Reincarnation:凡人に成り損ねた
虎視眈々と
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幸か不幸か、ベルモットの変装を見たことがなかった。彼女が最終的にどういう立ち位置に着くのか分からないが、確実なのは新一の敵ではない事。残念ながらベルモットが何故新一を守ろうとする行動をとるのか私にはわからない。有希子さんの息子だから?それ以前にベルモットは新一=コナンということを何故か知っている。この辺りは原作を知っていれば分かる内容だったのだろうか。ないものねだりしても仕方ない。
ベルモットの変装を見たことがない。この事実に今更ながら危機感を覚えた。ベルモットは自身だけでなく他者へのメイク技術も一等高い。本当なら変装かどうか見破る段階から行った方がいいんだけど、変装だけ見られるだけでも御の字としよう。
「俺を呼んだのは、『赤井秀一の姿に反応する人間を伺うために離れたところから様子を見ている』俺をカモフラージュに使うためだな…?」
「すまんな北澤。消去法ってのもある」
紀里谷さんは私の上司であることを降谷に知られているから一緒にいると公調の仕事と捉えられるからまだいい。しかし赤井秀一に成り済ましている人物を探っているコナン達に紀里谷さんを見られると、そこから紀里谷さんが警視庁にいるということを降谷にバレてしまう可能性がある。名田さんと高桐さんはクレールたちを、洞沢さんは田沢を探っているから来れない。潜入中にコナンと接触した北澤だがその時は変装していたというから見られても分からないだろうとのこと。北澤が丁度良かった。
「それにしても、例の少年いるわFBIいるわ赤井秀一いるわの中で銀行強盗って…盛り込みすぎ…」
銀行に入っていった赤井秀一扮する降谷の姿は後ろ姿しか分からなかった。銀行の向かいのホテルにカップルを装ってチェックインした。様子のおかしい銀行を窓から見下ろす北澤と、机上のパソコンから銀行内の様子を監視カメラで見る私。
「監視カメラじゃやっぱ変装の精度が分かりづらいな…うまいことすれ違えれば一番いいんだけど…コナン君の様子見れば分かるか…?」
「出てくる瞬間を見るのが一番確実な気はするが…流石に双眼鏡で見てたら怪しいよな」
「…そういえば今回の件、組織は知ってるんだよね?」
ベルモットが絡んでいるなら組織として、つまりバーボンとして動いている可能性が高い。赤井秀一が生きていると睨んでいるならまだキールはNOCの疑いがあるということではないだろうか。
「バーボンはベルモットから赤井秀一が死んだ瞬間の動画を見せてもらったそうだ」
「動画…ちょっと待て、それ組織としては死亡判定されてるよね?」
「赤井秀一は死んだ。組織もFBIも、公安もそう判断している。…ただ一人を除いてな」
死んだはずの人間が生きている。これはもしかして不味いのではないか?
「組織が赤井の姿見つけたら、それこそベルモットがバーボンのしていることを報告しなければ」
「ああ、最悪バーボンが死ぬ」
FBIに赤井秀一の姿を見せて真意を探る、という魂胆だろうけどそれにしては危険すぎるような。
「…まあそれで顔出すような人間でもないけど…」
「つーか、やりようは他にもあったと思うんだけどな。ここ最近のあいつ、ちょっと暴走している。…なんでだろうな」
双眼鏡を下ろし確信めいた視線で私を見る北澤。暴走の原因が私だと言いたいようだ。
「あいつはタランチュアを知っているんだよな?黒崎が話したから」
「知ってるね、私が話したから」
「末端の構成員にタランチュアはいないだろう、というのがあいつの判断だ。あいつはコルンやウォッカを睨んでいる」
「流石…そこまで調べてたなんてね」
降谷に私が持っている組織の構成員情報は渡していない。知っているのは赤井さんだけだ。私と赤井さんも末端にタランチュアはいないと判断してる。それを自力で調べ上げた降谷は流石というべきか、恐ろしい後輩だ。
「でもなんでその二人?」
コルンとウォッカはタランチュアではない、と知識から確信が持てる。だからこそ私はバーバラとハイライフがタランチュアだと確信めいた予想をしている。
「二人ともいわば影の立場だから、というのはありそうだな。実力こそキャンティよりコルンの方が上らしいが、コルンもウォッカもキャンティやジン以上に考えが読めない。組織への忠誠心があるように見えて、ウォッカは特にわかりやすいがペアであるジンに従順だ。キャンティの手綱はコルンが握っているだなんて聞くが、今の組織で危険人物といえばジン、狙撃といえばキャンティ。その影に隠れ立場を利用してタランチュアの再構成に力を入れやすいんじゃないかと」
ウォッカもコルンも映画で出てきている。原作キャラがタランチュアに関与しているとは正直考えにくい。
原作において降谷がコナン=新一と紐づけたのはいつだろう。いや、それ以前に私というイレギュラーで、原作において死んだ人間が生存している。
(バタフライエフェクト…あり得るのか…?原作に私が関与したのはその一件だけの筈。その上彼女の生存は公安だけが知る。とてもその後に響くとは思えない)
ウォッカとコルンがタランチュア、私がこの世界に生を授かったのと同じようにその通りに進むとは限らない。降谷があの二人をそう見ているなら警戒するに越したことはないか。
視線の先、パソコンに移る銀行内の映像が事件の終わりを知らせた。
北澤の隣に並び銀行の入口を見る。溢れ出る人々に紛れ1人異なる空気を醸し出す男の姿を捉えた。バーボンが扮する赤井秀一だ。バーボンはこちらの視線に気づいたのか顔を上げた。
「俺たちに気付いたか?」
「…それにしては視線が低い。2階くらい下の階を見てない?あれ」
双眼鏡でバーボンを見ていた北澤が、あ、と声を漏らした。バーボンは人ごみに紛れ姿を消した。
「一瞬目が合った。ちょっとびっくりしてたな」
「いるとは思わないだろうからね。…さて、出るか」
バーボンを追ってその変装を見たいところだけど、ベルモットが関わっている以上どこかで落ち合う可能性を考えそれは止めておく。リアリティあるあのケロイドの再現は流石だ。銀行の映像を解析してじっくり見るか。
適当な言い訳を受付で言いホテルを出る。北澤も私もこの後は警察庁だ。ホテルの地下駐車場で北澤の車に乗り地上に出た。
「欧米の残党狩りの準備は進んでいるんだろう?」
「リストが揃ったからね。…本当なら一気に叩きたいところだけど、ボスの情報がなさすぎる。叩けるところ叩いて情報を取るしかない」
「その中にボスがいたらラッキーなんだけどな」
「そううまくは」
いかないよな、言いかけて何かを感じ口を閉じた。不自然に止めた私に北澤が「どうした?」と声をかける。
信号機で止まる車、行きかう人々、今、その中に何かを見た。
(何を見た?至って何も気に掛けるものはなかったはずだ。組織の人間も新一たちもいなかった、なんだ、一瞬デジャブを感じた。何か見覚えのある、でも見たことない筈のもの、が見えた気がする、なんだ……くっそ、気持ち悪い、なんだってんだ)
「…黒崎、お前大丈夫か?」
「…ごめん、何でもない」
「顔色悪いぞ、何でもないわけねだろ」
信号が青に変わる。北澤は舌打ちをして車を発進させた。視界に入った何か、もしくは誰か、胸がざわつく。
ごぽっ
耳の奥から聞こえたような気がする水音。もしかして…
(前世で見た何かを、見た…?)
似たようなものならこれまでいくらでも見てきた。最近普及し始めたスマホ、アメリカに本社を置く有名なIT企業、車は企業も車種も前世と変わらない。ナンバープレートが違うだけ。そうだ、前世のものが今世に似たようなものがあってもおかしくない。だというのにこの言いようのない不安と恐怖は何なんだろうか。
顔色の悪い黒崎は警察庁に着くや否や、「ドライブレコーダーを貸してほしい」と俺の車に搭載していたドライブレコーダーを持って行った。あの時の会話で、しかも相手が俺で顔色がおかしくなる理由が分からない。相手が俺っていうのはちょっと自意識過剰か?いつも飄々としているあいつが取り繕うのもフォローも忘れる何か、ドライブレコーダーってことはあの時何か見たのか。
黒崎が感情を豊かにする理由はたった一つ、工藤家に関わることだ。タランチュアも工藤家の延長、タランチュアの脅威を工藤家に及ぼさないために、俺と会うより前から情報を集め、敵を討たんとばかりに動いていた。
(ずっと恨みもって生きてたってことだろ?…息苦しくねえのかな…)
人を恨んだことは俺だってある。正直、国を愛し国の為に動くあいつらにはとても言えないが俺が警察になることを選んだのもその恨みの原因が理由だ。といっても俺自身恨みの感情は既に捨てた。その捨てさせてくれたのは、他でもない黒崎だ。
(両親を恨んだ俺、親友の父を殺した組織を恨む黒崎。感情のままことを進めても禄なことないぞ、黒崎、分かってるよな?)
相手に意見を求めることなんてしなくていい、相談するとかじゃない、ただその心の内を聞いてくれる人、黒崎にはいないのだろうか。俺がその存在になることは、できないんだろうか。
(…あー、なんか降谷の気持ちわかったかも)
黒崎は何も一人で全てを進めているわけじゃない。俺や公調の人間も動いている。両親も健在、親友もいて、慕ってくれる後輩も、気軽に話せる(と思われる)俺という友人もいる。なのにどうしてか、あいつがずっと独りでいるように見えてしまう。
なんでアメリカ行っちまったかな、こういう時こそ隣にいてあげろよ、工藤大先生様よ…。
「どうして殺されないと確信を持てたのか…君の行動は見ていて冷や冷やするよ、バーボン」
「…何のことでしょう?」
食えない男、目的が読めない幹部の一人。声をかけられ笑みを浮かべながらすっ呆ける。
「貴方が僕の前に現れるなんて珍しいですね、バーバラ」
「おや、まるで私が君を嫌っているかのような言い方だね」
「ジンから聞きましたよ。何度か、僕がいるからという理由で呼び出しに応じなかったと」
「否定はしないね。君程の探り屋を相手にしていたら気も休まらないってものさ」
赤井秀一の死について探っている過程、ベルモットの協力を取り付けた交換条件であるシェリーの殺害について呼び出しされていた。組織の息のかかったホテルの最上階スイートルーム。このホテルもいずれ潰れるだろう。
「はぁいバーボン、バーバラ、待たせたわね」
ノックもなしに入ってきたベルモットに「今来たところです」と事実を伝える。バーバラを呼び出したのはベルモットか。
シェリーが組織に見つかることはほぼあり得ない、いや、あり得ないはずだった。ベルモットはシェリーの幼児化を知ってしまっている。俺自身は知らないことになっているが、シェリーの幼児化を伝えれば工藤新一の幼児化も知れる可能性がある。果たしてベルモットはどうやってシェリーを殺すつもりなのか。公安として、みすみす殺させるわけはないが。
幼児化という非科学的な出来事が表立って認められてしまえば、シェリーも工藤新一もその後がどうなるか。本来なら両方保護すべきだろう。しかし青年が10年も若返るなんて科学者にとっては格好の餌。工藤新一としての人生も江戸川コナンとしての人生も捨てなければならない事態になりかねない。小さくなった青年を隠したいという点についてはベルモットと一致している。幼児化の事実を知らないふりをしながら、ベルモットは利用させてもらっていた。
「シェリーの件ですよね?彼女の情報についてはこちらでも探ってみましたが、残念ながら収穫はありません」
「…シェリーは米花町で目撃情報があるわ。ジンが取り逃がした時、遠くへ逃げたかと思っていたけれど、灯台下暗し、ね」
シェリーの居場所をベルモットは知っているのか。…ハロウィンパーティのときシェリーを誘き出したとの情報があったが、実は居場所をその時には既に知っていたのか?
「…実は私も」
寒気がするような微笑を浮かべバーバラはゆっくりと言葉を紡いだ。
「シェリーについて独自に調べてみたのですが、組織が一度殺そうとしたあの毛利探偵事務所と関わりがあるようですよ」
ベルモットの雰囲気が変わる。そうだ、あそこにはベルモットの宝物がいる。
「あら、そうなの。一体どうやって調べたのかしら?」
顔にも声にも出していないがベルモットの心情を考えるに情報源は潰しておきたいだろう。それはこちらも同じだ。潰すというより、その情報源を捕えてしまいたい。
「爺には爺なりのコミュニティがあるのですよ。それにしても、やはり毛利探偵は殺しておいた方が正解だったのでは?彼の周りは不思議なことが起きているからね、面白いものが出てくるかもしれませんよ?」
「彼は有名人よ、下手に殺して組織の跡を残すわけにはいかないわ」
「組織の跡、ね…ふっ」
噂では組織第2の探り屋、と評価を得ているらしい。ベルモットと同じく取引の任務を主とするバーバラが探り屋としても活動しているのは正直やりにくい。
「バーボン、そういうことだから米花を中心に潜入でも何でもして探ってくれないかしら」
「条件ですからね、構いませんよ。ところで、バーバラを呼んだ理由は?」
「それは私からお願いしたんですよ。シェリーの殺害、お手伝いさせてほしい、とね」
シェリー殺害はベルモットの独断にも見えるがボスからOKが出ているらしい。事実上の任務だ。ベルモットだけならまだしも、バーバラも加わるとなるとよく作戦を練る必要がありそうだ。何よりも、バーバラの行動も思考も全く読めない。
(…手塚の勘、当たっていたな)
最近部下として入った手塚がバーバラとハイライフについて「ジンたちより警戒したほうがいいかもしれない相手」と評価した。そんな手塚は、今緊急の案件で北澤先輩の手伝いをしている。案件の内容を上司である俺に伝わっていないのは北澤先輩と椎名先輩の繋がりを感じさせた。俺の知らないところで何かが動いている。
今考えることじゃない。思考を切り替えバーバラの一挙一動を見逃さないよう集中した。
「バーボンが探るなら、暫く私がやることはなさそうですね。…気になることがあるので、そちらを調べましょうかね」
「気になること?」
ベルモットはバーバラがどこまで知っているか気になって仕方ないのだろう。一歩間違えれば宝物に傷がつく、必死だ。
「ええ。そうですねぇ、確信が持てたら、その時は真っ先にお伝えしましょう」
それでは失礼させてもらいますよ、とこちらに不安と焦燥を残したままバーバラは返事を待たずに部屋を出て行った。
「…バーボン」
「何でしょう?」
「貴方がシェリーを探している間、私はバーバラを探るわ」
「身内を探ると堂々宣言するなんて、貴女らしくないですね」
「あら、彼の“表面上だけの忠誠”に気付いていないわけじゃないでしょう?」
やることはやっている、だがそこに忠誠心が無いのは明らかだ。仕事に対し一度も否と言わないせいか、ジンは一先ず放置しているように見える。NOCの疑いが無いわけではなさそうだが、自分に対する懐疑心よりも遥かに弱い。
「確かに彼の行動は気になるところではありますね。“爺なりのコミュニティ”とやら、是非教えて頂きたいものです」
バーバラがどこまで何を知っているのか、それはバーボンとしても降谷零としても知っておきたい。知っておかないと取り返しのつかないことになりかねない。
(だが…これで口実が出来た)
毛利探偵の傍にいる口実、正確には江戸川コナンや灰原哀の周辺を自由に動き回る口実だ。FBIと組んでいる形跡のある江戸川コナンがどこまで組織の内情を知っているのかも把握しておく必要がある。下手に動かれて最悪の事態になったら、いよいよ先輩に合わせる顔が無い。
(まずはどう入り込むか、だな)
階下の喫茶店か、依頼者として接触するか、探偵として接触するか。違和感を覚えさせない潜入方法を導き出さなければ。