Reincarnation:凡人に成り損ねた
偶然の産物か、必然の結果か、
2
活動は停滞すると思っていたが予想外に早くことが動いた。組織に潜入が成功したウィリアムが、タランチュアについての情報を掴んだのだ。タランチュアと黒の組織は関わりがあったそうだ。偶然にもペアを組んだ構成員がそのパイプ役をやったことがあるらしい。もちろんその構成員はタランチュアの活動目的等内部までは知らないそうだ。
「人体実験、誘拐事件、遺体遺棄、薬物、このあたりでタランチュアは捕まったんだよね?酒のところと関わる要素がありすぎるな……」
「明後日の取引は、タランチュアの残党が薬の開発データを酒のところに渡すかわりに偽造パスポートと金銭をもらうことになっているらしい。海外逃亡を図っているのだろう」
「今ウィリアムはどこに?」
「別の組織の情報を探る任務についている。場所は違うがアメリカ国内だ」
「なるほど、だからアデルもここにいるんだね」
情報を聞きつけ私は渡米した。かほりさんや両親には、秋休みを利用して国内旅行すると言ってある。流石にアメリカに行く理由がない。
「残念ながら取引場所までは分からなくてな……。誰が取引するのかも分かっていない」
「取引をするのはピスコだ。ホテルはジュークホテル、ホテルのチケットはこれ」
「よくその情報手に入れられたな…ホテルのチケットも」
「取引の話聞いてからアメリカ入りした構成員を調べてたんだ。そしたらピスコが来たのが分かってさ。チケットは大学卒業の時に、経営者の息子から優作経由で貰った」
数年前泊まったホテルが取引の場所だった。大学卒業の時「是非また来てよって、チケット貰ったんだ」と優作からチケットをもらっていた。
「その変装を考慮するとシーナと呼ばない方がいいか。何と呼べばいい?」
「アルって呼んでよ。アデルの息子って設定で行こうか」
流石に日本人がうろついているのは目立つので、お粗末な変装はしている。前世はバリバリ働いていたので一般的な化粧技術は持っている。化粧品とカラコン、ウィッグを買ったら小遣いが無くなったのは痛かったが仕方ない。念のためキャラ作りもした。前世でコスプレイベントのスタッフをやった経験がここで活きるとは……。
(少年時代のアルフレッド的。反抗期をテイストに加えれば問題ないだろう。流石にコスプレイヤーほど似てはないけど、ぱっと見日本人とは分からないはずだ)
一般人の目が誤魔化せればそれでいい。受け付けはこれで通れた。マーク・ターナーと息子のアルフレッド・ターナー。母親は他界。キャラ付けの打ち合わせは部屋で行った。その後で宿泊者名簿とホテルの監視カメラをハッキングしタランチュアの残党と思しき人物を探す。幸いなことに、残党の男は組織の中でも下っ端だったようだ。カメラ越しでも私の目には緊張と警戒が見えた。ダリスという名の男で国籍はメキシコになっている。偽名の可能性が高いが、それは後で調べ手ばいいだろう。
私が渡米してまでやりたかったことは、残党の男の情報を少しでも多く手に入れることだ。データがゲットできれば儲けだが、取引相手がピスコとなるとそれは厳しい。だからピスコの動向も同時に知っておこうと思った。
取引当日。とんだ間抜けだった、下っ端はあまりにも愚か過ぎた。これまで捕まらなかったのはあまりにも間抜けすぎたからだろう。
「データが手に入っただと?」
「夜、バーに行ったのが分かったからこっそり部屋に侵入したんだよ。そう、あいつ部屋のカードキーを落としたんだよ!」
監視カメラからずっと動向を見ていた。夜、部屋を出たあいつはバーへ入っていったのだがその道の途中でカードキーを落としたのだ。トイレから出てポケットからハンカチを出すとき一緒に落ちたのだ。普通の鍵なら落とすとき音がしただろうが、カードキーだと気付かないのも無理はないかもしれないが……。
「間抜けだな」
潜入捜査員だってそんなことしないぞとアデルは呆れる。カードキーが落ちたのを確認した私はすぐに部屋を出てそれを入手。そのまま部屋へと侵入した。手袋をはめ荒らさないよう部屋の中を物色すると、フロッピーディスクの入ったケースを見つけたのだ。ディスクだけを取り出しケースをそのままに、部屋へ戻って来た私はデータを移しかえた。そのタイミングでアデルは戻って来た。
「中身がない状態で取引したらどうなると思う?」
「ダリスは殺されるだろうな。盗まれたことに気付いたらシーナが危ない。戻したほうが得策だと思うが…」
「……ディスクの存在は見ても中身はすぐチェックするとは限らない。中身を変えて渡したら組織のやつらはダリスをもう一度探すだろう。ダリスがそれを知って、同じ残党のやつらに助けを乞わないかな」
「おびき出すつもりか!そううまくはいかないと思うぞ」
「だよなぁ……。仕方ない。ディスクはそのまま奴らの手に渡そう。酒が絡んでる以上流石に命の危険がある」
パソコンにはバーで女に絡むダリスの姿が映っている。アデルに監視を頼み、私はディスクをあった場所に戻しに行った。道中カードキーが落ちた場所にカードキーを、落ちたときと同じ状態でおく。部屋に戻り監視カメラの録画データを弄り何もなかったようにした。
「データは手に入ったし、万一に備え帰ろうかな。解析は日本でもできる」
「そうだな。ピスコの情報も欲しいところが本音だが……慎重に動かないとな」
取引現場へは行かない。収穫は大きいからこれ以上望まないことにした。背後から殴られるかもしれないし、ね。
次の日。チェックアウトを済ませホテルから離れたところで私とアデルは別れた。別れた後変装を解く。人の目につかないよう裏道を通りながら空港を目指していた。
(……?なんだ、血の匂いがする……)
鼻腔を掠める鉄の匂い。周囲を警戒しながら匂いの元を辿る。着いたのは店の裏だった。店自体はどうやら閉店して日が経っているようだ。勝手口の前に立つ。足元に血痕があった。
(さて、お得意の嫌な予感がするぞ。経験上こういう時は“自身の身に危険は及ばない”)
勘を信じてドアを開ける。人の気配がした。集中して聞くと呼吸音がおかしい。ヤバい状態のようだ。足音を立てないよう中に入りドアを閉める。窓から差し込む光で部屋はそこまで暗くない。部屋の中は飲食店のキッチンだった。血の匂いは徐々に強くなる。呼吸音の正体を見つけたと同時に黒光りするそれを向けられた。
「っ、な、ぜ君が…」
「赤井さん!?」
持っていたボストンバックを床に落とし、わき腹を押さえながら壁に寄り掛かって座る赤井さんに駆け寄る。向けられた銃は静かに下された。赤井さんが口を開く前に電話を取り出す。
「やめろ…警察も、救急車も、呼ぶな」
「違うところです。この状態でその辺り呼びませんよ。…アデル、緊急事態です。××通り3丁目5番地に閉店した店があります。裏口から車で来てください!」
アデルは分かったと返事をし通話を切った。わき腹を押さえる赤井さんの手は血まみれだ。落としたボストンバックから適当に服を取り出し、わき腹を圧迫止血する。
「だれだ…」
「信頼のおける仲間です。今は自分のことに集中してください」
止血しながら他に怪我がないか見る。かすり傷や痣はあるが一番大きいけがはやはりわき腹だ。
到着したアデルは私たちを見て息を呑んだ。その目にあの雨が浮かんでいるようで、思わず「生きています!」と言った。ハッとしたアデルはすぐに車に乗せ安全だという医者へ連れて行ってくれた。SISの息が掛かった個人院だそうだ。
出血量は多かったが命に別状は無かった。治療を終えベッドに横たわる赤井さんのそばに私とアデルは近づいた。
「ありがとう、助かった」
「一命をとりとめて何よりです。早速で申し訳ないのですが、何があったか聞いても?」
「その前に彼は誰だ」
アデルと赤井さんは互いに警戒をしている。そういえば言ってなかったと思った。
「アデル、彼は赤井務武さんで私の友人です。信用して大丈夫です。赤井さん、彼はアデル、SISの人間です」
「シーナ、言ってよかったのか?」
「ちょっとまてSISと椎名ちゃんがなんで一緒にいるんだ」
ああややこしい。めんどくせえ。
「とりあえず、こちらの話の前に赤井さんの話を聞かせて下さい。それによっては今後どうするのか決めたいので」
「俺としては椎名ちゃんの話を聞きたいが…助けてもらったからな、いいだろう」
赤井さんは何があったか話してくれた。ある組織を追ってアメリカに来たのだが、偶然にも知り合いがおり組織に関与してしまったらしい。
「助けようとしたんだが……手遅れだった…。そして奴らに俺の存在がばれてな。逃げたはいいが正直もう駄目だと思った。この怪我はその時負ったものだ」
「その知り合いが組織に関与したっていうのは?」
「俺が追っていた組織の取引現場を見てしまったらしい。そしてそれを同じホテルに泊まっていた知り合いに話してしまった。その人はFBIやCIAに顔が利く人でな。その人も恐らくは……」
組織の取引現場。その言葉にアデルと顔を見合わせる。
「その組織って、もしかしてお酒に関係する?」
「…何か知っているのか…」
ビンゴのようだ。まさかここで繋がるとは。
「俺たちも追っている組織だからな。それで、君をやったのは誰か分かるか?」
「顔は見ていないが…ラムと呼ばれていた」
ラム…組織№2……。
「もう一つ聞きたい。君はどこの人間だ」
組織を追っているということはどこかの機関にいるのだろう。私もそれは知らない。どこに所属しているか、今後の身の振り方、これによってこちらの事情を話すかどうかが変わる。
「俺はNCAの人間だ」
NCA…イギリス版FBIと言われている国家犯罪対策庁のことか。
「何故NCAがあの組織を追っている。管轄外だろう」
「薬物取引が国内であったんだが、その出所を探っていた。流石に異国の地でとっ捕まえようだなんて考えてないさ」
「それで?赤井さん、これからどうする予定?」
組織に襲われて逃げ延びただけでも奇跡だ。今後どうするのか。
「顔を見られてしまった。もう組織を追うのは難しいだろう。そして暫く命が狙われる日々が続くな…」
「……赤井さん。私“たち”と手を組みませんか?」
「シーナ!?」
「アデル、彼は大丈夫だ」
この人は闇に落ちる人ではない。アデル達だけでは情報収集に限界がある。日本人の見た目をしたイギリス人である赤井さんなら、私とアデル達のパイプになれる。
「赤井さんの追う組織について情報提供しましょう。赤井務武としての生活が難しければ、架空の人間を存在させましょう。代わりに私たちのチームに入っていただきたい。私たちはある組織を追っているのですが、メンバーが私のほかはみんなSISなんです。日本の中学生とSISの人間がやり取りするのはリスクが伴う。あなたにパイプ役を担ってほしいんです」
「いいだろう」
あっさりOKを出した赤井さんに驚く。話を聞いてからとか言うと思ったのだが。
「椎名ちゃんがいなければ今頃死んでいたかもしれない。それに、前より動きやすくなりそうだしな」
よろしくと差し出してきた手を思わず握る。伝わる温度はあたたかかった。
「あそこの港はフランスとやり取りがある。荷物に紛れて船に乗ったんだろう」
コンテナに背を預け赤井さんは煙草をふかした。景色はあの時と変わらない。一つだけ違うとしたら、イギリスにしては珍しく晴れた青空だけ。
「工藤優作の本は読んだことがある。彼はきっと大物になる」
「あいつ、美人と結婚したんですよ。そんで可愛い子供が生まれたんです」
結婚式の写真、そして新一が生まれた時の写真を出す。赤井さんから借りたライターでそれらを燃やした。寛司さんの死体があった場所で。
「タランチュアが生き延びているとはな……。しかし納得できる部分もある。あの組織の目的は未だに謎だからな」
「組織トップは死んだって聞いているけれど、死体が見つかっていない以上信用は出来ない」
寛司さんを燃やした時、私物が無さ過ぎて彼は手ぶらで天へ昇ってしまった。この写真は寛司さんへの届け物だ。
写真が完全に焼き終わると、丁度タバコの火を消した赤井さんと向かい合う。
「改めて、赤井さん。Alletnaratへの加入ありがとうございます。これからよろしくお願いします」
「ああ。こちらこそよろしく、椎名ちゃん」
前よりスムーズに動けるようになるだろう。赤井さんがいるのは心強い。