Reincarnation:凡人に成り損ねた
虎視眈々と
4
FBIで対組織を指揮している捜査官が来日した。その情報を入手したのは紀里谷さんだった。
来日の日にジェイムズさんと会う予定だったが、私と会っているところを態と赤井秀一に目撃させようとしていると気付き会わなかった。ジェイムズさんから赤井秀一に私との関係を漏らすことは条件に反しているが、不可抗力で見られてしまえば私も何も言えない、と考えたのだろう。もっとも、誘拐されて本人もそれどころではなかったが。ジェイムズさんが赤井秀一の車に乗ったところで、不運でしたねとメールは送っておいた。こちらが気付いていたことにジェイムズさんもこれで気付いただろう。甘いね。
「ま、公安に言う必要はないだろう」
「というかここは黙認しないと国家間の問題が発生しかねない」
FBIの違法捜査がバレるだけならまだマシ。赤井秀一を差し出してバーボンを中枢に食い込ませる、という意見が公安内で上がっているらしい。そうなれば国家間の問題に発展しかねない。「優秀な捜査官を処刑台に立たせるのか」と北澤は反論しているそうだ。今のところ違法捜査は公安も知っているが、証拠がないため動いていないだけだ。
「この前のバスジャックの件もある。日本にいるFBI捜査官の顔は先に知っておいて損はないだろう」
少人数用の会議室。机には数枚の写真と写真に写る人物の情報が書かれた紙。ジェイムズ・ブラック、ジョディ・スターリング、アンドレ・キャメル、赤井秀一。
「…この写真、割と最近のですよね」
「俺が撮った」
ドヤ顔する名田さんは、カメラマンとして潜入しているだけあって写りの良い写真を撮っていた。どの写真もこちらを向いていないので盗撮は確定。顔だけの写真と全身の写真それぞれある。あの赤井秀一すら気付かなかったのか。
ここにある情報は私以外の4人が手に入れたもの。そう、私以外が。紀里谷さんに指示されて3人は集めたのだろう。私は一切何も聞かされていない。名田さんの探りは暇つぶしだから放置していたが紀里谷さんから何か感づかれていたのは薄々気付いていた。
「さて黒崎、ここにある情報は公安にとっては喉から手が出るほど欲しいものばかり。この情報を公安が100万で買うと言った場合、黒崎にとってこの情報にはいくらの価値がある?」
そう来たか。日本入りした彼らの写真、現在の住所、潜入先、更に彼らの経歴や家族構成まで。赤井秀一の父親として書かれている見覚えのある名前の隣にはカッコつきで生死不明と書かれていた。
知らない情報もあったが、恐らく調べようと思えば直ぐ調べられるものばかりだった。何ならここに追記してもいいくらい。つまり、
「調べる時間が短縮、と考えればいくらかの価値はありますが、正直私にとっては価値もないです」
「だろうな。黒崎、誰と繋がっている」
FBIの誰かと繋がっていると踏んだか。FBIがベルモットを狙っているなんて情報、探して見つかるものでもないから確かにそう考えても不思議ではない。
「…ジェイムズ・ブラックですよ。以前FBIへ行った時に」
「向こうの指揮官と繋がってたのかよ…そりゃ知ってるわけだな」
洞沢さんがジェイムズさんの写真を手に取った。日本入りして間もないのに写真が撮られた場所は背景から日本であると分かる。名田さんの盗撮技術は恐ろしい。
「黒崎が秘密裏に、公調の仕事以上に組織を追っているのは気づいている」
「公安に知り合いがいるからだと思ったけど、理由は他にもありそうだしな」
高桐さんと洞沢さんが追い打ちをかけるように紀里谷さんの肩を持つ。名田さんはおーこわっと言いながら困ったように私を見た。
「諦めな黒崎。お前の大親友は“工藤優作”だろ?」
FBIの話をしたかと思えば突然親友の名前を持ってきた。…あー、なるほど。
「洞沢さんはバスジャックの時、名田さんは帝丹でジョディ・スターリングを調べている過程、紀里谷さんと高桐さんは宮野明美の時ですか」
宮野明美(に扮した私)を看取った少年、バスジャックで危機を脱する為に動いた少年、ジョディを追っている過程で知った行方不明の青年、その幼馴染の家に最近住み始めたという少年、それ以来有名になった元刑事の探偵、行方不明でありながら捜索届も出されず息子の心配をしない両親、父親の小学校時代の担任は私の母親、全て繋げたのは、目の前の上司や先輩があり得ないをあり得ると考えられる柔軟な思考の持ち主だからだろう。
「まあな。機転が利く上にバスジャックの協力者も、爆弾を仕掛けてあることにも気づく小学生なんて普通は考えられねえからな。ちょっと調べたら、存在しない人物なうえに赤の他人の家に住んでいるときた。親戚がかの推理小説家と元大女優のいる工藤家で、息子の幼少期と瓜二つ」
「工藤新一は少し前までメディアに出るほど有名だったのに、学校で一切見かけなかったから不審に思って調べた。まあ黒崎って苗字は珍しくはないから、父親の工藤優作を調べて見かけても黒崎の関係者とは最初は思わなかったよ。一応調べてみたらヒットしてそこで繋がったか、と」
「それを聞いて俺が、その少年が住んでいるという毛利探偵事務所を調べればまあ、有名になり始めた時期と工藤新一が行方不明になった時期が一緒ときた」
「あーもー降参です!降参!」
両手を上げて白旗を振る。私が気をつけても、結局コナンはコナン、いや、新一だったというわけだ。もっとうまく隠して動いてくれたらバレなかっただろうに。というか北澤も目をかけていたよな。もしかして北澤も気付いたか?
「小さくなるなんて漫画の世界だけだと思ったが、現実でもあるのな」
「むしろよくそこにいきつきましたね」
「警視庁に保存されていた工藤新一の指紋と、江戸川コナンの指紋が一致したら認めざるを得なかったんだよ」
そうだった、忘れていたが紀里谷さんは“一度見たら自分のものにできる天才”だった。私が幾度となくしていたハッキングを見て技術を身に着けていたのだろう。10年以上見ていれば警視庁も簡単か。
「帰国履歴もあったから両親も知ってるんだろ?隣人だから阿笠博士も知っていそうだな。毛利探偵が眠りの小五郎と呼ばれる所以も、阿笠博士が手を打ったから?」
「そうです、工藤夫婦は知ってますよ。アメリカ連れて行こうとして当人が「自分で何とかする」って言って拒んだらしいです。眠りの小五郎の正体は、阿笠さんによる発明品が手助けした結果です」
子供だな、と名田さんは呟いた。見た目小学生だし、中身はそうは言っても高校生。推理が趣味なのは構わないが、降谷の考える通り命を狙われかねないこの状況でもそれを優先するのはいかがなものかと正直思う。ある意味私も親バカだからな…親は親でも名付けの、だけど。
「工藤新一、江戸川コナン、は黒崎を知ってるのか?」
「名前だけは知ってると思いますよ。私が工藤新一と最後に会ってからかれこれ15年。江戸川コナンは東堂を見ても思い出した様子は無かったので、黒崎椎名の名は親から聞いて居ても当人は顔を覚えていない。ところで、どうしてそこに組織を紐づけたんですか?」
「公安の降谷が、やたら江戸川コナンを気にしてるみたいだったからな。何度か尾行しているのを見た」
「ふ~る~や~!」
思わず盛大なため息が出た。公安のエースが尾行を見られてどうする!
「いや、降谷より紀里谷さんたちの方が上だったってだけか…?」
「公安より俺らの方が上なのは組織の情報で分かり切ってることだろ」
まあ確かに、降谷たちとの個人的なやり取りは抜いて公安とやり取りした時の、彼らの顔(降谷たち以外の人間)はなかなかのものだった。アフレコを当てるなら「どうしてこれを!こちらは掴めなかったのに!」といったところか。紀里谷さんのそういうところ嫌いじゃないっすわ…。悪い降谷、お前怒るかもしれないけど公調選んで正解だった。
「工藤新一が記事に載ったのはトロピカルランドの殺人事件が最後、その日がMMと組織の取引があったって考えればその時何かあったんだろう?新聞の片隅に頭から血を流した少年がいたってあったし」
高桐さんが片肘を机について言った。調べればボロボロ出てくる情報の数。主人公であるコナンは下手に情報操作すると危険だと思ってあまり隠蔽してこなかったのが原因か。いやそうでなくてもこの人たちならきっと見つけ出しただろうな…。
「作戦時に、私のところに降谷もいたんですよ。MM追いかけて取引後は別れましたけど、降谷はそのまま残ってたんです。んで、ジンが工藤新一に薬を飲ませたのを見た。その後身体が縮んでいくのも」
「気にしていたのはそれでか…公安で保護しなかったのは黒崎が何か言ったからだな?」
「あいつはどうも私を盲信している節がありまして、私が見ているなら大丈夫だろうって判断だと思いますよ」
「あー盲信じゃないが、その安心感は分かるな。黒崎がいると大丈夫って不思議と思う」
「その結果事故ってるんじゃ世話ねえだろ」
「去年の話はやめてください…」
入院中に貰ったような甘ったるい見舞い品はもうこりごりだ。痛いのが嫌だと言うより見舞い品が嫌で怪我しないよう気をつけている気がする。
「ま、見た目も行動もただの子供だが推理力や洞察力はギフテッドと言ってもいい。FBIに接触してしまったからこちらから接触するのは控えたいが、せめて彼の存在が組織に伝わらないようフォローはしよう」
「とりあえず工藤優作と江戸川コナンがイコールになりそうな情報は操作済みだ。指紋も変えてあるから、今回みたいにバレることは無いだろう。後は本人次第だからどうしようもない」
私という異端がいなければきっと彼はここまで守られなかったかもしれない。そもそも原作を対して知らない私には原作崩壊なんてわかりはしない。だからこそ、私ができるのは守ること。それも陰で。
「公安もFBIも、他にNOCがいる諜報機関は組織の目に見える範囲でしっかり頑張ってもらって、俺たちはあくまで陰から色々やらせてもらうか」
「そうっすね。どうせ俺らは警察と違って逮捕権もないし銃も所持できないから、組織にスポットライトを当ててる彼らの背後を守りますか」
隠れる組織に光を照らすのが公安らなら、その光の反対側を守る。私たちは彼らと違って銃は持てないし格闘術も不得手だ。というか銃を撃てるの私だけだし、格闘術もみんな自衛程度にはできるが組織とドンパチするほど強くはない。適材適所。ここは情報分野で、当人たちにすらバレず勝手にフォローしようじゃないか。
時刻は22時を過ぎた。午前中にコナン=新一が暴かれ、午後は各々仕事をしていた。私は東堂の仕事もあり庁から離れていた。公調の溜まった仕事を捌くために再び登庁したのは18時。空腹を忘れ黙々と作業を続けていた。
「おつかれさん」
んあああと伸びをしたところで机に缶コーヒーが置かれた。紀里谷さんだ。
「ありがとーござーます」
暖かい缶コーヒーは飲むよりも暖を取りたくなる。直ぐに飲まず両手を暖めた。
「黒崎、ちょっと聞いてもいいか?ああ、仕事の話じゃなくて俺のプライベートになるんだが」
「…恋愛相談とかできませんからね」
改まっての質問、プライベートな内容、フロアには私と紀里谷さんだけ、恐らく人前であまり話したくない内容。思い当たるのが恋愛系しかない。女性の意見を聞きたいとかそう言った類だろうか。残念ながら黒崎椎名は乙女の“お”の字もないぞ。
「相手もいないのに恋愛も何もないだろ」
「長官の娘さんとの縁談、良い感じに進んだそうじゃないですか」
「…何で知ってんだよ…」
紀里谷さんほど実力があり且つイケメンな人にお見合い話が舞い込まないわけがない。洞沢さんや高桐さん、名田さんも立場は紀里谷さんより下だが、昇進の話も上がっている。昇進の為の見合い話もあるらしい。最も恐ろしいのは、その三人が見合い話を“円満に”無かったことにしたことだ。紀里谷さんは一度会うだけならとお見合いをしたが、どうやら相手に気があるようで。
「長官が嬉しそうに話してましたから」
「何で長官と仲いいんだよ!」
「上の人間と仲良くなるに越したことはないじゃないすか」
公調に入ってから分かったが、どうやら私は冷え性らしい。あまり寒いと感じたことは無いが、他の人より手が冷えているのは確かだ。体温が低いだけだと思っていたが化粧選びの為肌の検査をしたら発覚した。冷え性だからって特に困ったことは…ああ、降谷と諸伏が少し過保護になったな…。
「まあその話は、必要になったら相談するとして」
「相談する未来があるんですね」
「お前らより先に名字変えてやるさ」
婿入り前提なのか、とは突っ込まないでおく。紀里谷って苗字はあまり見かけないから、長官の苗字の方が調査に向いているのは事実ではあるな。
「ヒロキ・サワダっていう名前の少年を知ってるか?」
「ヒロキ…サワダ……」
どこかで聞いたことがある。随分昔…いや、数年前に、何かで…。
「…あ、マサチューセッツ」
「ああ、齢10にして入学した天才少年だ。…10歳で大学入学したら天才になるなら、黒崎も天才だよな」
私の場合前世と言うチートがあるので天才ではないが、その話をしても仕方ないのでどうもとだけ返しておく。
「ずっと人工知能の研究してるんでしたよね」
「まだ公表されていないが、実はつい最近死体で見つかったそうだ」
「…穏やかじゃないですね」
「養子に入れたシンドラーの社長は必死に隠していたんだが、実は2年ほど前に彼が行方不明になったんだ。ようやく見つけたと思ったら、既に死んでいた」
「そのヒロキ君が何故行方不明になって、どうして死んだか、調べてほしいってことですか?」
「俺の方でも調べてみたんだがな…。シンドラーが、というより、そこの社長が何か隠しているみたいで、相手は世界有数のIT企業だろ?ハッキングできるようになったとはいえ、向こうの庭を荒らせるほどの技量は俺にはないからな…」
私にはあると言いたいのか。そう思われていることは嬉しいが若干プレッシャーでもある。自分の足で本社に行って漁るのが一番早いんだけど、今の立場、アメリカとなると直ぐには行けない。原作が始まった今、下手に日本を離れたくないと言うのもある。
「公調もあるし東堂の仕事もあるし、そんで組織も追ってるしで正直優先度的には低くなりますが、それでもよければ」
ヒロキ・サワダの名前が妙に引っかかる。随分昔、聞いたことないがどこかで知った。思い出せずモヤモヤする。
「流石に仕事に影響が出るほど無理強いはしないさ」
行方不明になって捜索届は出さなかったのか。それとも、行方不明とは表向きで監禁していた、とか。
(そうか、そういう未来も、可能性の一つではあったのか)
昔言われた言葉を思い出す。出会ったのがサディアス警視やジャックでなく、疚しいことを考える人間であったなら、その人間の欲の為に何かをさせられる。ヒロキ君がそうなったのかどうかは分からないが、二年間の行方不明は嫌な想像しかできなかった。
「どうせ調べれば出るだろうから先に言っておくが…実はな、ヒロキの母親が俺の妹だったんだ。死んじまったけどな」
紀里谷さんから直接聞いたことは無いが、庁内の人間は調査済みだ。紀里谷さんが学生時代に両親が離婚。紀里谷さんは名字そのまま母親に、そして妹は父親に引き取られた。父親は姓を戻した為、紀里谷さんは妹と名字が異なる。
「…引き取らなかったのは、仕事が関係してますか」
「あの子のことを考えたらどうすればいいか分からなかった。妹は離婚していてしかもアメリカにいた。一緒にいることがあの子の為になるとは分かっていたが、俺の仕事場は日本。…結局こっちを取った…」
悔いているのだろうか、自分が引き取れば今も元気に生きていたかもしれないと。引き取ったとしてそれがヒロキ君の為になるかは分からない。死人に口なし。ヒロキ君は紀里谷さんの存在を知っていたのか否か。
「…ヒロキ君の父親は、ヒロキ君が死んだことを知っているのでしょうか」
「義弟の忠彬君も情報分野はかなり明るい。何かしらで知った可能性はあるな」
「シンドラーには個人的に気になることがあるので、ヒロキ君のことを調べていけば自ずとそちらも出てくるかもしれない。なるべく早くお答えできるようにしますね」
「…悪いな、ありがとう」
罪悪感に苛まれたような顔で礼を言う紀里谷さんに、わずかながら自分の影を見たような気がした。