Reincarnation:凡人に成り損ねた
今後のことはあまり考えていない
7
観覧や周辺に規制線が張られる。観覧車に乗っていた乗客のうち、死体のあった籠周辺に乗っていた客だけが残されている。私たちもその中にいた。
(……あの刑事の風貌…見覚えがあるな…)
チョビ髭の男性が死体を調べている。サラサラした短髪の男性刑事が死体の近くの荷物を確認している。茶色のスーツを着て、他の刑事より少々ふくよかな刑事が、泣いているハルカとハルカを慰めているナツキの方を向いた。
「警視庁の目暮と申します。被害者のことについて知っていることをお聞かせ願いますか?」
「は、はい…」
(目暮警部だったのか…わっけえなおい)
階級的にはまだ警部ではないようで、原作の威厳も感じられない。チョビ髭の男性の威厳というか雰囲気がこの中では別格なのは分かった。
「フユミ…えっと、松野冬美、と、栗原秋斗は、俺たちの友達で、大学が一緒なんです。今日は4人で、遊びに来ていて…」
「お二人の名前は?」
それぞれ葛飾夏希、桜庭春香と名乗った。その様子は友人の突然すぎる死に動揺を隠せず、ひどく悲しんでいるようにしか見えなかった。
(“ようにしか”見えないんだよな……。この世界にはポーカーフェイスだの演技だの特化した人がいるからあまり目が向かないけど、警察や殺した人間を前に平然としている犯人もよっぽど演技力あるよ…)
「私は佐藤と申します。4人で遊びに来たのに何故籠は分かれたのですか?」
サラサラ短髪の男性は佐藤というのか。原作では同じ苗字の女性刑事がいたな。面影がどことなく似ているような気がするが、血縁者とかだろうか?
「アキがフユミに告白するって、そもそもここへもそれ目的で来たんです。だけど2人っきりだと緊張するから、俺たちにも一緒に来てほしいって……」
「私が言ったんです…ぐすっ…告白するなら…やっぱ観覧車の方が…ぐすっ…二人っきりになれるし…私が言ったから…ううぅ」
手を震わせながら顔を覆うハルカさん。ナツキさんが「ハルカ落ち着いて、深呼吸しよ?な?」と背中を撫でる。
事情徴収を聞きながら、チョビ髭の刑事の周辺も見る。鑑識の男性が刑事のへ話しかけた。
「小田切警部、女性の死因は窒息死で間違いないかと。細いひも状のもので首を絞められたようです。女性が身に着けていた革のネックレスと形が一致しました」
そうか、と刑事は言った。小田切警部というのか。
(映画で一回だけ出た、あの人か。うわー私の記憶力、やべえ)
生まれ変わって前世の記憶は廃れるどころか、不思議なくらい鮮明に覚えていることが多い。まるで脳内にデータベースでもあるようだな。
「栗原秋斗さんのカバンから薬が入っていたと思われる空のケースが見つかっていますが、これに心当たりは?」
「あいつ一昨日までちょっとした病気だったんです。大げさなものではないんですけど…、その薬で…丁度今日で薬終わるって言ってました」
そういえば乗る前に薬を飲むよう催促していたな。
(なるほど……これなら“自殺に見える”な)
小田切警部が事情聴取している4人の元へ行く。
「松野さんが栗原さんをどう思っていたのかはご存知ですか?」
「実際に好きかっていうのはよく…。でもあいつアキにだけ態度違うから…てっきり両思いだと思って…」
(まずいな…このまま時間が過ぎていくと“1つ証拠が消える”)
証拠の1つは時間が経てば消えてしまう。もうこの時点で消えている可能性もあるが、完全には消えていないはずだ。
事情聴取をしている目暮刑事と佐藤刑事のもとへ携帯を片手に小田切警部が向かった。そして携帯の画面を見せた。佐藤刑事が読み上げる。
「『フラれると思わなかったんだ 俺が好きだって知って遊んでたって言われた むかついて殺してしまった ハルカ ナツキ ごめん』か…」
「栗原さんが松野さんの首を絞めて殺害、その後自殺ということか……あの死体の状況から、栗原さんの死因は薬によるものでしょうか」
目暮刑事の推理に佐藤刑事は、その可能性が高そうだな、と同意を示す。それに待ったをかけた人物がいた。
「栗原さんは松野さんの首を絞めていませんよ」
彼はポケットに手を突っ込み刑事の元へ歩いて行った。
「殺害に使われた凶器は被害者の女性、松野冬美さんのネックレスであるのは間違いない。おかしいと思いませんか?思わず殺してしまったのに何故わざわざネックレスで殺したのか」
そもそも、と続ける。
「薬で自殺というのがおかしい。死に至るような薬をそう持ち歩くでしょうか?それも、自分が使っている薬のケースに入れて」
ポケットに手を入れているのは、緊張からくる震えを隠すためのようだ。一つゆっくり呼吸をすると彼は言い放った。
「二人とも、殺されたんですよ」
「……君はいったいなんだね?」
小田切警部の鋭い視線に負けず、彼はしっかりと言った。
「僕は、いえ、私は工藤優作。探偵と言っておきましょうか」
(がんばれ、優作)
平成のシャーロックの父、工藤優作の推理が始まった。
目暮警部は、なんだって!と声を上げる。小田切警部はホーと言い先を促した。
「仮に何かしらの理由があってネックレスで殺したとしても、栗原さんの手にはその痕がない。あれだけ強い力でネックレスを引っ張ったなら手に痕が着いてもおかしくはありません」
彼の言葉に佐藤刑事と目暮刑事は改めて栗原さんの死体の手を見た。綺麗なままの掌が見える。
「栗原さんが薬で死んだのは状況から見て間違いないでしょう。しかし、その薬は毒薬とすり替えられていたんですよ。観覧車を乗る前から」
優作はハルカさんとナツキさんを見る。二人は突然名乗り出た少年に訝し気な眼を向けていたが、優作と目が合うとビクッと肩を揺らした。
「なによ!私たちがすり替えたっていうの!そんなわけないじゃない!」
「ガキが何言ってんだよ!証拠もないくせに」
「ありますよ。まず事件の流れから話します」
優作は籠の入口に立ち、ハルカとナツキの方を向いた。完全に場は優作のものだ。
(流石だな)
「二人が籠に乗った後、栗原さんは薬を飲んだ。毒薬とも知らずに。その直後に松野さんは首を絞められた」
「しかしその状態だと栗原さんは既に死亡している。誰が彼女を?」
小田切警部の問いに優作は指した。
「葛飾夏希さん。首を絞めたのはあなただ。桜庭さんも共犯ですね?」
犯人だと言われた二人は息をのむ。その二人を差し置き優作は推理を進めた。
「籠に乗る前、貴方はまず薬を飲むよう催促した。観覧車内で必ず飲んでもらうために。そして、松野さんのネックレスにワイヤーを付けた。2人が籠に乗り、次の籠に乗ったあなたたちはワイヤーを強く引いた。籠の入口の下の方を見てください」
優作の指す入口の下部分には、最近できたばかりに見える細い溝が出来ていた。
「次の籠の入口上部にも同じような溝が出来ているはずです」
「で、でたらめいってるんじゃねえ!その溝が俺たちが着けた証拠なんてないだろ!黙ってろ!」
「お兄さん手に怪我してるよ?大丈夫?」
思わず口をはさんだ。優作への態度にちょぉっとイラっとしてしまった。親友大好きすぎか。
「うるせえガキはすっこんでろ!」
「失礼」
小田切警部はナツキさんの手をつかんだ。手には細い紐のようなものを強く巻いた痕があった。私は私で、怒鳴られて怖がったということで泣いたふりをした。優作がぎょっとして私の元へ戻ってきた。
「っ!?」
「この痕について説明願いますか?それと、カバンの中もチェックさせてもらおうか」
小田切警部の言葉にナツキさんは崩れ落ちた。ハルカさんは顔を隠すことなく涙目でフユミさんの死体を強くにらみつけた。
「フユミが悪いのよ!私がアキを好きだって知っていながら、アキに思わせぶりな態度撮って!ナツキに告白されて、調子乗ったのよ!」
それが殺害動機のようだ。私は冷めた目でハルカさんを見た。
ナツキさんに告白されたというのにアキさんを誑かしたフユミさん。ハルカさんがフユミさんへ好意があると知っていながらの行動にハルカさんは許せなかった。ナツキさんも好意を伝えたのに返事が来ないどころか他の男、アキさんへ可愛い子ぶるハルカさんに怒りを隠せなかったようだ。
私は変わらず態とわんわんと泣き真似をし、優作に引っ付く。優作は「椎名ちゃん、大丈夫だよ、よしよし」と私を抱き上げ背中をポンポンした。
(くっそみてえな話だな……原作での殺人事件の方がまだ納得できたぞ……)
死んでしまった今フユミさんとアキさんの人間性は分からない。
観覧車に乗る前の違和感、あれはハルカさんとナツキさんの殺意からくるものだったのだろうか。
改めて聴取を兼ねて警察へ行くことになった。私と優作は親の迎えを兼ねてでもある。
かほりさんは遠出をしていたらしく、すぐには来られらないということだ。私の父が仕事を切り上げてこちらに向かってくれているらしい。残念ながら母も仕事で遠出をしており、今こちらへ向かってはいるが、かほりさんより遅くなるそうだ。
泣き真似だからって泣いた跡が無かったら怪しまれるの待ったなし。凄いね、泣こうと思ったら泣けるんだね。私すげえって思った。
父を待っている間も優作が私を抱っこしてくれていた。私はぎゅっと優作に掴まった。子供は泣きすぎると寝落ちするのはない話ではないと思う。特にこういう人のぬくもりを感じながらぽんぽんされていれば。実際に寝るわけではないが、寝落ちしたふりをした。
(ほら、私、子供だし)
優作の肩口に目を当てる。汚れた服は後日洗って、いや、新しいのを買って帰そうと思った。
「ありがとう椎名ちゃん、物的証拠がなくて、実は不安だったんだ」
誰にも聞こえないような小さな声で優作が囁いた。私の親友は、私が泣いたふりをしたことも寝たふりをしようとしていることも見通したようだ。
「…椎名ちゃんがいなかったら、真実が明かされないままだったかもしれない。それに、僕もきっと冷静になれなかった」
そんなことはない。優作は私がいなくてもきっと同じことができたはずだ。
(仮にも精神は私の方が大人だ。子供の彼になんて残酷なことをさせたんだろう。きっと、人の死を見たのはあれが初めてだ。大人に囲まれ自分を信じてくれる人がいない中で、推理を披露するのはどれだけ怖いことか)
「……一人じゃねえよ…」
こんなこという権利が私にあるか分からないけれど、親友は大事にしたい。
「警察が味方にならなかったとしても、私がいるんだ、安心していい、そしたら一人じゃないだろ」
掴んでいた手を放し、優作がしてくれたようにぽんぽんと彼の肩を優しくたたく。
優作は警察署に向かう車の中で、ずっと私を強く抱きしめていた。
ロンドン行きの飛行機に乗る。前世も含め、初めて乗るファーストクラスに興奮を隠せない。
「さっき事件あったばかりで不謹慎だけど、今凄く興奮してる」
隣に座る優作が、珍しいねと感想を零す。
「椎名ちゃんのことだから平然と座ってると思った」
「こんなバカ高い席に座るなんて二度目があるとは限らねえんだぞ。堪能しなきゃ」
「僕が何度でも乗せてあげるから落ち着いてよ」
こういうところが、優作のモテる理由だろうな。
日本を発つ前に起きた事件。そこにいた優作はもうあの観覧車の前とは違う優作だった。
「大学が始まるのは9月。だからそれまで、探偵やってみようと思うんだ」
「お~がんばれシャーロキアン。目立たない程度には手伝うよ、力になれば」
「椎名ちゃんがいれば無敵になるね。影から僕を支えてくれよ?」
悪戯顔で笑う優作。きっと彼なら、平成のシャーロックの礎になれるだろう。
ふっかふかの椅子に身を沈め、着々と迫りくる原作に向けて自分の立ち位置を考え直す必要がありそうだと思った。