強くてニューゲーム

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 そのつもりなんてなかったから、覚えていないことは想定内ではあった。しかし実際に会ってみると結構寂しいものだと痛感した。
「漸くありつけた…あむサンド…」
 みんな生きてる、組織は壊滅したし江戸川コナンも灰原哀も転校という名の存在消滅した。安室透もそのうちいなくなるんだろうな。公安という立場から本来は身分を明かしてはいけないが、果たしてどうなるかな。
 ループは終わった、多分。ちゃんと明日に行けたはず。もう大丈夫だ。そう、ここからニューゲームが始まる。失敗したら巻き戻るゲームではない、正真正銘、余生と言う名の新たなゲームが。人生はロールプレイングと誰かが言っていたが、これまでとは違う自分のための役割が見つかると良い。ただどうしたって「もう戻らないよな」という不安と「戻らないとしてもキーパーソンは死なないよな」という不安がつきまとう。
 折角明日を迎えられたというのに、最初にやって来たのは喜びより先に両親の死だった。まさかこれがあるから繰り返していたのか?とか思っちゃったよね。今回は通信制の中学校に通い高校は行かず。高卒認定試験を受けて、新一が高校三年生になると同時に晴れて大学生となった。折角だしと背伸びして東都大学の文学部に入った。法学も医学も理工も、いい加減いいわ。碌に親孝行せずに他人ばかり助けて、親の死は助けられない。我ながら酷い子だと思った。
 私の姿を見ても大丈夫だよな。その不安から一通りキーパーソンの前に姿を見せた。勿論話しかけたりとか親しくなったりとかしていない。あくまで視界に入っただけ。そして電話かけてるふりをして声も聞かせた。新一、赤井さん、降谷さんは最後だった。それから1カ月経っても、キーパーソンが死んだ情報もないしまた過去に戻る様子もなかった。
 缶コーヒーを各所に残してたのは、降谷さん思い出さないかなーという期待半分、今回ダメだったらもう無理だなーという諦観半分。結果としてループは終わったはずだし降谷さんは思い出さなかった。思い出す条件は『死神』『コーヒー』『チョコレート』『車』そのあたりか。1回だけ死に際に思い出したことあったっけ。あれはなんでだか分からないけど、まあもう終わったことだ。

 左手首の傷跡はきっと一生残るだろうな。片手で治療するには限界があったんだよ。生きてるのだってある意味奇跡に近いと思うし。ちゃんと躱せばよかったのに毎回あのやり方だったせいで癖が出てしまった。あれが一番確実だったんだもん。
 自販機でカフェオレを飲もうと押したボタンは缶コーヒー。しまった、ここでも癖が出てしまった。
 そういえば毛利探偵事務所にはまだあれが飾られているんだっけか。流石に恥ずかしいからいい加減撤去してくれないかなー。飲む予定じゃなかったコーヒーを口にする。うん、苦い。飲み終わった缶コーヒーはちゃんと捨てた。
 ふらふら散歩する。目的も金も持たず。そういえばあれからポアロに行ってないな。ちょっと寄ってみるかと思ったところで誰かにつけられていると気付く。いつもならもっと早く気付くよ?今は気が抜けてるだけで。というか今回はつけられないようにしてたから、いつもってか前回はの方が正しいか。つけてきた人は隠れる気は無いようで、振り返ればいた。ちょっとビックリして目を瞬いていると、彼はずんずんと歩み寄り聞いてもいないのに喋り出した。
「君の言う俺の幸せが何のことか分からないし勝手にお役御免されてるし、俺は結局見つけられなかったし。その上思い出したのは報告されて一か月後、俺の気持ち分かるか?分からないだろ。死神がいないと俺は死ねないんだ」
 真正面まで来ると彼は強引に私を抱きしめた。甘い空気は無い、まって、苦しいっす。
「君は俺を見届ける義務がある。責任もって」
「…それ俗にプロポーズってやつやん。相手を見誤ってい、ちょ、何で泣いてんの!?」
 真昼間の道端。人気のない住宅地で苦しいくらい抱き締められる。湿る肩と聞こえるぐすっという音。
「終わったんだね、やっと、やっと」
「だーかーらー何で降谷さんが泣いてんだっていう」
「君が泣かないからだろ!」
「うるせー!だからって降谷さんが泣く理由にはならないだろって」
「君は依存だ刷り込みだ言ってるけど、死ぬまで傍にいてほしいとも抱きたいと思うのも君しかいないんだからな!」
「だkっ!?初耳だ!初対面考えるとロリコンだぞ!」
「煩い!責任とれって言ってるだろ!」
ぎゅうぎゅうと抱きしめられ身動きが取れない。ぎぶぎぶと背中を叩くと漸く解放してくれた。
「それで、いい加減教えてくれ。君の名前は?」
「まーた調べてないんかい。しょーがないな」
 ぐずぐず泣いている降谷さんの涙を乱暴に拭い、その泣き顔に思わずぶはっと噴き出しながら自己紹介をした。過去に名乗った偽名でもコードネームでもなく、正真正銘、前世と変わらない私の名前。
 彼はぽそりと私の名前を呟くと、ぼたぼたと涙を流し出した。そして自身の口に馴染ませるかのように、何度も何度も名前を呟く。
「そんな染みるように呼ばないでよ照れ臭いな」
「君の過去の中で俺が君の名前を呼んだ時もあったんだろ?…覚えている俺が名前を聞くのも呼ぶのも初めてなんだ」
「いや?今まで名乗っても偽名だったりコードネームだったりで本名を名乗ったのはこれが初めてかな。キーパーソン相手なら工藤新一が初めて名乗った相手かな」
 確か2回目、だった気がする。最初の方は結構印象深いことが多かったから覚えていることも多い。
「それは……妬けるな」
「ま、その工藤新一はまったく覚えていないわけだし、実質降谷さんが初めてってことでいいんじゃないかな。……もう、終わったんだろうし」
 そう、もう終わったんだ。繰り返す日々は、あと一歩で掴めなかった明日に「今回は本気じゃなかった」と言い訳をして逃避した日々は、何度も初めましてを繰り返した日々は、すべて終わったんだ。
「……きっと君にとっては、終わったんだろう」
 目元を乱雑に拭い真っ直ぐ私と見つめる降谷さん。いままでこんな真正面から見つめられたことが合っただろうか。
「けれど、それは終わったんじゃない。始まったんだよ」
「……はじまった?」
「ああ、君の明日が、未来が、始まったばかりなんだ」
 ……そうか……そういえば、そうだな。ループは終わったけれど、私の未来は始まったばかりなんだ。
「だから君の未来に、君の視界に今度こそ俺をうつしてくれ。そして…いつか君が死ぬ時、今度は俺が見送るから」
「……さっきは死神がいないと死ねないって」
「ああそうだ、君がいないと俺は死んでも死にきれない。俺の人生が幸福であるためには君が必要不可欠だ」
 本当になんというか……ああ、ダメだな。私も随分絆されたらしい。
「まぁ、そこまで言うなら……前向きに検討します」
 それでも素直にYesといえないのは元々の性格なのかなんなのか。
 降谷さんは「今はそれでいいよ」と微笑むと、まるで存在を確認するかのように再びぎゅうと抱きしめてきた。




 漫画の世界だからといって、原作通りに進むとは限らない
 けれど重要な原作キャラが死んだらやり直し
 折れるものか、折れてやるものか、絶対に明日を掴むんだ
 そんな志でひとりがんばってきた
 けれどそんな日々はもうおしまい
 これからは、私の未来を考えようじゃないか
 真の明日は始まったばかりなのだから