帰る場所は俺たちの隣

hpmi × dc × CoC

待ってるよ、ずっとずっと
だから、いつでも帰っておいで

主人公

 伊弉冉一二三と観音坂独歩の幼馴染。中学時代にバンドを結成、大学入学時にメジャーデビュー。大学卒業時にバンドを抜け警察官としての道を歩む。
 警視庁公安部所属。
 潜入捜査中にロシアンマフィアに拉致される。1年半に及ぶ拷問の後、星の智慧派の元で監禁され魔導書の解読を命令される。神の招来の儀式の際、諸伏を助け後に黒の組織に入る。カーディナルとコードネームと入手後、バーボンである降谷零と接触し古巣である警視庁公安部に戻ることが出来た。

プロット

 一二三と独歩は全部とは言わないが前世の記憶を思い出しているようだった。何の気なしに「前世覚えてるんだ」なんて言ってみれば俺っちも!と返ってきたのだ。すり合わせてみれば当然彼らの前世と私の前世は噛み合わない。私は令和を生きたんだよと聞くと俺っちたちより前の暦だと、同じ世界戦としてみているようだった。
 じゃあこの世界はと考えてみれば、3人揃って前の世界とは違う世界なんじゃないかと結論づけた。文明が退化してるし、東京タワーの代わりに東都タワーが建っている。他にもちょこちょこ前世との差異があり、違う世界線に生まれ変わったという事になった。
 そこがコナンの世界だと、気付くのは容易だった。しかし私はきっと何もしないのだろう。何か出来る力がない。彼らが彼らたらしめるのはそれまで起きた過去の結果なのだ。見殺しにすることになるが、私は私のこの小さな世界を守って行ければいいのだ。

 独歩は音楽が好きだった。そういえば彼らはラップしてたなぁなんて思いながら、前世でかじっていた音楽をまた触った。となれば俺っちもと一二三も音楽に興味を持った。あの曲がいい、このバンドいい、と他愛のない話をして、独歩が「お小遣いでギター買った」と見せてくれたので弾かせて貰ったりした。独歩は詩を作る才能があったし、一二三は器用で想像を具現化するのが上手だったから作曲なんかしてた。そうしてできた歌を3人で弾いて歌って、その延長で高校では軽音楽部に入った。
 私は作詞も作曲も才能は無いけど、前世で聞いた歌をまた聞きたいと思った。完全再現とは行かないかもしれないけど詩を起こして曲を作って、「前世で聞いた曲なんだ」と共有した。
 目立つのが嫌いな独歩だけど音楽は好きなので、文化祭で披露した時はキラキラしてた。2人とも顔も声もいいから、そりゃすぐ人気になる。ボーカルは独歩か一二三が曲によって交代して、一二三がベース、私がドラムでスリーピースで演奏した。
「鳳(たか)も歌上手いよ」
「そうそう!高い声からひっくい声まで出るじゃん。だからボーカルやろうよ」
「あーうーん、たまになら」
 所謂両声類というやつだろうか、シャウトやデスボは出来ないけど高い音から低い音までわりと幅広く出せた。たまにだけどボーカルやらせていただいた。評価は悪くはなかったと思うけど2人には敵わない。


 一二三は言わずもがな、独歩だってネガティブで独り言あるけどやはり人気者だ。だからそんな2人と仲のいい私が矢面に立つこともあった。一番の原因はあの二人のスキンシップというか、距離感の近さだった。他の人にはそうでも無いのにすぐ肩を組んでくるし覗き込んでくるし、うん、距離感バグってる。
 そう思って私から少し距離を取るようにしてみた。女の子の嫉妬ってめんどくさいしね。だがあの二人、引けば迫ってくるのだ。そして私が2人の顔に弱いことをよくわかってる。やんわりと一緒に帰らないことを告げれば「俺のこと…嫌いになったか…?」としょんもりするのだ。耳もしっぽも垂れた犬のような素振りをされたら「一緒に帰ろっか! 」となってしまうものだ。まあ学生時代の短い間の友人関係より就職後の職場の人間との関係の方が大事だろうしまあいいかと途中で諦めた。

 一二三は女性恐怖症じゃなけれど、対女性に対してはなんとなく潔癖なきらいがあることは察していた。触られたところを消毒するとかではなく、接触しないようにしていた。それは私も例外ではなく距離感近くても触ってくることはなかった。だから私も触れることは無かった。
 しかしなんというか、私だけかもしれないが、人肌が無性に恋しくなることがあった。前世の最期が結構トラウマなのだ。寒くて冷たくて、世界に1人だけ取り残されたような寂寥感と空虚感。小さい頃は母に抱きついていたがこの歳になるとそうもいかない。そういう時期は衝動的に誰かに触れてしまいそうで怖かった。だから敢えて距離を取っていた。授業をサボって、体育座りで顔をうずめながら心の寂しさが過ぎるのを耐えていた。
 しかし幼馴染というのはよく気付くもので、屋上に行こうが空き教室に行こうが必ず見つけてくるのだ。ベタベタひっつくのはキャラじゃないし中身はお互い成人してる。取り繕うのも嫌なので放っておいてほしい。それを知ってか知らずか、私を挟んで他愛のない会話を繰り広げるのだ。静寂だった世界に心地よい2人の声が耳に入っていく。どこか行ってくれと言えればどんなに良かっただろう。甘い誘惑に負け気付けば独歩に縋るように抱きついている。依存しそうだ。早く忘れてしまいたい。何を言うでもなく隣にいてくれる存在に嬉しくもあり恨みもした。

 高校3年の時、どこで知ったのか私たちのバンドに目をつけた音楽プロデューサーにスカウトされた。ただの高校生なら二つ返事で承諾しただろうが、社会の厳しさという現実を知っている私たちが出した答えは、大学卒業で1度句切るということだった。
 まあそう簡単には行かないだろ、と気楽に構えていた独歩だったが君たちは前世でも人気だっただろと内心思っていた。そして私の予想通り、瞬く間に人気になった。前世でラップしてたから歌はラップが挟まることが多かったけど、「学生が書いたとは思えない歌詞」と話題を呼んだ。そりゃそうだ。
 3人隣同士のアパートを借りて、授業がない日は音楽やって、順風満帆な人生だったと思う。だから私は調子に乗ってしまった。
 コナンの世界の人間に会ってみたい、関わってみたい。
 だから警察官になろうと思った。かなり安直だった。まあ前世でも警察官やっていたので他の将来像が思い浮かばなかったというのもある。
 プロはやめることになるけど2人の方が明らかに才能があるし、別に音楽をやめるわけではない。2人はそのまま音楽の道に進むことにした。私が抜けることにかなり渋り、条件として3人で住むことになった。正直意味がわからないけど、この2人たまにこういうことがあるのでまあいいかと了承した。

 数ある警察学校の中で降谷零たちと巡り会える確率なんてとんでもなく低いと思う。それを引いたのだから運がいいのかもしれない。
 知識はなんとかなったが実技はまた1から体に叩き込まないといけない。頭では分かっていても体が追いつかないという現象はこれだな。トップは行かなくても悪くない成績で卒業できた。
 降谷零たちとは名前は知ってる位の関係になった、と思う。あまり話さなかったからよく分からない。そして残念ながら彼らの関係のような同期が私には出来なかった。そこで思い知った、私案外コミュ障だ。

 だがまあ出来ることはしようじゃないか。
 卒業してから萩原と会う度に「防護服着ろよ」とめちゃくちゃ言った。やがて萩原から「へーへー着てますよ」と嫌そうな顔で返事が来るようになった。本当かどうかは分からない。ただ言い続けて幸をなしたのか、彼と同じ爆弾処理班の人間から「あいつ今日は着てたよ」と教えて貰えるようになった。
 運命の11/7。
 結果、彼は生きていた。
 無傷とはいかなかったようだが怪我の容態は知らない。その頃に私は公安に入ったからだ。
 警察庁ではなく警視庁なので、諸伏と同じ部署に入った。諸伏も救えたらいいが彼がNOCバレした原因を知らない。仮にバレても赤井秀一と接触する前に回収すればいいのでは?と雑な計画を立てる。
 松田の救出は正直絶望的だ。萩原が生きたことで変化があるだろうから、それがいい方向に進むことを祈ってる。その時考えるしかないな。

 松田、諸伏の生存をリアルタイムで知ることは出来なかった。私も潜入捜査する事になったのだ。黒の組織とは違う組織だった。
 これまでの運が祟ったのかもしれない。組織の命令でロシアに渡ったところ、ロシアのマフィアに拉致された。そこからは地獄だった。
 アフィというイカレ狂った女が居た。身長175で声の低い私を男だと思ったアフィは「私ね、東京喰種が好きなの」と囁いた。そう、こいつも前世持ちだったのだ。
「カネキ君の髪が真っ白になって、かっこよかった。私ね、白髪で赤目の男の子が好きなの。あなたは…背も高くてカッコイイからカネキ君みたいにはなれないけど、大人になったカネキ君にはなれるんじゃないかしら。ハイセ君も好きよ」
 私が聞いていようがいまいが関係ない。私は東京喰種の金木研が受けた拷問と全く同じものを受けた。地獄だった。もしこれが情報を吐かせるためのものなら、今頃私は吐いていたかもしれない。自殺すら許されない中死んだ方がマシだと何度思ったことか。
 喰種なら数ヶ月食べなくても大丈夫だったはず。しかし私はれっきとした人間だ。食べなければ死んでしまう。
「ねぇ、喰種ってなに食べるか知ってる?」
 アフィは笑った。
「この世界にもね、いるのよ、喰種。でも東京喰種みたいに赫子があるわけじゃないの。そこが残念よね。さぁ、食事の時間よ。やっぱりそのままの見た目だと美しくないじゃない?カネキ君には綺麗な料理を食べて欲しいの」
 出されたのはハンバーグだった。しかし言葉から、これがただのハンバーグじゃない事は分かる。食べてはいけない。本能的に拒絶した。
「人間ってどこの部位が1番美味しいのか、教えて?」
 人間が水だけで生きられるのは14日間だったか。ここで人間をやめたくない。人間であり続けたい。

 気絶しながら見た夢は一二三と独歩と過ごした学生時代だ。2人は元気だろうか。潜入捜査が始まってからあまり家に帰らなくなった私を心配するようにメールが届いていたのを思い出す。きちんと返事していたけれど、会いたいのは私も一緒だ。
 寒い、またあの死の匂いが近づいてくる。日本から離れたこの地で私は死んでしまうのか。
 欲望とはかくも恐ろしい。気付けば私は食べてしまっていた。美味しかった、とても、極上だった。アフィは嬉しそうに笑った。

 1000から7を引いた数字を言いなさい。それが正気を保たせるものだったかしら。どう?あなたは今正気?
 私ね、拷問なんて怖くて恐ろしいもの嫌いだったの。マフィアに入らなければ知らなかったわ。私に暴力を振るう男たちが私の一言で言うこと聞いてくれるなんて、こんな快感、知らなかったわ。
 あなた、日本人よね。ルイという名前だったかしら。どういう漢字を書くの?私日本語分かるの。だって前は日本人だったから。
 髪の色、白くなったわね。次は瞳の色。レーザー手術で赤くなれるのよ。私に上手くできるかしら。

 私はアフィの望むとおり、髪は白くなり目は赤くなった。

 アフィは言った。この拷問の様子はビデオデータとしてあなたのいた組織に送っていると。そして私たちに手を出したことを後悔させるのだと。だからこの拷問はあなたの組織が潰れるまで行われると。
 昼夜が分からないのに日付なんて分かりはしない。ただ、アフィではない知らない男が私を連れ出した。アフィは「この子といるの楽しかったのに。私のお気に入り」と残念そうに私を見送った。つまり、組織が潰れたのだ。

 冬だった季節が夏になっている。拉致されてから半年経ったのか。男はマフィアの一員だったが、同時に星の智恵という宗教の人間であることも知った。
 男は私を本に囲まれた書斎のような部屋に通した。
「あれだけの拷問を受けてまだ正気を保っているお前なら、ここにある魔導書を解読することが出来るだろう」
 私は魔導書とやらの解読をさせられた。逃げる隙を虎視眈々と狙いながら読み進めていく。呪文だなんて訳の分からないものが頭に流れてくる。恐らく、これは本物だ。
 それから更に半年後、彼の神を呼ぶために私は外に出された。
 広い倉庫の床には魔法陣が描かれている。生け贄の姿に目を見開いた。
 諸伏だ。
 何故ここに。
「さぁ、お前が覚えた呪文で、彼の神を招くのだ!!」
 信者達が今か今かと期待の眼差しで私を見る。
 私が覚えたのが邪神の召喚だけだと思うなよ。
 呪文を唱えることなく、私は諸伏の前に立った。諸伏は私が誰だか分かっていないようで、射殺さんばかりの視線で睨みつけていた。
 私は諸伏を担いだ。
「なっ!」
 驚く周囲を気にせず外に向かって走り出す。カチャリと銃器の音がした。
「止まれ!!」
 弾丸が撃たれるより先に肉体の保護を唱える。そして前に立ちはだかる信者に向かって幽体の剃刀を放った。


 途中で諸伏を下ろし、車を奪って逃走すること1時間。土地勘が無いながらも街に辿り着くことが出来た。
「あんた…どういうつもりだ」
 誰もいない駐車場に停め漸く一息つくと諸伏は警戒心を露にこちらを睨みつけている。無精髭が生えているのは原作通りだななんて場違いなことを考えながら、恐らく諸伏が知っているより低くなった声で答える。
「警視庁に…私の居場所はまだあるだろうか、諸伏」
息を飲む諸伏に「私は、暁鳳だ」と名乗ると目に見えて驚いた顔をしていた。
「暁……生きてたのか」
 諸伏が潜入捜査に入り間もなく私も潜入捜査に入った。そして3ヶ月後に私は拉致された。潜入先が違ったこともあり、私が部署に配属されたときに話したくらいでそれから顔を合わせることもなかった。
「無事、ではないけど…生きている」
「…そうか…随分、変わったな。お前が行方不明になってから2年経ったんだぞ」
「…2年…?」
 そんなに経っていたのか。信じられず呆然とすると諸伏は教えてくれた。
 私が拉致されてから半年後、潜入していた組織が潰れた。潰したのは諸伏達が潜入している黒の組織だった。私が潜入していた組織の残痕から、諸伏達は私がロシアのマフィアに拉致され拷問を受けていることを知ったらしい。組織が潰れてから私の行方を知る術がなく、死亡説が濃厚になっていたらしい。
 私は確かに拷問を受けていたこととそのあと半年ほど監禁されていたことを告げた。そして、諸伏が何故あそこにいたかを教えてくれた。
 黒の組織にNOCだとバレ逃走していたところ、同じ組織の幹部が自身がFBIであることを暴露したという。名前は赤井秀一。赤井に警戒しながら着いていったところで頭を殴られ気を失った。次に気がついた時は赤井はおらず、見知らぬ集団に囲まれていた。集団はロシア語を話しており何を言っているか分からず、ただ銃を突きつけられ連れてこられたのがあの倉庫だという。
 ここがロシアだと告げれば、ロシア語を話していたこともあり何となく察していたようで難しい顔をする。
 黒の組織の中で諸伏は死んだことになったのかどうか分からない。原作とは違う道を歩んでいることは確かだ。

 私たちはとにかく日本へ戻ることを目標に動いた。
 緑川唯という偽名はもう使えないため緋色光と名乗り、私は速水琉生とあえて偽名を変えず、人の良さそうな老夫婦の家に転がり込んだ。
 人の目を憚りながら生活すること1ヶ月、私はジンに見つかった。どうして私が速水琉生だと分かったかは分からない。ただ、あの拷問の末生きていた私にとても興味を示したらしかった。
「お前なら、どうすれば痛いと思うか、よく分かるだろう?」
「……人肉は煮込んだ方が美味いということはよく知ってる」
 そう返せばくつくつと笑い、着いてこいと言った。
 諸伏にも老夫婦にも何も言わず、私はジンに着いて行った。

 ジンが私にさせたかったことは拷問屋だった。言われた通り、必要な情報を吐かせる作業をしたり、情報を集める作業をしていけば1年後、コードネームを手に入れだ。この見た目のせいか日本人だと思われず、組織に入ったというのに日本に帰ることは出来なかった。ジンや組織からの信頼を得て、漸く日本に帰れた私は真っ先にある幹部と顔合わせをさせられた。
「この2人はNOCと以前組んでいた。ネズミだったら殺せ」
 ジンに言われ会ったのはバーボンとライだ。ジンは私のことを録に組織に説明していないようで、組織の中ではジンの犬だの拷問屋だの呼ばれていた。
「へぇ、あなたが噂の」
 意味ありげに微笑むバーボン、安室、降谷。今はバーボンか。彼と接触できたのは有難い。
「カーディナルだ」
 今は原作2年前だと思われる。だとしたらライがNOCだとバレる時期が迫ってきている。彼と接触するのは避けたい。
 日本に戻ってきたというのに古巣に戻れない私はバーボンと2人になる機会を伺った。あまり日を空かず恵まれ、私はバーボンとロシアに向かった。行き先を言わない私にバーボンは嫌味たらたらだった。
 私の素性を明かすことは簡単だ。だが信じてもらえるか自身がなかった。だから諸伏と会わせることを先決にしたのだ。
 以前世話になっていた老夫婦の元に向かうが、流石に長期にわたって同じ場所にいることは危険だと感じたのだろう。伝言を残して諸伏は居なくなっていた。私の行動の真意を問おうとするバーボンに答えず、伝言の意味を考え恐らくここでは無いかという場所に向かってみた。
 そこに向かってみれば確かに諸伏はいた。私を見ると諸伏はまた「生きていたのか…」とどこか安心した表情だった。
「私だけじゃどうにもならない、から彼を連れてきた」
「彼…?」
「スコッチ…?」
 降谷を見た諸伏も、諸伏を見た降谷もたいそう驚いていた。降谷は一瞬驚いた表情をするも直ぐにバーボンの顔になり「まさか死んだはずのスコッチが生きていたなんて。カーディナル、どういうことです?」と問いただしてきた。
「……外で話すことではないだろう」
 そう言うと諸伏が中へ通してくれる。
 諸伏も私がカーディナルと酒の名前で呼ばれてることで少々警戒しているようだった。
「……警視庁では諸伏は死んだことになってるのか?」
「諸伏?へぇ、彼は警視庁の人間でしたか」
「…あー、ゼロ、彼女は暁だ」
 バーボンは警戒を緩めなかったが私の言葉に諸伏が汲み取ってくれた。
「暁…?は?どういうことだ」
「彼女は生きてたってことだ」
 見た目も声質も変わってしまい私が暁鳳だと証明出来るものはせいぜい指紋くらいなものだ。
 諸伏が降谷に説明する。降谷はそれを聞くと徐々に警戒を解いていった。
 そこから情報の擦り合わせが始まった。諸伏は死体こそ見つかっていないが、ある宗教団体が諸伏の身柄を引き取り殺したと黒の組織に通達があったようだ。宗教団体に組織は関わりたくないようで、真偽はともかく追わないことになったようだ。そこか、1年全く音沙汰が無かったことから警視庁でも死亡説が濃厚だったらしい。
 そこから降谷の行動は早かった。一先ず帰国すると緋色光のパスポートを用意し諸伏を帰国させ、古巣へ返してくれた。
 速水琉生は組織から部屋を提供されている。それとは別に部屋を用意してくれた。所謂セーフハウスだ。
 丁度その頃赤井がNOCだとバレごたついていたので、こちらのやることに気付かれることは無かった。
 3年振りの警視庁、姿が変わってしまった私に驚かれたが「よく生きて帰ってきてくれた」と喜ばれた。

 一二三と独歩は有名なアーティストになっていた。まだあの部屋に住んでいるらしい。
「もう1人、大切な幼馴染がいて、3人で暮らしてるんだよね〜」
「仕事が忙しいみたいで全然連絡取れてないけど、この歌が届いていればいいなと思います」
「早く帰ってきてね!」
 そんなインタビューを目にした。
 帰っていいんだ。私には帰る場所があるんだ。
 せめて生きてることは伝えたいと、私は手紙を書いて投函した。
 今はまだ帰れないけど、潜入捜査が終わったら必ず帰る。そう誓った。


 松田も伊達も生きていた。それは私にとって救いだったのかもしれない。
 そして始まった原作で、宮野明美を助けることは出来なかった。私は介入出来なかった。ジンが直々に彼女の殺しを買ってでた。

 私は組織に言われたことを淡々とこなし、組織の情報を公安に共有し、なんて生活を送っていた。そして起こったのが純黒の悪夢だ。
 死ぬかもしれない。
 NOC情報は組織に渡ってしまった。
 一二三と独歩とはもう、会えないんだろうか。
 バーボンとキールは死なないが私はそうだとは限らない。
 警視庁から渡されたスマホの下書きに、幼馴染へ向けたメッセージを残す。そしてそのスマホをセーフハウスに残し、組織からの呼び出しに応じた。

 カーディナルが殺されることは無かった。呼び出された私は拷問役だったのだ。
「やれ、カーディナル」
 早く、早く赤井、撃て。
 バチッと電気が落ちる。やがてバンと扉が開き走り去る音が聞こえた。
 明かりの入った部屋の中にバーボンはいない。
 ラムからの連絡により2人はNOCではないが裏付けをしろと命令を下される。凡そ映画通りだ。
 ベルモットを車に乗せ水族館が見えるレストランに連れていく。
 ここでキュラソーを助ければ組織を捕らえる劇薬を手に入れられる。
「どこにいくの?」
 その場を離れようとする私にベルモットが待ったをかける。
「水族館へ」
「キュラソーはジン達が取り戻す手筈よ」
「……あの場に、君のエンジェルがいると言ったら、どうする?」
 ベルモットにとっての切り札を出す。流石女優、動じることなく「エンジェル?何の話?」と訝しげだ。
「では毛利蘭が死んでもいいのだな」
「……何故それを」
 何も言わず続きを待つ。ベルモットは観念したように「好きにしなさい」と窓の外を見た。
 毛利蘭は死なない。世界にとって死んではならない人だからだ。
 観覧車がオスプレイに銃撃される。そして1つの輪が外れ転がって行った。ドームに近づけば血まみれのキュラソーがショベルカーに乗ろうとしているところだった。
「キュラソー」
「!!…カーディナル」
 息も絶え絶えなキュラソーを一瞥すると、キュラソーを退いてショベルカーに乗る。
「あなた何して」
「君はここにいろ。そんな傷でできることも無いだろう」
 肉体の保護を重ねがけする。そして本来キュラソーがやることを代行した。
 ガリガリと激しい音を立て観覧車に噛み付く。観覧車が止まった、と思うのと同時にショベルカーが潰される嫌な音がした。
 ここで死んでたまるか。
 もし呪文が無ければ今頃死んでいただろう。命からがら抜け出し潰れたショベルカーを見つめる。
 だが悠長にしてる時間は無いだろう。キュラソーの元へ戻れば限界が近いのか倒れていた。ギリギリ呼吸はしているが意識は無さそうだ。
 公安の人間を見つけ彼女を託す。私がここに留まるのは危険だ。
 その場を去る途中で降谷と会った。彼もまたボロボロだが軽傷で済んでいるように思える。
「キュラソーは」
「助かるかどうかは医療技術と彼女次第、だな」
「そうか…」
「……君もちゃんと手当受けるんだぞ」
「分かってる」
 どちらからともなくその場を後にする。
 キュラソーは生きてはいるが意識は戻っていないらしい。あれだけの怪我だ。そう直ぐには回復しないだろう。
 こうして純黒の悪夢は幕を閉じた。


 江戸川コナンが工藤新一と同一人物であることを降谷は気付くのだろうか。残念ながら原作を最後まで読んだ訳では無いので分からない。ただ探偵達の鎮魂歌で新一の指紋がコナンと一致することが明らかになっているから、回りくどいことしなくても証明できるだろう。
 毛利蘭のことを知っていると仄めかしたせいか、ベルモットが私に探りを入れているらしい。降谷に「ベルモットに何か言ったのか」と聞かれた。
「ベルモットの弱点つついた」
「ほう?それはなんだ」
「毛利蘭」
「よく知っているな」
「まあな」
 原作知ってるからとは言えないから有耶無耶にしておく。降谷も追求はして来ず、気をつけろとだけ言葉を貰った。


 キュラソーが目を覚まし、降谷の活躍により組織壊滅の為の作戦が立てられた。私なんかより降谷の情報が大きいだろう。FBIが介入することも予測され、恐らく降谷的にはコナンが介入することも想定して、綿密に作戦が立てられた。
 ジン達を相手にするのだ。ただでは済まないだろう。今度こそ死ぬかもしれない。
「遺書を認めた方がいいのだろうか…」
「弱気だな」
 ぽつりと零した言葉を拾ったのは諸伏だった。降谷も一緒にいる。そういえばこの2人は幼馴染だったな。ああ、一二三と独歩に会いたい。
「摩天楼が新曲を出すそうだ」
 唐突に言ったのは降谷だ。それくらい知ってる。2人の曲は全部買ったし歌える。
「それを聞かずにお前は死ぬのか?」
「…死ねないな」
「だろ?だったら弱気になるな」
「……何で分かるんだ?」
 私の行動源は幼馴染だ。2人がいるから、2人の存在が、私の心を支えている。降谷はドヤ顔で「俺にも幼馴染がいるからな」と諸伏を見た。この2人も支え合っているのか。原作での、赤井への殺意は一重に諸伏の存在だったと思い出す。なるほど、同じ穴の狢というやつか。


 アポトキシンの解毒薬を作るためには資料が必要だろう。資料は手に入れられなかったが現物は手に入った。まあ私がどうこうしなくても解毒出来るんだろうけど。
 だがまあ持っているのも嫌だし渡すだけ渡してみるか、と阿笠邸に赴いてみた。ピンポンとチャイムを鳴らして出てきたのは阿笠博士だ。
 あ、何て言って渡そう。まあいいか。
「何か用かのう」
「……役立てばいいが…」
 アポトキシンが入った小瓶を渡す。小瓶は黒色なので中身は何が入ってるか分からないだろう。疑問符を浮かべた阿笠邸は素直に受け取ってくれたので何も言わずにその場を去った。


 残党狩りはまだあるが、一先ず落ち着いた。だからこそだろう。
「いい加減、帰ったらどうだ?」
 諸伏に言われた。確かに帰った方がいい感はある。新曲から「いつ返ってくるの?ねえ、早く帰ってきてよ」というメッセージを受けた。
「仕事はいいから、ほら、帰った帰った」
 そう言われ帰路に着いた私が向かったのはポアロだ。漸く味覚障害が治ったのでハムサンド食べたいという気持ちもあったが、大半はまだ帰るのが怖いからだ。
カランと入ればカウンターに安室がいた。いらっしゃいませ、と店員らしく言葉を掛けてくれるのでカウンター席に座る。
「コーヒーとハムサンドを」
「かしこまりました」
 まもなく注文の品を出される。いただきますと手を合わせ1口齧る。
「……美味い」
「僕が作ったからね」
 どこで出るんだその自身。一二三とどっちが料理上手だろうか。
「で?何でここに?」
「…………」
「いい加減帰ったらどうだ」
 同じことを言われる。その時カランと客が入ってきた。
「いらっしゃ…ああ、コナン君」
「こんにちは安室さん」
 ちらりと見れば主人公の江戸川コナン。まだ解毒薬は出来ていないんだろうか。コナンは私から1つ席を離してカウンター席に座った。
「安室さんいつまでいるの?」
「まだ暫くはいるかな」
 恐らくコナンが新一になるまではいるんじゃないかなと勝手に予想。
 ハムサンドを食べ終えコーヒーを啜る。コーヒーのおかわりしようかな。
「おかわりは無いのでお帰りください」
 もうちょっと居座ろうとする私を見越したかのように、空になったハムサンドの皿を取り下げながら安室はにこりと笑った。
「………」
「安室さん、このお兄さんと知り合い?」
「僕の仲間だよ」
「仲間……」
 まあそれ聞けば公安の人間だって分かるよね。うんうん。先程より飲むペースを遅くするが、コーヒー1杯ってなんでこんなに少ないんだろうね。
「……前の私と、随分変わった」
「見た目が変わっても君を嫌う理由にはならない」
「一目じゃ分からないかも」
「分かるよ。幼馴染なんだろう?」
「……………」
「”帰る場所は僕の隣”って新曲でもあったじゃないか。ほら、帰った」
 僅かに残っていたコーヒーを取り上げられ、「お代はいいから」と背中を押された。こうなれば帰るしかない。ご馳走様、とポアロを去った。

 防音は完備してるけどオートロックはないセキュリティに不安があるマンション。
 こんなにも会いたくないのは怖いからだ。見た目が、声が、口調が、性格が、随分変わってしまった。拒絶されたらどうしよう。受け入れられなかったらどうしよう。
 熟考した後、意を決して家の鍵を開ける。この扉を開くのは5年振りだ。
 玄関には靴が2足。奥から人の気配もする。後ろ手に鍵を閉め靴を脱ぎ足を進めていく。リビングの扉を開けると、2人はいた。
 何故か2人ともフライパンを持ってこちらに身構えている。何をしていたのだろう。
「…………………」
 向こうからしたら突然入ってきた知らない人、になるのだろうか。
 声をかけようと口を開くもなんて言えばいいか分からず、空気だけが吐き出される。
「……鳳?」
 恐る恐ると一二三が言った。よく分かったな、なんてどこか感心しながらこくりと頷く。
 ガシャンガシャンとフライパンが床に落ちた。
「たかあああああ!!!!」
 突進してきた一二三を受け止める。私より少し背が高い。一二三はこれでもかと私を抱きしめるとえぐえぐと泣き始めた。
「たか、たかぁ」
「……ほ、ほんとに、鳳なのか?」
 もう既にボロボロと泣きながら独歩がよたよたと近寄ってくる。
「……久しぶり」
「っ鳳!」
 弾かれたように独歩も突進してきた。成人男性2人は流石に支えきれず盛大に尻もちを着いた。
「ばかったかのばかっ」
「ごめん」
 2人の背中を擦り、漸く落ち着いた2人は零れそうな笑みで私に言った。
「おかえり」
…帰ってきて良かった、良かったのだ。
 死にたくなるような夜も地獄のような朝も、受け入れられない現実を歩んできたけれど、心の中にいた幼馴染は変わらず私を待っていてくれた。
 ぽろりと涙が零れる。ようやく、ようやく帰ってこれたのだ。
 私は、一二三と独歩の隣へ帰ってこれたのだ。
「ただいま」