Reincarnation:凡人に成り損ねた
虎視眈々と
ベイカー街の亡霊
国内のお偉いさんとその子供が参加するVRゲーム「コクーン」のお披露目会。フリーライターの東堂馨が記事を書くには規模が大きすぎる。かといってあらゆるコネを使って入るには「どうやって入ったのか」となる。さてどうしたもんかと悩んでいると、まさかの園子ちゃんから声が掛かった。久々にポアロで会った時に「馨さんもどうですか!」と誘われたのだ。記事にする許可は取れていないから、本当に一般客、言うなら鈴木令嬢の招待客的な立場で会場にいた。
警備にあたるのは公安と聞いていた。洞沢さんや高桐さんとすれ違っても一切目を合わせず他人のふりをする。潜入中に別の組織に潜入中の仲間と会うのはそんなにあるものでもないから、ちょっと新鮮ではある。
今回のお披露目会に7年前接触したロディスも来ていた。洞沢さんと高桐さんには伝えてある。2人は基本的にロディスを張っていた。
「馨さん、コクーンの記事は書かないの?」
オレンジジュースを飲みながら聞いてきたコナンに東堂の顔で接する。コナン達との接触は今後ほとんどできないだろう。
「流石に許可取れなくってね。どこか入ろうと思うんだ」
「馨ちゃんもついにフリーを止めるか…まぁその方が収入も安定してるだろ」
会話に混ざった毛利探偵に頬をかきながら苦笑いする。
「やっぱお金って大事ですよねぇ…はは…最近全然仕事入らなくて…はぁ」
「あれ、でも最近ポアロに来れないのは忙しかったからって」
蘭ちゃんからメールをもらった時はそう返したのは事実だ。過密スケジュールシーズン、あの時はまだ東堂の仕事あった。今もひっそりやってはいる。
「仕事を取るのに忙しくって。実は最後にポアロ行ってから記事を書けたの片手も埋まらないんだ…フリーだからって断られること多くって」
実際にフリーを理由に断られた回数は数知れず。おかげで公調に専念できたけど、東堂自身は生活できる収入がなかった。
「大変なんですね…」
「だったらうちにもそういう部署あるし、馨さんどうです?」
園子ちゃんの何ともおいしいお誘いにありがとうと返す。鈴木財閥で働いたらそりゃもうがっぽでしょうね。
「実はもうほとんど決まってるも同然の会社があって、園子ちゃんのお話すっごく嬉しいんだけど、ごめんね」
「そうなんですかー、残念」
「入ったらもうポアロには行けなくなっちゃうかもしれないんだけどね」
「えぇ!?そんな、もう馨さんに会えないんですか?」
「本社が名古屋なんだけど、海外出張も多いんだって」
実在する出版社に入社予定は勿論ない。事実上、東堂馨の消滅の準備を始めているのだ。
(コクーン…覚えてる、これ映画の話だわ…)
何だかんだ原作や映画に関わる話に私がしっかり関与するのはこれが初めてかもしれない。そしてきっと最後、予定では。
「じゃあ今日は馨さんとたっくさんお話ししとかなきゃ!」
「そうだね、美味しいもの沢山あるし」
「馨さん、花より団子っぽい」
「園子!」
「あはは!ゲームよりご飯だね!ふふ」
そうして談笑をしていると、いよいよその時が来た。
コクーンのある会場への移動が始まる。その移動中、目暮警部とすれ違った。殺人事件、あったっけこの話。一緒に来ていた立川刑事…紀里谷さんは難しい顔をしていた。そしてすれ違う瞬間、私にしか聞こえない声で囁いた。
「樫村君が死んだ」
(え…それって…)
紀里谷さんの義弟、にあたる、コクーン開発の第一人者で、……。何か忘れている、おかしい。
(思い出せ、ノアズアークはどうして生まれた。なんであの子たちは命がけのゲームをすることになったんだ)
ノアズアークは樫村さんの死で生まれた?違う、あれだけの人工知能がぽっとできるわけがない。もっと前、もっと前にできてる。樫村さんの奥さんは紀里谷さんの妹で、息子がシンドラーの養子で、2年前行方不明になって。
(…くっそ、この映画酒飲みながら見てたんだった。ちゃんと見とけばよかった)
当時の先輩と飲み比べしてた時にテレビのロードショーでやっていた。「VR技術も進化すればここまでいくのかなー」と言った先輩に対して「脳神経に直接何かするんでしたよね、下手すりゃ死にません?これ」とか返して、先輩の作ったつまみがやたら旨くて…違う、そうじゃない、そっちじゃなくて。
会場の一番後ろから会場を見渡す。ゲートをくぐるコナン、そして後から探偵団、さらに後から蘭ちゃん。
コクーンが起動する。会場を見渡せる管理室の窓ガラスに、親友の姿を見た。この距離で目が合ったのは視線に気づいたのか、偶然か。親友の視力を期待し口パク「げんばにむかう」と伝える。親友は小さく頷いた。よく分かったな、おい。
殺害現場には紀里谷さんだけがいた。
「…そんな顔して警部たちの前に行かないでくださいよ」
「行くわけねえだろ。…ほんと、自分が嫌になる…」
血が拭き取られたティッシュ。態々拭き取って現場に置くってことは、凶器は会場にあっておかしくないもの。もし凶器を捨てるなら拭き取る必要はないし、拭き取るにしてもこんなところに放置はしないはず。ということは凶器は安易に捨てられないもの。殺害前後で同じ場所にないと不自然なもの。
「刃物で一突きだそうだ」
「刃物…」
部屋に向かってくる足音が聞こえる。紀里谷さんは私の方を見た。視線は隠れろと言っている。隠れる場所のないここでどうやって隠れろって言うんだか。
「この足音は親友ですよ」
「…親友の足音覚えてるのかお前は…」
「流石にそこまでストーカーしてないです」
ガチャっと扉が開いた。久しぶりに優作に会う気がする。最後に会ったのはコナンが新一になった後か。優作が紀里谷さんを見て何か言う前に、紀里谷さんは素晴らしい笑顔で優作に自己紹介した。
「初めまして、工藤先生。立川と申します、“今は”刑事をしてます」
私と一緒にいる時点で優作は何かを感じ取ったらしい。さっすが私の親友。優作もいい笑顔で自己紹介した。
「久しぶり」
立川刑事がいる手前で態と黒崎椎名として接する。そうすれば優作は私と自身の関係を立川刑事が知っていると悟った。
「久しぶりだね、ちょっと痩せたんじゃない?ちゃんと食べてる?」
「私の胃袋掴んでたやつらと暫く会ってないからかな。食べちゃいるんだけど、それ以上にやること多くてね」
話ながら私は現場のデスクを見る。キーボードの「R」「T」「J」に血がついている。
「…ゲームの舞台にオールド・タイム・ロンドンってあったよね」
「そうだね、私がシナリオを考えた」
「…Jack the Ripperか…」
取り繕う必要もないと判断した紀里谷さんがダイイングメッセージの意味を呟いた。流石に分かると思わなかったのか、優作は少し驚いた顔をした。表情の変化に気付いたのは私だけだけどね。
ポケットからスマホを取り出す。時代はスマホへ少しずつ変化しているが、日本への普及はまだしていない。そしてこのスマホは以前私が作ったもので当然電話会社と契約をしていない。ネットもつながらないし、まさしく壊れて問題ない、取られる情報もないただの電子機器。それをPCに繋げた。証拠品であるキーボードに直接触れないからこの手段を選んだ。
「…樫村さんとの関係は?」
「彼から依頼を受けていたんだ。息子であるヒロキ君についてね」
「2年前行方不明になった彼を探していたのか」
立川刑事、と紀里谷さんが出掛けている彼を制する。構わないと紀里谷さんは言った。
「工藤先生がどこまで調べたか知らないが、黙っていても何れどこからか漏れる可能性だってある。妹は一般人だったからな」
「…消息不明というヒロキ君の伯父は貴方でしたか」
「はっ、妹の今際に立ち会えない、最低な兄だよ」
自嘲気味に笑う紀里谷さんに優作は黙った。このPCもノアズアークが乗っ取っているなら深くは探れない。何が原因でノアズアークの機嫌を損ねるか、そして50人が死ぬか分からない。ゲームの世界ではなく、この会場の見取り図と会場内の監視カメラをジャックした。今私たちが平然とここにいれるくらいには、この周辺には監視カメラはない。
「…直ぐにここに辿り着かないのは、警察が会場の空気に圧倒されてるから、か」
「何か分かったのか」
紀里谷さんには後で2人っきりになった時に話そう。スマホから優作に視線を移した。
「事件とは関係ないけど、伝えておくことがある」
「なんだい?」
たとえ同じ目的で動いていたとしても必ず味方とは限らない。ゴールが同じでも道のりが違えば、衝突だってあり得る。私の求める真実に、新一が介入するのは非常に困る。
「真実を追い求める小さなシャーロックに敵と思われても、私は彼にとって、君にとってのハッピーエンドをずっと願ってるよ」
「…なら私は君のハッピーエンドを願うよ。…無理しないでくれよ」
優作は最後に親友を見せ部屋を出ていった。ずっと黙っていた紀里谷さんに鼻で笑われる。
「“東堂さん”」
俺を制したのにお前は自分を出すんだな。嫌味を含んだ名前を呼ばれる。
「すみませんでした。さて、この会場に凶器は持ち込めない。ですが最初から持ち込まれた凶器があるんですよ」
スマホに移されたブロンズ像を紀里谷さんに見せる。像の手には銀色に光るナイフ。
「…ということは、殺害時刻に飾られていたのは偽物。ナイフの指紋を調べられて怪しまれないのは、ただ一人」
「そういうことです」
「動機が分からない。それに、なんで態々このナイフを…」
黒崎の携帯が震えた。先ほど高桐さんにメールした返答が帰って来た。それをそのまま紀里谷さんに見せる。
「…ジャック・ザ・リッパーの由緒あるナイフ…?」
「本当に天才少年だったみたいですね、ヒロキ君は。…2年前、DNA探査プログラムを発明していますよね」
「…おいおい、まさか子孫だってのか…?」
「真相はあの2人が暴いてくれますよ」
携帯を閉じポケットに戻す。紀里谷さんは考え込んだ後、PCに向かって喋り出した。
「ここの会話も聞いてるんだろ、ノアズ・アーク」
<<…ずっと会いたがってた…ヒロキ君は、母親が死んだその時から…貴方を待っていた…>>
部屋に響く少年の声。記憶の中で覚えているノアズ・アークと同じ声。
<<ヒーローみたいに、助けに来てくれる自慢の兄がいる…ヒロキ君にそう言っていた…だから!命令されても、監禁されても、助けに来てくれるって!>>
悲痛な少年の叫び声が響く。この声は会場にはきっと聞こえていないだろう。
<<2年前、ヒロキ君は空を飛ぼうとした、閉じ込められた高層ビルの屋上からね。その時僕を外へ逃がしたんだ…死んだと思ったよ、でも本当は、ヒロキ君は知らない男たちに攫われた…その後何があったか分からない…でも、ヒロキ君は…死んでしまった…!沢山殴られてたんだ!ボロボロの姿で、血まみれで、川に流されたんだ!>>
死体で見つかったと聞いていたけど、まさかそんな無残な死に方をしていたなんて…。世界中の回線を渡っていたノアズ・アークですらヒロキ君の身に何が起きていたのか分からなかったのか。
「妹の死に立ち会えなかった、ヒロキ君の死も、助けられるものだった。…一生背負う、助けられなかったのは俺の罪だ」
<<…貴方のことは知ってるよ。確かに、まるでヒーローみたいだと思った。でもそれは、ヒロキ君のじゃないんだね…あの子が確かに生きてたことを、絶対に忘れないで…>>
それからノアズ・アークは黙った。こちらでなくゲームの方へ行ったんだろう。
紀里谷さんは…1人にした方がいいだろう。私は静かに部屋を出ようとしたが、紀里谷さんが私の肩を掴み出ていくのを止めた。
「会場に行く。…あの子がいる手前そんなに探れないと思うが、ここは頼んだ」
タランチュアの情報収集。そのまま部屋を出ていった紀里谷さんがどんな表情をしていたか、きっと私は知らない方がいい。
PCからゲームの世界の音が聞こえるようにした。そして聞こえてくる音からゲームが終わったことを知る。今は…ヒロキ君とコナンが1対1で話しているんだろう。音が一切聞こえない。
ノアズ・アークの琴線に触れないようPC内部を探っていた。樫村さんはタランチュアに一切関与していないことだけが分かった。その他の情報は一切ない。
<<ヒロキ君はシンドラーに監禁された>>
突然ノアズ・アークの声が部屋に響いた。映画にこんな描写あったか?
<<同じ天才であるのに、どうしてこうも違うんだろうね…黒崎椎名>>
「…流石、私のこと調べたんだ…」
偽名を使って生活しているのに本名を会場に流すほど、ノアズ・アークは馬鹿じゃないはずだ。これはここだけの会話ってことか。
<<苦労したよ、情報が殆ど無かったからね。まるで未来のテクノロジーを理解してるかのような、そんなやり方>>
ノアズ・アークのAIとしての機能がどこまでか見当もつかない。きっと彼がいればタランチュアの情報も黒の組織の情報もあっという間に手に入るんだろう。囲おうとは思わないけれど。
「それで…わざわざこうして声をかけるってことは、私に何を?」
<<八つ当たりだって分かってるんだ、でも思わずにはいられない。貴女ほどの人間なら、きっとヒロキ君を助けることができたはずだ>>
買いかぶり過ぎだと言えれば楽だろう。でも考えようと思えばきっと助けるプランはたてられたに違いない。諸伏を、宮野明美を助けたように。
<<コナン君……いや、工藤新一に何かあったら、絶対に許さない>>
「…当然、あの子のことは、命に代えても守るよ…」
青く光っていた電源が次々と切れていく。最後に残ったのはPCのモニターだけ。
<<信じてるよ、その言葉…>>
モニターの電源も静かに切れる。PCからスマホをつないでいたケーブルを抜いた。
「……人生2回目贅沢者なんだよ私は、そりゃ自分の命を惜しいと思わないさ…」
心臓に手を当てる。ぎゅっと服を掴めば、黒い手帳が存在を主張した。
(さっき話してた会社から来てほしいって言われて、ごめんね…っと)
会場からいつの間にかいなくなった私を心配した蘭ちゃんへ返信をする。携帯を閉じポケットに入れる。トイレの鏡に映っているのは東堂馨ではなく、小柄で不審な男。全身を黒に包まれグラサンにマスクをした姿は流石にこの世界でも不審者だろう。
『…裏口から出たぞ』
インカムから聞こえてくる洞沢さんの情報に了解と返す。コクーンのお披露目会、恐らく当人ですら予期しなかった予想外の事件に紛れ、ロディスはこそこそとコクーンの情報を盗み出していた。樫村さんが亡くなった管理室で情報が盗まれる瞬間をスマホ越しに見ていた。コクーンが人質を殺そうとしたその方法、その技術、奴はそれを盗み出していた。
『俺が行くまで無茶するな』
『俺は先に車を出しておく。辻本、上手くやれよ』
私がロディスを尾行、高桐さんが接触した後に北澤の車で警察庁へ連れていく。お披露目会が終わったばかりでこのあたりの交通状況は混雑している。それを洞沢さんがインカムからナビゲートする手筈だ。ロディスをここで捕える予定は無かった。捕える理由がなかったからだ。シンドラー社員のやつが情報を盗んだだけならまだ弱い、だが銃を所持しているとなれば話は別だ。捕まえる正当な理由ができた。
人通りの多い道からふっと奴は裏道へ行った。どうしてこう王道なことをしてくれるんだか…。
「フランボワールを右折しました」
『OK、正面捕えた』
『車は黒崎の後ろだ。行け』
北澤のGOサインに私と高桐さんの返事が重なる。一本道の裏道を通ったロディスの正面に高桐さんが立った。
「…What?(なんだ?)」
高桐さんの醸し出す雰囲気はまるで裏の人間そのものだ。法律がどうこう言っていたあの頃の高桐さんは一体どこへ…。偶に腹黒そうな空気を出していた名田さんのせいだと思う。自分に敵意を感じたのか、ロディスは低い声で問うた。ニタリと高桐さんは笑った。
「Why do the company "the most outsatanding" employee go so sneakily? Where are you going?(エリート社員がどこへ行くんだ?それもこそこそと)」
「Who the fuck are you ?(なんだよ!てめえは誰だ!!)」
(うわぁ…高桐さん…めっちゃいい笑顔だ…)
しゅるっとネクタイを少し緩める高桐さん。ロディスの背後にいる私にはロディスがどんな表情をしているか分からない。とりあえず、高桐さんがやたら楽しそうなのは分かる。
「Let's talk, just a moment. Huh?(俺と、ちょっと話しようぜ?)」
ロディスの右手が懐に伸びた、それより早く高桐さんが間合いを詰めその右手を捻り上げ足払いをした。ロディスは左腕を地面につけ瞬時に膝を曲げ、高桐さんを蹴り飛ばそうとした。更にそれより早く私がカチャリとロディスの脳天に黒いそれを宛がう。
「STOP(止まれ)」
ピタリと止まったロディスに「good boy」と声をかける。反対の手で高桐さんのネクタイを抜き取り、私の空いている手と高桐さんの開いている手でロディスに目隠しをした。高桐さんはロディスのネクタイを抜き後ろ手にきつく縛る。
「STAND UP(立て)」
高桐さんの指示に大人しく従うロディス。立ち上がったロディスの身体検査をした。懐から一丁、そしてメモリーカード。盗聴器や発信機は無い。やつの携帯電話と先ほど使っていた使い捨てスマホをケーブルでつなげる。盗聴器も発信機も、そういったウイルスもない。
高桐さんと一切話さずアイコンタクトを取る。そしてロディスを車まで歩かせた。車に乗せるために屈ませたた瞬間に私は持っていた銃をロディスに向けて発砲した。
パシュッ
銃…は銃でも麻酔銃。ロディスはそのまま気を失った。ロディスを後部座席に、その隣に高桐さんが乗る。私は助手席に乗り込んだ。運転するのは北澤だ。警察庁への道のりは一切話さなかった。
携帯電話を見れば蘭ちゃんから返事が来ていた。それと、優作からも。蘭ちゃんからのメールは返信をして、優作のメールの返事に悩んでいると隣から視線を感じた。
「…?」
北澤の見て首をかしげる。北澤は視線を前に戻すと音のないため息を吐いた。信号で止まったタイミングで携帯に何か打ち込み私に見せる。
(ちゃんと無事だったか?って…何だかんだ新一のこと心配してくれてんだ)
問題ないとばかりに笑みを浮かべる。北澤もふっと笑い携帯をしまった。
優作には「ちょっとばかし約束しただけさ、あの子とね」と返した。
ロディス、お前には自ら張った糸に絡めて仲間をおびき出す“餌”になってもらう。
「もしヒロキ君に君みたいな友達がいたら、今頃生きて見つかってたのかな」
悲しそうに目を伏せる少年…ノアズ・アークにコナンは口をつぐんだ。口ぶりから亡くなっていることは分かる。恐らく、行方不明かなにかの後に、死体で見つかったんだろう。
「犯人は、捕まっているのか?」
ヒロキ君も殺されたのなら犯人は捕まえなくては、暗に必ず見つけて捕まえると伝えるとノアズ・アークは首を横に振った。
「誰が何の目的で、なんて分からない。でもね、これだけは分かるよ。君は関わらない方がいい」
「え…それは、何で」
過ちを犯した人間は法の下で償われるべきだ。探偵としての性も疼き、ヒロキ君の身に何があったのか、どうして死んでしまったのか、突き止めなければならないと義務にも近い感情が生まれる。ノアズ・アークは誰よりも、ヒロキ君の死を悲しんでいる筈なのに。
「何でだろう、人工知能の僕にも“勘”なんてあるのかな。大事な友達の君が、死んでしまう気がするんだ」
「俺はそう簡単には死なねーよ。…帰りを待ってるやつがいるから」
「だめ」
どうしても譲らない。ノアズ・アークは黒い空間の広がる空を仰ぎ、予想外の人物の名前を出した。
「これは黒崎椎名がきっと何とかしてくれる」
「黒崎…椎名さんが…?彼女を知っているの?」
「僕が知っているのは数少ないよ。君のお父さんの親友だってこと、そして…ヒロキ君以上の天才だったってこと」
名前と性別しか分からない父親の親友の存在。こんなところでまさか名前を聞くとは思わなかった。人工知能の彼に天才を言わしめる、黒崎椎名。自分には関わるなというのに彼女が何とかするという謎の信頼。少し心がモヤモヤする。一体何者なんだ、黒崎椎名。
「…時間だ。僕は彼女に八つ当たりして、消えることにするよ」
「黒崎椎名さんは会場にいるの!?どこに!?」
「それは自分で探してみなよ、小さなホームズさん」
意識が遠のく。聞きたいことはまだある。でもこれが最後なら、今言うことはきっと彼女のことじゃない。薄れる意識の中コナンはノアズ・アークに伝えた。
「──────」
ノアズ・アークは、とても嬉しそうに笑っていた。