Reincarnation:凡人に成り損ねた
偶然の産物か、必然の結果か、
3
季節が巡って春になる。椎名ちゃんの誕生日にはまたお花見行こうか。そう言ったかほりさんに有希子さんが便乗し、工藤家と共に花見へ行くことになった。
「明日の花見より、小説はどうなの?盗まれたって言ってたけど。あとなんだっけ、キッドつったけ。またなんか来たらしいじゃん」
『ああ、まだ見つかってないんだ。あともうちょっとで終わりだったのに……。キッドの挑戦状はもう解いたよ』
数日前に優作の小説が盗まれた。有希子さんとちょっと喧嘩をし、実家であるこの家で小説の執筆をしていた。私が学校から帰ってきて「おるぁ嫁さん怒らすんじゃねえ」と優作を引っ張り彼の家に向かったのだが、まさか実家で書いているとは思わなかったためその際執筆中の小説をそのまま実家に置きっぱなしにしてしまった。無事仲直りして、私を送るついでに取りにきたときには既に無くなっていた。そして、ここ数年程、警察機関が苦戦している怪盗1412号にキッドとやらと呼び、送られてくる暗号を解いて警察に協力をしている。
(キッドの正体は知ってるけど、優作も気付いたみたいだし放置でいいかな)
『明日は10時頃迎え行くよ。有希子が張り切ってケーキ作るって言っていたぞ』
「それ多分サプライズだろうから言わない方が良かったやつ」
明日には間に合わないが父さんも母さんも明後日にこちらへ一度来れるそうだ。珍しく家族がそろいそうで顔が緩む。
翌日、かほりさんより早く起きたので朝食を作ることにした。この前かほりさんに選んでもらった白のトップスにジーパンを履く。あまり白い服は着ないのだが、今日くらいは良いだろう。
あまりしっかり食べ過ぎるとお昼に食べられないかなぁと思い、量を少なめに朝食を作った。炊き立てのご飯、あさげの味噌汁、卵焼きにほうれん草のおひたし、そして小ぶりの焼き鮭。
「おはよう椎名ちゃん。あらぁおいしそうな朝ごはん!」
ピンポーン。
身支度を整えてリビングに来たかほりさん。と同時にチャイムの音がする。
「あら、誰かしら」
かほりさんが玄関へ向かう。その間に私はお茶を入れた。隣人が京都に行ってきたお土産だという梅茶だ。いい香りだなぁ。玄関から聞こえてくる声は、その梅茶をくれた笹川さんだ。会話の内容から回覧板を回しに来ただけらしい。
「おまたせ椎名ちゃん」
「いえいえ~」
頂きますと手を合わせる。思い返すと、こうしてかほりさんにきちんと手料理を食べてもらうのは初めてかもしれない。
「お口に合います?」
「おいしいわ。椎名ちゃん、いいお嫁さんになるわね」
「かほりさんに褒めて頂けると嬉しいです。なんだかんだでかほりさん初めてですよね?」
「そういえばそうねぇ。ご飯作るの手伝ってくれることはあったけど、こうして全部作ってもらうのは初めてだわ。また作ってほしいなぁ」
幸せそうに食べお茶を啜るかほりさん。頬が緩むのを止められない。
「いつでも作りますよ」
かほりさんは朝強いのでいつも私より早く起きるから朝食を作ったことは無い。お昼も基本私は学校だし、夜は手伝いはするものの私だけが作ることは無かった。このあとも二人で料理を作る。
「そうそう、椎名ちゃん。誕生日おめでとう。椎名ちゃんに出会えて本当に良かったわ」
「そんな大げさな…ありがとうございます。私もかほりさんと会えて、嬉しいです。これからもよろしくお願いします」
かほりさんは完食してお茶を啜る。私も梅茶を飲もうと手を伸ばした。その時だ。
「うっ!?ゴホッ」
かほりさんは胸を押さえ、イスから倒れるように落ちた。
「かほりさん!!?」
かほりさんのそばへ急いでよる。胸を押さえ、口を押えて、そして、血を吐いている。
抱き起し「かほりさん!」と叫ぶしかできない。救急車呼ばなきゃ…ポケットの電話を取り出しボタンを押す。
「助けてください!血を吐いていて!〇〇市××町の」
「し、なちゃ、ゲホッ」
かほりさんは私の胸元を掴んだ。
「あのひとを…おねが…い……」
パタリと動かなくなる。瞳は私を捉えている。私の来ている白い服が、赤く染まった。
リビングは一気に現場と化した。警察と、私、そして隣人の笹川さんと山下さんがいた。様子のおかしいこの家に様子を見に来たそうだ。
(…嗚呼…犯人は笹川さんだ……)
犯罪者探知機だなんてアデルは言っていたな。その探知機が笹川さんに反応している。視線、表情、挙動、殺せて喜んでいるように見える。勿論私の目からは、だが。他の人からは悲しんで見えるのだろう。
「椎名ちゃん!」
警察から連絡が言ったのだろう、優作と有希子さん、新一が来た。新一は有希子さんに死体が見えないよう抱えらえている。現場に来ている警察は今まであったことのない人たちだった。恐らく目暮刑事たちの管轄ではなかったからだろう。
「森警部、台所のごみ箱にこんなものが捨てられていました」
鑑識が持ってきたのは小さく透明な袋。袋の中にはわずかに粉上のものが見える。
「朝食を作ったのは、あなたですか?黒崎椎名さん」
「……はい……」
警察が私を見る目が変わる。冷ややかで、子供に向ける目ではない。そう、犯罪者に向けるような。
「署で、話を聞きましょうか」
「!!!椎名ちゃんがやったっていうの!?」
「状況を見て明らかでしょう」
「………いえ、椎名ちゃんは犯人じゃありません。犯人は…笹川さん、あなたですね」
笹川さんは動揺し吠える。なんで私が!どうみてもその子でしょ!警察も優作が罪を擦り付けているように見えるようで、その目は変わらず冷ややかだ。
(良かった…優作は…真犯人分かったんだ…)
着替えてなければ手に着いた血も洗っていない。血の付いた左手を撫でる。かほりさんの、血。もうすでに黒く変色して、パリパリと剥がれてしまう。
優作の推理が遠くに聞こえる。京都土産の梅茶に毒が仕込まれていたと。私は一口もまだ飲んでいなかった。思えば確かに、お茶の入った缶はもらったときには既に開封済みだった。毒を仕込んでから渡したということか。回覧板を回しに来たのは死んだかどうか確認し缶を回収する為だったが、私がいるのを見つけて罪を擦り付けようとした。最後に「私の小説を盗んだのもあなたですね?」としめた。小説に書かれた殺人事件と内容が同じだという。あなたの家を調べればすぐわかることだと、優作は畳みかける。
「…えぇそうよ!だって!この人はただ家で能天気に暮らしているだけなのに、息子もその嫁も完璧で!ずるいと思ったのよ!幸せそうに暮らしているこの女が!!」
笹川さんの息子は大学受験に二度失敗しグレたという。お前の教育が悪いんだと夫に責められ、精神的につらかったその時、隣人の果報が妬ましくて仕方なかった。
「…お前にかほりさんの何が分かる…」
叫ぶ笹川さんに視線を向ける。私の目を見た笹川さんは肩を揺らした。
「外から見ていただけで…決めつけんじゃねえよ……」
連絡の取れない最愛の人にどんな気持ちだったか。最期の言葉で分かった。かほりさんは…ずっと…。
「椎名ちゃん」
優作がジャケットを私に被せてきた。笹川さんが視界からいなくなる。視線を優作に向けようとしたところで、隣から抱きしめられた。有希子さんだ。
「椎姉ちゃん」
舌っ足らずで私を呼んでいた新一は、今ははっきりと私を呼ぶ。視線をずらすと優作の隣に新一が立っていた。
「椎姉ちゃん、大丈夫だよ」
何が大丈夫なのか分からない。でも、何故かその言葉に、新一の瞳に、心が救われたような気がした。
葬式を終え今後どうするのかについて話す。この場には優作、有希子さん、新一、私、そして私の両親がいた。
「椎名、母さんか父さんのどっちかの家に来なさい」
「…嫌だ。あの家にいる」
「椎名ちゃん、あの家のある場所周辺が土地開発で無くなるんだ。だから…」
かほりさんの住んでいたあの家と、周辺に住んでいた家は都市開発の一環で買収されることになってしまった。笹川さんと山下さんの家も含まれている。
「じゃああの近くのアパートに部屋借りる。それで一人暮らしする」
「椎名…」
「…椎名がそうしたいなら、そうしなさい」
「母さん!?」
父さんの驚く声がする。母さんはいつものふわふわした雰囲気を消し私を見つめた。
「かほりさんは椎名の所為で死んだわけじゃないわ。椎名もそれは分かっているのよ。心の整理がつかないのよね?」
「…うん…」
かほりさんはずっとあの家で待っていたのだ。帰らざる最愛の人を。今、私が関西か北海道に行ってしまったら東京に来るのは難しくなる。
頑なに一人で暮らそうとする私に父さんも工藤家も渋々了承した。
「私たちも引っ越そうと思うんです。家には結構本がありましたから、今住んでいるところだと手狭なので」
「もう家は決まっているの?」
「いえ、実は一軒家を建てようと思っているんです。建て終わるまでは倉庫を借りてそこに荷物をおいておこうかと」
「…優作君、提案があるんだけど…」
恐る恐る父さんは手を挙げた。みんなの目が父さんを見る。新一は葬式に疲れたのか眠ってしまっていた。
「実は僕、一軒家持ってるんだ。優作君にあげるよ」
「「「は!?」」」
一軒家持ってる宣言に私と工藤夫婦は驚く。母さんは知っていたようで「ああ、あそこの」と言った。
「私たちには広すぎて住みづらかったあの家よね?」
「そうそう」
「いや待ってください、家持っていたんですか?」
「あ、えっと、なんて言えばいいかな。家も土地も僕名義なんだけどね。あー…」
言い淀んでいる父さんに母さんはもうと呆れ代わりに話してくれた。
「柏財閥って知ってる?」
「ええ、鈴木家と並んで世界的な大財閥の」
「哲朗さんの実家が柏財閥なの。あの家は哲朗さんが学生時代に一人暮らししていた家なの」
「ごめん、ちょっと実家と仲良く無くて…ここだけの秘密にしてほしい…」
父さんが父さんの両親とごたついていたのは知っていたが…一般家庭じゃなかったのか。ごたつきも大きそうだ。
「米花町にある、洋風の家でね、凄く大きいんだ。今も変わらなければ隣にヒロシ君、えっと、阿笠博士っていう父さんの幼馴染が住んでいると思う」
「阿笠だって?私の友人じゃないか」
え、父さん阿笠博士と幼馴染だったの。
予想外の事実に少々頭が混乱する。父さんは、人が住まないと家が傷んじゃうから、是非住んでほしいと言った。工藤夫婦は顔を見合わせ、ひとまず内見してからということになった。