ポケットに入らないモンスター
10
一瞬の浮遊感のち視界が切り替わり、眼前に弱そうなヴィランが多くいた。振りかぶって来た拳を避けつつ周囲を見ると、カービィもピカチュウもクラスメートもいない。近くで先生が戦っているのが見えた。
「1億円だ!こいつは生け捕りにしろ!」
「ここに飛んでくるたぁラッキーだぜ!」
「だから1億円って何の話、だよ!!」
「渡世!?何でここにいるんだ!」
攻撃してきたヴィランに遠慮なく掌底を叩きこみ気絶させる。攻撃をいなしながら流れるように急所へ回し蹴りをしたり首裏に肘鉄を入れる。私に気付いた先生の怒声に「ヴィランの個性で飛ばされたんすよ!!」と反撃の手を止めずに答えた。
一切怪我を負うことなく周囲のヴィランは地に伏した。
「おいおいモンスターいねぇのになんでんなに強いんだよ」
主犯格だろうか、矢鱈手のオブジェを身体につけた男がイライラしながら言葉を放った。
「あんだけ拉致られりゃそうなるっての」
狙われている身の上にワープ個性の黒い靄が現れたら面倒だ。直ぐに相澤先生の元へ向かおうとした。
「チッ、モンスター使いは生きてりゃいい、行け脳無」
(またヴィラ)
ンか
その思考すら刈り取られるほどの強い衝撃が身体に走った。一瞬、本当に一瞬だった。一瞬にして視界が真っ暗になった。
「ぁ…かはっ…」
「渡世!!」
ぐっと頭を使い持ち上げられ、自分が背中から圧し掛かられていることを漸く理解した。頭が、腕が、お腹が、足が、痛みを主張してくる。
「邪魔だなぁイレイザーヘッド…脳無」
背中が軽くなった。持ち上げられた頭は重力のまま再び地面にぶつかる。ひび割れた地面をボーっと眺めながら、頭は冷静だった。
(意識はある、怪我は、頭と、左腕、腹部、右足……まじで、動かない…)
動かそうと意識しているのに身体が動かない。動くことを拒絶しているかのようだ。吐き気に抗わずゴホッと込み上げてきたものを口から出せば血の塊だった。内臓…やられたか…。
(生きてればいいといった…なら殺すことはしないはず…それなら、これ以上怪我負うことはない筈だ)
視界全面にあった地面が遠のいた。浮遊感と鋭い痛みに「ぅぁ」と声が漏れる。
「へぇ…こんだけ怪我してんのに意識あるんだ…思った以上にタフネスだね」
「渡世さん!!」
ぼやける視界からヴィランが私を片腕で持ち上げたのが分かった。ちらりちらりと聞こえる会話から、誰か生徒が助けを求めに行ったのが分かった。それを聞いてシガラキと呼ばれたヴィラン…あの手のオブジェを身体中につけてる奴だ…が「お前の個性がワープじゃなかったら殺していた!!」とイライラしながら言った。イレイザーヘッドが血まみれで地に伏しているのが見える。近くにいるのか緑谷の声が聞こえる。
「でもまぁ…モンスター使いは手に入った、オールマイト殺しは次回に取っておこう」
(…呼び出し方法は絶対に知られちゃいけない、でもこのまま連れていかれるよりは、マシだ…!)
呼び出しに必要なものは十分すぎるほど揃っている。あとは、声が出てくれれば。呼吸でも血でもなく言葉を出すため小さく息を吸った、その時。
「もう大丈夫!何故って?私が来た!!!」
オールマイトの声が聞こえた。救けが、来たんだ。ホッとするのも束の間、地面の色が黒く変わり身体が落下した。どさっと自分の身体がまた地面に着く感触と、身体中を支配する痛みに息を詰まらせた。
「っぶない危ない…ナイスだよ黒霧」
「渡世さんが!!」
俯せのまま頭は横を向いている。前髪の間からシガラキという男のものだと思われる足、その向こうにオールマイト、緑谷、切島、爆豪、轟の姿が見える。
負傷し動けない私は今この場では要救助者で、ヴィランを相手にするオールマイトの邪魔でしかない。ふはっと息を吐くつもりが口から出たのはやはり血だった。頭上ではシガラキがオールマイト相手に意気揚々と何か言っている。オールマイトが脳無と闘っているらしい。今なら私の声は聞こえないはずだ。
「…わた、せ…りおの…なのもとに……わがこ、えに…こたえよ……ケーシィ…」
「!?シガラキ!!」
「!!チッ、この女!!」
血に伏した私を中心に、地面に赤い陣が描かれているだろう。赤い陣…私の血で出来た、異世界からモンスターを召喚するゲート。頭に何か重いものが勢いよくぶつかった。そのままぐりぐりと押し付けられる。
「ぁあ」
「くっそ、どうやった、どうやって召喚した!!」
上の方からケーシィの鳴き声が聞こえた。呼ばれて早々の状況に怯えている。帰ってしまう前に、せめて…!
「ケーシィ!テレポート!!」
あらん限りの最後の力でケーシィに指示を出す。ケーシィは怯えながらも分かったと鳴き声で返事をした。
視界が一瞬で変わる。頭に掛かっていた重みはなくなり、どさりと身体が地面に落ちる衝撃。誰かの足と、その向こうにシガラキたちの姿が見える。
(ありがとう、ケーシィ、助かった)
きっとテレパシーで聞こえてるだろうケーシィにお礼を言った。ケーシィは「怖い、ごめん」と鳴きながら帰っていくのが分かった。いよいよ気力がなくなり私の意識はそこで途絶えた。
オールマイトは脳無を相手にしている。俺たちは隙を見てシガラキというヴィランの足元で身動きしない、血まみれの渡世を救ける隙を伺っていた。その時、渡世を中心に赤い陣の様なものが地面に浮かび上がった。
「!?シガラキ!!」
「!!チッ、この女!!」
渡世が何かしたのは分かった。渡世の頭に向かって足を振り下ろそうとするヴィランに氷を放ちたくても、渡世にもあたってしまう。その躊躇の間に渡世から数メートル上空に見たことの無い生物が現れた。振り下ろされた足に渡世が「ぁあ」と苦しそうに声を上げているのが聞こえる、意識は、あるらしい。
「くっそ、どうやった、どうやって召喚した!!」
あの距離にいたシガラキたちもいつどうやって召喚したのか分からなかったらしい。それより、あの状態で個性使って大丈夫なのか、意識を保っているのもギリギリなんじゃないか。頭をこちらに向けている渡世の前髪の隙間から、まだ諦めていない瞳が見えたような気がした。
「ケーシィ!テレポート!!」
血を吐きながら叫んだ渡世に答えるように、未知の生物と渡世はその場から姿を消した。ヴィランの足が地面にダン!と音を立て着く。直後背後からどさっと何かが落ちる音が聞こえた。振り返ると、血まみれの渡世とどこかおびえた様子の生物がいた。
「渡世!」
「聞いてないよそんなのありかよ…!!」
忌々しそうに言うヴィランを無視し渡世を俯せから仰向けにし抱きあげる。未知の生物は光を放ち消えていった。
「やべえよ血が!」
切島の焦る声を背後に渡世の血でべた付いた前髪を払う。瞼は閉じ意識は完全に無かった。呼吸音もおかしい。
再びヴィランの元へ連れていかれないよう切島、爆豪、緑谷が渡世を抱きかかえる俺の前に立つ。渡世がヴィランの手元から離れたと知ったオールマイトが、これまで感じたことの無い覇気で脳無を襲った。