Reincarnation:凡人に成り損ねた

偶然の産物か、必然の結果か、

12

 赤井秀一がジンの捕獲に失敗したと報告した降谷はどこか嬉しそうだった。諸伏の話によると、赤井秀一のすました態度を降谷は気に食わなかったらしい。前世の腐った情報とは違うんだなと今更知った。
「嫌よ嫌よも、っていうからてっきり」
「気持ち悪いこと言わないでください俺はあんなやつ嫌いですいなくなって清々する」
 ノンブレスに加え真顔で言い切った降谷に、私と諸伏は苦笑した。
 降谷はウィリアムとも顔を合わせている筈だが、ウィリアムがアラレナートの人間だということは知らせていない。NOCの一人であることは知らせてはある。ウィリアムはコルンと親しくなれたそうだ。そしてウィリアムにバーボンがNOCであるということはまだ伝えていない。無いとは思うが変な仲間意識を持たれないようにするためだ。どちらにせよウィリアムは数年後に否が応でも組織から脱出せざるを得なくなる。
(そもそも公安が何故ああも簡単にキュラソーを引き入れたのかが分からない。生け捕りにするつもりだった?)
「ライがいなくなったってことは…宮野明美は?」
 コーヒーを淹れている降谷に諸伏は問う。降谷は厳しい顔つきだ。
「直ぐには殺されることは無いはずだ。今シェリーの機嫌を損ねると研究に支障が出るからな」
「……1年持てばいい方だな」
 降谷に入れてもらったコーヒーは、どこで淹れ方覚えたんだというくらい美味しかった。降谷も諸伏ももうブラックコーヒーを飲めるようになっていた。
「降谷の言う通り、そう簡単には宮野明美さんは殺さないはずだ。あの姉妹は互いが互いに人質を取られているようなもの。赤井秀一を引き入れた危険人物と見なされている今、殺されても不自然ではないが……シェリーを人質に何かしてきそうだね」
「妹を逃がす代わりに、という可能性は高いな。シェリーは組織に対する反発心が強い。囚われ状態の妹を助けたい彼女なら、どんな条件でも二つ返事で受けそうだ」
「ということは宮野明美に対して組織から命令が下った時が、彼女が生きるか死ぬかの境目ということか」
 宮野明美の死は私も識っている。灰原哀がコナンに縋り付き泣く姿を見て涙腺が緩んだ記憶がある。宮野姉妹は割と好きなキャラだから、全く接点は無いが生きてほしいと思う。


 非常に厄介なことになった、と紀里谷さんは言った。会議室には私を含め5人いる。ホワイトボードには東都の地図と数人の顔写真、そして写真の下に文字が書かれている。
 人体実験をしている疑いがある組織の調査中、組織の人間である安澤が死体となって発見された。それによりその組織は守りに徹してしまい調査が難しくなった。不幸中の幸いは、死体の第一発見者が公調の人間だったことか。通報する前に現場を調べたが、そいつが持っている筈のデータ無くなっていたのだ。
「黒崎、殺したのは組織の人間か?」
「それが…どうやら詐欺師みたいなんですよ」
「はぁ?詐欺師?」
 ノートPCから先日の事件データを警視庁から拝借する。
「…お前それハッキn」
「それ以上言うな高桐、これは“調査”だ」
 紀里谷さんに言われた高桐先輩は「俺は何も知らないぞ…知らないぞ…」とぶつぶつ言う。いつも高桐先輩の隣でハッキングしてたなんて言ったらどんな顔をするだろう。恐らく知りたくなかったと言うだろうな。
「警視庁の捜査から見ても本当にただの詐欺師ですね。警視庁はそいつらの目星はついていて今夜行く場所も分かってるようです」
「ということは、安澤は詐欺師に騙されたのか?」
「ということなんでしょうね。ただ、殺害現場の状況を見るに詐欺師は殺すつもりはなかったかもしれません。恐らく、大金を得る直前に安澤に騙したことがバレて、揉み合いの末殺してしまった、というところでしょうか」
「…ちょっと待て、黒崎。お前いつの間に現場に」
「流石の警察も夜中まで現場にいませんからね。いやー建物内で外に明かりが漏れなかったから調べるの楽でした。んで、こちらがその詐欺師の映像です」
 殺害現場付近の防犯カメラの映像を見せる。勿論これも警視庁から拝借したものだ。
「…右の男が持っているカバン。報告にあったカバンと同じだな」
「もしかしてこの中に?」
「さっきの警視庁のデータに、安澤の口座から大金が引き下ろされていたとあったな。このカバンには大金も入っているだろう」
「詐欺師はあくまで大金を持って行ってるつもりで、データは知らない可能性がある?」
「調査報告によれば、安澤はカバンの隠しポケットにデータを入れていた。まだこいつらが気付ていない可能性がある。…警視庁に見つかれば厄介だな。事情も知らず中途半端に介入されると益々調査しづらくなる」
「警察より先に接触してデータだけでも入手しないと、か」
 洞沢先輩が地図に赤井ペンで書き込みをしていく。今夜の配置のようだ。警察の配置が分かればより動きやすいんだが……、いや、いるじゃん、教えてくれそうな人が。
 ちょっと席を外しますと断り、会議室を出て使われていない隣の会議室に入り電話を掛ける。
『小田切だ』
「黒崎です。杯戸で起きている不審火事件の情報を提供するので、今夜の張り込みポイント教えてもらえません?」
 小田切警視長、プライベートで出会ってからちょくちょく連絡を取っている。こういったやりとりも初めてではない。今回のようにこちらから持ち掛けることもあれば、小田切警視長から持ち掛けられることもある。
『この前の殺人事件の容疑者の、詐欺師の件か』
「はい。可能なら張り込む人数とかも教えて頂けると嬉しいのですが」
 情報のやり取りの暗黙の了解は、目的を聞かないこと。謎の信頼関係からなせることだと思う。向こうは情報を外に流している、私は警視庁の情報を秘密裏に握っている、世間的バレたら互いにマズいことをしているわけで、私たちがそもそも連絡を取り合う仲であることは二人だけの秘密だ。
『不審火の件は情報が無さ過ぎて躓いていたからな、いいだろう』
 口頭で伝えられる情報を頭に入れる。代わりにこちらも情報を伝える。不審火事件も直に解決するだろう。ありがとうございますとお礼を言い電話を切った。会議室に戻り不思議そうな顔をするみんなをスルーして、地図に青ペンでマークをつけていく。
「ここに警察の張り込みが入ります。それぞれ二名、このポイント以外はみんな男性。捜査一課が担当しているそうなんですが、その中に私の顔見知りがいます」
「色々突っ込みたいことがあるが、そのポイントの情報は確かなのか?」
「私が嘘の情報を持ってくるとでも?」
 ドヤッと胸を張り言い切る。
「相変わらず、黒崎の情報網怖え…」
「黒崎の顔見知りがいるのか。だとしたら変装は必須だな」
「え?私いくんですか?」
 顔見知りがいるから接触はせず裏方に回ると思っていた。顔見知りと言っても話したのは初対面でもある9年近く前に一回きりだ。覚えているかどうかも正直怪しい。だが念の為にと思って発言したのだ。紀里谷さんは私の問いを無視して指示を出した。
「名田と高桐で詐欺師の注意を逸らす。そのまま警察に捕まえてもらおう。黒崎はその隙に部屋へ侵入しデータのみを入手。洞沢と俺で警察の動きを見つつ三人に移動ルートを伝える。これでいこう」
 指示された配置と内容を見て納得せざるを得ない。名田先輩と高桐先輩は初対面の人でもどこかへ誘導する技術が高い。紀里谷さんは指示塔なのでそうなるのは分かるし、洞沢先輩はルート計算がこの中で一番早い。警察の張り込みはもちろん一般人には分からないだろう。だがこちとら潜入調査を経験した人間ばかりだ。一般人とそうでない人の区別なんて一発でつく。
「黒崎が一番身軽だしピッキングも早いからな。暗闇に紛れて建物に侵入。いいな?」
「かしこまりました…」
 女として扱われないのは喜ぶべきか、悲しむべきか……。


 防犯の目を掻い潜ってビルに潜入して5時間。日付が変わったが、詐欺師たちのいる部屋から声はしないものの明かりは点いている。
『こりゃ今夜は動かないか』
『警察の方もずっと張り込みをしているな。黒崎、そっちはどうだ?』
「変化なしです」
 インカムでのやり取りの中、名田先輩の欠伸が小さく聞こえた。私も動かずこのままというのは流石に疲れた。
『くっそー、寝てれば黒崎がさっさと回収するのに、地味に起きてるんだよなぁ』
『窓にシルエットがチラチラ映ってるな。警察に警戒してるのか?』
『これ終わったらみんなで焼肉行きましょうよ』
『馬鹿野郎終わったら帰って寝るんだよ』
 でも焼肉いいな、この前できたとこ美味かったぞ、いやあそこはサラダが少ないからダメだ、紀里谷さん女子ですか、と焼肉トークが続く。緊張感ねえなぁ。この状況だとずっと気を張ってるのも無理か…。互いが寝ないようという意味も込め、OLのようにコロコロ内容が変わるながらも会話は続く。というかこのメンツはその辺の女子より女子っぽい。みんな割とイケメンの部類に入ると思うが、優作や降谷たちを隣に置いたらフツメンになってしまう。「あの人、イケメンじゃない?」というより「そういえばあの人イケメンだよね」というタイプ。なんだかんだみんな仕事大好き人間のせいか、既婚者0、交際相手も現在いない。
 漸く動いたのは明け方だった。
「…やつらが部屋から出ました。手ぶらです」
 その一言に会話がピタッと止む。静かな声で言ったがしっかり聞こえたようだ。キャスケット帽を深くかぶりなおす。
「二人出てきましたが一人はまた部屋に入りました。会話はしっかり聞き取れませんでしたが、朝ごはんがどうこう言っていたのでコンビニに行くのかもしれません」
『名田、高桐、コンビニ入ります』
『二人を捕えている途中で警察がそっちに行く可能性もある。黒崎、気を付けろ』
「了解」
 寝てました、ってことで伸すのはありかな?…無しか…。
『…残った一人は窓から見てるな。こりゃ捕まえたら逃げられそうだ』
 洞沢さんの声がする。なるほど、それは手かもしれない。慌てて逃げようとしたら転んで頭打って気絶、とかにしておけばいいんじゃないか?机の角とかにぶつけたら流石に死ぬが、勢いがそこまでなければ床に頭をぶつけても死にはしないはずだ。
「算段つきました。動きあったら教えてください」
『了解』
 流石にビルの正面から出たら怪しまれる。このビルの非常階段は隣のビルの非常階段と距離が近い。飛び移って隣のビルから出ればいいか。
 インカムから名田先輩と高桐先輩の声、そして遠いが男二人の声が聞こえる。上手く注意を引けたようだ。そして数分後。
『窓から人影が消えた!』
「黒崎、行きます」
 身を隠していた場所から出て、残った詐欺師のいる部屋のドアのそばにスタンバイする。この位置なら開けてもこちらに気付かない。まもなくドアが開いた。やつはドアを閉めずそのまま駆け出し逃げようとした。
(させっかよ!)
 音もたてず一気に間合いを詰め男に飛び掛かるようにジャンプする。そして首めがけて手刀を振り下ろした。綺麗に決まり男は倒れた。男を踏まないよう着地する。私の身長では男の首に手が届きづらかったのだ。直ぐに男を仰向けにし、落ちたカバンの中を見て、思わず言葉が漏れる。
「うわぁお、大金」
『警察が二人を確保した!ビルにも入ったぞ』
 あ、ふざけている場合じゃなかった。意識を切り替え隠しポケットを探す。固い感触を見つけ中からCDを出した。これだ。カバンのチャックをしめ、男の体を荒らさない程度にまさぐる。追っている組織に関係ありそうなものないと判断すると直ぐにその場を後にし、非常階段の方へ出た。
「黒崎、非常階段から外に出ました」
 伝えると同時に扉の向こうから警察の声がした。
「なっ倒れているぞ!」
「大丈夫か?」
「…気を失っているだけみたいだな」
 こちらに気付かれないよう静かに隣のビルの非常階段へ飛び移る。多少音はしたが扉越しなら聞こえないだろう。そして一度ビルに入り下を目指す。
『名田、高桐、車まで戻れました。周辺に警察はいません』
「私も外に出られました」
『位置的に黒崎は俺たちの方に来るのは厳しそうだな。その辺りでもう少し身を潜めて、高桐たちと合流だ』
「了解」
『黒崎、どうやってデータ盗んだんだ?』
「ちょっと寝てもらいました。仲間が捕まって慌てて逃げようとしたら足を滑らして頭打った、という感じで」
『だいぶアホっぽい犯人になるなそれは…』
 まだ油断できないが、先ほどまでの緊張感は無い。私の格好は、黒いキャスケット帽にジーパン、革のジャケットを着ていて男にも捉えられる。見つかると少々面倒そうだ。
 1時間ほど身を潜めていると、紀里谷さんからもういいぞと許可が下りた。ホッと息を吐き道路に出る。後は高桐先輩のいる駐車場を目指すだけ。
『あ、黒崎、戻ってくる前に朝飯買ってきてくれよ』
 名田先輩が欠伸をしながら言う。俺も、と高桐先輩も言った。一応財布も持ってきているし買えなくはないか。私も小腹が空いている。丁度いいやと了承した。
『俺と洞沢は先に戻ってるぞ。俺たちは俺たちで買っていくから気にしなくていい』
「分かりました」
『待ってるより拾いに行くか』
「ありがとうございます」
 朝も早く人気はない。駐車場の方向へ向かいつつコンビニを探した。
『証券ビルの隣に車止めたから』
「早いっすね。分かりました」
 信号待ちをしつつ証券ビルを探す。って後ろかい。隣に高桐先輩の車が止まっている。前を向くと信号が変わったところだった。左側の少し遠くから黒い大型バンが向かって突っ走っているが、流石に信号で止まるだろう。気にせず歩き出した。
(……?…!はっ!?)
 こちらに向かってくる車の音が、止まるどころか加速をしているようでその方向に視線をやるのと、視界に何かが映るのは同時だった。先ほどの黒いバン、フロントガラスの向こうには瞼を閉じた男性。
 
 ドンッ
 キキィー
 ガァン
 
 左上半身に大きな衝撃。耐えきれず吹き飛び地面頭を打つ。一瞬頭が真っ白になる。頭が、身体が痛い。
「いっつ…あ…」
 激痛の中身体を起こす。先ほどのバンは私にぶつかった後ブレーキを掛けたようだ、しかし間に合わず中央分離帯のガードレースにぶつかって止まった。
(反射で受け見はとれたみたいだな…いてえけど、いてえ)
 頭を打った拍子にインカムが壊れてしまったようだ。音が聞こえない。
(…マズいな、このまま待ってると警察が来る、し、救急車も来る。非常にマズい)
 ふらふらしながら高桐先輩の車を目指す。正面から先輩が駆け寄ってくるのが見えた。
「くr…ケイ!おい大丈夫か!?」
 名田先輩は黒崎と呼ぼうとして、寸でのところで別の名前を呼んだ。万が一聞かれていても大丈夫なようにだろう。この状況で咄嗟に呼びなおした先輩は流石だ。高桐先輩が私の体を支える。
「きゅ、うきゅうしゃ…呼ぶと…あれが…」
「チッ!……病院行くぞ!」
 公調の息が掛かった、という言葉を隠し高桐先輩は言った。
「頭を強く打ってるな、ケイ、このまま俺に身体預けろ」
 言われるがまま高桐先輩に身体を預ける。振動が少ないように慎重に横抱きに抱えられた。意識が段々薄れそうになるのが分かる。ギリギリのところで、内ポケットに隠していたCDを取り出す。何とも利口な私の体は、CDをかばうように受け身を取っていたようだ。ヒビが一つも入っていない。
「こ…れを…」
「今じゃなくていいから!…おい!しっかりしろ!」
 高桐先輩と名田先輩の声が徐々に遠くに聞こえる。視界もフェードアウトしていき、完全に意識を失った。


 目が覚めたのはその日の昼だった。意外に早く起きれたな、という感想。出血量はあるものの、傷自体は深くなく骨折もしていないらしい。ひどい打撲と左腕の捻挫だけで済んだ。頭は打っているが記憶もはっきりしているし、私としては特に問題はなさそうだ。
「とにかく…無事でよかった…」
 名田先輩は大きなため息、多分安堵のため息をついてイスに深く座った。全員来るわけにもいかず代表として名田先輩だけが残っていたらしい。
「受け身に失敗したスタントマンみたいだったと医者が言っていたぞ」
「私としては、無意識に受け見とれたみたいだからすげえって思ってましたけど」
「無意識に受け身取ったんじゃねえよ!データを庇ったんだ!ったく、結果的に受け身取り損ねたみたいな感じになったじゃねえか。自分の身を大切にしろ全く」
 たれ目でいつも眠たげな名田先輩の説教が始まった。この人も怒ることあるんだなぁと思いながら説教を受けた。暫くして名田先輩は仕事に戻った。部屋は6人部屋ではなく1人部屋だった。すげー、初めてだ。
 流石に動くと体が痛むで安静にする。といっても暇だ…。暫くは入院を言い渡された。着替え…どうしようか…。
(流石に下着とかを男性に頼むのはなぁ……知り合いの女性…)
 思い浮かぶは一人だけ。折角だし、久々に会うのもいいかもしれない。もうじきアメリカに行くと言っていたし。黒崎椎名として会える最後のチャンスだ。私は親友に電話を掛けた。


「全然会えないんだもん!!電話もメールも返事ないし!随分前に優作は電話したみたいだけど?私は全然なんだから!新ちゃんも椎名ちゃんのこと覚えてないっていうし、私は椎名ちゃんとショッピングしたいのに全然会えないし!椎名ちゃんだけなのよ?私とのショッピングを本当に楽しんでくれるの!椎名ちゃん聞いてる!?」
 有希子さんはぷんすかと怒りながらノンストップで話し続ける。有希子さんとは年単位で話してないから凄い久々だ。変わらない彼女に笑みがこぼれる。
「おまけにやっと会えたと思ったら大怪我してるんだもの!!!笑い事じゃないでしょ!」
「ごめんごめん、ふふ、有希子さんが変わって無くて安心した」
「怪我はひどそうだけど、大事には至らなかったみたいで良かった」
 この頃にはポーカーフェイスを極めているだろうに優作は私を見て言葉を失っていた。有希子さんは私を見てビックリしたもの、「よっす、久しぶり」と私が声を掛けたら先ほどの言葉である。言葉から私が大事ないと判断したようだ。病室に入って来た二人の距離感に違和感を覚える。互いにどことなくトゲトゲした空気感。喧嘩でもしてるな?
 眠気眼でコンビニへ向かったら事故に合ったと伝えた。二人の呆れた顔はしばらく忘れないだろう。実際に近くで交通事故があったから疑われなかったようだ。優作はもしかしたら違うと気付いてるかもしれないけど。有希子さんは私が頼んだ一週間分の服と下着を持ってきてくれた。デザインがやたらおしゃれなのは目を瞑ろう。
「春からアメリカに行くんだ。新一は大丈夫だと思うが、あいつは好奇心に後先考えず首を突っ込むからね。もしものときは椎名ちゃんに頼みたいんだ」
「新一は優作の血を色濃く継いだんだね。思春期特有の反抗期は大丈夫だった?」
「そうねぇ、想像していた反抗期はないわね。事件を見つけるとすぐ首を突っ込むこと以外は良い子に育ったと思うわ」
 真実はいつも一つ青年に立派に育ったようだ。
「椎名ちゃんの仕事柄、きっと私の親友として息子と会うこととか本名で接するかどうかとか分からない。でも私たち工藤家が大好きな椎名ちゃんなら、大丈夫だよね」
 そうだ、私の本職を優作たちは知らない。そう、優作は何も、知らない。
「……なあ優作…」
「ん?」
「優作は、私を親友と、まだ呼んでくれるんだね」
 これから大きく物語は進んでいく。仕事があるというのもあるが、黒の組織の情報を得るにはここにいる方が都合いい。各国の諜報機関や警察機関が組織を追っているから、それを利用して接触しようという考えだ。FBI、BND、CIA、そしてゼロには知り合いがいる。他にも仕事で知り合った協力者もいるから、着々と情報が集まっている。
「…優希子」
「分かってるわよ」
 有希子さんは病室から出て行った。多分また戻ってくるのだろう。外は雪が降っている。
「優作に、話さないといけないことがある。…もっと前に本当なら話さないといけなかった、いや、今も話すべきかどうか…」
「椎名ちゃん、先に“僕の”話を聞いてくれないかな」
 失敗をして親に怒られるのを怯える子供に言い聞かせるように、穏やかな表情で彼は話しだした。
「母が死んだとき、椎名ちゃんは僕が父と連絡を取ろうとすることを嫌がった。椎名ちゃんは父のことを何か知ってるんだってことは知ってたよ。段々連絡を取らなくなった椎名ちゃんを見て、なんでだろうって思った。それだけじゃない。日本に戻ってから自分に関する何かが残ることを避けるようになった。写真とかビデオがいい例だね。…そこで母が言っていたことを思い出したんだ。父はあまり自分に関するものをつくらなかったってね。父が“そういう”仕事に就いているのは昔から何となく分かってたさ。そして椎名ちゃんが父に関わっていることも。……椎名ちゃん、僕は」
「私は!!」
 それ以上は、それ以上は言わないで、頭の良い優作だ、父が…寛司さんがどうなったのか…きっと察しているんだ。
「私は…その先の言葉を…優作に言わせちゃいけない…だってそれは……」
 ずっと真実を言わない私が、真実を私の口から伝えることが、優作にできる唯一の償いだから‥‥。なんてエゴな考えなんだろう。真実を言うことで拭われるものでもないのに。
「………僕は椎名ちゃんの神様じゃないよ。それに、椎名ちゃんが感じてる罪悪感は間違えている」
「例え優作が赦しても、私は自分を赦せない」
「そんな悲しいこと言わないで。…僕は大丈夫だから」
 頬に手を当てられ顔を上げられる。優作は悲しそうな、そして愛おしそうな眼差しで私を見つめる。
「大丈夫。僕は自分の身を守れるくらい大人になったよ。あの遊園地で遊んだ頃の僕とは違うんだ。今なら胸を張って言えるよ」
 殺人事件に驚き顔を蒼褪めていた優作はもういない。可愛いと表現していた親友は頼もしくなっている。
「椎名ちゃんは一人じゃないよ」
 頬に添えられている手を握る。私が優作を守る為動いていたのと同じように、優作は私を想ってくれていた。輪廻転生、二度目の生を受けてどうしても拭えない孤独感はあった。一生これと付き合っていくんだろうなと覚悟していた。
「……次死ぬとき、また一人は嫌だな」
 小さく呟く。無様な姿でも一人で死にたくない。耳の奥で水の音がする。
「椎名ちゃん?」
「はは、何でもない。そうだね、大親友の優作も、その奥さんの有希子さんもいる。私は一人じゃない」
「本当に分かってる?」
「分かってるよ、心配しないで。ほら、この態勢のままだと、部屋の前にいる有希子さんが嫉妬するよ?」
 部屋の外から聞こえた有希子さんの足音が部屋の前で止まったままなのは気付いている。きっと私たちの会話も途中から聞いているんだろう。優作はそっと手を離した。
「椎名ちゃんは私や新一と違って目立ちたがらないし何事にも慎重に行くけど、私のことになると盲目的になるね」
 ニヤリと優作が笑いかける。私も仕返しとばかりに笑った。
「…優作のこと愛してるからね」
「ダメダメ!優作は私のよ!!」
 大きな音を立て病室に入って来た有希子さん。そのまま優作に抱き着いた。
「いくら椎名ちゃんでも優作を愛してるのは私よ!」
「ふっ、はははは!!愛されてるね優作!!あっはははは!!!っいてて」
「…全く、椎名ちゃんには本当に敵わないな。僕と有希子が喧嘩してるって気づいていたね?」
 笑い過ぎて傷に響いた。笑ってる有希子さんも素敵だが、怒ってる有希子さんも中々いい。めちゃくちゃ可愛い人だ。いたいいたいと言いながら息を整え二人に言った。
「二人のこと、二人の人を観る目を信じてるよ。アメリカでは気を付けて」
 何にとは言わない。有希子さんはきょとんとしていたが、優作は先ほどの会話の流れから分かってくれたようだ。分かったよと言った優作に、「私だけ仲間外れ!」と有希子さんはまたぷんすかした。美人は怒っても美人だなと思った。


 退院したら買い物へ一緒に行くことを条件に、有希子さんは揶揄ったことを許してくれた。来れたらまた来るからと言い二人は帰っていった。結局二人が来るより私が退院する方が早かったけど。退院してアラレナートに連絡をする。入院していたことを伝えたら暫くメールの着信音が鳴りやまなかった。優作の言う通り、一人じゃないんだなぁ、心配してくれる人がいる私は幸せなんだと思った。降谷は組織の目を掻い潜ってご飯を作りに来るし、諸伏は断っても送迎をしてくれた。…目が覚めてドアップの降谷は心臓に悪い。イケメン恐るべし。
 公調が追っている組織は依然摘発されず。それどころか拠点を移されてしまったようだ。入手したデータは使い物にならなくなってしまった。
「黒崎が入院してる間、何とかかき集めた情報がこれだ。正直、振出しに戻ったといえる」
「構成員のうち何人かが米花に潜んでいるってのは監視カメラの映像から分かったんだ。後は裏と取引もちょくちょくしているらしい」
 デスク上の書類の束に萎える。退院してこれは…。仕方ないと作業しようとしたところで紀里谷さんに呼ばれこの話だ。この組織は海外へも裏ルートで薬を売っている。その中には、タランチュアの残党もいた。
(ここで繋がるとは…)
「米花を中心に調査を進めるが、ただでさえ警戒が強い今、下手に動くのは得策とは言えない。一般と混ざって潜入しつつ進めていく」
 紀里谷さんは洞沢さん、高桐さん、名田さん、そして私という一カ月前と同じメンバーを集めた。潜入調査のメンバー、今回は多いな。
「全員で同じ場所へ潜入はしない。それぞれ、なるべく人と接する機会が多いところに入って欲しい。更に言うなら、どこにいてもおかしくないような職業」
「難しいですね…マスコミ関係とかですかね?」
「記者とかありだな。洞沢は交通事情詳しいし、運転手関係良いんじゃないか?タクシーとか」
「流石に全員潜入だとサポートが大変だからな。洞沢、名田、退院直後で悪いが黒崎、三人が潜入だ」
 これから忙しくなるだろう某探偵を思い浮かべる。彼のもとで弟子、またはその下のカフェで店員、しかしこれだと情報収集はしやすくとも動きづらい。
「今日中に、潜入する人間設定をしてくれ」
 記者はいいな。だが出版社やメディア関係の会社に着くと動ける範囲が偏ってしまう。米花を中心と言っているのにどこかへ飛ばされる可能性だってある。探偵も考えたが、そういうやつらが来るわけがない。考えること数分。自身のキャラ設定を考えた。三者三様、異なるキャラクターを伝えていく。名田先輩はカメラマン。洞沢先輩は交通会社で運転手。私はフリーライター。
 それから約一か月間潜、潜入調査の準備をし、潜入中の新しい部屋も用意した。
 そして私は今、フリーライターとして有希子さんとショッピングに来ていた。
「まあ、仕方ないわよねぇ。でも一緒に来れたからいっか!」
 車中で言われた一言である。心の広い人で良かった。
「それでは本日はよろしくお願いします。工藤さん」
「綺麗に撮って頂戴ね?東堂さん」
 東堂とうどうきょう、フリーランスでライターをしている30歳。今回の記事ネタは[元女優が教える!梅雨・夏の着こなし術!]。私を椎名ちゃんと呼ぶことが無かったのは流石元女優だけある。取材をしつつ写真もしっかり撮って、ショッピングを楽しんだ。


 からんからんとチャイムが鳴る。店内は空いていた。
「いらっしゃいませ。ああ、東堂さん」
 いつものマスターが迎え入れる。店の一番奥のカウンター。私がいつも座っている席だ。
「こんにちはマスター」
「あ!馨さん!」
 テーブル席にいたのは上の階に住む女子高生。長い髪を揺らして、定位置に座ろうとした私に相席を促した。
「こんにちは、蘭ちゃん」
 毛利蘭、母親が家にいないせいか、まだ高校に上がって間もないのに大人びている。
 喫茶ポアロは新しく住んでいるマンションから比較的近い位置にあった。それを知って、行動圏内から小さな探偵に会うのは避けられないなと悟り、だったら下手に怪しまれる前に会ってしまえばいいのかという結論に至った。
「関東大会、おめでとう」
「ありがとうございます!それで、今度新一とトロピカルランド行くことになったんですよ」
「へ~ほ~、デートかぁいいねぇ」
 そんなんじゃないですってば!と顔を赤らめる彼女をニヤニヤしながら見る。からんからんと入店を知らせるチャイムが聞こえる。
「あ!馨さんじゃないですか。こんにちは」
「こんにちは新一君」
 新一は見事に私のことを覚えていなかった。変装とまではいかないが化粧はしている。黒崎椎名とは結び付きづらいが、大きな変装はしていないので知り合いに会ったら少々まずい。新一とは東堂馨として接している。優作の望む「息子をよろしく」の期待には、関係は違えど答えられそうだ。
 公調の任務を考えると、事件吸引器の彼の話は中々嬉しい情報があった。本人は全く気付いていないけれど、話の中には様々な情報が隠されていた。一般人を演じているので、「どう思います?」とか聞かれても少し的外れだったりかすっていたりと一般人っぽい回答をしている。
「今度のデート、頑張ってね」
「で、デートって!別にそんなんじゃ」
 蘭ちゃんと同じ反応をする初々しい彼。残念ながら私の頑張っては違うところにある。
(さあて、準備は整った、開幕のベルは鳴った)
 マスターのコーヒーはここ数年飲んだコーヒーの中で一番おいしい。私の原作への関わり方は、カフェの常連から仲良くなった大人の一人、だ。

黒崎椎名
 徹夜明けで若干思考が鈍くなっていたせいで、居眠り運転に轢かれる。それでもデータはしっかり守った。誰かの死亡フラグをへし折ったことを知らない。退院後、メンバーで焼肉に行った。
 親友に真実を伝えるべきか悩みつつも、言うべきだと意を決した。結局言わずじまいだったが、親友は自身の父親が既にこの世にいないことを悟っていると知った。タランチュアの件も言おうと思っていたが、ここで投げ出すわけにはいかない。親友の息子だって父の手を借りず成し遂げようとしたじゃないか、と思いとどまる。親友の奥さんを親友と揶揄うくらいには三人仲がいい。連絡をあまり取れなかったけれど、信じてくれる、待っていてくれる人がいる素晴らしさを今更知る。
 実際に潜入をしているわけではないが、東堂とうどうきょうとして潜入調査を開始。
工藤優作
 久々に会った親友が重大な真実を告げようとするのを止める。怪我が原因ではない、青い顔をして泣きそうな顔で言おうとする親友に安心してほしいという念を込めて話をした。親友への想いは強い友愛。
 親友は守らせてくれないし、それどころか私のことを私に気付かれることなく守るから、だったら自分のことは自分で守れれば親友はもっと気が楽になるんじゃないか、という考えに至った。
工藤有希子
 久々の椎名ちゃん!怪我してる!優作と深刻な話してる!というか優作奪われそう!私の!!とぷんすか。
 ショッピングでは黒崎椎名のファッションセンスにビックリ。東堂としてのセンスなのか黒崎椎名としてなのか頭を傾げた。以前ショッピングに行った時はシンプルでボーイッシュなのを好んでいたような気がしたが、今回はアラサーとしては完璧なおしゃれさで「好きな人できたの!?彼氏できた?!」と帰りの車で詰め寄った。勿論本人は否定したが、勝手に好きな人がいると思っている。

 紀里谷雄太を司令塔とした人体実験を行う組織、通称MM(MadMedical)を調査するチーム。主要メンバーは黒崎を入れ5名。全体だと数十人はいる。

紀里谷雄太
 チームの指揮を担当。チームの総責任者でもある。女子力高め。
 黒崎椎名が運ばれて、無理させたかと反省。あの黒崎が居眠り運転に気付かないなんて疲れていた証だろうと、退院するまでの間は黒崎の分も働いていた。黒崎椎名が抜けてから明らかに仕事の進捗が下がって、黒崎椎名の偉大さを痛感。あいつ、仕事できるし早かったからな…。
洞沢
 交通会社へ潜入調査を開始。ナビより正確なルート探索をする。昔、東都シティランドへ遊びに行った際、効率よく全てを回りきるルートを割り出したところ当時付き合っていた彼女に「そういう楽しみ方は夢がない」と言われフラれた。
高桐
 いくら調査とは言えなるべく法には触れずに調査したい系調査官。おかげで法律に詳しい。
 黒崎椎名を待っていたら背後から聞こえてきた音にビックリ。降りて確認したらそこには頭から血を流す黒崎椎名の姿が!!ぼろぼろなのに任務を全うしようとする黒崎にそうじゃねえだろ!と怒鳴りかけた。
 黒崎椎名が甘すぎるのものは苦手だと知っていて、超甘いお菓子をお見舞いに持っていく。もっと自分の身を大切にしろ!
名田
 カメラマンとして潜入調査を開始。テレビ局のようなカメラマンではなく、メディアで使える写真を撮影する方のカメラマン。カメラマンなら誰もが憧れるという大手企業へ入ることに成功。
黒崎椎名の次に若い。たれ目でいつも眠たそうにしている。運ばれた黒崎椎名が数時間後には目を覚ましたのでとても安心した。そんな早く意識戻るものなのか?でもまあ黒崎だし。一番ほっとしたのは彼かもしれない。高桐のお菓子選びに喜んで付き合った。
降谷零
 先輩が事故に合ったと聞いて居てもたっても居られなかったが、こういう時に限って組織から仕事が来る。結局見舞いに行けなかった。ジン、お前は許さない。
 落ち着いてからは暫く先輩の家へ通い妻リターンズ。朝食を作ろうと勝手に借りている合鍵で入ったら、部屋で寝ている先輩を見つけ寝顔を見ようとしたらその前に起きられた。くっ、気配を消す技術がまだ甘いか…。
諸伏景光
 先輩が事故に合って、誰も見舞いが来ないタイミングで数回見舞いに行っている。退院した時は車を回した。その時着ていた先輩の服が今まで見なかったタイプだったのでビックリ。これ選んだ人ナイスチョイス!
 京都へ任務に行った際に見つけた梅茶がおいしそうで思わず購入。安全だと確認したうえで降谷と先輩と飲もうと思い持っていく。梅茶を入れてたら、その香りに気付いた先輩が突然青白い顔で飲むのを全力阻止して着てビックリ。「あ、ごめん、なんでもない」と先輩がそのまま寝室へふらふらと言ってしまう。そこに丁度帰ってきた(正確には先輩の家へ通い妻しにきた)降谷が話を聞き、まだトラウマなのか、と諸伏にも事件の詳細を伝える。以降黒崎椎名の周辺から梅に纏わるものを排除するようになった。