つかここどこだよ!
6
彼らがどういう話をしているのか全く分からない。ここに彼らが来て少なからずタイムリミットは過ぎているはずだ。そもそもこんな一気に来たことが無いから色々とイレギュラー過ぎて状況が読めない。
救けに来てくれたのに攻撃をしてしまった。いつもなら消えるような決定打を与えたのに2人はまだここにいる。首裏の打撃は脳に影響を与えやすい。露出女子とメットをとったロボットスーツはどこから取り出したのか首裏に氷嚢を宛がっている。その場にいる人間をよく見渡すと、蛙みたいな女子と耳たぶが長い女子がいない。それについて話しているんだろうか。
「蛙吹と耳郎は?」
「こちらに向かう途中上鳴さんと合流したのですが、上鳴さんがどうしても行きたい場所があるとのことで2人が一緒に」
「…そういやそんなこと言っていたな」
「DEPAにいんだろ」
「え?あのスポーツ店?なんで?」
「この子、あそこを拠点にしてたみたいで荷物がそこにあったんだ。上鳴それ取りに行ったんじゃねえかな」
「…上鳴、聞こえるか」
黒い人は耳に手を当て誰かと通信を取ってる。直ぐにこの場から動くことは無さそうだ。そんなことより先ほど怪我させた2人と殴った炎上系に申し訳なさが襲い掛かってくる。
(そういえばあの力、自分の怪我は治せなかったけど他人のはどうなんだろう)
足が速くなるように、とか、もっと力を、とかそんな念じ方なら自分に対しても力が使えた。ただ自分に対しては外に対してより集中力が必要だった。外に対してなら怪我も治せるんじゃないか、そんな考えがよぎった。露出女子の首元をじっと見つめる。
「八百万のこと凄い見てるな」
「さっき殴ったの気にしてるんとちゃう?」
痛み引け、打撲治れ、後遺症残るな
「…あら…?」
露出女子は首から手を離した。不思議そうな顔で首を擦ってる。これは成功した、のではないだろうか。次にロボットスーツの青年の首辺りを同じようにじっと見つめ強く念じた。
「首の痛みが無くなりましたわ」
「…あ、痣消えてるよ!」
「む、俺も急に痛みが消えたぞ…?」
「その子の個性?あれ、風が個性なんじゃないの?」
「さっきは瞬間移動みたいなんしてた、あと水出したり、すっごく身体重くなったり…」
「複数個性持ちにしては統一感が無いな。相澤先生の抹消も効かないらしい」
「え!?」
「緑谷が飛ばされる直前消したはずなんだがな、個性が効かないのかそもそも個性ですらないのか」
私を見て何か言い合ってる。よく分からんけど、通じなくても謝罪はしておくべきだ。改めて全員に向かって頭を下げた。
『攻撃して、すみませんでした』
「え!?なんで頭下げてんの!?」
「さっきのこと気にしてんのか?」
「律儀だな」
ぽんぽんと優しく肩を叩かれ顔を上げる。赤髪の青年が笑顔でメモ帳を見せてきた。
「きにすんな!」
いや気にするから。とはいえここであれこれ言い合っていても仕方ない。ここから出…あ、スマホ。
(…別の世界で生きるなら未練は断ち切るべきか)
あれは無い方がいいのかもしれない。物が手元に残ってしまえばずっと惜しくて仕方なくなってしまう。
「見つけたー!」
「やっと来たな」
遠くから声が聞こえた。金髪の青年とさっきの耳たぶの長い女子、蛙みたいな女子が走って来た。あの金髪、彼も前に来た子だ。彼の両手には、私のリュックが。耳たぶの長い女子の手には見覚えのない黒いカバンがある。
「これ、君のだろ?」
金髪の青年はリュックを渡してくれた。リュックのポケットにはスマホとウォークマンがしっかり入ってる。カバンを開けて中を見ると、ズタボロになった自分の服とか、ハンカチとか名刺とか出てきた。ウォークマンやスマホは頻度高く使ってたけど、カバンの中はあまり見なかったから何が入っていたかしっかり覚えてなかった。
『…ありがとう』
「何て言ってるかわかんないけどいいって」
「さて、全員合流したところで主催者が言っていた脱出ポイントとやらに向かうぞ」
「脱出ポイント?」
「この子の様に万一個性から抜け出せなくなった時の為に予め設定しているそうだ」
「ならそこに行けばこの子も、現実に帰れるんすね!!」
「おそらくな」
「帰れるぞ!やったな!」
金髪の青年が私の手を掴みぶんぶんと上下に振った。傷口に響くのでやめて頂きたいのが本音だけどなんだか喜んでいるので止められずにいた。
「上鳴ちゃん、その子怪我してるわ」
「うわ!そうだった!悪いごめんな?」
ぱっと話すと眉を下げて腕の包帯をそっと触って来た。何がしたいんだこの子は。
「向かう前に怪我の具合は確認しておくべきだろう」
「そうですね。女子が見たほうが安心するだろう。蛙吹、八百万、見てあげなさい」
「分かりましたわ!」
「分かったわ」
「ウチも手伝う」
「私も!」
露出女子と蛙女子が近づいてきた。露出女子は身体から白い板と黒い棒…小さいホワイトボードと黒いマーカーを作って文字を書いて見せてきた。氷嚢もこうやって作ったのかな、この子の力凄いな。
「けがのおうきゅうしょちをさせてください」
…読めた、手当させてくれってことか、ここで手当てしてる時間あったら先に進んだ方がいいんじゃ…。雰囲気的に現実に戻る方法を彼らは知っているようだし。すみません貸してください、と手を出した。意図が上手く伝わりホワボとペンを渡された。
「いつきえる わからないです てあてするじかんはかえるのあてるべきです わたしはあるくことができます」
「まあもっともではあるんだがな…」
「どうするの?先生」
「本人がそれを望むなら優先したほうがいいだろう」
彼らは何か話し合うと手当てするのを辞めて進むことにしたらしい。ホワボに「いたくなったら すぐにいってください」と書かれた。言わないだろうなと思いながらとりあえず頷いておいた。
私を気遣ってかどこかへ向かってゆっくり歩きだした。囲まれるような陣形に落ち着かない。金髪青年がホワボを見せてきた。
「俺上鳴電気!名前教えてよ!」
「おれ かみなりでんき! きみのなまえは?」
そういえば髪型や色のわりに顔立ちは日本人顔に見える。かみなりでんき、これが彼の名前か。
『東堂桜です』
かみなりでんき君はちょっと困った表情をしてた。あ、読めないか。文字を消して簡単な文字を綴る。
「とうどうさくら」
「さくらちゃん!可愛い名前だね!」
「上鳴こんなところでナンパしないでよ…」
「うぇ!?いやナンパじゃないし!」
「分かってるけどさ、言葉のチョイスがナンパにしか聞こえない」
「ひっでー!」
よく笑う子だなぁ。笑顔がデフォルトみたいな子だ。周囲の雰囲気も張りつめているものではない。私が思ってるより事態は好転状態なのか?今度は耳たぶ女子はホワボを取り何かを書いた。
「おうちはどこ?」
「耳郎もナンパしてんじゃん!」
「外国の子なら国が分かれば言語も分かるはずじゃん」
「確かに、聞き馴染みのない言語ですから英語圏の国ではないのかもしれないですわね」
おうち…実家の方言えばいいか、それとも今住んでる…いやあっちは4年経ったし解約されてんだろうな。でも住民票はそっちだからまだ住んでいることにはなるか。
「じっか ながの げんじゅうしょ ふくおか」
「え日本じゃん!?長野と福岡?つかげんじゅうしょってなに?」
「今住んでる住所のことだよ」
「福岡で1人暮らしとかしてんのちゃう?」
「長野から福岡って凄い遠いね。でもどうして静岡にいたんだろう…」
「それより日本に住んでて何で日本語通じねえのか気にすべきだろ」
住んでる場所言ったら彼らは何かまた話し出した。やっぱりここは私の知る日本と違うのだろうか?そもそも世界が違うからな、でも観光雑誌…。
「ここはしずおかだとよそうしています にほんちずはわたしはしっていますとおなじです ここはにほんというくにではありません?」
「ここが静岡だって分かったんだな」
「日本って言ってる、やっぱ日本人?」
「わたしはここにくるまえふくおかにいました きがついたらしらないばしょでした ひとがいません もじわかりません ときにひとがいます おしゃべりわかりません ひとはいたいしてきます」
ホワボに埋まり切らず一旦そこで区切って見せた。上手く伝わるだろうか。隣を歩くかみなりでんき君に渡すと、彼の隣に紅白頭が並びホワボを読んだ、んだと思う。
「福岡にいて突然拉致られてきたってことか。文字も言葉も通じない上に、時々ヴィランが来て襲ってきたってことだな」
「いきなりこんなとこ飛ばされて攻撃されるとか、USJんときとか合宿の時はみんないたから良かったけど、1人だったんだろ…辛すぎんだろ…。つかマジで同じ日本なのか?なんか違う世界の日本みてぇだな」
読み終えた、と判断してホワボを指さす。再びホワボを借り先ほど書ききれなかった文字を書いた。
「ひとはおかしなちからもっています わたしもきがついたらもっています みなさんももっています おかしなちからは みなさんのいるせかいではじょうしきです?」
「おかしな力?個性のことか?」
「個性を知らないって…」
「…上鳴の言ってる通りかもな。ホワボ貸してくれ」
彼らはホワボを読んで何か言った。かみなりでんき君が斜め前を向いた。その視線を追うと黒い人が私を見て何かを言っている。その手には私が使ってたノートやドリルっぽいものを持っていた。かみなりでんき君は指示されたのかホワボとペンを黒い人に渡していた。黒い人はドリルを見ながら何かを書いて私に見せてきた。
『これはきみのせかいのもじか?』
ドリルの横に覚えられるようひらがなを割り振ってた。それを見ながら彼は書いてくれていたんだ。たどたどしく書かれているのは私にとっては見慣れていた文字で。こくこくと頷いた。
「まさか世界そのものが違うとは…こればっかりは予想できなかったな」
せかいのもじ、って言ってきたってことは、私が彼らと違う世界の人間だときっと気付いたんだ。ホワボを借りて更に文字を綴った。
「たいへんなのぞみはいいません いたいしませんひとがいますなら わたしはそれでよい」
我儘は言わないから、自分を襲ってこない人がいるならそれでいいから、置いていかないで欲しい。こんな状態でおいてかれたら愈々自殺できる。
「…帰る先が元の世界でなくても、安全性が保たれるならそれでいい、か…」
なんだか微妙な空気になってしまった。かみなりでんき君や耳たぶの女子がなんだか涙目だ。…子供に気を遣わせてしまったか…?申し訳なくなってきたのでなんとか空気を払拭できないかと文字を綴る。
「ないているきみよりわらっているきみのほうがかがやいてるよ」
「…ブハッ!いきなり流暢!しかもナンパかよ!」
「上鳴がナンパ紛いのこと言うからうつってんじゃん」
「いやそれ言うなら耳郎だって」
きょとんと文字を見ていたかみなりでんき君は思い切り吹き出し笑ってくれた。良かった。再び空気が明るくなった気がした。
「着いたぞ」
前を歩く人たちが足を止め何かを見ていた。釣られるように見上げると10階建てのおんぼろビルがそこに佇んでいた。こんな建物あったんだ、知らなかった。
「ここの1階だったな」
「ヴィランが言うには」
炎上系男性はずんずんと歩みを進め、その扉を、蹴破った。
『え、いいの』
「確かにそのようだな」
炎上系男性は身体をずらした。蹴破った扉の先は真っ白だった。まるで入口に白い壁があるかの様な白さ。
「出たらヴィランの個性を使わなければもう一度ここへは来れない」
「博打だな。確実に帰れる保証もないのだから」
炎上系男性はずんずん進んでいった。通ったら消える、と思いきやそうでもなく白い道を歩いていく後姿が見える。
「俺は最後に行く。お前たち先に行きなさい。とうどうさんを間にするように」
「「「はい!」」」
「さくらちゃん、行こうぜ!」
1列になってドラクエのごとく行くらしい。数人は先に行った。私の前にツンツンヘアーの子が先に入った。そして私を待つかの様に立ち止まって振り返った。私の後ろにはかみなりでんき君が控えている。これを抜けるとあちらの世界に行く、ってことだよな。
恐る恐るまずは手を通らせようと白いのに触れた。
バチィッ!
『いった!?』
強烈な静電気に触れたかのような痛みに手を引っ込めた。包帯に巻かれてるから分からないけど多分怪我はしてない。
「…まさか、通れない?」
「でも他の奴ら普通に入れたぞ!?」
紅白頭の子が私と同じように手を入れた。何も起きない。私は再び手を伸ばす、やはりバチリと痛みが走る。
『…違う世界だから身体か向こうの世界が拒否ってるってことか…?』
痺れが残る手を眺めてると紅白頭の子に手を取られた。ぎょっとしてその顔をみると私の手を真剣に見ていた。
「怪我はしてねぇな。痛そうな顔してたから、痛みはあるみたいだ」
ツンツンヘアーが少しこちらに戻って来た。向こうからこっちはどう見えるんだろう。目線があっている感じはしない。
痛みはあるけど耐えられない程じゃない。つかここまで来て立往生なんて御免だ。
『……おっし、女は度胸』
「え?って、ちょ、おい!」
恐る恐る触れるからいけないんだ。舌をかまないよう歯を食いしばり、痛みに耐えられるようこぶしを握り締めて飛び込む様に白いそこに足を進めた。
バチィ!バチバチ!
『いってーなおいこらくそが!!』
入る瞬間だけだと思ったけどそうではないらしい。くぐったあともバチバチと身体中が痛い。全身静電気を浴びてるみたいだ。
「おいどうなってんだ」
「ちょ、めっちゃバチバチいってんじゃん!」
「長居しねえほうがいいだろ。担いでいった方がいいんじゃねえか」
紅白頭のことかみなりでんき君が両サイドから私を覗き込んだ。周囲に気を配るには痛みを忘れられそうにない。ここを抜ければ消えるかもしれないし、向こうの世界にいる間ずっとこうかもしれない。痛みに回りまわって苛々してきた。案外私余裕あるのかもしれん。
『なめてんじゃねえぞ病気なった時の方がよっぽど痛かったわ!』
誰に対していってるのか自分でも分かんないけど、足を進めた。痛いし苛々するしで何か言って無いとおさまりそうになかった。
「なんか、めっちゃキレてね?」
「突っ立ってんな、俺たちも早く行くぞ」
『だいたい勝手に連れてきておいて向こうの世界は行けませんだぁ?ざけんじゃねえよ!だったら最初ここ来るときもこうなるのが道理ってもんだろ!筋が通ってねえんだよ馬鹿じゃねえの!?』
「結構喋るんだな」
「喋るってかめっちゃキレてんじゃん!」
「昔の爆豪みたいだな」
「聞こえてんだよ半分野郎!」
バチバチ音を立てて身体に痛みが走る。少し先に縦長に切り取られた外の世界が見えた。あれが出口か。
『高校時代の英語は下から数えたほうが早かったわ!英語はまだいいさアルファベットはすぐ覚えたんだからよ!言語通じねえとかどうなってんだよ!世界違くとも地形同じの日本だろ!そこはご都合主義しとけや!』
ツンツンヘアーが出口の前で待っていた。そして痛みと苛立ちで顔を歪めている私の腕を掴んだ。
バチィ!
「っ」
ツンツンヘアーが顔を歪めた。どうやら彼にも痛みが走るらしい。ビックリしている私を無視して彼は私の腕を強く引きながら、出口を出た。
身体中に残る痺れだけが先ほどの痛みが嘘でなかったと証明した。炎上系男性含め他一緒にいた子供たち、そして救急車みたいな、というか救急車だな、とかパトカーとか、なにやらごたついているのは分かった。
突然身体が地面に引っ張られるような感覚がした。踏ん張る力どころか立っている力もいつの間にか抜けている。
「おい!」
「担架!担架持ってこい!」
「さくらちゃん!?」
この感覚には覚えがある。貧血でぶっ倒れた時と同じだ。あの時と違うのは倒れる時意識があるってことくらい。でも力が入らない。段々視界が黒くなってきた。今自分がどういう状態なのかも分からない。
もしかして、死ぬのだろうか
「半分野郎!てめえの左であっためろ!身体が冷えてやがる!」
「!分かった」
黒くなっていく視界、焦った顔をしたツンツンヘアーと紅白頭の子、泣きそうな顔をしたかみなりでんき君が見える。その隣から黒い人が深刻そうな顔で私に何かを言っている。視界が眩む様に音も段々聞こえなくなってきた。
「とうどうさん!ダメだ、意識が朦朧としてる」
「担架来ました!」
「さくらちゃん!」
表情をめいっぱい焦躁を浮かべている彼らに対し、そして自身の今の状態に対し見当違いなことを考えた。
『…めっちゃいけめんやん…』
高校生らしい幼さは残ってるけど間違いなくイケメンの部類だ。もしこれで死ぬなら、最期にいいもん見れたな。そんなアホみたいなことを考えながら愈々意識を手放した。