Reincarnation:凡人に成り損ねた
虎視眈々と
7
「部下が亡くなって間もないのにお呼び出しして申し訳ないです」
「構わないよ。とても有意義な時間になりそうだし、ね」
小野田官房長へ直接許可を取り公調へ招いたジェイムズさん。あっちの組織の指揮をしているのは百も承知だが、奴らが本格的に動き出す前に愈々正式に捜査協力を要請することにした。といってもジェイムズさんだけに。数年前に唾つけて置いて正解だった。話を展開しやすい。
「私と個人的な協力関係を、という話を覚えていますよね」
「ああ。なるほど、次は私が君に協力する番ということかね」
「まあそうなんですが…話の規模が少し大きくなりました。個人的に、ではなく正式に協力関係を結びたいと思います」
「…なるほど。でも、ジョディ君達には伝えてはいけないということだろう?でなければ私一人を呼び出す理由が分からない。それも、FBIを通してではなくこうして名指しで呼び出す理由も」
「理解が早くて助かります。我々…と言ってもごく少数人数ですが、20年以上前に壊滅したある組織の残党調査をしています」
FBIを通さずと言っているが実際にはFBIの一番上には許可を取っている。うちの長官のコネクションが恐ろしいとここ最近痛感した。CIAの長官にも連絡を取ったというのだから恐ろしい。本堂さんも調査しやすくなると思う、いや、上手く行けばアメリカの残党はこれで全員叩けるかもしれない。
ジェイムズさんにはタランチュアという組織とその残党狩りについて話をした。私個人の話ではなく、公調として残党狩りを企て調査中であるという話。
「タランチュア…まさかまだ残っていたとは…」
「年齢的にも関わっている可能性はありましたが、やはりご存知でしたか」
「FBIの捜査官として初めて関わった犯罪組織だからね。よく覚えている。あそこは随分変な組織だったよ」
「変な組織?」
「犯した罪を上げればきりは無いが、大抵の組織は何か一つの目的があって動いている。更に言うなら組織には必ずトップがいる。あの組織はそれが全く無かった。犯罪者を寄せ集めた結果組織化した、そんな組織だった」
犯罪という犯罪は大方コンプリートしたのではないかと言えるタランチュア。日本が関わっていない以上日本にはタランチュアに関するデータは皆無だ。ジャックさん達や赤井さんからイギリス国内の、本堂さんからはアメリカ国内、更に赤井さんがクレールさんと仲良くなる過程でひょんなことから親しい関係になったらしいICPOのとある警部経由でフランス国内、BNDに以前行った時に交渉して見せてもらったドイツ国内の、タランチュアの当時の情報を分析した。世界規模の犯罪組織、黒の組織と違い裏切りという概念がどうやらなかった。どちらかと言うと虎の威を借る狐のような、タランチュアという名を借りて犯罪をしている犯罪者集団、という認識が強かった。ICPOのとある警部について信頼を置けるか赤井さんは慎重な態度をとっていたが、名前を聞いた瞬間即座に問題ないと伝えた。一応あの人警視庁の人間、なんだよな…あの風貌で私より年下…威厳を少し分けてほしい。少し前に衛星中継で偽札製造工場を摘発したのを見て、赤井さんも問題ないと判断したようだ。タランチュアの人間なら衛星中継で顔を晒すとは思えないし、寧ろ弱みとして利用しそうだと。その時の話は今は関係ないから置いておこう。
「残党がいる、と断定しているということはもう見つかっているのかね」
「はい。少なくとも元々拠点のあったアメリカ、イギリス、ドイツにおける残党は。そしてここにアメリカの分のデータがあります」
ことりと外付けHDDをジェイムズさんの前に置く。2TBに入っているのは残党のデータと、残党によるタランチュア復活計画inアメリカ編の内容。ロディスから得た情報は涎が収まらない程美味しいものだった。それと同時に、ロディス含めアメリカの残党は所詮本当のタランチュアにとっては重要ではないメンツであることも理解した。なんせやり口が20年以上前にタランチュアがメンバーを増やすために取った手口と同じだからだ。これじゃいつまでたっても大元が叩けない。今現在最も大元に近いと思われる人物…クレールとアンディ、あの2人をどうにかしなければ。
「日本にいながら他国の残党を調べつくす、君程恐ろしい人間は他にはいないね。他国にも協力者がいるようだな」
「そういった話は全て終わった後酒の肴にでも。CIAには連絡がついています。ジェイムズさんには、あくまでジェイムズさんが指示したと思われないようFBIに残党狩りをしてほしいということです」
「残党狩りをFBI上層部へ報告しつつ、私が報告したとFBI組織内にすらバレてはいけないということか。そこまでする意味は?FBI内にも残党がいるとしても、狩りつくせば同じだろう?」
「貴方が日本にいるからですよ。ミスターブラック」
「…日本国内にも残党がいる、ということか…」
「どうやら潜り込んでしまったようでして」
アメリカ、イギリス、ドイツにいる残党狩りは一斉に行う。元々拠点のあった場所だ。他国で一斉検挙をし、タランチュアの意識を日本から外す。これだけ残党の情報が分かったのにボスらしい人物や幹部らしい人物がほとんど見つかっていない。日本に残党がいる疑惑が出ている今、ボスや幹部が日本にいる可能性が出てきている。…実は黒の組織のボスやRUMがそうなのではというのは長官の予想。
クレールの来日は日本に何かあると言っているようなもの。黒の組織が日本での活動が活発になったのを狙ったかのようなタイミング。可能性は0ではないと口では言うものの、0だと断言している自分がいた。
逮捕まで秒読みと言われていた黒の組織に関わったあの議員ですら、末端でありながら命令で殺されかけた。そう、組織の人間が捕まりかけたり行動が目に余るものだったりした場合は何かしらアクションがあるはずなのだ。口封じのために殺す、弱みを握り脅す、エトセトラ。だというのに壊滅当時も今も、タランチュアの人間はそういった行動が一切見受けられない。小野田官房長は、「トップは下っ端に興味が無い、もしくはトップの与り知らぬところで勝手に組織が肥大化した」と予想している。私は本来の目的を隠すための目晦ましとしての犯罪組織と予想した。勿論ボスの考えは分からない。だがある一件からボスに関してある推測があった。ボスが下をどう見てるかはさておき、他国の残党を狩りつくせばボスに関する情報も引っかかるのではないかとみた。
「勿論タダでやれとは言いません。相応の対価を用意しています」
「犯罪組織の残党を捕えるんだ。対価なくともそうさせてもらうよ。だが、対価を用意する別の何かもさせようとしているね?」
「そんな大したことではないです。寧ろ私情を持ち込む為に頑張って対価を用意したので」
「その私情というのはジョディ君達に君との関わりを知られてはいけないというあれかい?」
「はい。そうですね、明確にしましょうか。ジョディ捜査官、キャメル捜査官、赤井捜査官、江戸川コナン、沖矢昴…名前上げるとキリないですね、FBI全員の名前を上げないといけなくなる」
「部下が亡くなったばかり、と言ったのは君だろう。それなら赤井君が亡くなったことも知っている筈だ。江戸川コナンは確かにジョディ君達が関わりを持っているようだが彼はまだ小学生、態々名前を挙げた理由が分からないな。何より沖矢昴というのは誰のことかね」
まあシラ切るよな。コナンについてはあまりつつかれると私も痛い。そこはやんわりとしておくとして。
「それについては対価を話せば分かります」
テーブルの傍らに置いてあった分厚い封筒から中身を取り出した。これが対価に関わる資料だ。
「FBIは現状違法捜査をしている。国内での拳銃発砲、高校への潜入」
「高校への潜入は君も手助けしてくれたじゃないか」
「まあ最後まで聞いてください。他にも、遺体の偽装をしていますね。この罪は大きいですよ」
「…何のことかな?」
何だか取り調べをしている気分だ。相手がFBI捜査官というのは中々ない機会だろう。
「1から10まで話してもいいですが、昔から説明するの得意じゃないんですよね。こちらをご覧ください」
杯土病院の監視カメラの映像を画像化した紙を見せる。霊安室から死体を運んでいるのは赤井捜査官、そして一緒にいるのは江戸川コナン。
「自殺した楠田陸道の死体を利用し偽装しましたね?もし証拠が他にも欲しいならすでに用意してありますので、そうですね、公安にでも渡しましょうか」
「…はぁ、細心の注意を払ったはずなんだがな。その時間帯の監視カメラも止めてあったはず」
「我々を甘く見ないでいただきたい」
因みにこの資料は名田さんと紀里谷さんから頂いたもの。キールの動向調査と称して杯土病院に潜入。組織の作戦によりてんやわんやしていた病院のシステムにウイルスを忍ばせるのは容易だったとのこと。その後は紀里谷さんがちょちょいのちょいと。
「こちらの資料は全て、警察庁のトップが確認しています」
ジェイムズさんが了承すれば、違法捜査は全て合法捜査にする。後輩がめちゃめちゃキレそうだけど、私は私のやり方でやるべきことを通す。ここまで頑なに赤井秀一たちに我々の存在を知られないようにしている理由はただ一つ、原作への介入を防ぐためだ。
「…恐ろしいな、全く」
アメリカ含め諸外国の残党狩りは時間の問題だろう。本音を言うなら赤井秀一も、後輩にもがっつり作戦に加わって欲しい。でもダメだ、あの二人はコナンに近すぎる。
(頼むから、タランチュアに気付いてくれるなよ、新一…)
ジェイムズさんと降谷が口を滑らせなければ恐らく新一が知ることはきっと無い。このまま全て終わってくれればどんなにいいだろう。願えば願うほどフラグの気配がして考えるのを止めた。
元々こっちの人間じゃなかったおかげか、宗教組織を相手にした経験のおかげか、こいつが馬鹿だったおかげもあり、違和感に気付くのは早かった。もしこいつが降谷の直属の部下なら、降谷は今頃ハチの巣になっていたかもしれない。ジンと相性があまり良くないというような話は聞いていたから、バーボンがNOCだと知れば嬉々として狩りそうだ。
降谷がバーボンとして赤井の死を探りに動き、登庁しない今を狙い高桐さんを呼び出した。
「警視庁公安部、田沢典弘警部補…あいつか、俺も気にはなっていたんだ。突然人が変わったような雰囲気がしてたしな。周りは気付いていないようだけど。名田はどこで違和感を?」
「降谷のサポートをしている関係で、風見と会う機会が何度かあるんですよ。その度にそいつ、こっちの様子を隠れながら伺ってるんです。しかもそいつ高頻度で風見を尾行している」
「何で公安が公安を尾行するんだよ…」
「手口としてタランチュアに似ていると思いません?白を黒に変える、誰からも疑われていないまっさらな人間を裏切らせる」
「田沢の経歴や性格から考えて裏切るとは思えないんだが…弱みを握られた様子はないし…」
「そこなんですよねー。弱みを握られたのか、仲間を売ってでも得たい魅力的な何かがあったのか…」
本人に聞くのが早いのは分かっているがそれでこちらを探られるのは面倒だ。俺も高桐さんも田沢より公安歴が浅い。潜入捜査の実力も経験も俺たちの方があると自負しているけれど、田沢が高桐さんを訝しみ風見に報告したらアウトだ。風見は高桐さんを知っている。そんなヘマはしないと思うけど、用心するに越したことは無い。
コンコンコンと響いたノック音に返事をすると、書類片手に黒崎が入って来た。
「お疲れ黒崎」
「お疲れ様です。…田沢典弘?」
机上の書類に気付いた黒崎は経歴の載った紙を取り眺めた。
「タランチュア疑惑、それもつい最近だ」
続きを促す視線に俺たちは違和感ときっかけを話した。田沢の心境の変化のきっかけを、常に見ていたわけじゃない俺には分からない。
「2週間くらい前、ってのは分かるんだがな。何があったは分からない」
「2週間前………」
「あの頃に世間を騒がしたものと言えば…怪盗キッドとか飛行機で機長が意識不明になって民間人が着陸させたとか客船爆発事件とかか?」
「そういえばどれも例の少年が関わっていたな。最近あの子のいるところに事件が起きるんじゃないかって思い出してきたんだが、そんなわけないよな?」
高桐さんの言い方はまるで江戸川コナンが事件を起こしているような言い方だ。流石にそれは無いだろ。黒崎が怒りそうな内容にチラッと見れば、予想を反して思考に耽っていた。
「何か引っかかるのか?」
「……それらの件、コナン君はメディアに出ていないですよね?」
「流石にな。キッドキラーについては鈴木財閥が盛り上げるせいで限界はあるけど、それ以外でメディアに出ていることは無い筈だ」
顎に手を当て再び考え込む。黒崎の推察力は未だに俺たちの及ばないところにある。今の会話で田沢がタランチュアに下った可能性、そしてそうした理由が分かるのか?
「……考えるのは後にしよう。アンディと思しき人物、そしてICPOのクレールが既に日本にいます」
「タランチュアの幹部と思われている人物か」
中枢にいるであろう2人が既に来日している。あっちの組織もキールだの赤井秀一だのでゴタゴタしているというのに、こっちも忙しくなるな。
「田沢は洞沢さん、お二人はこちらの二人の動向を探って頂ければと思うんですが」
「警察庁の俺たちより、同じ警視庁にいる洞沢の方が探りやすいか…」
了承するタイミングで再びノック音。入って来たのは紀里谷さんだ。
「お疲れさま。黒崎お前、何をした?」
何かに納得していないような表情で紀里谷さんは黒崎に問い詰めた。何のことか分からない俺と高桐さんは頭にクエスチョンマークを浮かべる。
「目暮警部の班から別の班に移ったんだよ。同じ課内ではあるんだがな」
「それで私が何かしたって、まあ合ってるんですけど」
「「こいつマジか」」
どうやったら捜査一課の状況を変えられるんだよ…。たった一人班が異動になっただけといえばそれまでだが、それを簡単にできる黒崎が末恐ろしい。
「降谷がバーボンとして動き出したのは知ってますね?」
「赤井秀一の件だろ?」
「それもあります。もう一つありますよね?名田さん、高桐さん」
降谷は逐一組織からの任務内容を報告してくる奴ではない。特につい最近配属された俺なんかには。北澤には報告している、故に俺や高桐にも情報が流れてくる。割と秘密主義者の降谷が北澤には報告するのは上司だからなのか、高校時代の先輩後輩関係も理由なのか。
「何でそれを黒崎が知っているのか不思議で仕方がないんだけど」
「降谷に盗聴器でも仕掛けて…気付かないわけないか」
俺はまだ守られる立場なんでしょうか
北澤にそう零したらしい、珍しく自信なさげに。黒崎と何かあったんだと察した北澤は「守られていると思ってるうちは守られてんだよ」と返したという。黒崎と降谷の間に何があったか分からないが、降谷から情報を得たとは考えにくい。
「それで?もう一つってのは?」
話がズレそうになり紀里谷さんが催促する。バーボンの行動はタランチュアに関係しそうなものしか報告しなくていいだろうと、この件も態々言わないでいた。赤井秀一の件は江戸川コナンが絡んでいたから善意で報告した。
「…逃亡したシェリーの殺害」
今現在唯一組織から逃亡でき行方不明となっているシェリー。噂によると男をつれているという。ジンとウォッカがいながら武力を持たない科学者をみすみす逃がしてしまったというのだから、その男は相当だろう。ああでもあの時は確か代わりとばかりにピスコが殺されたんだっけな。
「今まで来なかったのに今更だな。見つかったのか?」
「どちらかというと見つからないからバーボンを投入したと。ベルモットも一枚噛んでいるようです」
「そのバーボンの動きと紀里谷さんの異動、何が関係してくるんだ?」
俺たちより多くの情報を持ち先見の明ともいえる先読みで動いている黒崎は、何を思って紀里谷さんを異動させたのか。事件に遭遇しやすい江戸川コナンは自然と捜査一課、特に目暮班と関わることが多い。その班にいたほうが彼の様子を見れるから黒崎としては嬉しい筈だ。態々班を異動させた意味とは。
「工藤新一が江戸川コナンになった経緯、覚えてますよね」
「薬物摂取によるものだろ?」
「その薬物を作っていた科学者がシェリー、そして被験者リストを管理していたのもシェリー。工藤新一の死体が見つかっていない今、シェリーは彼が幼児化した可能性に辿り着いているかもしれない」
「江戸川コナンを組織に差し出して命乞いか?姉が組織に殺されて逃げ出したのにそれをする理由が分からない。どれほどの科学者か知らないけど、組織に戻される可能性も0じゃないよな」
「…そうか、降谷は江戸川コナンが工藤新一と知っているから、もしシェリーが来ても対処できる。杯戸病院の監視カメラを見ればFBIと江戸川コナンが関係を持っているとバレるのも時間の問題。少年の近くにいればシェリーと赤井秀一の両方の情報を得られる可能性がある」
「あー、なるほど、事件かなにかで万一降谷と遭遇しないように配慮して、ってことか」
私立探偵として表向き動いている安室を使えばコナンの近く、毛利探偵辺りなら潜り込める可能性はある。一緒に働きたいとか弟子にしてくれとか言えば不自然ではない。先輩の上司である公調の人間が捜査一課で別人を騙っていたら流石にまずい。
「降谷自身コナン君を気にかけてましたからね。あいつがいれば新一は大丈夫でしょう」
後輩を信頼しているのか利用しているのか、多分前者だけど。
ここ最近の黒崎の動きは少し妙だ。ポアロに通う口実はあるのに東堂馨の存在を消し、降谷からも離れた。タランチュアの為に離れた?降谷も協力者だというのに?何か別の理由が?俺と高桐さんもこれからクレールとアンディの動向を追う、となれば察庁から多少足が遠のく。公安としての仕事は北澤に言えば何とかなるだろう、いや黒崎のことだから先手を打っていそうだ。
「それで、新しい班はどうですか紀里谷さん」
「あー、目暮班よりしっかりしていて安心した。というか現場に偶に来る警部が油断ならない」
「偶に来る警部って、同じ捜査一課じゃないんですか?」
「紆余曲折の果て窓際になった訳あり部署の警部だ」
サラリと話の方向を変えた黒崎。目暮班よりは当たりだったのか紀里谷さんは前ほど気疲れしていないようだ。
(田沢の件、紀里谷さんの班替え、降谷との間に起きた何か…)
黒崎、お前…何を考えている?