Reincarnation:凡人に成り損ねた

虎視眈々と

11

 果たして降谷を欺けるかは定かではないが、黒崎の手を借り変装した俺はミステリートレインに乗り込んでいた。今のところ、降谷とも江戸川少年たちともすれ違っていない。それも全てやはり黒崎の助力があるからだ。
「こちら名田。あー、最終車両に爆弾確認」
『組織にしては随分派手に始末するんだな』
『…あの組織意外と派手だと思いますけどね』
 インカム越しに紀里谷さんと黒崎の声がする。最終車両を切り離して爆発させる…一両減ったら流石に気付くだろう。
 最終車両へのドアを閉め、前方車両へと向かっていると何やら騒ぎがあったようだ。近くで耳をそばだてて聞いていると、どうやら殺人事件が起きたらしい。まったく、こんなところで殺さなくても…。しかし降谷たちが事件解決に尽力を尽くしているなら、今はシェリーはフリーだ。一先ず大丈夫だろう。
「…しかし、本当に放置でいいのか?」
 命を狙われているシェリーの対応に対して黒崎が下した判断は放置だった。公安も絡んでいる今下手に関わるのは確かに危険だ。だからといってあっさり放置を選択するとは。
「シェリーの顔は割れている。どこにいるのかバレていないなら今のうち探して保護するのも手なんじゃないか?」
『シェリーは今一人でいるわけじゃない。同乗者が誰か分からない以上手を出すべきじゃないかと』
 組織の情報によるとシェリーは一度ジンに見つかった時、男と一緒にいたらしい。その男と今も逃亡中だとか。
『黒崎…あまりシェリーと接触したくないようだな』
『………………』
「彼女のことはあいつが何とかしてくれる、てか?なら俺たちは奴を捕まえなきゃだな」
『…アンディを捕まえるとしても駅を降りてから。それまでは居場所の確認ですね』
「そうだな。狭い空間とは言えあまりうろちょろするのは得策とは言えないな。なら殺人事件を利用させてもらおうか」
『殺人事件?』
「8号車で起きたらしい。騒ぎを立てるつもりはないが前方車両で問題が起きたらしいから出歩くなというようなことを言っておけば客が動き回ることはあまりないだろう。ついでに9号車以降の客の顔を確認できる」
『8号車より前は事件解決後、か…事件が起きたなら最寄り駅で止まる可能性も高い。捕獲は難しそうですね』
「そうだな…少し様子を見てみる」
 それから客に出くわすたびに「あまり出歩かない方がいいらしい」という旨を伝えて回った。訝し気な顔をされたが下手に動かれるよりはいいだろう。
「はぁ…分かりました。あーでも、落とし物があったんですよね」
「落とし物?」
「はい。これです」
 家族連れの客にも同様に伝えると落とし物があると言われる。見てみれば白い紙袋に入った箱だ。
「あなた、いろんなお客さんに伝え回っているみたいだし、よければついでに持ち主探してはくれませんか?」
「あー…まあ、いいですよ」
 断ればいいものの、確かについでという気持ちもある。なんならこれを口実に益々動きやすくなるとも言える。紙袋は妙に重く底から持たなければ破れてしまいそうだ。
(…まるで不審物だな…)
 気になったら仕方がない、別車両の個室に入ると紙袋から中身を取り出してみる。蓋を取り外してみると見覚えのあるようで実はない回路が出てきた。
「………なあ黒崎」
『何ですか?』
「今から写メ送るから」
 携帯をカメラモードにし撮影、そのまま黒崎へ添付する。しばしの沈黙の後、黒崎はなんてことないように呟いた。
『爆弾ですね』
『爆弾だな』
「爆弾かー」
『持たせた荷物の中に“そういうときのための”道具があるのでご活用ください』
 冷静に言っているが内心冷や汗ものだ。爆弾の解除?やったことがあるわけがない。持っていたカバンを漁ってみると確かにドライバーやらニッパーやらが出てきた。…用意周到といえばいいのか…。
「ずぶの素人に何やらそうとしてんだよ…」
『まあまあ、ではいきますよ』
 言っていても仕方がない。ため息を吐きながら解体作業に入った。


 解除した爆弾は一先ず置いておくことにした。メモ書きで「あとで取りにきます」と書いたから大丈夫だろう。警察に爆弾が置いてあると連絡を入れたので、駅についたら爆弾処理班が来てくれるはずだ。それにしても最寄り駅も通過してしまった。もしやこのまま名古屋まで行く気なのか?
「8号車以降は見当たらないな」
『じゃあ8号車前ですね』
 一般客を装い前方車両を目指す。途中すれ違った薄桃色の髪にタートルネックを着た男性に妙な違和感を覚えながらアンディを探す。
(……いた…)
 こうもあっけなく見つかるのか。アンディは何処かそわそわした様子で新聞を眺めていた。
「おっとすみません」
 躓いて転んだ風を装いアンディに触れる。発信機と盗聴器をつけるのは忘れずに。
 アンディはびくっと身体を揺らしたが平常を保つようにすぐに窓の外へ視線を移した。
 その後は問題なく列車は進む。名古屋に着いたところで客たちが一斉にドアから出ていく。発信機をつけているため下手に追わず当初の予定通り黒崎たちと合流する。爆弾処理班もすでに待機していたようで、警察は乗客を誘導しつつ列車へと乗り込んでいった。
「なんで爆弾処理班がここに…」
「やだ、爆弾でもあったの?」
 毛利小五郎と同じように疑問を持ったのだろう女性の声が聞こえてくる。乗客の流れに乗り駅の改札から出た。
 駅のトイレで変装を解き、駅近くで既に待機している紀里谷さんと黒崎の車に乗る。黒崎はノートパソコンを叩いていた。
「お疲れ。無事付けられたようだな」
「はい。アンディは特に変装はしていませんでしたね。シェリーと接触する様子も見受けられなかった…それどころか、シェリーすら見当たりませんでした」
「よほど巧妙に隠れていたのか…」
「とはいえやはり車両が一両減っていた。最終車両は爆発したようですね。…黒崎、シェリーは大丈夫なのか?」
「大丈夫です。降谷がいますしね」
 黒崎は「降谷がいるから」と言っているが本当は別の理由があるような気がした。隠し事が多い黒崎。しかしこれまで助けられたことも多い。いつも通り深くは追及をしないでおいた。
『…What is going on?(どういうことですかねぇ?)』
 ノートパソコンから聞こえてきたのは見知らぬ男性の英語。盗聴器が音を拾ったのだ。明らかにアンディの声ではない。この声…誰だ…。
『Who knows! I am just set up the bomb and press the bottom as was told!(し、知らねえよ!俺は言われた通り置いてきた!そんでスイッチを押したんだ!)』
 これはアンディの声だ。ということはアンディは誰かと接触したということか。状況的に考えられるのはバーバラだ。
『Hm, is it Bourbon?(ふむ…バーボンの仕業でしょうか?)』
『I am sure that I have found the photo of these guys included Bourbon.I can't find some of them, but I REALLY put it in the train!(バーボン含め写真のやつらは確かに見かけた。何人か見つからなかったが…それでも言われた場所に置いたんだ!)』
『It is OK now. I got it. Please do not shout.In my opinion, the possibilty of Bourbon recognize you will be nearly 0.So then...um?(分かりましたからそう騒がないでください。バーボンが貴方のことを認知している可能性は限りなく低いでしょう。ということは…おや?)』
 べり
 すぐそばで何かが剥がれる音がした。
「まずい、バレたか」
『まさかそちらから出てくれるなんて思いませんでしたよ…』
「バレましたね」
 そんなに早くバレるとは思わず舌打ちをしてしまう。組織の目を欺くのは難しいか。
『This is a wiretap! The guy at that time!(それは…!そうか、あの時の男か!)』
『我々を追っている者ですね?』
 盗聴器を、盗聴器の先にいる俺たちに問いかけてくる。潰すこともなく捨てることもなく、男は言葉をつづけた。
『初めまして。私はバーバラ、と呼ばれております。“神様気取り”とはこうしてお話してみたかったんですよ。といっても一方通行になってしまいますが。あなた方は我々をどうするつもりなのか、何が目的なのか…いや、それは愚問でしたね。大方つまらない正義感やら温情で動いているのでしょう。憐れな人たちですね。いいですか、これは我々と同胞でもあるあなた方に対する忠告です。』
 バーバラは一呼吸置くと言い聞かせるようにゆっくりと言葉を紡いだ。
『いずれあなたは知ることになるでしょう。己がどれだけ孤独の存在であることか。そしてその孤独な心に安寧を齎すのが我々であることに。さあ、我々の手を取るのです』
 こいつは…何を言っているんだ…?
『来る日、来葉峠で待っていますよ』
 ブツリ
 盗聴器が壊れる音がする。ノートパソコンをのぞき込んでも発信機の反応なかった。
「壊されたか」
「バーバラは…何を言っているんですかね?神様気取り?同胞?…まさか俺たちの中に、奴らの元仲間がいるとか」
「それだと同胞“でもある”という言葉がおかしい。同じことを目的としているが手段が違えている、とも捉えられるな」
「黒崎はどう思う?」
 いつもなら会話に混ざる黒崎が全く反応を示さず尋ねる。この会話から黒崎はどれほどのことを読み解けるのか。
「…そうですね…奴らの目的は未だ掴めないところはありますが…」
 黒崎はたっぷりの沈黙の後、こう告げた。


「心が交わることは一生ないでしょうね」


 ミステリートレインでシェリーは死んだことになった。
 来るはずがないと思っていたのだ。彼女は幼児化していて、大人になれる状況じゃない。…いや、毛利探偵事務所で見つけた写真を考えれば既に元通りに戻っていた可能性もある。解毒薬は既にできていた?それはない。もしできているのだとしたら江戸川コナンはいなくなるはずだ。だというのにコナン君はいた。そして灰原哀は?子供たちの様子からいなくなったというわけではない。どういうトリックを使ったかは知らないが、彼女は生きている。
(江戸川コナン…工藤新一…彼が何かしたのか…。面白い男だ)
 灰原哀が俺に接触してこないのはやはり組織の匂いがあるからだろうか。こちらに接触する様子はない。それもしかたないだろう。寧ろ、来ない方が都合がいい。
 平日の昼下がり。ポアロには今しがた客が帰り誰もいない。カラコロンと音がすれば新たな客が来た合図だ。
「いらっしゃいませ…!」
 表情に出そうになりポーカーフェイスを繕う。黒いスーツを着て現れたのはバーバラだった。
「コーヒーを一杯」
「かしこまりました」
 誰も気づかないだろう。目の前の男ですら。動揺する姿は見られないはずだ。
「シェリーを無事殺せたそうですね」
 いつも平和を噛みしめられるこのポアロで、組織の話をすることなんてあっただろうか。平穏が崩れる音がする。
「こちら、コーヒーでございます」
「いや、死んだことになっている、というのが正しいですかな?」
 なんてことないようにカウンターに戻る。お皿を洗う手を止めず、平常心を保ちながら相手をする。
「彼女が逃げられない状況で爆死する姿を目撃しています。間違いなく死にました」
「ふふ、そういうことにしておきましょう。…そういえばこの上の階はかの有名な毛利探偵の事務所でしたねぇ」
「何かご依頼でも?」
「厄介になることはあるかもしれないですねぇ」
「それでしたら僕がお受けしますよ。格安で」
 コーヒーを飲む。音もなく優雅な姿は日常の一片にも見えるだろう。直感する、何か探られていると。
 そしてその魔の手は毛利さんにまで及ぼうとしていると。
「いかなる事件も解決する名探偵の手腕を是非見てみたいものでして。その本性を見るのが楽しみです」
「本性というと?」
「眠りの小五郎と言われているが、本当に眠っているのだとしたら?…どうやって推理しているのでしょうね」
 眠りの小五郎の正体は江戸川コナンだ。注意深く見れば分かること。周りが気付かないのは発明品のおかげとコナン君の動きが巧妙だからこそだろう。
「毛利先生は眠っているように見せかけているだけで本当に推理していますよ。この目で確認しました」
「君の目ほど信用できないものはありませんねぇ」
「おや、組織一の探り屋と言われている僕の目が信用できないと?」
「君のことはおいおい、ね」
 時折彼と話がかみ合わないことがある。会話をする気がないのか定かではないがキャッチボールができていないのだ。
 バーバラはコーヒーを一杯飲むと呆気なく帰っていた。ポアロに静寂が訪れる。
─バーバラとハイライフは、ジンたちよりも警戒した方がいい相手ですね─
 手塚の言葉を反芻する。じわじわと陣地を奪われているかのような、気付かぬうちに何かを失いそうな。言い知れぬ不安と恐怖が襲ってくる。
(弱気になるな、気を引き締めろ、奴らに侵略されるな)
 ぴちょん
 不安を振り切るように閉まりきっていない水道の栓をしっかり閉めた。