはペドフィリアがいるんだな』って!椎名は実力で受かったのに!思い出すだけでも腹が立つ!」
 17になるのに随分子供っぽい怒り方をする。うん、今日の優作も可愛い。相変わらず私の“萌え”の供給源は優作である。
「ペドフィリアって…子供に言う言葉じゃねえだろ……。なるほど、対抗してネタ帳のこと話したら、その場に偶然いたのか、はたまた後でビルが言ったのか知らんけど、サディアス警視に伝わったわけだ」
「ああ、警視は偶然その場を通りかかったんだ。僕のネタ帳の話興味深く聞いていたよ。この前解決した殺人事件の前に」
「だからあの事件の時サディアスが私に連絡先聞いたのか……」
「ビルに話したのは認証システムの話だったかなぁ。今作ってたのってそれ?」
 スマホもどきを机に出す。液晶画面には3つのアイコンが出ている。
「まあそんなもんだね、撮った写真を直ぐにデータベースと照合して認証できないかって。そこで発明したこちらは『知りたがり君』。顔認証、歩容認証ができるカメラ。暗視機能もついてるし、録音や録画機能も搭載。パソコンへリアルタイムで画面を共有することも可。盗聴機能と発信機能も付けたし、面白そうだから電波妨害機能と無線とかの傍聴機能も付けてみた」
「たまに思うけど椎名ちゃん凄すぎてちょっと笑えない。あとネーミングセンスはいつまでたっても壊滅的だね」
 ネタ帳は確かにあるがほとんど机上の空論だ。この1年で違う方面へもチート化してしまった。転生特典盛り沢山かよ。
「なんとでも言うがいい。機能沢山つけたはいいけど、サイズがなぁ…あまり実用的とは言えないよなぁ。なんかいい方法ないかなぁ」
「いやもう十分だと思うよ。パソコンより遥かに小さいし、カバンに入るコンパクトさだと思うんだけど……」
 優作が言うならいっか。とりあえず動作確認しようと優作の協力の元、夕飯まで知りたがり君を使い倒した。

 夕飯の後、動作チェックも問題なかったのでサディアス警視にメールを送った後、PCメールの確認もする。すると知らないアドレスから1件届いていた。
(チェンメもいたずらメールも、来ないはずだけど…誰だこれ)
 メールは開かずプレビューで中を見る。

no narera mira tat on ik it a mit a nik on a mini sun a


……なるほど、分からん。
(No narera…Mira?Tat?…on IK?…it a mit…ダメだ分かんね)
 意味がありそうでなさそうな単語群。英語っぽいような、でも英語じゃない。ウイルスチェックにも引っかからなかった。
(う~んいたずらかなぁ…ただ、なぁんか、うん)
 消しちゃいけないような、ほっといてはいけないような気がした。とりあえずメールを保護した。頭を唸らせていたが結局次の日になるとメールのことは忘れていた。


 確かにイギリス料理はとてもおいしいとは言えない。ただ、日本食が美味しすぎるだけなんだと思う。1年以上も経てば流石にマズいという感想は出なくなった。美味しいの基準がかなり下がった気がする。優作とお昼を外に食べに行った帰り道、午後は予定が無いから本屋巡りしようということで古本屋から最近で来たばかりの書店まで回りまくった。あと一店舗寄ったら帰ろうかというところで優作の携帯に電話がかかってきた。
「はい、はい……ああ、丁度近くにいるんですよ、行きますね」
 通話を切ると、じゃあ行こうかと目的地とは正反対の方向へ足を延ばした。
「とても嫌な予感がするのですが」
「セリーヌさんの家に空き巣が入ったんだって」
「猫探しの依頼したお婆ちゃんか」
「そうそう、警察に連絡したけど、僕にも来てほしいって」
 さあ行こうと右手で私の買った本を優しく奪い、左手で私の右腕を掴み優作は歩き出した。
(行くなんて言ってないけど、最近課題やら何やらであんま一緒じゃないからなぁ)
 寂しがり屋の親友を横目に、たまには付き合うかと隣に並んだ。

 空き巣事件はすんなり解決した。ただの空き巣事件がまさか殺人事件にまで発展するなんて、誰が想像できようか。
(結婚指輪が買えなくて困ってたら、綺麗なルビーの指輪を付けたセリーヌさんを見かけたと。そんで盗んでプロポーズしたら盗んだものだと彼女にばれて、激昂した彼女に殺されるとか…どこから突っ込めばいいのやら……)
 現場には殺された男とその彼女の他に、彼らの友人が数名いた。恋人を殺した彼女はテンパって友人に濡れ衣を着せようと頑張っちゃった所為で、警察は犯人がすぐに突き止められなかった。まあ優作の推理で解決したけど。
(彼女の変な興奮状態から異様さは分かるような気がするんだけど)
「やあシーナ、今日は優作と一緒なんだね」
 サディアス警視が片手をあげてこちらにむかってきた。
「セリーヌお婆ちゃんの大切なものが無くなったってきいて、一緒に来たんです」
「そうかそうか、シーナは優しいなぁ。ところで、この前はありがとう。とても助かったよ」
 どうやら本題はそちらの方だったらしい。知りたがり君のことだろう。
「お役に立てたならなによりです。何に使ったかは聞かないでおきます」
「おかげで捜査が捗ったってさ。久々に友人と酒が飲めそうだ。仕方ないとはいえ、あいつSIS行ってから会えなくなっちゃったからねぇ」
 サラッと機密情報もらすんじゃねえよ警察!!!SISって秘密情報部じゃねえか!!!
(私は何も聞いていない、聞いていないぞ)
「あいつも一段落したら現場から遠のくって言ってたし、これからはもうちょっと会えるようになるんじゃないかなぁって思うんだけど、シーナはどう思う?」
「……私子どもだからわかんなぁい!」
 コナンの魔法の言葉を放ってみる。暗に私に変な情報与えるなという意味だが。サディアス警視は意図を汲んで「そうかそうか」と私の頭を乱暴に撫でまわした。
(というか私の作ったものがSISに使われるとかヤベえな。…ヤベえな…ヤべえよ…)
 警察関係者ならいいかとか思ったが、やはり変に目立つのはマズい。アイリッシュだって警察官になりすましたわけだし。調子乗って作ってしまったが、もうちょっと節度を考えようと思った。
(できちゃったからには、自分にはそういうのをやれる技量があるってのはもう否定できない。ただこうも色々と、とんとん拍子にできるとしっぺ返し食らいそうだな……)
「椎名ちゃん、セリーヌさんは彼らが送るってさ。僕らも帰ろう」
「うん、帰ろう」
 家に帰り買った本を読む。お互い数時間は動かないぞという気概で読むときは決まって優作の部屋だ。本棚だらけの部屋は棚に入りきらず本が床にも積まれている。広めの2人掛けのソファーに座り、肩を並べて読書する。時間が経つと私の重心がずれていってソファーでなく優作を背もたれにするのはいつものことだ。そのまま二人で寝落ちすることもあった。
「二人とも、夕ご飯よ」
 かほりさんの言葉で時間の経過を知る。また優作を背もたれにしていたが、当人は気づいていないようだった。かほりさんの声も聞こえていないだろう。
「ほんと集中力はすげえよなぁ」
 感嘆の声を漏らしても気付かない優作。視線を追い、区切りが良さそうなところで声をかけた。声だけじゃ気付かないので肩も揺する。
「飯だぞ~」
「…ん、分かった」
 すんなり本を閉じ机に置く。床に本を置く癖に「本が傷むから」と栞は挟まない。
「あれ、椎名ちゃん携帯光ってるよ?」
「んあ?…ああメールだ」
 私にとっては懐かしのガラパゴスを開き中身を見る。大学の友人からだった。私の持っている資料を見たいという内容に、後でPCからメールを送ると返信した。
 夕飯後にPCを開くと知らないアドレスからメールが来ていた。先週もあったがその時とはまた違うアドレスだ。

no narer a kutat on ires i iret an inek un as uniturat on ik ai nik a ti


(アドレスは違うけど前回と似た文面だな。英語っぽいけど文章自体に意味がない。というかそもそも存在しない単語……ほんとなんだろうなぁこれ)
 スペルミスも考慮して適当な紙に文字を書く。それでも文章になりはしない。母音が多いからとローマ字にしても、さっぱり意味が分からない。
(例えば優作への挑戦状をあえて私に送っているとか?いやそんなまどろっこしいことする必要あるか?……私個人への内容、なんだろうな…アドレス知っている人は限られている。だとしたら、捨てアド作って送るってこともできるわけで)
 PCのアドレスを知っているということは大学関係の可能性が大きい。私の友人も優作の友人も、私たちが同じ家にいることを知っている。可能性としてはなくはないだろう。この様子ならまた送られてくるかもしれない。メールを保護し、友人へ資料を送った。

黒崎椎名
 事件に首を突っ込まない、をコンセプトにイギリス生活満喫中。それでも親友といる限り事件とも警察とも順調に仲良くなっている。依頼に対しては基本裏方で、依頼者の前に現れることはほとんどない。
工藤優作
 親友コンプレックス。親友をバカにされると怒る。今はまだ可愛いが段々怒り方がえげつなくなることを親友はまだ知らない。といっても大人になるにつれそもそもバカにする人が減っていくので、親友ガチ勢という事実は後の妻もきっとまだ知らない。
ビル
 知りたがり君の存在は知らない為、黒崎椎名ができる子だということは結局知らない。子供相手でも規制がかかるような発言をよくする。
サディアス警視
 見たものを信じるタイプ。黒崎椎名のことを偶然聞き、見てみたいと思い試しに依頼してみた。できるわけないとかそういう馬鹿にした気持ちは一切ない。本当にただの興味本位だったが、想定以上のものを渡されたので「この子、できる」とひっさびさに会えた友人にちゃっかり話しちゃった。そしたら友人が欲しがったのであげちゃった。テヘペロ。