Reincarnation:凡人に成り損ねた

虎視眈々と

2

 工藤新一とは違い江戸川コナンは毛利宅に住んでいる。帝丹小学校に通い出した彼と会う機会は蘭ちゃんよりも多かった。高校生と小学生を比較しちゃいかんか。
 数日ぶりにポアロに来ると、丁度コナンがふくよかな女性と車に乗ったところだった。鬼気迫るコナンの表情に気付かないのか、蘭ちゃんは普通に見送っている。
「こんにちは、蘭ちゃん」
「馨さん!」
 コナンは私を見て、助けを求める相手を私に変えたようだった。何かを伝えようと必死だ。
「馨さんこんにちは」
「コナン君も、そちらの女性はコナン君のお母さん?」
「初めましてぇ、コナンちゃんがお世話になったみたいで!」
 夕べ、夕食の場で嬉々として計画を話した優作と有希子さんを思い出す。有希子さんの料理美味しかったな…じゃなくて。危機感を持たせるため一興を講じるから、間違えて助けないようにと言われていた。女性を見ると、私を見てウィンクをした。なるほど、彼女が有希子さんか…。すげえ変貌ぶり。女優を辞めてもその演技力は健在か。
「何だかんだお母さんと離れてるのは寂しいもんね、良かったねコナン君!」
「ちがっ!」
 絶望顔したコナンを蘭ちゃんと見送る。毛利さんもなんだかんだしっかり見送っていた。車を見送りながら、「やっとちょこまかうるさいガキがいなくなるぜ…」と毛利さんは言った。優作の計画、それに対するコナンの反応を想像しながら、蘭ちゃんとポアロでお茶会をした。


 アメリカにいる筈の自身の両親、そして唯一の秘密の共有者を目に工藤新一…江戸川コナンはため息を吐いた。両親の策略にまんまと嵌った悔しさ、それと同時に、自分の立場が危険であると思い知らされた。それでも父親の手を借りるつもりは毛頭ない。危険だと判断されたら容赦なくアメリカ行きだ。気を付けなければとコナンは別の意味で気を引き締めた。だがふと思う。アメリカにいながら父はどうやって危険だと判断するのだろうか。確かに阿笠博士は両親に対して口が緩い。しかし自分が口止めすれば、何だかんだ博士は両親へ連絡をしないだろう。最悪な場合を除いて。嫌な考えを振り払い、コナンは父に問うた。
「危険だと判断したらって言うけどよ、どこでどう判断するんだ?警察に父さんの知り合いがいるって言っても、そもそも俺のこと知らなきゃどうしようもないだろ?」
 工藤優作はふっと笑う。その笑いには決して嘲りは無いが、コナンはムッとした。この笑い方をされると未熟だと言われている気分になるのだ。
「私がこの世で最も信頼している人間が日本にいるからね」
 その言葉にコナンは女性の名前が思い浮かぶ。何かあると父が自慢げに語る、父の親友という人間。
「…黒崎椎名さん、か?」
 幼少期は自身の面倒をよく見てくれていたらしい。自分が持ちうる一番古い記憶は、蘭との出会いで…と保育園時代を回想しかけて、違う違うと思考を変えた。
 自身が未だ超えられない父、工藤優作に「昔は、私がワトソンになると思っていた」と言わしめた相手、黒崎椎名。コナンは彼女の顔を覚えていない。しかし、コナンになって幼馴染が料理をしている姿を見た時、記憶に何かが引っ掛かった。誰かとダブったのだ。「椎名ちゃんがよく新一のご飯作ってたのよ?」という言葉を思い出し、その誰かはきっと黒崎椎名だろうと。
「ああ、私の自慢の親友さ」
 耳に胼胝ができるほど聞いた台詞に、はいはいと返す。
「でも俺、黒崎さんと会ってないぜ?新一の顔も分かるかどうか分からないのに、コナンになったなんて知らないだろ」
「はは、何、問題ないさ」
 黒崎椎名が何をしている人間かさっぱり分からない。父も詳しくは聞いていないらしい。それで親友と言っているのだから、つくづく不思議な関係だとコナンは思った。
「新一、どうしようもなくなったら、椎名ちゃんに助けを求めなさい。アメリカから日本へは直ぐには来れないからな。彼女なら必ず助けてくれる」
「そもそも俺が彼女の顔も分からねえのに、助けを求めるも何も」
 息子の様子に工藤優作は、例え知っていても手を借りるつもりはないだろうなと悟った。
数日前に親友からきた電話の内容には驚いた。事実は小説より奇なり、息子はそれを体現した。自身が親友からかなり大切にされていること優作は自覚していた。正確には妻や息子を含め、彼女は工藤家そのものを大切にしていると。きっと工藤家に何かあったなら命を懸けてどうにかするだろうと確信していた。そんな彼女の電話越しの声色は至って冷静だった。息子の様子からも、黒崎椎名として接していないことは明らかだった。妻の話から、“トウドウキョウ”という名で息子に接触しているのは確認済み。親友が息子の状態を知ったのはそこでだろうと踏んでいる。実際はどうなのか、工藤優作は知らない。
「何、大丈夫さ」
 小さくなった息子を乱暴に撫でる。不満そうな、不思議そうな表情をする息子に微笑む。
「彼女のことだ、新一が気付かぬうちに助けてくれる。新一の前に現れないのは、今じゃないと考えているからだろう」
 相変わらず親友への自信は大したものだ、だがそれはどういうことだろう?新一の疑問は解決しないまま両親はアメリカへ戻っていった。


 少年探偵団だ!と元気よくバッジを見せる少年少女に感嘆の声を上げる。
「凄いね~!なんでも解決できるの?」
「僕たちにまかせてください!」
 胸を張る3人に比べ、コナンの顔は引き笑いだ。まだまだ小学生のテンションには慣れていないらしい。
(つい最近まで高校生だった彼にはかなりの苦痛だろうな)
「取材するなら今のうちだぞ!馨の姉ちゃん!」
「じゃあ取材しちゃおうかな!」
 マスターにコーヒーのおかわりと、4人分のオレンジジュースとケーキを注文する。きっとコナンはジュースを嫌がるだろうが、悪いな、子ども扱いさせてもらうぜ、と思いながらにこにこする。それにしても、おばさんの年齢なのにお姉さんやら姉ちゃんやら呼ばれて何だかこそばゆい。
 どうせやるならしっかりやってあげようと、子供にもわかりやすいような言葉遣いをしながら取材を進めていく。しっかり写真も撮った。取材が終わって3人は帰り、コナンと2人になった。
「うーん、子供向けの記事の方がいいかな?それとも保護者向けとか?」
「えっ本当に書くの!?」
 どうやらコナンは本気で書くとは思わなかったらしい。勿論!と返す。
「私が書いてるのは読者の為だけじゃないよ。記事に載る人たちにも喜んでもらいたいんだ」
「凄いね、馨さん」
 ふとコナンの私の呼び方が気になった。コナンは蘭ちゃんや園子ちゃんに対して「姉ちゃん」と呼ぶ。歩美ちゃんと元太君も「お姉さん」「姉ちゃん」と呼ぶ。光彦君は年上の女性は一律さんづけだ。コナン、歩美ちゃん、元太君の3人は高校生までをお姉さんとし、それより年上をさん付けするようだ。
「コナン君、私いくつに見える?」
「え?うーん、20歳くらい?」
 な ん て こ っ た
 十歳以上若く見えるのか。降谷じゃあるまいしそこまでベビーフェイスしてないはずだぞ…。化粧のおかげ?
「ははー、そうなのね、はは」
 そりゃ女性として若く見られるのは嬉しい。しかしそれにしたって、若すぎる。ああ、この前も年齢確認されたな。
「いやあれはきっと店の方針で全員にしてるんだ」
「?馨さん?」
 何でもないよ、と返す。これは降谷のこと言えないかもしれない…。


 少年探偵団へ取材してから数日が経った。十数時間PCと睨めっこは流石に疲れる。諸伏からもらったPC眼鏡を外しぎゅっと瞑る。東堂として借りている部屋ではなく、十数年借りている自身の部屋にいた。流石に住居を変えたほうがいいとは分かっているが、どうしても変えられない。窓の外を見る。都市開発で大きな駐車場、そしてその近くには商業施設が建っている、昔住んでいた家のあった場所。
(自分の両親は生きていて、親友の両親の死に関わった。人によっては恨まれても仕方ない)
 きっと誰も責めない。お前のせいだなんて、なんで助けてくれなかったんだって、優作なら尚更だ。私が逆の立場なら?前世ならきっと灰原哀のような態度を取った。無様に泣き叫んで、どうしようもない事実になんでどうしてと。
(前世、か。両親より先に死んじゃったんだよな…)
 絶望的な最期だった。無駄に良い頭は、前世の墓場に“私がいない”と分かっていた。もし今の私があの時に戻っていれば生き残ることができたのだろうか?たらればの話は不毛だ。しかもあの事件を解決するための証拠は私の記憶しかない。解決しても、仕方がないけれど。
(いかんいかん、疲れてるな、寝よう)
 頭を振って思考を散らす。かほりさんの死を見て人へ手料理を出すのが怖くなった。このトラウマは優作と有希子さん、降谷と諸伏は知っている。それともう一つ、両親ですら知らないトラウマがあった。といってもそのトラウマに出くわすことは今まで一度もなかったので、もしかしたらトラウマじゃないかもしれない。だが意図的に避けているのは確かだった。まあこれまで出くわすことが無かったし、そもそもそうある機会じゃないので出くわす可能性の方が低いのだが。もし仕事で行くことになっても全力で回避したいものだ。