禁書ノ記憶
美術館からの脱出
緑の間
テントウムシ、蜂、蝶、蜘蛛の絵が几帳面に壁にかけられている。左側には通路があり、その前に柱が一本立っている。
「あれ、蟻?」
小さくちょろちょろと異様なスピードで床を動く蟻を目敏く見つけた降谷さん。俯瞰なら分かりやすいけど一人称視点で見つけるって、この人どんだけ目がいいんだ。
ここは敵が出るエリアじゃない。ここは降谷さんを一旦待たせて絵を持ってきた方がいいな。手に吃驚して反対側の手に触れて花びら千切れても困るし。薔薇と一心同体の今、触れただけで痛覚が訴えてくるはずだ。
「ちょっとここで待ってもらっていいですか?」
「……大丈夫なんだろうな」
「そこは信用して頂かないと先に進めないですかねー…」
用心深い降谷さんに「動かないでくださいね、これ“ふり”じゃないですからね?」と強く言い通路を進んだ。ちゃんと“はし”に注意して柱から直線状に進む。予想通り、サイドの壁から黒い手がズバァ!っと生えてきた。
「っ結城!」
「大丈夫ですから!ステイ!」
思わず駆け出してきそうな降谷さんに静止の手を出す。思わず犬扱いしてしまった。しかし降谷さんは気に留めずグッと足を止めた。よしよしいいこだ、そのままステイだ。突き当りでまたズバァと生えてワキワキ動く黒い手を無視し、目的の「蟻の絵」を外し通路を戻った。蟻の絵が思った以上にデカくて運びづらかった。戻って早々降谷さん頭を鷲掴みにされた。グッと力を籠められ「いたいいたい!!」と叫ぶ
「お前、なぁ…先に言えって言っただろ!」
「言ったじゃないですか!動かないでって!」
「そうじゃなくてなぁ!」
ため息を吐きながら頭から手を離した降谷さんに心の中でこの人ゴリラだと恨めしそうに見上げる。「丁度つかみやすかった」と言いながら私が持ってきた蟻の絵を代わりに持ってくれる。…一応もうすぐ二十歳の警察官なのですが…扱いが完璧に子供のそれですよね降谷さん…。
突き当りにあった扉を進むと、大きく穴の開いた通路に繋がる。このあと蟻の絵を踏み潰すことを考えて、蟻は敢えてスルーした。心痛むからね…。
「ああ、それでこの絵か」
「外せるのが蟻の絵だけなんですよ」
降谷さんは器用に危なげなく蟻の絵で橋を作った。
「…ただの絵画なのに上乗って大丈夫なのか?とは聞かないんですね」
「そういうものだと判断することにした。ただ2人で渡るには心許ないな」
巻き込まれたのが適応力の早い降谷さんでマジで助かった。でなければもっと手こずっていたに違いない。
実際この絵画を渡るのはイヴだけだった。だから渡れるのは1人、体重の軽い人間だけ。イヴ役は降谷さんだけど身長差考えると降谷さんの方が重い可能性が高い、がちょっと不安になったので念の為体重を聞いたらやっぱり私の方が軽かった。ホッとしたら「結城より軽かったら問題だろ…」と呆れられた。
「それじゃあここで待っててください」
「仕方ないか…この後の展開だけ先に言え」
「向こうの扉の先に、次の部屋に行く鍵が落ちてるので拾ってきます。そしたら鍵の門番みたく立ってる無個性さんが追いかけてくるのでこっちに逃げてきます。蟻の絵渡ったら蟻の絵が完全にぶっ壊れて渡れなくなるので、無個性さんは向こうで立ち往生します、のでこっちに襲ってくることはありません」
「…不安しかないんだが」
「だーいじょうぶですって!こちらの移動速度考えると、無個性さんの移動速度も予想以上に早いかもしれないですけどまず捕まることはないので!」
ますます不安になったと零す降谷さんだが、「下手に動いて死ぬわけにもいかない」ととどまってくれた。
蟻の絵をガシャンと渡る。割れたガラスを見て、降谷さんに振り返りサムズアップすると「いいから早く行って取って来い」と犬扱いされた。いやあれはさっきのステイを根に持ってるな?言わなかったけど気にするタイプか。
扉を開けっぱなしにして進む蝶を食らう蜘蛛の絵の前に置かれた緑色の鍵。それを見張るように立つ赤いワンピースの無個性さん。鍵を取らなければ襲い掛かってくることはないよな、と近づこうと思ったけど下手に触って怪我するのもなぁと思いなおす。後ろを振り返り逃走経路を確認すると鍵を掴んだ。
ゲームだと最初はゆっくり近づいてくるはずだったのに、こちらが警戒しているのが丸見えだったのか走り出した瞬間ものっそいスピードで追いかけてきた。これ私らの速度に合わせてるな?クソかよ!開けっぱなしの扉をくぐり蟻の絵を思い切り踏み反対側の通路に足を着ける。バランスを崩した私を降谷さんが腕を掴んで転ぶのを防いでくれた。
「…あれが無個性さん、ね」
反対側でおろおろと立ち往生する動くマネキン、無個性さんを眺める降谷さんの表情に恐怖は伺えない。SAN値チェックOK。…クトゥルフはやったことないんだよなぁ。だからクトゥルフの本来たら詰みなんだよ。つかあれ運もかかってくるでしょ、ダイス必要だし。
「もっとも襲ってくる敵キャラの内1人です」
「殴れば壊れそうだけどな」
「私もそう思います、がやめといてくださいそれで死なれちゃ困ります」
「やらないよ」
鍵をゲットしたからあのワキワキ動く手を超えた先の扉に行ける。通路を通るとき「気持ち悪いな…」と呟きながら私の真後ろを雛鳥のごとく着いてくる降谷さんを可愛いと思ったのは心の中に留めておこう。
緑の鍵を使って扉を開ける。視界が黄土色に近い黄色で埋まった。