表と裏

3

 中3にもなれば進路を考えなければならない。そもそも受験できるほど頭が無い。真は霧崎第一だって、めっちゃ頭いい進学校ってのは分かる。歴史ある高校、その上進学校…となると実は裏の世界へ迷い込みやすい。中高生で自殺の原因の実に8割は学校が原因だから蔓延りやすいんだ、屍人が。じゃあ真のレベルまで頑張れるかと言われると、入学後が問題だ。高校になると中学と違って留年だの退学だのの問題が出てくるわけで…だったら通わない方が早くね?と自己完結していたら本間先生と緑間先生に「せめて高校は卒業しなさい」と注意された。名前かければ受かる高校探すかーとお気楽に考えていたら何故か複数高校から名指しで推薦が来た。流石にこれには「は?」である。しかもどうやら名のある高校らしく担任も「お前…何をした…?」と逆に怯えられた。
「東京だと小野枝、秀徳、帝丹、西多摩第一、神奈川から海常、京都から洛山…以上6校から何故か推薦来たわけですよ」
 敷地面積の広い我が家は塀に囲まれた内側は地面を砂利が覆っており、一カ所だけ小さなステージのようにコンクリートが平らに盛り上がっている。可燃ごみに出せないものはここで燃やしているのだ。裏の世界に関わったものや霊力が宿ったものは不用意に捨てられない。だからこうして自分で始末するのだ。パチパチと燃える竹刀やパーカーを木の棒でつつき火の回りをよくしおえ、本宅の縁側に座る真の隣に座った。読んでいる本は見たこともない言語で早々に覗き込むのをやめた。
「少なくとも100年以上の歴史ある進学校ばかりだな。理桜の頭じゃまず落ちる」
「んじゃなんで来たんだろ」
「お前が唯一他と違うことがあるじゃねえか。それ目当てなんじゃねえの」
 真と知り合った小6の時も受ける気ないのに中学受験の推薦来ていたのを思い出す。もしやその時もそれが目当てだったんだろうか。
「高校は行けって言われてんだろ。受験しなくていいならその中から選べばいいじゃねえか。成績分かったうえで推薦してんだったら理桜に“そういうの”を求めてるってことだろ」
 そういうの、ってことは高校が裏の世界とリンクしたり生徒が神隠しと言う名の裏の世界へ連行されることが内容護ってほしい、ということか。学校に愛着がわけば卒業後も守ってくれるかもとかいう打算的な考え有りそう。
「一番近いのだと小野枝かー、その前に秀徳の学校説明会あったっけな。行ってから考えよ」
「仕事で行けなくなるにステバのコーヒー」
「フラグ立てんなやい」
 後日そのフラグはしっかり回収されて、結局真に一番高いコーヒーを奢った。


 学校説明会へ行くときは事前に学校側が行く生徒を高校側へ送るシステムだ。名古屋の仲間からヘルプが入り学校説明会はドタキャンしてしまった。そしたら予定が空いた日に合わせて個別に説明会をすると連絡が来たらしい。あまりの優遇具合いに進路指導の先生が「お前…何をした…?」と担任と同じことを聞かれた。何もしとらんわ。
 生徒が多くいる平日に行くのは気が引けてじゃあ休日、と何とか確保した土曜日の昼間。最近掃除屋の存在が浮上しているせいで、依頼もないのに裏の世界へ行かなければならないことが増えた。お陰様で寝不足だ。
 秀徳に着いてとりあえず昇降口っぽいところまで来た。事務室ってどこ、ってかどこから入ればいいんだ。生徒昇降口っぽいところは休日のせいか開かず、来客用の昇降口がパッと見つからん。
「さっきから何してんだ?」
 流石に帰るのもなーと昇降口付近をふらふらしていたら声をかけられた。めっちゃ背の高い金髪童顔の男子生徒。白いTシャツに…あれ知ってるぞ、バスパンだ、真も同じようなん持ってた。ってことはこの人バスケ部か。
「あー、学校説明会受けに来たんすけど」
「説明会?それ先々週じゃねえか」
「当日用事できて行けないって言ったら別日に特別にって言われてきたんすけど…」
「…うちにそんなシステムあったっけな…どっちにしろ事務室も空いてねえし、とりあえず監督…先生とこ連れてってやる」
「ありがとうございます」
 ご厚意に甘え金髪のセンパイに着いていく。特に会話もなく連れていかれたのは体育館で、転がってるバスケットボールからやっぱりバスケ部だったんだと思った。中に入ったセンパイに続き体育館に入ると、こちらに気付いた坊主のセンパイが私を見て不思議そうに、でも笑いながら言った。
「おい宮地、誘拐でもしてきたか」
「んなわけねえだろ!」
「うちの生徒じゃないようだけど」
 ベンチに1人、スーツを着ている明らかに先生が私を見てセンパイを見た。
「あー、何か学校説明会受けに来たとか何とか」
「それ先々週じゃなかったか?」
 これまた背の高い初見ちょっと怖そうなセンパイが不思議そうに私を見てきた。
「…もしかして、東條理桜さんかい?」
 先生がハッと思い立ったように聞いてきた。名前を知られてることに若干身構えるけど、そもそもここに説明受ける気で来てるんだから学校の先生が知らないわけないかと警戒を解く。
「あ、そうっす。東條理桜っす」
「ああやっぱりそうだったか。すまないね、多分来客用の昇降口開け忘れていたんだろう。川原、暫く私は外すよ。」
「はい!」
 少し離れた所にいたセンパイに声をかけると先生は未だ不思議そうにしている金髪のセンパイに「後は私が引き受ける」と伝える。慌てて私も「あっ、連れてきていただきありがとうっした」と礼を言った。
「忙しいというような話は聞いていたけれど、どのくらいか聞いても大丈夫かい?」
「…あー、っと」
 私が滅却師ってことを知ったうえで聞いて居るのかどうなのか分からない。こういう時頭のいい真なら相手の意図分かるんだろうなぁ。
「まあ、この時間がギリギリ取れた最後の休み的な、感じっすかね?」
「それは…貴重なお休みなのにすまない」
「いやいやいや、むしろ我儘言ってるみたいで申し訳ないっす」
途中スリッパを拝借して校長室に着いた。あ、校長室なんだ。バスケ部の顧問で監督だという先生もそのまま入室し、校長と副校長と並び私の正面に座った。なんだか居心地が悪い。
「東條理桜さんだね、ごめんね昇降口、空いてなかったみたいで」
「普通今日休みなんで、というか休日に着て申し訳ないというか、あー」
 頭使って会話をするのは苦手だ。腹の探り合いとか大の苦手。だからさっさと気になることは聞いてしまおう。
「学校説明より先に、私をそこまで優遇?している理由と言うか、秀徳に入って欲しいみたいな行動の理由を先に聞きたいんですけど」
「…そうだね、他の受験生に比べ一等優遇しているからね。東條さんは秀徳のことをどのくらい知っているかい?」
 質問を質問で返してきたぞこの校長。だから頭使うの苦手なんだって。
「あー、100年以上歴史ある進学校で私の頭じゃまず落ちるって幼馴染から聞きました」
「東條さんの成績はまだ知らないから何とも言えないけど、歴史ある進学校というところは合っている。実は…君のことは、というより君のお祖父さんには随分昔お世話になってね」
「え、じいちゃん?」
「ああ、“巻き込まれた”私を助けてくれたんだ」
 その一言で全て理解した。この人、裏の世界を知ってしまった人だ。そんで不幸中の幸い、滅却師に助けられた。真と同じように。
「つまり滅却師として秀徳守ってほしいから入学してほしいってことであってます?」
「本来なら守られるべき立場の君にお願いすることではないんだけどね…秀徳が立つより前、ここに女子高があったんだけど集団自殺があったらしい。その縁で裏の世界とリンクしやすいと前々からお祖父さんに忠告を受けていてね。関東一の能力を誇る君が入学してくれるととても心強いんだ」
「え、これまではどうだったんすか?」
「今のところ神隠しにあった生徒はいないよ。近くに住んでいた滅却師に秀徳をお願いしていたんだけど亡くなられたそうで」
 滅却師は人数が少ない。少ないが故仲間内で全員の名前が知られている。ここ最近亡くなった滅却師、といえば…。
「東野さんか…」
「ああ、やっぱり知り合いだったか」
「因みに亡くなられた理由とか聞いてます?」
「いや…奥さんから亡くなったとだけ」
 裏の世界から帰ってこない、の依頼を受けた東山さんが東野さんが向かった同じ裏の世界へ行くとずたずたになった東野さんが見つかったという。屍人にやられたんだ。裏の世界で亡くなった人間を表の世界で通常通り葬儀するのは非常に危険だ。死体そのものが持つ霊力につられ力が弱い悪霊が屍人になりやすいからだ。骨も残さず霊力者の手で火葬されなければならない。そして霊力で火を出せる…炎を操れるのは今のところじいちゃんと私だけ。自分で自分のことを「滅却師の火葬場」と呼んでる。焼却のとき東野さんの遺体は棺桶に入っていたから状態は見ていない。東山さん曰く「見ない方がいい」。自分がこうなるかもしれないという恐怖は持たない方がいい。裏の世界へ行くのに躊躇してしまうから。
「まぁ…知らなくていいこともあるよな…。まあ入学してほしい理由は分かったんですけど、私とんでもなく成績悪いし遅刻早退欠席常習犯ですよ?加えてここ私立だし、留年確定でお金使ってしまうなら登校するだけで進級できる学校行こうと思ってるのが現状です」
「遅刻早退欠席というのは仕事の関係だろう?勿論そこは考慮する。出席日数での留年はないと約束しよう。成績については補習や課題で補うというのは難しいだろうか?」
「補習…だと結局まず受けられるか分からないので課題の方が嬉しいですかね…でもなぁ…」
 というかめっちゃ必死だなおい。もしかしていっそここ入らず仕事として受けたほうが儲かるんじゃないか?
「授業料教科書代全額免除は?」
「マジかよ」
 あまりの優遇具合いに素で驚いた。免除されないといけない程お金に困っちゃいないし、なんなら滅却師は内容によるけど一つの依頼で云千万とお金が入る。ありがたいことに富豪や財閥がスポンサーのごとく依頼をしてくれるからなんだけども。
「そこまで言われちゃあ…イエスと言わざるを得ないというか…」
「本当かい!?」
「何度も言いますけどめっちゃ頭悪いんで何かと先生に質問に行きますよ?」
「それこそ教師の仕事さ。東條さんが気にすることじゃないよ」
 校長の恐ろしい程の優遇で進学先は秀徳に決まった。私が滅却師であることは、教師陣の中じゃここにいる3人しかしらないらしい。他の教師は上手いこと言い包めるから気にしなくていいといい笑顔で言われた。案外敵に回しちゃいけないタイプかもしれない。
 表向きにできな過ぎる学校説明会かっこわらを終え校長室を出た。靴は体育館の靴箱に入ったままだから、監督先生と一緒に体育館に向かった。
「もしよければバスケ部、見ていくかい?」
 そういえば幼馴染のバスケすらまともに見たことない。というか根本的にスポーツと言うものを真面目に見たことが無かったな。…なんか寂れた人生送ってんな自分…。新幹線まで時間があったから「お邪魔でなければ…」と厚意に甘えることにした。監督先生が体育館に入ると「お疲れ様です!」と体育館にいたバスケ部員が一斉に頭を下げて、監督先生がそれに手を挙げ練習の続きを促した。スリッパをペタペタ鳴らしながら言われるがまま監督先生の隣に座る。バスケ部員のセンパイたちは不思議そうに一瞬私へ目を向けるも、直ぐに練習に集中していた。
「そういえば監督先生何で校長の言葉信じたんすか?」
 裏の世界だの滅却師だのそんなこと言い出したら普通頭を疑う。精神科お勧めされるかヤバい宗教に手を出したと勘違いされるか。校長が知っている理由を察するに副校長と監督先生は話を聞いて信じたってことだろう。何ともオカルト話をどうして信じたのか疑問だ。
「どこの学校にもあると思うけど、この学校にも七不思議と言うものがある。その七不思議の一つが「夕方16時に保健室にある窓際のベッドで寝ると悪夢を見る」というものなんだ。ただの七不思議だと放置していたんだけど…実際に遭遇してね」
「その七不思議が校長の言葉と関係あると」
「少なくとも私はそう考えている」
 神隠しあって無いって割になんかもう実害出てない?大丈夫かこの学校。
「悪夢の内容は覚えてないんすか?」
「悪い夢を見た、と言うのは断言できるんだが内容はサッパリ覚えていない」
「ふーむ…」
 ここで亡くなったとかいう生徒の強い念が残っている可能性は否めないな…。今日は17時に東都駅から大阪行きの新幹線に乗る予定、ここから東都駅までは最寄り駅乗り継いで30分とかで着くよな。
「…16時頃に保健室行ってみてもいいですか?」
「…大丈夫なのかい?」
「大丈夫っす」
 連れていかれもせずただ夢に出るだけってならそこまで強い力ではない。16時ってのが気になるけど。
 時刻は15:30、16時まであと30分だ。


 部活中なのに何度も抜けさせて申し訳ないと謝罪を入れると、生徒の安全の為だから気にしなくていいと言われた。そちらの分野は門外漢なので手助けできないがそれ以外のことは全面的にサポートするとまで言ってくださった。監督先生はいい人だ。
 保健室の扉を開け感じた気配になるほどと理解した。16時まであと5分、七不思議の16時にというのは明確に16時ピッタリというわけではなく、悪夢を見た人が16時台にベッドに寝てたから16時にと切れよく七不思議になったんだな。そんでベッドの一番奥、窓際なのは…校庭が良く見えるから。
「悪い夢を見ていたってわけじゃなくて、ただ単に同調して苦しいって感情が移っただけっぽいっすね」
「分かるのかい?」
「ばっちり」
 霊力を持たない先生はやはり気配も漂う悲しみも感じないらしい。そして、窓際のベッドに腰を掛ける女子生徒も見えていない。女子生徒は入って来た私らに気付くこともなく唯々窓の外を見つめているようだ。
 ここに留まっているということは悪い霊じゃない。運よく屍人になる傾向も見られない。ベッドに近寄り未だ窓の外を見つめる女子生徒の肩にそっと触れた。途端に脳内に彼女の声が響く。
〈好きなのに…好きって言えないなんて…高野君、高野君はきっと知らないんだろうな、私と血のつながった兄妹なんて、知らないから…私に告白してきたんだ…私も好き、高野君が…好き…なのに!!〉
 声と共に頭に流れてきたのは彼女が見ている景色の一部。保健室の窓から見える工程、サッカー部が部活をしている風景が見える。他の部員はぼやけているのに1人だけ容姿がはっきりしている男子生徒こそが、高野君なのだろう。
〈高野君…私、勝手に好きでいるね、だから高野君は、私を忘れてもっといい女性(ヒト)と一緒になって…もし子どもができたら、見てみたいな、高野君の子どもだから、きっとカッコよくてサッカー上手なんだろうな…〉
 この子を成仏させる手立ては見つかった。高野という男性の子どもを、本人は無理だったら写真でもいいから持ってくれば良さそうだ。とはいえ私はこの後大阪だし、この後どのくらい動けるか分からないけど少なくとも掃除屋の件がはっきりしない限り依頼は不用意に受けられそうにない。
悪いものじゃないのでぶっちゃけ放置でもいい。でも彼女が可愛そうな気もしなくもないから何とかしてみるか…最悪入学後になるかもしれないけど。
「この件解決する方法はあるんですけど直ぐには出来ないんで後日…にしたいんですけど、当分自由に動けないので、もしここの七不思議の内容が変化したら教えてもらえ…あ、連絡先知らんから無理か…」
「私の連絡先でよければ教えよう」
「お、では」
 ポケットから携帯を取り出して赤外線で連絡を交換する。中谷、とプロフィールを早速監督先生に書き直した。名字だけじゃ絶対直ぐピンと来ない、私が。
「あと可能であれば、高野と言う名字のサッカー部員が今何歳になるのかとか、どこの大学に行ったかとか分かる範囲で調べて頂けると大変助かります」
「高野?分かった、調べて連絡しよう」
 今ここで何かできるわけじゃないし、体育館でバスケを引き続き見るには微妙な時間だから早いけど大阪へ向かうことにした。体育館に戻って外履きに履き替え、「諸々よろしくお願いします」と頭を下げると「こちらこそよろしく」と頭を撫でられた。悪い気はしなかった。