Reincarnation:凡人に成り損ねた
虎視眈々と
12
「いよいよ、明日ですね」
画面の向こうにはジャック、ウィリアム、ブルース、アデル、セオドール、赤井さん、本堂さん。降谷と諸伏を除いたAlletnaratが集まっている。
『ついに来たかという感じだな』
ジャックがしみじみと感想を漏らす。まったくだ。だがこれは第一段階に過ぎない。
『FBIの方も問題なく作戦が実行されるそうだ』
『ドイツ、イギリス、アメリカ…まさか同じ日に作戦が実行されるとは思わないだろうね』
「これで残りは日本にいる幹部しかいないでしょう」
材料は揃った。調理も済んだ。あとは片づけるだけ。
「ご武運を」
明日、欧米のタランチュアが壊滅する。
廊下を歩く田沢を後ろから肩を叩きながら声をかける。
「何ですか諸伏さん。今からFBI確保に」
「俺たちは別の任務が入った。詳しい話を伝えるから会議室に来てくれ」
「しかし」
「上からの命令だ」
赤井秀一を確保する作戦当日。日も暮れ各人配置につかなければならないが、今回の任務に俺は割り当てられていない。指揮を執るのは降谷だ。俺は北澤さんの指示の元、田沢を…裏切り者の証言を聞かなければならない。
会議室に連れて行くと北澤さんと茅野さんが既に待機していた。北澤さんは田沢を一瞥すると「まあ座れ」と指示を出す。
「昨日のメールは見たか?」
「もちろんです。今日の作戦についての最終確認ですよね」
「そうだ…その時間にメールを見ていたなら、これについてももちろん知っているよな?」
一枚の紙を差し出す。そこにはメール履歴が記されていた。
──赤井秀一及びFBI捕獲作戦が行われます。場所は工藤邸、FBIは順次追っています。——
──FBIは恐らく来葉峠に向かうだろう。その隙にこちらはシェリーを確保する。──
──こちらの幹部が工藤邸に乗り込むようです。お気をつけて──
──恐らく降谷零だろう。その点は問題ない──
IPアドレスは田沢の携帯。送信先は毎回違うアドレス。しかしそれが情報漏洩であることは間違いない。
「し、知らないです」
「公安にしては随分嘘が下手だなァ?ならばこれについてはどう説明してもらおうか」
隣に控えていた茅野さんがノートパソコンを取り出す。田沢が息を飲んだのが分かる。それは田沢のものだ。茅野さんがノートパソコンを開くとロック画面にもならずあるページが開かれていた。本作戦についての詳細な資料だけじゃない。シェリー…灰原哀の隠し撮り写真だった。背景はミステリートレインの車内。
「!!」
「お前の、ノートパソコンだ。ロックは解除させてもらった」
北澤さんはにっこり笑う。その目には憤りだけが現れていた。
「いったいこれは何だ?」
「知らない!こんなの知らない!シェリーの写真だって突然送られてきたんだ!」
「ほう?彼女がシェリーなんだな?」
「そ、うです!死んだはずのシェリーは小さくなって生きていたんです!」
「そうか、ならば聞こう。何故報告しなかった」
「それは……」
言葉が詰まる田沢。シェリーが小さくなっていることはこの場にいる全員が知っている。今更驚くことはない。しかし何故、その極秘事項を田沢が知っているのか。どこから得た情報なのか。それが問題だ。
「情報源は何処だ」
北澤さんは更に追及する。その表情はいつの間にか笑みがごっそり落ち只々無表情だった。
「それは…その…」
「携帯のIPアドレスからお前のものと一致している。ノートパソコンからもウイルスは検出されなかった。お前は…誰と繋がっている?」
沈黙が場を支配した。田沢はもう言い逃れできないと諦めたのか脱力しだらりと椅子に座っている。しかしやがてわなわなと身体を震わせる。
「お前らに…お前らには絶対分からない…」
顔を上げた田沢は北澤さんを見たのだろう。田沢の後ろに立っている俺にはどんな顔をしているか分からない。
「引かれたレールを壊し…真の現実を見せつけてくれるのは…あの人しかいないんだ…!」
「お前が何を言っているかさっぱりわからんな。組織に入ると厨二になるのか?」
「ああそうだろうな、お前たちには分かるまい…特に」
田沢が振り返った。憎悪にまみれた目で俺と睨みつけてきた。
「諸伏景光…あんたにはな…」
潜入捜査中に向けられたそれとは違う。俺自身を、世界を恨んでいるかのような、破壊衝動にでも駆られていそうな、そんな目だった。
静まり返った住宅街。隣の家の前には一台の白い車が止まっている。その車に、いや、正確には隣の家に近づく一人の男がいた。黒いキャップ帽を目深に被り、闇夜に解けるかのように黒い服装をしている。男が敷地に足を踏み入れようとしたその時。
「やあ、こんな時間に何をしているんですか?」
男はその声にハッとし振り返る。そこにいたのは少し前に自分にぶつかってきた男。ミステリートレインで、自分に盗聴器をつけた男。その隣にはもう一人男が立っている。
「You are...!(お前は!)」
「日本語は通じないみたいだぞ、手塚」
「みたいですねぇ辻本さん。Hi, What's up?(やぁ、元気かい?)」
へらへらしながら近づく男に黒い服の男…アンディは警戒したように懐に手を伸ばす。
「Do you think you are GOD!?(神様気取りが!)」
「I'd like you to explain everything, espaically that GOD!(その“神様気取り”も含めて、色々話聞かせてもらおうか!)」
先に動いたのはアンディだ。アンディが懐から取り出したのはサプレッサー付きの拳銃。セーフティを外し名田に向ける。名田は躊躇することなくアンディに突っ込んでいく。
パァン
撃たれた弾丸は名田の髪を掠り塀にあたる。腰を落とし、間合いを詰めた名田は拳銃を持つアンディの腕を下から掴もうとした。しかしアンディはそれより早く反対の手で腰からナイフを取り出す。眼前に迫るナイフに名田は一瞬動きを止める。ニヤリと笑うアンディだったが横からの気配を感じバックステップを踏む。高桐がアンディの首めがけて手刀を入れようとしていた。
「Do it(やるじゃん)」
飛び道具がある分アンディの方が強い。アンディは躊躇いなく発砲していく。本能か野生の勘か、暗い中でも名田も高桐も“死の直感”を感じ発砲されるよりも早く動いた。至近距離で外れる銃弾にアンディは大きく舌打ちした。名田と高桐はアンディを挟むように立つ。
カチリ
「Shit! No ammo!(クソ!弾切れか!)」
「Game over.(残念だったな)」
名田の掌底がアンディの懐に入る。くの字に身体を曲げたアンディに高桐が手刀を入れる。力なくナイフを落としたアンディはそのまま気絶した。
「なんじゃ!?」
アンディが倒れるのと阿笠家から阿笠が出てくるのは同時だった。音が聞こえたのかもしれない。高桐は慌てることなくさり気なく拳銃とナイフを拾い隠しながら阿笠へ笑顔を向ける。
「いやぁすみません。同僚が酔っぱらっちゃったみたいで倒れちゃったので」
「そ、そうか」
「ほら行きますよ先輩ー。そんなとこ倒れてないで」
名田はアンディの肩を持つ。高桐も「夜分にすみませんねぇ」と阿笠へ会釈すると名田同様アンディの肩を持つ。後ろから見たらうなだれている人に見えるだろうアンディを二人はそのまま連れて行った。
北澤、洞沢さん、諸伏は田沢を、紀里谷さん、高桐さん、名田さんはアンディを追っている。私は来葉峠に来ていた。来る日、来葉峠で。今日のことだという確信を持っていた。
公安が去ったその場にはジョディとキャメルが赤井の生還に喜んでいる姿が見える。異常なし。しかし言い知れない不安が過る。
(何もなければいいんだけど…)
少し離れたところからサーモグラフィを搭載した眼鏡で周囲を見渡す。そうすれば異常が見つかった。一人、誰かがいる。その姿は…拳銃を構えている。
「っ、クソ!」
ここから向かうには距離がある。止むを得ずFBIの前に躍り出た。
「!公安!?」
「伏せろ!」
何かを察したのか私の命令に赤井達はすぐに伏せてくれた。銃声が鳴り響く。キャメルの車の窓が割れる。赤井達の前に立ち誰かがいる方向を睨みつける。
「Enfin, viens enfin. Le Faux Dieu.(ようやく出てきたな…自称神様さん)」
フランス語を喋りながら現れた姿に目を見開く。
(クレール…!)
ICPOの刑事。やはり出てきたか。動揺が伝わったのかクレールはおや?という表情をした。
「Tu me connais.Ainsi, liées à KudoKanji...(俺を知っているな?ということは…工藤寛司関係、か。)」
「……ICPO commettent des actes criminels? C’est une blague?(ICPOが犯罪に手を染めるなんて、どんな冗談だよ)」
「Je pense qu’il échouerait. Il fut attrapé par la police?Je ne lui ferais pas confiance, tu sais. Il était dans la police.(失敗するだろうとは思っていたが…あいつは捕まったか…。まあ元が警察だし、信用はしていなかったがな。)」
さて、とクレールは一息つく。発砲音と左肩に熱を持ったのは同時だ。
「!!」
膝をつきそうになる。赤井が私の前に立とうとするのを腕をつかみ抑える。
「Je suppose que Tawaza a pris Akai en photo et je le tue.Je suis diplômé pour te connaître.donc, Quel est ton nom?
(田沢が赤井の写真を撮り俺が殺す予定だったが…。お前の顔を拝めただけで今日は良しとしよう。お前、名前は?)」
「Je ne veux pas vous le dire.(言うつもりはない)」
クレールは鼻で笑うとポケットから何かを取り出し地面にたたきつけた。瞬間、激しい閃光が場を支配する。
眩んだ眼が再び開いたときにはクレールの姿はなかった。
「お前は誰だ、先ほどの男は?」
掴んだ手を離すと赤井は訪ねてくる。私は左肩を抑えながら視線を合わせることなく立ち上がった。
「少なくとも、あなた方が追っている組織の人間ではありません」
「と言うことは別の組織、か…」
「あなた、公安じゃないの?」
答えることなく私は歩き出す。赤井が手を掴もうとするのを躱した。
「いずれ会うことになるかもしれませんが、今のあなたにはやるべきことがあるでしょう。赤井捜査官」
アンディと田沢は捕まったはずだ。彼らから情報を仕入れないと。それにFBIはこの後情報共有するだろう。ここにいるべきではない。
痛む左肩を抑えながらその場を後にした。
「公安が去った後、知らない男が出てきた」
「そうなの、それでシュウを庇ってもう1人女性が出てきたわ」
「それは…組織の?」
「あの気配…組織の人間ではないようだが間違いなく一般人ではない。フランス語で会話していたがICPOと出てきていたな」
「そう、それから…偶然か分からないけれど、クドウって名前が出てきていたわ。クドウカンジ」
「!!それは…」
「何か心当たりあるの?」
「……女性が庇った、と言っていたが怪我をしたのかい?」
「えぇ、左肩を撃たれたわ」
「また怪我をしたのか…」
「とうs…優作おじさん、何か知ってるの?」
「私からは何も言えない。敵ではないから安心しなさい。だがもし会うことがあれば伝えておいてくれ。“無理はしないように”と」