愛する我が祖国の為
君のオリジン
体育祭が終わった次の登校日。イレイザーヘッドの包帯も無事取れ怪我が完治した。そして次に来るイベントは職場体験。1年の内から職場体験をするとは流石と言うべきか。そこで決めるのがコードネーム、ヒーロー名だ。
リアライザーの方は語呂が良いから個性から取った。大抵のヒーローは自身の個性からヒーロー名を選ぶことが多い。もしくは思い入れのある言葉とか自身を鼓舞するための言葉。オールマイトは万能を意味する“Almighty”と大丈夫を意味する“All Right”から取っていそうだ。
「僕から行くね☆行くよ…」
ダンと勢いよく青山が見せたホワイトボード。カタカナではなく英語、珍しいと思うのも束の間。
「I can not stop twinkling.さ☆」
「「「短文!」」」
「そこはIを取ってCan’t stop twinkling.の方がいいわ」
「それね☆」
「「「いいのかよ!!」」」
「ありなんか…」
「じゃあ次アタシね!エイリアンクイーン!!」
「!!血が強酸性のアレを目指してるの!?やめときな!!」
(…………………)
恐らくみんなの心が一致した。大喜利のようになっていると。何より問題なのは2人ともネタでも受け狙いでもなく割とガチで考えた所だよ。
「次、私いいかしら。小学校の時から決めてたの。フロッピ」
「カワイイ!!親しみやすくて良いわ!!」
流石蛙吹、センスがいい。これは流れに乗ってさっさとやった方が気が楽だな。
「じゃあ次私ー!マルチウェイバー!」
圧力波は電磁波・音波・衝撃波で構成される。その“波”を取って考えたもの。ホワイトボードに書いた「ウェイバー」の上には由来が分かるよう“波”に波線をひいてある。
「汎用性を感じられる名前ね!グッド!」
21人の中で発表した時、後になって思い出しにくいのはインパクトの直後ではなくその次だ。直後だと比較されやすい。青山・芦戸が大喜利の雰囲気を出し、蛙吹がそれを壊した。クラスの雰囲気もその流れに乗ろうとするものが多いからこそ、蛙吹の次は記憶に残りにくいだろう。上鳴と耳郎の漫才のような掛け合いや切島が尊敬するヒーローを語ってくれたおかげで、益々薄くなりやすい。
「残っているのは、飯田君、爆豪君、緑谷君ね」
皆中々悪くないヒーロー名だ。飯田は轟と同じく「天哉」と名前で発表した。その表情は硬い。
兄であるインゲニウムがステインにやられ引退を余儀なくされたのは報告されている。その名を継ぐ、ということはしないのだろうか。…今の彼ではきっとそれができないのだろう。
警察は勿論動いているが、省としても本格的にステインに対して行動をしなければならない。諸伏がいまその対応で保須に滞在している。保須で活動して入りヒーロー事務所は24。どの事務所も指名を入れているだろう。指名の無かった生徒が行くために雄英が依頼した受け入れ事務所に、保須のヒーロー事務所はない。飯田にどの事務所から指名が入ったか分からないし、彼がどの事務所を選ぶか分からない。一番直近で起きた事件に最も近い事務所はマニュアル。飯田を指名していれば、飯田は間違いなくそこを選ぶ。
(……権力(持ってるもん)使うか)
受け入れ事務所の中で保須に近く、更に信用できる事務所。隣接する立川市にあるペインター事務所。活動地域に隣の保須も入っている。
緑谷は蔑称で呼ばれ続けていた“デク”を、コペルニクス的転回で良い意味としてヒーロー名にした。爆豪は授業が終わるギリギリまで中々OKが出なかったのは御愛嬌かもしれない。
ステインを理由に協力を仰げば快く協力を買って出てくれた。むしろ「うちの様な戦闘をメインにしていない事務所で大丈夫なのか」と心配されたらしい。ペインターは書いた絵を具現化できる「トリックアート」という個性の持ち主だ。絵がよりリアルであればあるほど現物に近いものが具現される。当然描くのに時間がかかるから戦闘向けではない。救助災害や被災者支援をメインに活動している。以前授業で相澤先生が言っていた通り、協力要請されたことに喜び自身の強み・弱みを無視してでも受け入れようとする事務所も悲しいことに存在する。だからペインターに心配されたことは私たちにとってプラスの印象を与えた。
特務公安省の諸伏がサイドキックとして先に潜入。私が職場体験をする生徒として後から合流。ペインターの指示で私は諸伏の元で職場体験をするという流れだ。諸伏と私のことは当然ペインターしか知らない。協力者になって頂く信頼の証として、立場は話さないが私も特務公安省の人間だと事前に伝えておいてもらった。当然、雄英に潜入しているということを知られてしまうが極秘事項であることを固く約束させた。
「いい様に使って申し訳ない」
「いえ!こちらこそ、個性の性質や事務所の方針上、ステインの確保に尽力できず申し訳ないでございます!」
青いつなぎに斜めに被った青いキャップ。つなぎの下には白いTシャツを着ているらしい。ベストジーニストをリスペクトしているとかで金髪だ。流石に髪型は違うけど、見るからにジーニスト感はある。つなぎがデニムなら完璧だ。流石に個性に合わないからそこは違う。
奇妙な敬語から普段敬語を使わない人間というのがよく分かる。スコッチと言うヒーロー名で潜入している諸伏と苦笑した。
「現在俺は貴方のサイドキック、そして彼女は一生徒です。いつも通りで構いませんよ。こちらもそう言う立場で接しますので」
「ヒーローペインター!本日からよろしくお願いします!」
雰囲気を一気に変え、轍のキャラで元気よく緊張を織り交ぜ頭を下げた。勢いあまって机にぶつけるまでがワンセット。
「え!?あっ、おう!よろしくなマルチウェイバー!」
どもりながらもしっかり対応してくれた。救助災害において重要なのは、どんなに不味い状況でも被災者に不安を与えない為冷静かつ余裕をもった態度でいること。しっかり切り替えられるのはポイントが高い。
メインは救助災害だが当然パトロールもする。ペインターは自身が戦闘向けじゃないし力のある個性じゃないと分かっているからこそ、サイドキックにはそういうタイプを入れていた。瓦礫除去や災害中のヴィラン発生で食い止めるための脳筋系サイドキック。だからパトロールをすることに違和感なかった。その辺りペインターは非常に上手かった。
「マルチウェイバーの個性は人が多いところや、こういう密集した建物の多い場所じゃまー不便!つーわけで、そう言う場所でも個性ちゃーんと使えるよう学ぶために、俺っちと一緒じゃなくてサイドキックと一緒にパトロール向かってもらうな!一緒にパトロール行くときは、そういうところ教えるよーに!」
「ペインター!そういうところってつまりどういうところっすか!?」
個性“腕力”のサイドキックがはいはーいと元気に手を挙げ質問した。和気藹々とした事務所だ。アットホームな職場っていうのはこういうのを言うのだろう。
「もしここでヴィランが出た場合個性でどうするのがいいかーとか、ここで人が倒れてたらどうするのがいいかーとか、何かそういう感じのこと!」
「何となくわかったっす!」
「なんかお前らだと心配だからスコッチに任せようと思ってんだけどな!」
「「「そりゃねーぜペインター!」」」
「めっちゃ楽しい事務所っすね!ここ選んで良かったです!」
ワクワク、キラキラした目でみんなを見上げる。マルチウェイバー、頑張りまーす!よろしくお願いしまっす!と手を挙げ意気揚々と挨拶すれば、よろしくなー!いぇーい!とハイタッチ合戦が始まった。ほんと元気いいなここ。
プロヒーローとしてサイドキックを纏めるだけあって根本的に頭がいい。というかサイドキックの頭が少し弱い気がする。とにかく、そんな感じでスコッチこと諸伏と私は保須を中心にパトロール活動を堂々とできるようになった。
スコッチと保須を拠点にパトロールを初めて数日目の夜、予想外の方向で事態は動いた。脳無が現れたのだ。脳無の相手を他のヒーローに任せ、人々の避難誘導に尽力していた。
「連合と繋がりを否定できねえぞこれは」
「どっちが便乗してんのか分からない。死柄木のことだ、この様子をどっからか見てる可能性が高い」
「ということは」
「「高い建物の上にいる!」」
潜入用のスマホが震えた。確認すると緑谷から座標だけが送られている。ここからかなり近い。
「赤井と風見が近くにいる筈だ!スコッチ連絡を取れ!」
「分かった!たち…マルチウェイバーはどうするんだ!?」
「ステインを探しに行く。それと、後で説教な」
潜入中最もやってはいけないのは本名で呼ぶこと。呼びかけたスコッチは後で説教だ。そんなことより今はステイン、緑谷から送られたメールのタイミングとその座標から考えるに、遭遇している可能性が高い。
個性を使い半ば飛ぶように座標の元へ向かう。すると僅かに冷気を感じた。続いて叫び声や戦闘音が聞こえる。座標の場所であり音の発生源を見れば、地に伏すプロヒーローとクラスメート飯田、氷を放出する轟とステインに対抗している緑谷の姿だ。
ステインが飛びナイフを投げた。轟が氷でそれを防ぐが視界が悪くなり、その行動を読んでいたステインが振りかぶった。動くのが一瞬遅れた轟の背後に飛び轟の腕を強く引きながら、姿勢を低くしステインの片腕を掴んだ。
「間一髪って感じ?」
「轍!?」
轟から腕を離しステインに向ける。左腕はステインを掴んだままだ。左手から怪我はしない、でも気は失うだろう威力の空気圧を放った。
「空波!」
ステインの腹にモロに入った。ステインの表情は歪むも気を失い様子はない。やはりそう簡単には行かないか…。次奴が一手くらわすとしたら空いている左手の刀で私を切ること。このまま掴んだままは分が悪いとステインを掴んだ手を放ち左手からも空気を放ち奴を吹き飛ばした。吹き飛ばされながらも体勢を立て直し着地したステインに思わず笑みがこぼれる。強い。
「轍さん!?」
「気をつけろ、奴に血を舐められると動けなくなる!飯田達はそれでやられた!」
地を舐めると相手の動きを封じる。…ああ、なるほど。
「凝血か」
ピクリとステインの眉が動いた。特徴を聞いただけで個性を言い当てた、それが理由だろう。
「気を付けるべきは個性じゃなさそうだね。ステイン自身の身体能力が頗る高い。今まで多くのヒーローを手にかけただけあって、相手の動きをよく見て行動してる。その反射神経と次の一手を瞬時に判断する頭脳。その強さは認めざるを得ないね」
「…特徴を聞いただけで個性を言い当て、一瞬で相手の実力が分かる。お前…何者だ?」
「友人救けに来たヒーローの卵でっす!」
2人動けないこの状態。2人を一緒に安全な場所へ運ぶに3人じゃ難しい。しかも場所が狭い路地裏。“リアライザー”なら可能だけど、“マルチウェイバー”なら分が悪すぎる。この狭さじゃどの技をやっても轟達にも当たってしまう。
「難しい戦況だねぇ」
「俺たち3人で守るぞ!」
「うん!轟君と轍さんは後方支援を!僕がステインの動きを止める!」
轟と緑谷、そして私でプロヒーローと飯田を庇いながら応戦する。飯田の言葉、やはり兄の敵討ちか。
「なりてぇもんちゃんと見ろ!」
「今の飯田はインゲニウムの名を汚してんよ!何でヒーローになりたいのさ!思い出しなよ!そのオリジンを!!」
生半可な気持ちでなれる職業じゃない。そしてヒーローだって人間だ。仕事の過程で心が折れたり自信喪失することだってある。飯田は復讐を目的にヒーローを目指したわけじゃないだろ。憧れたんだろ、兄に、ヒーローインゲニウムに。
(あー、これ始末書もんかな)
轟の援護と飯田の強烈な一撃、緑谷の奇襲の一撃でステインは身動きしなくなった。命がけの戦いで相手に怪我を与えないように考慮して、というのは彼らにはまだ難しいだろう。
ゴミ置き場から縄を探す轟。私はステインの武器を全てはぎながらその容態を確認する。火傷、骨折、内臓もいくつかイってるな。バイタルも怪しい、急がなければ死んでしまう。
「縄あったぞ。…轍、何してるんだ?」
「…あんま言いたかないけど、早く治療しないとステインの命も危ないね。縄は腕だけにして腰は止めておこう」
「…分かった…」
命が危ない、その原因が自分たちなのだから、守るために数十分間死闘を繰り広げた結果の勝利だとしても、彼らの顔色を曇らせるのには十分だった。
道路に出てくるとグラントリノが緑谷を叱った。緑谷の職場体験先、まさかグラントリノだったとは。オールマイトが依頼したか、オールマイトの教育不行き届きに呆れたか。そのあとエンデヴァーの指示で応援に来たサイドキック達も集まった。
「何をしている!一塊に動くな!」
不穏な空気を感じる。エンデヴァーが来たからじゃない、何だ。
「っ!?みんな伏せて!」
上空から飛んできたのは羽の生えた脳無だった。え!?と戸惑う周囲を無視し両手を脳無に向かって翳した。
「衝波!」
空派より鋭い空気の圧を脳無に向かって放った。腹部を突かれた脳無は態勢を崩し地に落ちようとするかのように見えた。
「ウガアァァアア!!」
雄叫びを上げた脳無が口から細い光線を放った。やはり脳無は複数個性持ちか!光線の先にいた緑谷を咄嗟に庇った。左わき腹に鋭い痛みが走る。
「っ!」
「轍さ、うああああ!?」
「緑谷!!」
脳無は緑谷の身体を掴みよろよろとまた宙に浮かんだ。あの高さじゃ落ちた時緑谷も一溜りない。この場で直ぐに飛べるのは私だけだ。足から空気を放ち緑谷を掴む脳無の背に乗ろうとした。
「ガアァァアァ!!」
ぎょろりと視線を向けられた。奴は尻尾をぶん回した。ぶん回した尻尾は腹に命中し私は横に吹き飛ばされた。背中からビルに激突し、身体中に痛みが走る。
「轍さん!!!」
(くっそ、轍じゃだめだ…)
轍なら、その思考が抜けず救けられるのに力をセーブしてしまう。今のだって橘なら反応で来たはずだ。身体が落下しアスファルトに叩きつけられる寸前、誰かに受け止められた。それと同時に、赤いバンダナが脳無の頭を串刺し緑谷を救ける姿が見える。
「来いよ贋物!オレを殺っていいのはオールマイトだけだ!!」
ステインの雄叫び、ビリビリと威圧感を肌身で感じる。私を受け止めた誰かがぎゅっと力んだ。
「…気を失ってる?」
どさりとサイドキック達が尻餅をついた。私を受け止めた…轟も同じく尻餅をつく。その手はわずかに震えている。って、呆気に取られてる場合じゃない。
「まずい、あの怪我で気絶、内臓で出血している可能性が、っいっつ」
立ち上がろうとしたが身体に痛みが走り上手く立てない。轟が身体を支えてくれる。
「轍だめだ!お前も怪我が」
「私はまだ黄色だけどステインは赤だ!急がないと死ぬぞ!」
トリアージの色は緑、黄、赤、黒の順で重くなる。ステインは明らかに黒寄りの赤だ。私の声に反応したサイドキックやエンデヴァー、グラントリノが早急に緑谷を保護しステインを再確保した。