Reincarnation:凡人に成り損ねた
虎視眈々と
3
宮野明美の死に工藤新一…江戸川コナンが関わったと知った降谷は思案を巡らせていた。
「毛利さん、最近探偵として名を馳せてきましたよね…。私立探偵を利用して近づけないかな…」
「それはどうして?」
勝手知ったる私の家。リズムよく野菜を刻む手を止めず降谷は答えた。
「宮野明美が死んだとシェリーに伝えられました。その結果、彼女は研究の手を止めて、ジンにより軟禁されていたんです」
野菜を切り終えボウルに入れる。包丁とまな板を洗ってからフライパンを取り出しコンロに火をつけ油を引いた。今日の夕飯は中華丼だ。
「軟禁されて“いた”」
「ええ。数日前にいなくなりました。抜け出したんだろうと」
手際よく野菜を炒めながら味付けをする。ジュウジュウと焼ける音は食欲をそそる。
「部屋の鍵は開いていなかったし窓もない部屋だ。ジンは組織内で誰かが手引きしたと考えています」
「降谷はその部屋見たの?」
「はい。…彼女はあの薬の開発者であり、使用者のデータも管理していた。工藤新一が小さくなった時、リストに彼の名前が書かれていましたが死亡は確認されていません。しかしリストには死亡と書き直されていた」
出来上がり盛り付けた中華丼をテーブルに置く。向かい合って座り、頂きますと手を合わせた。
「軟禁されていた部屋にはダスト・シュートがあったんです」
「ふむ、つまり降谷はこう考えているわけだ。姉の死を知ったシェリーが自殺を図ろうと隠し持っていた薬を飲んだ。しかし幼児化してしまい、シェリーは死亡を確認できなかった新一を思い出す。新一も同じ状況ではないかと考えたシェリーはダスト・シュートから脱出し新一の元へ向かった」
また腕を上げたようだ。中華丼はとても美味しい。
「薬を隠し持つことはシェリーにとって容易だ。そして組織のゴミ置き場から彼女の携帯も見つかっている」
シェリーが新一と会ってどうするのか、それが読めないからこそ、新一の安全性を考慮して接触を考えたのだろう。
「バーボンである降谷が毛利さんの元にいる方が不自然だ。組織に利のある目的もなしに近づいたら、返って新一が危険。その判断は早計だと思う。…それと、降谷のその推理は正しいよ」
食べながら携帯を弄るのは行儀が悪いが、今は気にせず一枚の写真を見せる。
「江戸川コナン?…隣にいるのは…」
「灰原哀ちゃん。帝丹小学校に通う1年生。コナンと同じクラス」
「もう接触してたのか…」
推理は当たったが降谷は嬉しくなさそうにため息をついた。
「まあ大丈夫だよ。彼女のこと警戒している節があったけど、最近は寧ろ守ろうとしているようだから」
ここ最近コナンとポアロで会っていない。私の
「シェリーは組織の危険さをよく分かっている。彼女はきっとストッパーになると思うよ。コナンになっても変わらず突っ込むところあるからね」
「懲りないですねぇ…」
自身が作った中華丼を口に運ぶ降谷を眺める。美人は三日で飽きるだなんて言葉があるが、どうして降谷は何度見ても飽きないのか…。優作も然り、諸伏も然り、北澤も然り、公調もしかり。
「ああ、話は変わるんだけどFBIが日本入りしているのは知ってるね?」
「居場所までは掴めていませんが、組織関係でどこかへ潜入しているそうですね」
「向こうは降谷の顔もバーボンの顔も知らないはずだけど、赤井秀一がいる。気をつけたほうがいいかもね」
先日ジェイムズからきた電話で知ったジョディの来日。公的手続きを踏んで捜査ではない為、公で手伝うことはできない。だからジェイムズと私の個人的なやり取りで、当人ですら知らないことを色々やらせてもらった。帝丹高校への赴任もその一つだ。
「バーボンの顔がバレるのはまだいい、公安としては、先輩がいるし大丈夫でしょう」
「……いつか降谷ポロっと大ヒント教えちゃいそうだよね…」
「そんな失態はしません」
トリプルフェイスとしてこれまで問題なく任務を遂行しているから心配はしていないが、赤井秀一はやはり切れ者だ。些細なヒントから導かれることもある。こればかりは降谷本人が頑張らないといけないから私にはどうしようもない。
「暫くバーボンとしての活動は無さそうなので、公安に籠ります」
「結構組織の幹部が日本にいるみたいだけど、奴らの動きは?」
「ピスコとベルモットが議員抹殺の任務を請け負っています。その議員は公安が警備についていますが…スキャンダルがあったばかりですからね、逮捕されるのも時間の問題でしょう」
「ピスコとベルモットねぇ…。大御所はスケジュールが把握しやすくて楽だよ」
大手企業の会長にハリウッドの女優。たった一歩でも足跡がくっきりできる二人だ。探ってみるか。
片付けはやると言っているのに、スポンジを奪われシンクを陣取られ結局降谷に任せてしまった。洗い物をしてくれる降谷がちらちらと視界にうつる中、ノートパソコンで情報収集をする。
「ふーむ、組織のデータベースへ入るには専用の端末がないといけないのか」
「俺はまだ組織に入って日が浅いので、残念ながら入れないですね。自由に見ることができるのは片手に数えるくらいです。…先輩今何を見てるんですか?」
「データベースのアクセス画面。浅いレベルなら裏から入れるんだけどなー、上の情報は安易に見れないな」
そろそろかと思っていたが、やはり組織のエンジニアはレベルが高い。解読には時間がかかりそうだ。
「こっちも忙しいからね、そう時間かけてチビチビ潜り込むわけにもいかないな」
「時間かければ行けるんですね…」
降谷がまだ見られないということは、組織のボスと直接やり取りができるような人間じゃなきゃ駄目ってことか。ジン、ベルモット、ピスコ、このあたりか?
「ピスコは組織に入って長いんだよね」
「あの方とやらに長年仕えているそうですからね。組織ができたころからいるんじゃないでしょうか?」
足を掴みやすいのはピスコだ。前世を踏まえても年齢も経験値もピスコの方が上だろう。だが、狙うのはピスコ一択だな。
拳銃に小型とは言えノートパソコンを持ち運ぶ71歳がどこにいるんだよ。
(ここにいたんだよ…)
巨匠を偲ぶ会に参加している大手自動車メーカー会長枡山憲三ことピスコを一瞬視界に入れその場から去る。ベルモットも見えたし件の議員も見えた。ここで殺ろうってか。
(ところでどーしてここにいるかなぁ、コナン君や)
場に似合わずこそこそしている子供二人もいた。つまり原作の中にここの話が合ったわけだ。起き得る事件を考えると、コナンと灰原哀が絡んだ組織の話。これは動くのが難しいな。
清掃員のふりをして不自然にならないよううろうろする。そして見かけた知り合いの変装に思わず変な声が出掛けた。
「めちゃくちゃかっけーな、北澤」
「っ!…ああ、黒崎かビックリした…」
ウェイターの格好をした北澤はかなり様になっていた。議員の暗殺を阻止する為に紛れているのか。
「それ、寧ろ目立つんじゃね?」
「マジ?変なところある?」
自身の格好を見直し変なところがないか探す北澤。北澤は原作に出てこないキャラでしかも唯一の友人のせいか、どうも気が抜ける。ただの友人、ただの黒崎椎名として接せられる最後の一人かもしれない。
「降谷も諸伏もそうだけど、整ったやつってむしろ印象に残って潜入に向かない気がするんだけど」
「急に褒めんなよ気持ち悪いな、つか降谷たちと比べんなあれは別だろ。そういうお前は相変わらず誰だか分かんねえな」
「どうもどうも」
こっちは私情、向こうは仕事で潜入中だ。これ以上駄弁っていても仕方ないので静かに別れる。
ピスコの端末を手に入れるには、奴が手を離した瞬間を狙わないといけない。議員が死んだら身体検査も行われるはずだ。まあちらほら公安の人間を見かけたし、何より北澤が指揮を出しているみたいだから議員は死なないだろうけど。とにかく、検査が行われる前に奴は凶器をどこかへ隠すはず。毒殺か銃殺の可能性を考えていたがベルモットもピスコも議員から離れていて毒を盛るのは難しい。とすると銃か…。その読みから只管ピスコをベルモットにバレないよう張っていたわけだが、ピスコの行動に頭を抱えることになった。
(灰原哀攫うとは…この後の展開知らねえんだけど…どーすっかなー)
私と同じ格好に変装したピスコを再び追う。別館の酒蔵から出てきた姿は清掃員ではなくピスコそのものだった。あそこに彼女を置いてきたのだろう。ピスコが去った後も気配を消しながら酒蔵の扉に耳をたてる。僅かにパソコン特有のファンの音が聞こえた。これはノートパソコン置いていった可能性あるぞ。
こっそり拝借済みの鍵を使い静かに中へ入る。部屋の中央に横たわるのはやはり灰原哀だった。パソコンは携帯をつないで起動している。灰原哀は何故かコナンの眼鏡をかけていた。
(今は気を失っているみたいだけど、いつ起きるか分からない。態々鍵をかけてたからピスコは戻ってくるだろう。その時にパソコンがなければ危険なのは彼女だ。…そうでなくでも状況的に危険か)
ポケットに忍ばせていた特性ウイルス付きUSBを取り出しパソコンにさす。遠隔操作と情報漏洩を目的としたウイルスをパソコンにしっかり読み込んでもらいUSBを抜く。
「灰原!おい灰原!」
灰原哀の方から聞こえてきた知ってる声にギョッとして彼女を見るが、コナンはいない。声は彼女から、いや、眼鏡からしている。そのうち彼女が起きる、ここはさっさと出て原作を壊さないようにしよう。物音をたてないよう静かに酒蔵を出て鍵を閉める。そして向かいの部屋に入り鍵を閉めてスマホを取り出した。勿論まだこの時代にはスマホはないので独自開発したものだ。
(…おっと、灰原哀が代わりにパス入力してくれたな)
遠隔操作はバレるのでバックグランド下で情報を吸わせてもらう。ついでに携帯電話の情報もしっかり吸う。スマホはあくまで情報を吸う役、得たデータはそのまま家のPCへ送信するよう設定してある。
パソコンから離れすぎるとデータの受信や遠隔に支障が出るので、隣の部屋から出られず時を過ごす。ピスコより先にジンとウォッカの声がするわ、発砲音後の扉の開閉音やら、ピスコが戻ってきて「君の両親から」と灰原哀の本当の姿がバレたことが判明したやら、多分原作通りに進んでいると思う。ただ酒蔵の爆発とその後の発砲音が原作通りなのかどうかは分からない。
(これ以上ここに留まるのは危険だな。データもほぼ取れたし、退散するか)
清掃員の服の下はボーイッシュな私服だ。脱いだ服は証拠隠滅として念の為持って帰る。扉から正規ルートで出たら私が放火魔だと間違えられる可能性があるから、窓から外へ出る。地面は遠いが隣の建物との距離が近いから、三角飛びならぬ三角降りで素早く地上に降りた。
パトカーや消防車のサイレンをBGMに、裏道を使って帰路へ着いた。
鍵の掛け方が分かれば開けるのもそう難しいことではない。仕組みさえ分かってしまえばこっちのもの。携帯がなくとも手に入れた組織のデータベースの情報を流し見ながら頭に入れていく。流石ピスコ、幹部の中でも上に立つだけあり中々な情報を持っている。
(とはいえ流石にアポトキシンの情報までここで知っちゃうとはなー。速攻原作終わっちゃうじゃんこれ)
長年仕えてきたという言葉を証明するかのように、あの方に関わる情報もあるわ組織の隠れ家の場所もあるわアポトキシン他薬のデータの情報へアクセスできるわ…実はピスコ凄い持ってたんだな…。
これで一先ず組織の構成員全員の情報は手に入れた。一人ひとり洗い出せばタランチュアも見つけ出せるだろう。この情報をそのまま公安なりに渡してもいいが、先にタランチュアだ。
「…時間かかるぞー…」
世界規模なだけあって下っ端の構成員の人数が半端ない。組織に潜入中の公安やSISに渡すのは、彼らが入手していることがバレた時にどうして持っているのかとなってしまう。いくらネーム持ちと言えど知っている方がおかしい情報があるからだ。となると、赤井さんに協力を求めるか…。
「困った時の、赤井さーん」
『開口一番にそれか』
「組織の情報ゲットしたのはいいんですが量が多いので手伝ってほしいんです」
『その情報からタランチュアを見つける、ということか』
「はい。潜入中の彼らに渡して何かあったら不味いので、前線を離れている赤井さんにお願いしようかと」
『…どんな情報を手に入れたんだ…。分かった。データをもらい次第確認していこう』
「助かります」
研究データは一先ずおいておこう。構成員と拠点からかなり情報が得られるはずだ。
『時に椎名。君の親友の交友関係には舌を巻くよ』
「……何かあったんですか」
優作のコネクションは私も感嘆する。小説家としてのネームバリュー、警察関係者に留まらない恐ろしい交友関係。優作がアメリカに行っても私が着いていかなかった理由の一つがそれだ。貴重な情報を持っている可能性があるとしても、ここで工藤家に手を出すのはタランチュアとしては不味い筈。
『インターポールに彼の友人が何人かいるようだね。クレールの耳に入ったようだ』
「奴はなんと?」
クレールの耳に入るのはやはり免れなかったか。殺しはしないはず、だが優作の元へ探りを入れる可能性がある。優作と有希子さんには気をつけろと言ってあるし、優作の人を観る目は信じているから命の心配はないと思うが…。策を講じたほうがいいか。
『最近読んだ小説の作家に会えるとは思わなかった、と言っていたな。それと…行方不明中の同僚の息子だろう、とも』
思わずガタッと立ち上がった。反動で回転椅子が後ろへ行き壁に当たる。冷や汗を流す私に赤井さんは焦るなと言った。
『その同僚、恐らく工藤寛司だが、インターポール内では死んだことになっているそうだ。クレールが言っていた』
「これだけ長期間姿も見えず連絡も取れなきゃそう判断してもおかしくはないですね」
『だが、彼は息子である工藤優作の元へ行くつもりはないらしい』
「何…?」
『理由は分からん。だが彼が工藤寛司を探したり工藤優作とコンタクトを取ろうとしたりしていないことは確かだ』
タランチュアの存在を知っているかもしれない息子を探らない。警察のコネクションがあるからこそ危険視するはずなのに。しかももう工藤寛司を探していない?確かにこれだけ月日が過ぎれば死んだかもしれないと捉えられてもおかしくないが、その逆、証拠集めでその時を待つために身を潜めているとは考えていないのか。
「…タランチュアのボスを、どうにか見つけ出さないと解決しそうにないな…」
『クレールがそうしないのはボスの命令だと?』
「命令かもしれないし、ボスや本来のタランチュアの目的には関係ないからそうしないのかもしれない。奴らの本当の目的が分からないことには…」
工藤家を標的から外した。見つからない自信があるのか、工藤家じゃ辿り着けない自信があるのか。
「…赤井さん、クレールとそういう話ができるほど仲良くなったと自分で思いますか?」
『ああ、そこは俺も気になっていたところだ。探りが成功しただけならいいが、ここ最近どうも奴の口が軽い気がする』
「わざと情報を漏らしている…?」
『俺が何か探っているのはもうバレているだろう。どうする、探れば探るほど奴は情報をくれるだろうがそれが吉と出るか凶と出るか』
「赤井さん自身について何か聞かれることはありましたか?」
『そうだな…死にかけたことはあるかと聞かれた。下手なことは言えないからな、ないと答えたが』
「それは、何か探られていますね。これ以上は赤井さんが危険かもしれない」
『恐らく、俺も椎名と同じことを考えている。クレールが例の組織と関わっている可能性』
赤井さんはラムに殺されかけた。「ラムが失敗した唯一の任務」の、失敗とは赤井さんのことだろう。組織は赤井さんが生きていると考えている。死体も発見されていない、生きているのだから。
『椎名と連絡を取り合うのは暫く控えたほうがいいだろう。万が一君のことが漏れたら不味い』
「分かりました。私のことは大丈夫なので赤井さんは自分を優先してください。あ、でも本当にヤバいと思ったらどこであろうと連絡くださいね。駆けつけるので」
『はは、頼もしいな。そうならないことを祈るよ』
椅子を引きどかっと深々座る。タランチュアを追えば組織がいるし、組織を追えばタランチュアがいるし。これじゃどちらを追っているのか分からない。両方なんだけどさ。
優作については、とりあえずは大丈夫だろう。赤井さんを助けたその時に優作はアメリカにいなかった。私も偽名でいたわけだし、そこから繋がることはまずない。
『組織を追った方が案外タランチュアに近づけるのかもな』
「現状も組織経由でタランチュアの情報入手してますし、ほんと、そうかもしれないですね…」
ため息を吐く。原作の根幹、黒の組織に黒崎椎名として関わらなければならない日が来るかもしれない。
東堂の仕事を軽くすればいいのは分かっているが、こういうときに限って重たい仕事が入ってくる。怪盗に狙われた財宝だけを解説した記事、西多摩市で建設中のビルの完成予想図とその後の展開についての記事、シンドラー社が開発中のゲーム機を日本でお披露目する予定だと言う記事、来年注目すべし!と元選手が一押しするサッカー選手のインタビュー。公調の方もまた
「洞沢今日来れねえって」
高桐さんが忌々しそうに洞沢さんの席を見ながら言った。洞沢さんは今日、潜入中の仕事を終えたら登庁する予定なんだが…。今日は確か巡回バスの運転だったはず。
「イベントもないし停留所付近で何かあるとも聞いてないし…事件かなにかに巻き込まれたか?」
「あーなんか、バスジャックされたらしいです。色々あったけど片は付いたので今から警視庁に向かうと」
自前のノーパソを開き洞沢さんが運行するバスの情報と、道路交通情報や監視カメラをハッキングし状況を探る。隣席の名田さんが覗き込んで来た。
「いつ見ても華麗に
「あざっすあざっす。…あー…ほー…あらまぁ…」
警視庁はもはや庭も同然。画面越しに事情聴取を受ける面々を見て察した。このメンバーで原作じゃなきゃ寧ろおかしい。
「…あれ、俺この人見たことあるぞ」
「どこで見たんですか?」
「一年くらい前か?俺一回アメリカ行っただろ、その時に。他国であった人を自国で見つけるのは不思議な感じだな」
そういえばCIAのところに行ってたな。犯罪組織の情報より覚えたスラングの量の方が多くて紀里谷さんが頭を抱えてたっけ。この見た目で口からチョメチョメ出てきたら誰だって固まると思うんだ。
「不用意に近づくと返って情報盗られるんで気をつけたほうがいいですね」
「?どいういうことだ?」
「彼の名前は赤井秀一、FBIの捜査官ですよ。そんでこっちの女性はジョディ・スターリング。同じくFBIの捜査官で帝丹高校へ潜入中です」
「はぁ?FBIの捜査官がなんで日本に。そんな情報来てないぞ?」
「そりゃ非公式の捜査だからでしょうね。二年前にジンの捕獲に失敗してからターゲットをベルモットに移したようですし、公式に捜査しないのはベルモット対策じゃないですか?」
「ってことはベルモットは日本にいるってことか。変装の達人とやらがどうして高校にいるって分かったんだろう」
名田さんが私に探りを入れているのは分かる。恐らく私が何か知っているうえでどこまで話せるか計っているのだろう。
「…ま、組織もFBIも公調の陰に気付いていないみたいですし、あくまで組織は公安の管轄というスタンスでいないと我々も探りにくくなりますよ」
「…そうだな。撮影の仕事で帝丹高校へ行くこともあるから、気をつけるか」
高校からの依頼で行事の写真や卒アル用の日常写真を撮る仕事もあるらしい。これは帝丹高校からの依頼をもぎ取るつもりだな。名田さんは変なところで急にやる気出すからよく分からない。
「……いやいやいやいや、え?いや?」
名田さんに向けていた視線を上げると、ないわーという顔をした高桐さんと文字通り頭を抱える紀里谷さんの姿が。特に下品な内容でも人道に反した内容でもなかったような気がするんだけど。
「名田、その探る能力をもっと仕事で活かせ。黒崎、それは世間話みたくいう内容じゃない。雰囲気大事にしろ」
「紀里谷さんそこじゃないと思うんですけど。名田、潜入捜査は公安がやってるんだから俺らが不用意に接触するのは危険だ。黒崎、なんでお前は他国の捜査官の顔と事情を知って…いや、お前は知ってそうだな」
「はいはい気をつけますよー」
名田さんが適当に返事をした。気をつけるというより気は付けるといったところか。
「とにかく、黒崎は特に気をつけろ。この中で一番探られてはいけないのは間違いなくお前だ」
「分かってますよ。私だって友人や後輩失いたくありませんから」
情報は消して生きてきたが、黒崎椎名を徹底的に調べられれば自然と北澤や降谷、諸伏に辿り着く。デジタル世界なら漏れる恐れはきっとないがアナログだとそうはいかない。
目下の問題は、私がベルモットの変装を見抜けるかどうかだ。