Reincarnation:凡人に成り損ねた

今後のことはあまり考えていない

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 私の誕生日は4月の頭だ。それは前世と変わらなかった。前世で過ごした場所は東京に比べ割と桜が咲くのが遅い地域だったので、誕生日前に桜を見るのが新鮮だった。
 東京の桜の開花予想は3月中旬から下旬らしい。ただ今年は冬の寒さを引きずった結果、開花は4月の頭だった。誕生日には満開から葉桜への境目だったらしく、ちらほら緑色の見える桃色の木は風情があってとても良かった。
 誕生日に桜を見に行く。その日はちょうど休みだ。なんて乙なんだろう。むふむふしながら密かに花見計画を立て、楽しみにしていた。
「椎名ちゃん、茶碗蒸し食べる?あ、お手拭きはここにあるわ」
「花見なんていつぶりだろう。誘ってくださりありがとうございます」
「いつも娘がお世話になってますから!教え子に娘を紹介っていうのも本当はどうなのかとは思ますが、今後もよろしくお願いします」
「哲朗さん、そんな端っこにいないでこちらどうぞ。椎名ちゃんも」
 優作の母かほりさんと父寛司さん、私の母、優作、そして工藤家を前にビクつく父哲朗。
これは想定していなかったぞ……。


 新学期目前ではあったが、今年担当クラスを持たなかった母は珍しく、本当に珍しく休みだった。それに合わせ「椎名の誕生日がお母さんも休みなら、僕も休むぞ!」と意気込んだ父が休みをとった。春休みが終わる学校もあるだろうに、このくっそ忙しそうな時期に休みを勝ち取ったとは、やるな父。
桜の開花予想をテレビでよく見たり、花見特集のサイトを漁ったりしているところを母に見られた結果、誕生日は家族そろって花見に行くことになった。それだけならまだ納得いく。母が「じゃあ優作君も誘おうっか!」と言い出し早速電話(教え子の電話番号を私用で使うとかどうなんだ)。優作がうちの家族含めどこか行くのはこれが初めてではない。だから優作かいることも納得している。電話に出たのが優作の母かほりさんで、なんだか分からないが盛り上がって「じゃあ一緒に行きましょう!」となったそうだ。どう盛り上がったんだよ……。
「椎名ちゃん、誕生日おめでとう。これプレゼント」
茶碗蒸しを食べ終えると、優作はリュックから細長い箱とA3サイズほどの分厚い封筒を出した。細長い箱は桃色のラッピングをしているが、封筒は封こそしているが、プレゼントと呼ぶには程遠く感じた。
「毎年ありがとう」
「椎名ちゃんの欲しいものが分からなくて、選ぶときいつも楽しいんだ」
 何なら喜んでくれるかなって考えるのがね。
 そういうのは未来の嫁に言ってください。
 その場で開けることをせず、持ってきていたリュックに入れようとして視線を感じる。5人の瞳が私をじっと見つめていた。えっこれ今開けるパターン?
「今開けないのかい?」
「汚れたら嫌だなって……」
「お母さん椎名が何貰ったか気になるわぁ」
 珍しく母が催促する。なんだこれ、みんな何を企んでいるんだ?
 父の視線が忙しなくどこかを行ったり来たりする。視線の先には先ほど貰ったプレゼント、の下敷きになっている封筒のようだ。そういえば封筒をもらったとき若干みんなの空気が揺らいだ感じがする。この封筒何が入っているんだろう。
 封筒の中身を気にしていることが分かったので、先に箱の方を開けることにした。こっちの方が開けた後の反応が早く終わる気がしたからだ。
「おおこれは…万年筆……おお…かっこいい…」
 シンプルでありながらどこか高級感を漂わせる万年筆。黒地に桜の絵柄がついている。
 これ特注品だろ…どこからこの金出るんだ…中学生……。
「墓場まで持ってくよ、ありがとう」
「気に入ってもらえたならよかった!」
 さて本題だ。
 封筒を手にかける。父の息をのむ音がする。隣の優作からは謎の緊張感が漂う。母と優作の両親はぶれずににこにこしているようだ。
(工藤家が一緒だって時は何でもなかったけど、そういえば一昨日の夜くらいから父さんの様子がおかしかったな。どぎまぎしていたというか、悩んでいたというか。そんで今朝、突然「よしっ」って言ったかと思うと、本人たち前にまたぶるぶるしてるし。狼に決闘を望むリスか)
封筒は珍しく紐で閉じられていた。くるくる紐をほどいていき、中を見る。入っていたのはパンフレットのようだ。
(University of Cambridge……ケンブリッジ大学?はっ!?)
全て出してみると4種類のパンフレットが入っていた。
オックスフォード大学、セント・アンドリューズ大学、ロンドン大学ユニバーシティーカレッジ……。
「……はい?大学?」
「椎名ちゃん」
 真剣な声が隣から聞こえる。恐る恐る優作を見ると、姿勢を正している姿があった。
「僕、飛び級でイギリスの大学へ行こうと思うんだ。もし、椎名ちゃんがよければ、一緒に行かない…?」
 …何言ってるんだ彼は…
「この3年間、椎名ちゃんと一緒にいて凄い楽しかったんだ。変に気を使わなくていいし、話も合うし…。イギリスは母と一緒に行こうと思ったんだけど、そこでの生活に椎名ちゃんがいないと考えると、寂しいというか……」
 声が尻すぼみになっていく。突飛な話をしてるという自覚はあるようで、視線も段々自信のないものになっていった。
「……正直、前に言ってたこと、僕としてはそういう仲でもありたいって…思ってて…」
 前に言ってたこと、あれか、毎日会うような仲じゃなくていいっていう。
 何言ってるんだとは思ったが、どことなく納得している自分もいた。
 もし彼と会う前だったら「キャラぶれてんぞ」くらい思ったものだが、それこそこの3年過ごしてきて彼の人となりは分かっているつもりである。
 やけに催促した母、ぎこちない父、なるほど、うちの両親は承諾済みか。そんで優作の両親も勿論……。
(海外留学する金がうちにあるのか…しかも大学かいな…)
 ちらっと両親を見る。母は依然にこにこしている。強者か。対して父はこっちを見ると思わなかったのか、分かりやすく動揺しそして
 バシャッ
「あっつい!あっつあっつ!」
 持っていたお茶を腿にこぼした。
「ちょっとあなた何やってるのよ~。いいところだったのに」
「あっついってあっつい!」
「ははは!哲朗君はおもしろいなぁ」
張りつめていた空気が一気に緩んだ。父さんは熱い熱いと言いながらタオルで必死に拭いている。母さんはちょっとぷんすこしながら保冷剤をタオルにくるみ父さんに渡す。この状態に優作もふっと気を緩ませた。
父さんに視線が集中している間に、さらっとパンフレットを見る。両親の反応からするに、後は私次第のようだ。かといって両親がイギリスに一緒に行くかと言えばきっとそうではない。工藤家についていく形になるんだろうな。
優作の両親の意図が今一掴めない。優作母と絡んだことはあるが、父と絡むのは実はこれが初めてだ。親同士は交流があったようだ。優作がうちに来る頻度と、何気にうちの両親と私、優作で出かけることは少なくなかったので、流れ的に親同士が仲良くなってもおかしくはない。ただ、気になっていることが。
(優作父、なんつうか、すっごい何かを感じる)
 例えば、私を初めて見た時。一見するとただにこにこ笑いながら見てきただけのようだが、品定めするかのように頭から足先まで、所作一つも見逃すまいと見てきた。漂う空気も一般人にしては周囲に気を張りすぎている。常に笑っているが、その瞳の奥からは何も伺えない。
(実際にあったことないけど、沖矢昴とか安室透とかと会ったらこんな感じなんだろうなって思う、位、なんかすげえ探られてる)
 優作の私に対する態度を見てその雰囲気は無くなっていったが、大凡一般男性の向ける視線ではなかった。
(えっまさか、潜入捜査系な人?いやまさか。……それより先にこっちか)
 パンフレットを軽く見終え、ふむ、と顎に手を添える。しかし大学かぁ。流石に勉強についていける自信はない。しかし、大人になったら海外へ行ける機会は、それこそそういう職業についてないと結構厳しい。しかも、旅行でも永住でもなく留学、日本国民でありながら海外へ長期的に滞在できる。
(悪い話ではない。むしろおいしい話かもしれない)
 小学生をこのまま続けていたら間違いなく知力が落ちる。どう考えたって一日の8時間近くは小学生レベルの勉強をしているのだ。朱に交われば赤くなる。
(アメリカ行くつもりはないって言ってたのはどこのどいつだよ…ってか?まぁ、私も多分優作と会わなくなったら、きっとつまらない生活をしそうな気はする)
「まあ勉強はしてみる。合格したら行こうかな」
「!!!」
「ああっ!」
「父さん落ち着け」
 優作は驚き、父は保冷剤を落とした。
「受からないことには行けるって言えないしね。いくら私でも大学受験は(久々すぎて)自信がない。おまけに英語は読めても話したり聞いたりはできるかどうか…」
「椎名ちゃんなら大丈夫だよ!英語なら僕が教えるし、大丈夫!」
「じゃあ決まりね!ふふっイギリスかぁ。2階建てバスとかあるのよね、ふふ」
 母が既にイギリスへ行ってしまった。この世界にはまだ2階建て新幹線はないけれど、どっちの方が珍しいのだろうとふと思った。
「椎名ともう…会えないのか…そうか…」
「今生の別れじゃあるまいし」
「私も夫もついてはいけないので、かほりさん、寛司さん、改めて娘をよろしくお願いします」
 タオルを巻かれていない保冷剤を腿の上で握りしめる父。保冷材から滴る水でズボンのシミが益々広がったところで、この話は一旦落ち着いた。

黒崎椎名
 着いていかないと言っておきながら満更ではなくなった。イギリス料理は不味いと聞いているが「マズイものに慣れるのもきっと将来で必要になるかもしれない」とポジティブに考えている。優作の両親だしいっか、と優作の両親に対しても少し素が出ている。
 原作まで時間あるし、優作が入籍するまではとことん付き合ってみようと思っている。工藤新一と遭遇したら原作にどう影響するか分からないため、できればお知り合いにはなりたくない。既にバタフライ効果を出しているとは夢にも思っていない。
工藤優作
 実は断られても連れて行く気だった人。断る口実を本人の意思のみにする為に、両親に協力してもらい親友の両親へ先に許可を取った。まず断られると思って身構えていたが、親友は何も言うことなくOKの返事を出したので、なんだかんだで家族大好きな親友が両親に何も聞かなかったことや、何が決め手だったのか、など勝手に推理しだす。両親に何も聞かなかった件について後で親友に推理を聞いてもらったところ、ほぼ合っていた。決め手が自分と同じような理由で、驚きと嬉しさで持っていたお茶をこぼした。後で親友の父と一緒にズボンを買いに行くことになる。
黒崎椎名の母
 インドアだった娘が家どころか国から出て行ってしまうことに、寂しさを感じながらも嬉しさもある。娘の頭脳を知っているからこそ、このままの生活は退屈だろうという母なりの愛情。娘が自分には想像できないほどの大きな秘密を抱えているのではないかと思っており、娘に対してはかなり敏い。夫が空気をぶち壊したことに関しては、もう!って思いつつも、緊張した場面でおっちょこちょいをするなんて、なんて可愛いのかと思考が少々吹っ飛んでいる。
黒崎椎名の父:黒崎哲郎
 娘が…娘が…遠くへ行ってしまう……可愛い娘が…しかも娘より年上の男の子と一緒に……もうそんな年なのか…ははっ向こうでも幸せになってな……また、もし、いつか会えたなら…そのときはまたお父さんって呼んでくれるかな…  と何故か家族の縁を断ち切って結婚しにいく娘を見送る心境になっている。お茶をこぼしたこともあり半泣き状態。この後一緒にズボンを買いに行った娘の親友に「娘をどうかよろしく頼みます!」と90度頭を下げ店内をざわつかせる。その話を後で優作から聞いた娘は大爆笑。「父さんの思考まじぶっ飛びすぎ」そしてこの話は娘と親友の間では26年経っても酒の場で出る話である。
工藤優作の母:工藤かほり
 固定の友達がいない息子を心配していた母。誰かの家に遊びに行くことも、遊びに来ることもなかった。しかし学校の先生からの評価が「友達が多い人気者」だったので、無理しているんじゃないかと不安になっていた。息子が12歳の時漸く友達のところに遊びに行くと言った時は凄く嬉しかった。そしてその友達と親友になったと聞いた日の夜は赤飯にした。
 息子の親友を初めて見た時は「優作にしては珍しい、元気で明るいよくいる女の子」だったが、段々その賢さに気付き親友の意に納得した。息子が「イギリスへ親友も連れていきたい」と言った時は止めようとしたが、シャーロック以外に執着する息子が珍しかった為、親バカ魂で了承した。
 名前の由来は「探偵物語」の登場人物から。
工藤優作の父:工藤寛治
 名前の由来は「探偵物語」の主人公の人物設定を手掛けた人物から。