Reincarnation:凡人に成り損ねた
今後のことはあまり考えていない
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「きえなぁいかなぁしみもぉほこぉろびもぉあぁなたといれぇば」
「椎名ちゃん、そろそろ時間なんじゃないの?」
「それでぇよかったねとぉわらぁえるのがぁどんなにうれしぃいか」
「15時に駅前だよね。もう出ないと遅れちゃうよ?」
「めのまぁえのすぅべてがぁぼやぁけてはぁとぉけてゆくよぉうな」
「サディアスのこと避けてるのは知ってるけど、先月のお礼だっていうんだし」
「きせきであぁふれてぇたぁりなぁいやぁ」
「椎名ちゃん」
「あたしのなぁまえをぉよんでくぅれたぁ」
リズムよくキーを叩きながら間延びに歌う。その様子を見ながら優作は困った顔で出掛けるよう催促する。レポートデータを保存し、嫌々PCを切った。
「嫌な予感しかしないんだよね。超行きたくない」
「わざわざ椎名ちゃんに直接メールしたんだ。多分僕は行かない方がいいだろうし、行きたいけど、でも椎名ちゃんに何か用があるんだろうし、僕も行きたいけど、サディアスだって時間縫って椎名ちゃんとお茶するわけだし、僕が代わりたいけど」
「分かった分かった今度一緒にお茶いこう、な?」
段々拗ねていく優作に思わず笑う。ほんとこいつ可愛いなおい。
サディアス警視がお礼と称して私を呼び出した。直接連絡先は知っていてもプライベートで態々会う用はない。お礼、というと間違いなくあのスマホもどきのことだろう。また何か頼まれるんじゃないか、又は別の厄介ごとに巻き込まれるのでは、と考えてしまい乗り気ではない。されど相手は警察だ。サディアスは信用のおける人物だと思っているので無下には出来なかった。
優作の言うことにも一理あり、多忙であろう彼が合間を縫って私に会おうとしているのだ。遅れるのは失礼だろうという常識くらい持っている。裏道を使いまくって約束の10分前には駅前に着いていた。5分と待たないうちにサディアス警視が車で来た。
「シーナ!早いね!日本人は時間に正確だと聞いていたけれど本当のようだ」
「日本人だからって全員が全員そうではないよ」
「ははっ、分かってるさ。私の知ってる日本人はみんな真面目だからね。そう思ってしまうのも仕方ないだろう?ほら、乗って」
流石レディファーストの国。子供でも真摯に接するのだな。助手席を開け私に乗るよう言う。そして他愛のない話をしながら車に揺られること15分。おしゃれな喫茶店に着いた。駐車場に車を止め、サディアス警視についていく。
「いらっしゃいませ」
こぢんまりとした喫茶店には客の姿が見えない。出迎えてくれた店員はそろそろ還暦に近そうなおじさんだった。店員は私たちが来ることを知っていたかのように、紅茶とオレンジジュースをプレートに載せ店の奥へ誘導した。入口からは見えなかったが、奥には男性が1人優雅に紅茶を飲んでいた。サディアス警視と年齢が近そうだ。
「おまたせ、連れてきたよ」
「ありがとう」
サディアスが男性の正面の椅子を引き私を見る。そこに座れってか。誰だこの人、いや、やっぱ知りたくない。促されるまま座り、サディアスは私の隣に座る。私の前にオレンジジュースが置かれた。店員が席から離れると男性は口を開いた。
「初めまして、俺はジャック」
「初めまして、黒崎椎名です」
ジャックは顎に触れながら興味深そうに私を見た。
「こんな小さなお嬢さんがあれを作ったとは……いやぁ、ギフテッドを見るのは初めてだ」
「私もビックリしたよ。すぐに顔認証できればいいってお願いだったのに、あんなに多機能なカメラになるとはね」
あ、もしかしなくてもこの人、サディアス警視の友人とかいう人だな。
(ってことはSISか……うわぁ何の用だよ)
「実は君の作ったあの多機能カメラを使ったのは俺なんだ。お礼も、俺が彼に頼んでこうして呼んでもらったのさ。本当にありがとう」
「お役に立てたのなら何よりです」
お礼を言うためだけに協力者を呼び出すか?しかも一般人で協力もあくまで間接的にだ。何か別の目的があるな。ジャックさんは品定めをするような、何かを見極めているような、そんな目で私を見ている。
「君のあのカメラは、他に誰かに渡したかい?」
「渡していないです。そもそもカメラの存在自体知っているのは当人以外だと友人1名だけです」
「その友人はユーサクのことだね。ほら、前話したろ?日本からシャーロックが来たって。シーナは彼と一緒にイギリスに来たのさ」
「ほう。ということは4人だけ、なんだな?」
「そうなりますね」
ジャックはサディアスに目で何かを伝えた。サディアスはOKというと席を離れてしまった。
「君に話がある」
空気が張り詰める。何かとんでもないことに巻き込まれそうだ。先手を打っておこう。
「引き受けるかどうかは内容によります。私は、私を含め周辺の人間、特に私の家族と優作と優作の家族に危険が及ぶようなことに手を出すつもりはありません」
相手は秘密情報部、どんな危険が付きまとっているか分かったもんじゃない。首を突っ込み過ぎて危険な立場になるのはごめんだ。
「……なるほど、どうやら内容を察しているようだ。惜しいなぁ、あと10年早く生まれていればスカウトしたのに」
「考えが吹っ飛びすぎですよ。確かに頭は回る方だと自覚はしています。しかし頭脳明晰であっても所詮子供。出来ることは限られています。それに、二十歳過ぎればただの人、というじゃないですか。今はこうでも将来も同じとは限りません」
「驕らず、かといって過小評価もせず、自己分析もできているようだね。まあいいや、それで話なんだが」
「いや今の話聞いてました?」
話聞かねえぞコラというニュアンスで言ったのに、それをひょいっと捨て普通に話をしようとしだした。勿論聞いているとも、とジャックさんは言うと緊張を緩め爆弾発言をした。
「ジャックは本名だ。ジャック・エイムズ。これが俺の本当の名前だ。外ではチャーリー・バラノフと名乗っている」
本人は至って緩い空気で話すが私からしたらとんでもない話だ。
「SISの人間が本名を名乗ることがどういうことなのか、優秀な君なら分かるだろう?」
「……私に選択肢なんてないじゃないですか…。それで、用件は何ですか?」
行儀悪くジュースを啜るように飲む。くっそ、こうなったら話聞いてさっさと帰る。優作を枕に寝てやる。
「君のそういうところは好感が持てそうだ」
行儀悪い私を気にもせず、絵になるような優雅さで紅茶を飲む。イギリス来た時から思ってたけど、紅茶を飲んでいるイギリス人の姿ってほんとかっけえな。
「表だってどうこうしてほしいなんてことはない。俺らからすれば君もまた、国籍は違えど守るべき人間だ。裏に徹して俺たちをたまに手伝ってくれるだけでいい。あのカメラのようにね」
「私よりできる技術者なんてザラにいると思いますけど」
「君の発想力を買ってるのさ。後は君の保護も兼ねていると言ったら?」
保護、とは一体どういうことだ。なんかに狙われてるのか私は。
「ああ、安心して、君が狙われているということは現状ない。君のその能力が裏社会にばれないように、そして何かあった時すぐ助けられるように」
数年前に同じようなことを言われた。そんなにも私は危険なのだろうか?
「買い被りすぎだと、思いますけどね」
ジャックさんの顔が険しくなった。マジで私ヤバいのか?
「シーナ、君は自分の凄さを理解できていない。過小評価をしているわけじゃなさそうだが、せめて危険な時に頼れる相手を作っておくべきだ」
「……自分の身に危険が迫っていないから、だから私は今楽観的にいられるんだと思います。あなたの言葉は肝に銘じておきます。それで、その危険な時に頼れる相手になってくれるということですよね?」
「もちろんさ」
ふぅと長く息を吐き私は携帯を差し出した。こうなればもう、流れに乗るしかない。
「君がイギリスにいる間だけじゃない。日本に戻っても、どこへ行っても必ず助けになろう」
「心強過ぎていっそ恐怖です。まあ末永く?よろしくお願いします」
ジャックさんは私の携帯に、ジャックさんとチャーリーさんの2人の連絡先が追加される。原作まであと22年程か。一体私はどうなるのやら。
帰ったら宣言通り、優作の膝枕でふて寝した。何も言わず拗ねる私に初めは心配した面持ちだった優作も、珍しく甘える私に機嫌がよくなりずっと頭を撫でていた。
「椎名ちゃんとならお互い秘密なんてないと思ってたけど、とうとう椎名ちゃんに秘密ができちゃったか」
「話してほしいとかは思わないんだね」
「人に話していい内容だったら椎名ちゃん一人だけ呼び出されないよ。サディアスだからね、一緒に呼び出したほうが効率的だ。椎名ちゃんだけってところを見ると、僕には話せない内容なんだろ?」
「…なんかごめん」
「僕は探偵さ、暴こうと思えばきっと暴けるよ。でも親友を困らせたいわけじゃないからね。それでもいつでも頼って欲しいな。いつも僕が頼ってばかりだから」
優しく撫でる手は暖かい。本格的に眠気が襲ってきて、その時が来たらね、と零し本格的に寝た。
tat on ik it at on an akura mine to tan oim i nik unikata sun a
またあのメールが、違うアドレスから来た。果たしてこれはジャックに言うべきだろうか。悩みながらも結局今回も、保護して考えないのだった。