Reincarnation:凡人に成り損ねた
今後のことはあまり考えていない
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イギリス留学、それも大学を考えているなんて言ったらなんて持て囃されるか分かったもんじゃない。学校の友人には一切言わなかった。先生もなんだかんだ口が軽いから、合格したらにしなさいと現役の母から言われた。教師という職はストレスが溜まりやすいから、ぽろっと出ることはよくあるという。その話をしているときの父は妙に頷いていた。心当たりでもあるのだろうか?
学校は普段通り凄し、授業が終わったら速攻帰り机へ向かう。受験勉強だ。本腰入れてやらないと確実に落ちる。やるからには本気で挑みたい。かといって毎日勉強ばかりでは気が滅入るので、気分転換も兼ね、以前からやりたかったスポーツをやることにした。単純にかっこよさでバスケ、それと母の知り合いで古武道ができる人がいると聞きそれを習うことにした。古武道って珍しいね。少し前までは道場を開いていたらしいが、生徒がいなくなってしまい今はやっていないという。久々の教え子に腕がなると喜んでいるそうだ。
水曜日と土曜日の午前はバスケ、日曜日の午前と気が向いたときは古武道、後は全て勉強に費やす日々が続いた。流石に急に付き合いが悪くなると学校での友人関係も面倒なことになりそう(女子って面倒な生き物だよね)な為、適度に付き合うようにはした。
優作は約束通り英語を教えてくれた。土曜日の午後と日曜日の午後で、割とへとへとだが優作がいることで寧ろ良かった。寝ずに集中できるから。行き先はイギリスだからクィーンズイングリッシュだ。一体どこでそんな流暢な話し方学んだんだ…。そういえばシャーロックに憧れてバイオリン習ってるって言っていたな。その延長か。
休みが続くときは互いの家で、泊りがけで勉強をした。後、目指す大学はケンブリッジに絞った。正直めちゃくちゃ自信ない。
今日は夏休みの最終日、の前日。昨日から優作の家で勉強をしている。
「そういえば椎名ちゃんはどのコースにするの?」
「あー、悩んだんだけど、エンジニアリングにしようかと。優作は?」
「僕は現代と中世の言語学。エンジニアリングだなんて意外だね。椎名ちゃんなら心理学系とか似合いそう」
「悩んだんだけどね~。ガリガリ勉強するのは大人になってもできるからね、手先が動くうちに技術系学んでおこうかと」
あの博士が作ったコナンズアイテムの作り方を知りたいだけとは流石に言えない。
コースは違えど目指す大学は一緒。私たちが使う教材も自然と同じになる。優作の(正確には多分寛司さんの)コネで向こうの教材を取り揃えて頂けた。ガリガリと問題を解き進める。
母の帰りが遅いと聞くと、かほりさんは「じゃあ家で夕飯食べていきましょうよ!」とご馳走してくださった。煮込みハンバーグにオニオンスープ、新鮮なサラダに特性ドレッシング。ヤバい、旨い。
食後のお茶を頂いていると、かほりさんは何かのチケットを2枚取り出してきた。優作がチケットを覗く。
「これは…東都シティランド?」
「二人とも缶詰なんだもの。椎名ちゃんは明日が最終日でしょ?最終日位遊びに行きなさいな。いくら頭がいいとはいえ、二人ともまだ子供なのよ?存分に遊べるのは今だけなんだから」
楽しんでらっしゃい、とかほりさんは穏やかに笑った。
というわけでやってきました、東都シティランド。よくCMでやっている位大きな遊園地だ。最寄り駅にもパンフレットが置いてあり、マップを見てみる。園は五角形に近い丸以下たちをしており、中は6つのパークで分かれているようだ。
優作は隣で「初めて来るんだ、どこから行こう?」とウキウキしながら聞いてきた。
中学生くらいのグループも見えるところから、結構年齢の下限値は低いらしい。私と優作もはたから見たら兄妹に見えるんだろうな。
「うーん、観覧車かなぁ」
「観覧車って最後に乗るのが定番なんじゃないの?」
「この観覧車の位置なら園全体が見渡せるじゃん?これだけ広いしお互い初めてだし、俯瞰でもいいから把握しといて損はないと思うんだよね。迷子になった時楽だと思うし」
「僕たちが迷子になるところは想像つかないけど、マップと比較しながら次どこ行こうとか話すのは楽しそうだね」
「そんじゃ早速れっつごー」
私も私で結構心が躍っている。さーて遊びつくすぞー!
私たちは、セントラルパークという区画にある観覧車へ向かった。
「…………」
「椎名ちゃん…何か食べる?」
「………クレープ、コーヒーも一緒に……」
「一緒に買いに行こうか…元気出しなよ…うん…」
いくら精神年齢が大人だからと言っても、体は小さいことをしっかり忘れていた。そもそも優作と隣に歩いているのに何故忘れていたのか……。
「遊園地に来てジェットコースターに乗らないとか、タコのないタコ焼きくらい意味がない」
「また大きくなったら、来ればいいよ」
「倫理的に優作とまともに来れるのが今のうちだけなんだよ分かれよ、私がジェットコースター乗れるようになるのは推定だと小6か中学校上がってからだし、その時期はお前19とか20だろ?間違いなく彼女いるし女ってのは男女の友情をあまり信じてないんだよ、年が離れているとはいえ女と二人でこんな場所来てみろ一瞬だぞ下手すりゃお前にロリコン疑惑だあっはっは!滑稽だぜ!」
優作の未来の女性のことだ、誤解を解けばきっと「なら一緒にいきましょうよ!」と言いそうではある。優作が選んだ女性だ、嫌いになることはほぼないと思うが、今現在気楽に付き合えるのが優作だけなので、不確定の未来に期待はしていない。
「椎名ちゃん、ほら、コーヒー」
もらったコーヒーを一気に飲み干す。
「まあ優作が選ぶ相手だ、誤解は生まれないだろうけど。流石に今みたいに遊べないだろうしなぁ」
「椎名ちゃんが僕を凄く好きなのが良く分かったよ。椎名ちゃんと次遊園地に来るときは、お互い変装して来るっていうのはどう?見た目が変われば声が一緒でも本人だとすぐは気づかないさ」
変装に気付く相手とあなたは将来結婚するんですよ。とは言わず、そーだといいですね、と返しておいた。
ジェットコースターの他にも絶叫系アトラクションは全て身長制限に引っかかった。このテーマパークは絶叫系をウリにしているようで、ほとんど遊べなかった。
中学生と小学生の組み合わせだと遅くまで残れない。最後に観覧車に乗って帰ろうということになった。
「最後に観覧車、ほら、定番だろ?」
「そこは定番を貫くんだね」
「遊園地に来てなにも乗れないことほど、思い出に残ることはないさ」
これはこれでレアな思い出になったと思いなおし、今は割と機嫌がいい。
「椎名ちゃんのそのポジティブな思考は流石だなって思うよ」
「同じ事実でも見方を変えれば最悪にも最高にもなるんだよ」
とかなんとか話していると、私たちの番まであと1グループになった。
前には男性2人と女性2人の4人グループがいる。大学生くらいだろうか。
黒髪でショートボブの女性、茶髪でウルフカットの男性、茶髪でセミロングの女性、黒髪でベリーショートの男性。
「ハルカ、ナツキ、ごめん!フユミと二人っきりにさせて!」
「えっ何アキ、突然!?」
「アキー!がんばれー!ふふ」
ハルカと呼ばれたセミロングの女性とナツキと呼ばれたベリーショートの男性は笑いながらオッケーを出す。ふと二人の手が小さく震えているのが見えた。ナツキという男性がポケットに手を突っ込んだ。
(…………?………)
他人の動作など大して気にならないはずなのだが、何故か妙に気になった。
「ほら、フユミ!一緒に乗るぞ!」
「あ待って、フユミ、なんかついてる」
ナツキはフユミの首筋に右手を伸ばした。ナツキの真後ろに私がいるため、伸ばした手の先は見えない。下した右手の手首には銀色のブレスレットが光っていた。
フユミという女性とアキという男性が観覧車へ乗り込もうとする直前。
「そういえばアキ、もう薬の時間じゃない?あの話する前にちゃんと飲んどきなよ」
「そうだった、ありがとう」
フユミとアキは観覧車へ乗っていった。その次の観覧車へ、ハルカとナツキも乗る。二人の手はまだ震えていた。
「椎名ちゃん?」
「…………いや、何でもない…」
もやもやしたまま、優作と次の籠へ乗った。
乗ってから気持ちを切り替え、また周囲を見ながら優作と話の花を咲かせた。
「もう少しで終わりだね。終わるのはあっという間だなぁ」
「例えば10分しかたっていないと思ったら1時間もたっていたとか、そういうことない?」
「本を読んでいると特にそうだね。気付いたら思っていたより時間が過ぎている」
「あれって、精神時間はその感じた時間の影響を受けるんだって。実際は1時間経っていても、10分しかたっていないと思ったという気持ちが精神時間の進みを遅くするとか」
「そうなんだ。ならその逆に、10分だと思ったら1時間という場合は老けちゃうんだね」
「若さを保つためには時間の進みを感じないことが大切なのかもね~」
「椎名ちゃんといればずっと若くいれそうだよ」
「私は優作といると自分の思考がババアよりで老けていくような気がするわ…」
「ははっ。今日はありがとう、本当に楽しかった。また来たいね」
キャアアア!!!
突然響く悲鳴。あと数分で降りられるというところで、きっとこの世界では馴染みのあるにおいがした。
私たちの乗っていた籠の2つ前の籠から1組の男女が死体となって発見された。とりあえず観覧車の乗客は全て下し、観覧車は死体のある籠を一番下にして止まった。周辺は園のスタッフにより閉鎖された。
「フユミ!!アキ!!なんで…なんで…!!」
「そんな…嘘だろ…」
私たちも観覧車から降ろされたものの、スタッフもパニックであるようでその先の誘導がなかった。
(こういうところが、コナンがちょろまか動ける要因の1つでもあるんだろうな……)
今生で死体を見るのが初めてだが、思ったより冷静な自分がいた。一度死を経験したのだし、見慣れたものではないのだから、怯えたりパニックになると思ってたが、
(前世で見た最後の景色を超える恐怖は今のところ無いようだ。それより…)
「優作…大丈夫か?」
「あ、うん、だいじょう、ぶ…」
優作は初めて死体を見たようだ。いや、そうほいほい見れるようなものではないのだ、本来なら。推理好きでR-18Gのドラマを平然と見れたとしても、現実を前にすると同じようにとはいかない。
(ここで泣き出したり喚きださないだけでも、彼が大人な証拠だ。現にスタッフですら冷静な判断をできていない)
工藤新一が死体を見た時はどうだったのだろうか。
柄にもなく優作の両手をしっかり握る。いや、そういえば工藤新一は初めの頃は優作について回っていなかったか?ということは、工藤新一は、工藤新一にとって絶対があったんだ。
(今の優作にとって、安心も安全もある絶対がないんだ。しかし、今後の優作の為にも、申し訳ないが死体に怯えないようすべきだ。……ごめん、優作、多分親友がこんなこと思っちゃいけないんだろうけど)
罪悪感に苛まれながらも、柄にもなく優作の両手をしっかり包み込み目を見つめる。動揺している優作の目が私の目を捉えた。
「優作、これは小説でもドラマでもない、本当の殺人事件だ」
優作は目を大きく見開き、そのあとしっかり閉じ深呼吸する。
「僕が留学先をイギリスに選んだのは、かのシャーロックのような推理力を身に着けたいと思ったからだ。人の死を弄ぶつもりはないけど、この事件、向き合うよ」
落ち着いた優作にホッとし手を離す。彼のケアはこの事件が終わってからでも大丈夫そうだ。
警察が到着したようで周囲がザワザワしだす。そのすきに優作と私は死体のある籠に近づいた。両手を合わせ冥福を祈る。
フユミさんの死体は床に仰向けに倒れていた。頭は扉の方にある。見開かれた目の動向もまた開かれている。首元に細く紫の線が深くある。その線を搔きむしったような跡があり、爪先に血がついている。
アキさんは床に伏している。両手は心臓を抑えており、口から泡を吹いていた。アキさんも目を見開いて既にこと切れている。
優作はまだ死体や籠の中を、死体に触れないよう調べている。私は死体となった二人のカバンの中身をチラ見し、少し離れ籠の入口を見る。そしてその次に来るはずの籠も見る。
私の脳は、本当にチートになってしまったらしい。とりあえず殺害方法は分かった。そして犯人も。証拠もすぐに揃えられる。
(あれれ~おっかしいな~…とか言わねえからな。でもおかしいなぁ。こんなはずじゃなかったんだけど)
私はシャーロックになるつもりも、アイリーンになるつもりもない。
平成のシャーロックの父は果たしてこの事件が解けるのだろうか。
花見での言葉を忘れたわけではない。故に、私は目立ちたくない。ここは優作に頑張ってもらわなければ……。