禁書ノ記憶
美術館からの脱出
猫の間
壁に魚の形をしたくぼみ、左右の上にはハイライトのない目の様な模様がかかれている。左右に伸びた部屋、そこでこのくぼみにハマる木の魚をゲットしなければならない。Ibは公開された後バージョンアップされている。この世界がバージョンアップ前か後かこの左右の部屋で分かる。楽なのは右の部屋だな。
「…ここで待つこともできますがどうします?」
「着いていって問題ないなら着いていく」
「じゃあ右の部屋から行きましょうか」
鍵のかかっていない黄色の扉を開ける。マネキンや頭だけの銅像、無個性さんが雑に置かれていた。ゲームだと綺麗に並んでいるように見えたけど、現実だとこういう感じか。通路は確保されてるからその通りに行けばいい。
「この後部屋の中央の銅像が動きます、触れるとダメージ食らうので気を付けてください」
「分かった」
銅像を転ばして割らせれば頭から木の魚のパーツが出てくる。多分奴はこの場合私ではなく降谷さんを狙う可能性が高い。無個性さんのサイズは降谷さんと同じくらいだし、頭だけの銅像は降谷さんより大きい。つまり小さな部屋でも互いの姿を見失う可能性が大だ。降谷さんの利き手じゃないだろう左手を掴んだ。
「私から離れないでくださいね」
そこそこ足場が悪い中だから恐らく私と降谷さんの間に距離が出来てしまう。中途半端に距離が空いて、その間を割くように銅像が動き出したら面倒だ。降谷さんから返事が帰って来ず、念押ししようと振り返ると何とも言えない表情の降谷さんが私を見ていた。
「?何ですか?」
「……君の父親の気持ちが少しわかった気がする」
「どんな気持ちだよ…というか、父と会ったことあるんですか?」
「偶々な。降谷として会ったわけじゃないから、向こうは俺と結城警視正が知り合いとは知らないだろうな」
それは知らなかった。降谷として会って無いってことは潜入捜査の一環でってことか。まあそっちの話は私が知る領分じゃなさそうだからいいや。
降谷さんの手を引きながらまっすぐ進む。銅像を通り過ぎ少し広いスペースに来ると足元を見る。「資材置き場」と書かれたプレートが床に張り付いていた。つま先でつついても微動だにしない。初期バージョンか、ラッキー。初期バージョンはこの後のギミックでランダム性が無かったはず。生存率が一気に上がった。さらに奥に進み周囲を確認すると台の上の花瓶を見つけた。
部屋の電気が明滅する。「雰囲気が仕事してるなぁ」と呟くと「楽しんでるんじゃない」と怒られる。その時背後からズズズと何かを引き摺る音が聞こえた。
振り向きざまに降谷さんの手を思い切り私の背中に向け強く引く。庇うように降谷さんを背に立つのと、赤く目を光らした銅像がプレートに引っかかって倒れそうになるのは同時だった。ガシャン!!とけたたましい音を立て銅像の頭部が砕け散った。
「っぶねー!」
デカさのわりに引き摺る音が随分小さい。これだけ大きければ音も大きいと思った。油断していたのはそのせいだ。会話で聞こえなくなるほど小さい音だと誰が思うよ、この大きさだぜ?降谷さんよりデカいのに何だこいつ。
「降谷さん怪我無いです?」
「………はぁ」
「え、何でため息」
「ないよ、うん。結城のおかげでね」
パッと見も自己申告からも怪我は無さそうだ。胸元の薔薇も花弁は5枚のままだから回復しなくていいな。「確かにこれはきゅんとするな」とよく分からないことを呟く降谷さんから手を離し、割れた頭部から木でできた魚のパーツを手に取る。尻尾の部分だ。これでこの部屋にもう用はない。
「じゃあ次反対の部屋行きましょう」
「分かった…もう手は…いや、なんでもない」
何か言いたげな降谷さんだったが「行こうか」と背中を押されたので、何も聞かず用の無くなった部屋から出た。
反対の部屋にいくと8本の柱が部屋を占めている。入って直ぐの柱には棒人間の絵が描かれて、その下に黄色いインクで文字が書かれており、他の7本の柱にはカーテンが引かれている。入って部屋の右側の壁、中央にまな板に乗った魚の絵画が掛けられている。
「“かくれんぼ する?”」
丁寧にインクに書かれた文字を降谷さんが呼んだ瞬間。瞬きの間に黒い棒人間が柱から消えた。そしてカーテンの下に黄色いボタンの様なものが設置されたのが分かる。
「どのカーテンに棒人間がいるか探せ、ということかな」
「そうです。サクッと行きましょう、下手に見ると精神削られるし花びらも千切れますから」
この場において不吉な絵はきっと降谷さんが死んでいる姿だ。流石にそんな絵見たくないだろう。下列の奥から2番目の柱の前に立ち躊躇なくボタンを押した。捲りあがったカーテンから棒人間の書かれた絵が現れる。そして壁にベタッと黄色い文字が浮かび上がった。「“みつかった けいひん あげる”」の文字を確認すると、奥の壁に掛けられた絵から魚がごとりと落ちたのを確認した。
木でできた魚の頭部を拾い、先程の尻尾部分と結合させると一匹の魚ができあがる。おままごとで使うお魚さんみたいだ。
「ああ、それをあのくぼみにハメるんだね。…他のカーテンの中身は見ない方がいいか?」
「…興味あるんですか?」
「隠されたら気になるだろ」
「ダメです、碌なもん見れないですから」
「例えば?」
「こっから出たら教えてあげますよ」
べったりと手の平の跡があったり、イヤンな絵が描かれてたり、不吉な絵があったり。
本から出たら全部“終わった話”になる。その時なら話してもきっと精神的にも大丈夫だと思いたい、降谷さんにとって、ね。