存在の肯定
3
ハロー、ミシェーラ。元気ですか?僕は最近、日本人の友人ができました。
『とても賑やかな街と聞いていたけれど、こういう長閑な公園もあるんですね』
彼はトオルさん。知見を広めるために短い期間だけどHLに来た日本の探偵だ。探偵という職業に馴染みがないから、思い浮かんだ有名な架空の人物を上げれば、『僕好きなんですよ、シャーロック・ホームズ。憧れは確かにありますね』と照れながらはにかんでいた。日本人は年齢に反して幼く見える、という話をどこかで聞いたことがある。サップさんと同じくらいかなと年齢を聞いてみれば今年で30だというのだから、日本人の童顔は思ってる以上だ。
『そうですね、非日常が日常な場所ですけど、普通に過ごす人もいますしボケっとできる場所もあるんですよ』
カツアゲされているところを助けれくれたトオルさんに、「お礼をせびるみたいで格好悪いのですが、2カ月前に来たばかりでして、よろしければこの辺りの案内をしていただけませんか?」と言われてからかれこれ1週間。時間があるときはこれでもかというほど彼は僕の近くにいる。
『ところで…見かけませんでした?』
『あー、見かけなかったですね…」
更に彼は何とも抽象的な人探しをしていた。『他の人には見えない人間を見つけたら教えてほしい』と真剣なまなざしでお願いされたのだ。まるで自分が義眼保有者であることを知ってるかのような、何もかも見透かされてるような、でもトオルさんの眼差しの奥に焦燥と悲愴を見つけてしまい了承をしてしまった。
『そうですか…』
月末には日本に帰らないといけないらしい。『他人には目視できない人間』という何ともHLならあり得る人を探してるんだ。HLに来て何かあったのかもしれない。事情を聞こうにもその空気を察知してか直ぐに話題を変えられて、聞けず仕舞いだ。
『レオ君、連絡先交換しよう』
『へ?』
そういえばライブラのメンバー以外で連絡先を知っている人はいない。正確には、支給されたスマホに登録されている人間にライブラ以外のメンバーはいない。ここにきて突然の連絡交換、人探しが関係しているに違いない。
『もし、僕が日本に帰った後に見つけた場合に備えてです』
『一体どういう人なんですか?その目視できない人、というのは』
濁されるだろうか。トオルさんは逡巡した後何かを決意した。
『どこか、人の目や耳が入らない場所知りませんか?ここで話せる内容ではないんです』
『うーん…』
ライブラ、に連れて行くわけにもいかない。そうだ、丁度昨日自室の掃除を下ばかりだ。狭い部屋だけど。
『うちに来ますか?』
『レオ君の家に、ですか?』
『狭いですけど』
『…ではお言葉に甘えて』
「本当に警戒心が無いんだな」と何か呟いていたけどどうやら他国の言語…多分日本語…のようで何を言っているか分からなかった。
『レオ君…レオナルド・ウォッチ、君は“神々の義眼”保有者ですね』
さあどうぞと話を聞く体制に入って真っ先に言われた言葉が、ライブラにとってトップシークレットの内容なのだから素直にうぇえ!?と驚いてしまった。
『な、何のことですかねぇ~?』
『妹さん…ミシェーラさんは君の眼と引き換えに盲目となった。違いますか?』
どこまで知っているのだ、ミシェーラのこと、しかも眼の事情を明らかに知っている。ミシェーラの身にまた危険が及ぶのでは?ミシェーラをダシに目を悪用される?まさか、トオルさんに限ってそんなこと。
『…確かに僕は神々の義眼と呼ばれる眼を持っています。ミシェーラ…妹の目が見えないのはそれが原因です』
『あっさり認めるんですね。僕が君を利用する、とは考えなかったのですか?』
『勿論考えましたよ。でも、そうしないといけない理由があるなら、僕はそれが知りたい。友人の助けになりたいんです』
困っているなら手を差し伸べるのが友人でしょう?と伝えるとトオルさんは息を飲んだ。「君は優しすぎる」とまた英語でない言葉で何かを呟かれる。
『君が義眼保有者であること、それを知って君に近づいた』
『目視できない人間、を探す為に…?』
『どうやら君の事情と僕の事情は近いみたいですから、素直に話します』
義眼も関わるならことは重大かもしれない。ライブラに報告したほうがいいだろうか。
「あの幽霊はそれすら知っていたのだろうか…まああいい」
トオルさんの話によると、彼は僕と同じく契約をしたらしい。ただ何を契約したかは分からないそうだ。でもそれ以降、初めて見る物も何故か知っている状態になったという。一番分かりやすい事例だと、今まで触れたことのない言語を理解できるという。元々英語は話せたみたいだけど。契約以降、目に見えない誰かが近くにいる気配を感じていて、その正体を知るために、そして自分の身に何が起きたか知るために、ここHLに来た。そしてHLに導いたのはその目に見えない誰かのメモだという。
『これがその時のメモです』
紙きれを渡されるが生憎英語以外は分からない。多分日本語で書かれているだろう「ヘルサレムズ・ロッド ライブラ 神々の義眼」という文字に首をかしげるしかない。トオルさんはその様子に苦笑した。
『すみません…これ日本語ですよね、日本語は読めなくて…』
『いえ、こちらこそすみません。ここに書かれてるのはヘルサレムズ・ロッド、ライブラ、神々の義眼です』
『ライブラ…神々の義眼』
『ライブラと義眼については日本ではほとんど情報を手に入れられませんでした。ヘルサレムズ・ロッドと書かれていること、そして知り合いの伝手からこの地にライブラと呼ばれる秘密結社があることを知りました。こちらに来て2カ月、君をずっと探していた』
ザップさんと近い髪型で同じ褐色の肌、多分身長も同じくらいで、もしこれで白髪なら後ろから見たらザップさんと見間違ってもおかしくない。いやいやいや、あの人と一緒にするなんてトオルさんに失礼すぎる。つまり何がいいたいかと言うと、君を探していたと言われて何故か口説かれているような気分になるのは相手がトオルさんだからだ。
『ライブラ、君も所属しているんですよね』
『…はい、そうですね。…分かりました、協力します』
『本当にあっさりですね。嘘の話をしていると思わないんですか?』
『嘘なら嘘でいいんですよ』
「…このお人好しでよくこの地で生き残れたな…」
何故かため息を吐いたトオルさんは頭を下げた。
『ちょ、トオルさん!?』
『もう半年も経つ、きっと見えなくなってしまった人間はこの半年間孤独の世界で生きている。どうか助けてほしい』
そうか、見えなくなっているだけでそこに生きている人間なんだ。周りに人もいる、声も聞こえる、確かにここにいる。それなのに誰にも見てもらえない。色も音もあるのに、独りぼっち。
『必ず見つけましょう!!』
頭を下げ続けるトオルさんの両肩を掴んだ。トオルさんは顔を上げるとほっとしたように『ありがとう』と言った。
『神々の頭脳、に近いな』
『神々の頭脳?』
翌日ライブラへ行くと直ぐに事情を話した。それを聞いたスティーブンさんはコーヒーを啜りながら答えた。
『知らないことなど無い、全知の能力。ただ、それならば神々の義眼を知っていてもおかしくなさそうだ』
『劣化版、ってことすか?』
同じく話を聞いていたザップさんが煙草を吹かした。かもしれない、とスティーブンさんは僕を見た。
『義眼を作り出した奴がいるくらいだ。頭脳を作り出して実験したのかもしれない』
義眼を作り出した…Dr.ガミモヅ、忘れもしないあの事件。確かにあいつの作った義眼も目に負える範囲が限られていたし、ソニックも見えていなかった。
『しかしそもそもHLにいるのか?その見えなくなったという人間は。そのトオルとやらは日本人なんだろ?なら見えなくなった人間とやらも同じ日本人と考えるのが妥当、飛行機に乗ってここに来れるとは考えにくいが』
『確実に来ている、と言ってました。ライブラの情報、更に言うなら義眼を持つ僕についての情報が先月ポストに入っていたそうです』
『はぁ?陰毛頭の情報をそいつが持ってんなら、お前見てるんじゃねえの?実は見えてたけど他の人間が認識してない、ってのに気付かなかったとか有り得るだろ』
『トオルさんが言うには、その見えなくなった人間も現状打破するために僕を探している可能性が高いそうです。なら、僕を見つけたら僕の前に現れてアクションするはず、それが無いならまだ見つけていないのかもしれない、と言っていました』
『どうやってライブラの情報を手に入れたのか、その点については調査する必要がありそうだな。他の人間に見えないなら探すのは少年にしかできない。神々の頭脳の方を調べるか』
スティーブンさんが前向きに考えてくれた。そのことにホッとし、暫くは町中をくまなく探さないとと使命感に燃えた。