あの降谷零爆誕の経緯

 日本には「働かざるもの食うべからず」と言う言葉がある。つまり、そういうことだ。
「前世は中々優秀なエンジニアだったようだね」
「そら…どうも…ハハ…」
 表世界なら間違いなく違法でしかないハッキング作業を終え報告すると、ニンマリとスティーブンさんは嬉しそうに笑った。わたしは主にネットワーク関係を、降谷は書類関係(本と頭良いなこいつマジで)の手伝いをして一時的なライブラの人間として受け入れられた。
「肝心の情報は手に入りそうかい?」
「掠りもしないっすねー」
 肝心の情報、元の世界に変える為の方法。これについては他のライブラのメンバーも協力してくださっている。そして私も私でスティーブンさんの手伝いがてら情報収集をしているわけだが…まーったく出てこないんだこれが。
「なあ柊、俺にもPC教えてくれ」
「何?自ら社畜希望?」
「馬鹿か。お前にばっかやらせるわけにもいかないだろ、2人の問題なんだから…当事者なのに人に任せてるのは性に合わない」
 降谷が出来るようになれば私に課せられる仕事もかなり減るだろう。
「教えてもいいけど私らの世界がこの時代に追いつくのは多分10年近く未来の話だからね?私らの世界の時間がとんでもなく進んでなければ」
「分かってるよ」
 流石の降谷もタイピングはままならず、情報収集以前にタイピング練習から始まった。勤勉な降谷は寝る間も惜しんで練習していた。そんな降谷にザップさんが「日本人は真面目だなー俺にゃ無理」とバーガー食ってた。ツェッドさんは「貴方も見習ったらどうですか?」といいレオさんも「ザップさんとは正反対ですね」と便乗して殴られていた。私は不真面目ですけどねーと言うと、「リオのあれで不真面目とか日本人やべえな」と感想頂いた。君ら基準低くない?
 そういえば今原作やアニメ軸でどの辺りかと言う話だが、どうやらアニメや原作通りに事が進んでいるわけではなさそうだ。レオさんの妹さんは既に一度この地に訪れたという。ってことはあの誰もが感動するアニメ2話に渡る第2期最終回の話は終わってるわけだ。しかしK・Kさんが授業参観を優先してある作戦時遠隔操作した話は終わっていない。絶望王による二度目の破壊活動も終わってるらしいが、ツェッドさんのヘッドホンは奪われていない。チェインさんが酔いつぶれて巨大化したレオさんの友達を助ける話もまだ終わっていなくて、但し絶望王が関わる、もっと言えばブラックとホワイトが関わる話は全て終わっている。要は一話完結系の話は終わってたり終わって無かったりというわけだ。
 そして数日後、大統領来日に際しライブラが護衛するという話をスティーブンさんから聞くのだった。


「大統領、あー…なるほど、その日はずっと事務所いますね、降谷もな、いいな」
「まあ護衛となれば俺らにできることないしな…」
 レオさんが不運にも巻き込まれるあの事件に心の中で合掌する。PS4っぽかったよなあのゲーム。安い家賃並みに良い値段するゲーム機が大破とか…哀れ。
「そうだな、その日はレオも全休だし君らも休みにしてもかまわないぞ」
「じゃあ情報収集にでも」
 出かけようかなと言いそうな降谷の両肩をがっちりつかみ「事 務 所 に い る よ な?」と脅迫じみた念押しをする。あ、ああそうだなとどもる降谷、目を光らす番頭。
「その日、何かあるのかい?」
「何ら問題ないです私らが首を突っ込まなければ。レオさんが待望のゲームと住処を犠牲に大統領の頭をピザのごとくお届けするだけの簡単なお仕事があるだけで」
「色々と問題だらけだな?」
「つまるところ、大統領の身に何か起きるのは確定何だな。まあ一緒に来るって言う秘書もきな臭いし、用心するに越しておくことはないか…」
 しかし正義感の塊降谷がそれを聞いて「じゃあ大人しくしておこう」となるわけが無かった。
 当日、降谷はどこからか車の鍵を持ってきた。
「どうしたんそれ」
「ああ、ギルベルトさんが貸してくれたんだ。中古だから好きに使っていいって」
 はい、とキーを渡されはい?と聞き返す。
「元社会人なら車の運転もできるだろ?」
「流石に左運転したことはないカナー」
「問題ない、だって柊だろ?」
「その謎の信頼何。つか無免許運転」
「正義の為には時に法に触れても仕方ないさ」
「おい何言ってんだ警官志望」
 便乗するかのようにニコニコ微笑みながら「いってらっしゃいませ」とギルベルトさんが言う。降谷は「スマホ忘れるなよ」となんとも良い笑顔で言ってくる。お前…私が笑顔1つで…言うこと聞くとでも…。
「柊」
「……………」
「リオさん」
「……………」
「……………」
「……………」
「……………わぁったよ!行きますやりますよコンチクショー!」
「柊ならそう言ってくれるって信じてたよ」
 中古だから好きに使っていいってことはギルベルトさん愛用のあのごつい車じゃないってことだよな。ならいいかと指定された駐車場に行くと、スポーツカーがありました。
「中古のスポーツカーとか初めて見たぞ…」
「すげー…RX?わ、日本車だこれ…俺らの為に用意してくれたのかな…」
 目を輝かせる降谷、アメリカで中古の日本車ってそう簡単に入るの…?と胡散臭げな私。
「死なないようにしねえと…」
「死なば諸共、だろ」
「引き摺るなぁそれ」
 助手席に乗り込んだシートベルトをしっかりしめたのを確認すると、「安全運転できる交通状況なんだろうか…」と呟きながら発進させた。


 元警察官だったせいか元々そういう性分だったせいか分からないけど、戸籍もないのに「無免許運転じゃん」と冷静に突っ込んだ柊に思わず笑った。このヘルサレムズ・ロッドという地域に置いて法律なんて有ってないようなものだと思う。そんなことを言ったら異界人全員無免許運転なんじゃないか?
『スポーツカーは流石に初めてだぞ…そもそも18年ぶり…』と不安げな表情だった柊だが、落ち着いた運転でその横顔にちょっと惚れたのは秘密だ。あれだ、俺が運転できないから憧れ的な、普段のギャップと言うか。落ち着いていられたのは最初だけだった。
『なんだよこの集団!!』
『だから外出たくなかったんだよ!!』
 もはや車線関係なく猛スピードで広い道路を突っ走る。その後ろには何やら銃を発砲しながら追いかけてくる集団が。
『大統領の首をレオさんが運ぶってあれか!』
『そうだよ!あーくっそうっぜえなおい!』
 口閉じろ舌噛むなよ!そう言った柊はブレーキを掛け乍ら綺麗なU字のドリフトを決めた。遠心力で柊の方へ吹き飛びそうになるのを必死にこらえる。柊はそのまま集団に突っ込んでいった。
『ちょ!柊何を!!』
『バーカバーカ!数撃ちゃ当たる戦法なんざ古いんだよ!!』
 猛スピードで突っ込んで来た俺の乗る車に異界人の集団は臆せず「撃ちまくれー!」と銃を構えた。柊がハンドルを勢い良く切る、遠心力で今度はドアに押し付けられる。すると何故か視界が斜めになった。
 もう一度言う、何故か視界が斜めになった。
『はっ!?』
 そして異界の集団にそのまま突っ込むと車体は元通りに…なると思ったがガッシャン!という衝撃の後、浮遊感が身体を襲った。ちょっと意味が分からない。異界の集団の車に乗り上げたその勢いのまま、この車は、RXは今空飛ぶ車となったのだ。
 いや意味が分からない!!!!
 呆気に取られている俺に対し隣から『ざまあwwwひぃwww』と頭の悪い笑い声が聞こえる。そして空を飛んだ車は、勢いのまま車体を斜めにした状態で線路の塀を走行した。線路の!塀を!サイドウィリーで走行!してる!
 ガンッ!と耳元で音が鳴り身体をドアに押し付けられながらなんとか耳元を見る。助手席のヘッド部分に柊が左手を付きバランスを保っていた。何とも絶妙なハンドル捌き、踏みっぱなしのアクセル、薬をキめた中毒者はこんな感じかとばかりにイった眼をしてる柊。口角は何が面白いのか上がっている。
 正面から電車が来た。異界の世界を繋ぐその電車は一番前方車両に髑髏やら目玉やらついて車両そのものが生きているらしい。なんて現実逃避しながらウィリー走行の下を通り過ぎる電車と柊の横顔を眺めた。
『見えた!あれか!』
 正面を見ると大統領が演説するらしい大使館が見えてきた。なんかもう舌をかまないよう必死なせいで頷くことすらままならない。
 予告もなくハンドルを大きく切り、再び車が空を飛んだ。俺…帰ったらギルベルトさんに紅茶の淹れ方教わるんだ…と心に決め衝撃に備える。ガッシャン!と大きな音を立て道路に降り立った車、ゴツンと隣からぶつける音と『いって』と柊の痛む声が聞こえた。視線を向けるとさっきまで助手席のヘッドをついていた左手が頭の天辺を擦っている。ぶつけたらしい。ぶつけただけで済んだのが凄い、といっても俺は特にぶつけてないけど。いやそもそも生きてるのが凄いと思うんだ俺。
 銃撃を受けひび割れたフロントガラス。その向こうに何かを執拗に追いかける一台の車、更に無効にバイクに乗って同じ方向へ行く誰かが見えた。
『降谷!シートベルト外せしてこっち寄れ!』
『っ!次は何すんだよ!』
『あのバイクがレオさんだ!追っかけてる車ダウト!ぶつけて止めんぞ!』
『馬鹿か俺らが死ぬぞ!?』
『んなヘマしねえよ!多分!』
『多分ってなんだ多分って!ああもう!』
 言われた通りシートベルトを外し柊の方になるべく寄る。もっと!と柊は俺の肩ごと抱くと運転席の座席まで抱き寄せた。あ、こいついい匂いする…じゃなくて!
 やっぱスポーツカーは違うな…と感嘆してるがな柊!マジでぶつけんのかお前!
 アクセル全開猛スピードで車に追いつき追い越す。片手で華麗にハンドルを切った柊、遠心力で結局柊の元へ縫い付けられ、やがて車体全体が大きな音を立て止まった。
 助手席の後ろに車が突っ込んでいた。呆然とする俺、いつの間に空けていたのか窓から柊が大声で叫んだ。
「レオさん!そのままGOですよ!」
「ええええええリオさん!?!?レイ君も!?!?!?」
 叫び驚きながら遠ざかっていくレオさん。レオさんに向かってサムズアップしている柊を見ながら、二度とこいつの車には乗らないと誓った。


「車って…空飛ぶんですね…」
「何言ってんだお前」
 嘆き叫んだレオさんも暫く私らと同じで事務所にお世話になる。行こうと言った張本人の降谷は、出掛ける前と打って変わって酷く疲れている様子だった。そして呟いた言葉にザップさんが「はぁ?」という表情で答えた。私も疲れた。降谷がやってた「車ぶつけて車止める」「ジャンプして線路の上を走行、そして降りる」を火事場の馬鹿力でやってみた。人間その気になれば何でもできるんだなって学んだ。
「二度と柊の車乗らないと誓った…」
「いやあれは俺も乗りたくないと思った…」
 最後の方見ていたレオさんにまで言われた。まあレオさんはまだしも、降谷に言われるのは解せん。
「私降谷にだけは言われたくないわー」
「なんっでだよ!!」
『前世の記憶でお前がしてたことしてみたんだけど』、と日本語で伝えると真顔で『流石にあんな運転しないだろ』、と返って来た。言ったな?お前言ったな?11年後首洗って待ってろ。
 お釈迦になってしまった車について謝罪すると、ギルベルトさんから「お役に立てたのなら何よりです」と菩薩じみた台詞を言われた。ここに宗教を作ろう。
 それ以来降谷は私に運転を強要してくることは無くなった。しかし運転できると分かった番頭やザップさんが足に使ってくるようになったのは言うまでもない。