Reincarnation:凡人に成り損ねた

偶然の産物か、必然の結果か、

11

 神を信じない民に粛清をという名のテロを目論んだ宗教組織が摘発された。立ち入り調査や周辺調査でここ2カ月ほどは、家に帰れたら奇跡というレベルで忙しかった。
「びがんびーがっびげすどりーま!ゆめみることがーすべてはじまぁりー、それがこたえだーろ、だれよりとおくぅへとんでみせるぅよー、すべてのぉあすをぉ、つっらっぬいてっ!!」
「歌うならちゃんと歌え黒崎ぃ!イギリス大卒の英語じゃねえぞぉ」
 屍累々。叱る先輩の声も覇気がない。先輩は確か5徹目だったか。仮眠はとっているだろうが多くても3時間ほどしか取れていないだろう。報告書を印刷している間、先輩の元へ向かう。
「I have done my job, do you need help?(やることおわったんで、手伝いましょうか?)」
「No!(結構だ!) 相変わらず、腹立つほど早いな!」
 ここにいる人は全員英語ペラペラだ。ただクィーンズイングリッシュは私だけらしい。時たま話し方を聞いてくる人がいる。
「仕事が終わったなら丁度いい。黒崎は俺と病院な」
 紀里谷さんが私のコートを投げてきた。キャッチしつつ疑問符を浮かべる。
「病院?」
「田中良治の調書を取りに。もう話せるレベルまで治ったと連絡があった」
 捕まる直前、隠し持っていた薬で自殺を図った男、田中良治。今回ただ一人の重体者だ。そういえばまだ話を聞いていなかったな。
「黒崎が今後潜入調査をやる可能性も考えて、念のため顔は変えておけ。15分あればいいか?」
「そんな早く化粧できないっす。1時間……分かりましたよ、30分ください」
 ただの化粧なら高速15分でもできるだろうけど、顔変えるレベルだなんてそんなすぐできるほど器用ではない。ロッカーへ向かい化粧をしウィッグを被る。紀里谷さんと共に米花病院へ向かった。


「ああ神よ…私は天へ逝ける御霊では無かったというのか…ああ」
「ずっとこんな感じだそうだ」
 田中は虚ろな目で虚空を見つめていた。身体的に話ができるほど回復したとしてもこれじゃあ話にならない。信者なら信者なりの話し方がある。心を引きずり出すのでなく、寄り添えば自然と話をしてくれるはずだ。
「新天会は罪を犯した人々の心を癒し、神に忠誠を誓うことで死後の幸せを約束する。あなたは自らの生を神に差し出すことで、忠誠を伝えたかったのですね」
「そうだ…そうなんだ…。妻に嘘をついて、その所為で妻は死んでしまった…。妻は…事故死だ…私があんなこと言わなければ妻は死ぬことが無かった…。加治屋様が仰られたんだ。神はまだあなたを見放していないと、天にいる妻へ謝罪をしたいというのなら、神に忠誠を誓えば、妻に会えると。……それから5年間…ただ妻に謝りたい一心で…」
 加治屋は罪悪感につけ入ったのか、と紀里谷さんは吐き捨てる。心の弱っている人間は、宗教団体にとってさぞ甘い蜜だろう。
「あなたの奥さんはあなたが嘘をついていたことを知っていますよ。そしてそれを赦している」
「何をでたらめを…知りもしないくせに」
「5年前のあの日、あなたの奥さん、田中凛子さんの車からスターチスという花とバラが見つかっています」
「スター…チス?」
「それぞれ花言葉は“変わらぬ心”、“あなたを愛しています”。事故のあった日は結婚記念日だったそうですね。前日の夜に口喧嘩をし、あなたは奥さんに愛想が尽きたと言ってしまった。それが嘘であると奥さんは分かっていらっしゃったようですよ。花屋の店員に「言って後悔するなら言わなければいいのに」と愚痴を言っていたそうです。買った花は仲直りしたくて、ではないでしょうか?」
 この2カ月間、ただ報告書を書いていただけではない。宗教へ入った人たちが何故入団したのかの理由を調べることも仕事の1つだった。田中良治の入団理由は分かっている。調べ終わっているのだから。
 その後、号泣しながらも田中は話に応じてくれた。聴取が終わり部屋を後にする。紀里谷さんは息を吐いた。
「流石だな、そこまで調べ終わっているとは」
「偶々調べ終わった人の一人が彼だっただけですよ。全員はまだ把握できていません。高桐先輩とか洞沢先輩の方が結構知ってそうですけど」
「あいつらは基本そっちやっていたからな。…すまん、帰る前にトイレ寄っていいか?」
「ああ、いいですよ」
 方向転換しトイレへ行く。特別病棟は静かだ。私たちの足音が響く。
「あれ、なんだ?忘れ物か?」
 廊下に不自然に紙袋があった。忘れ物にしては近くにベンチがない。置いていった、の方が正しそうだ。紀里谷さんと二人で中を覗く。
「!?これって!」
「……いっつでんじゃらぁす」
 赤いデジタル信号がカウントダウンをしている。それは間違いなく爆弾だった。
「あと5分か…警察呼んでも間に合うかどうか」
「とりあえず工具を探しましょうか」
「おま、まさか」
「私がどこ卒業か、忘れてません?」
 ニヤリと紀里谷さんに笑いかける。紀里谷さんはタラっと汗を流しながらも同じくニヤリと笑いかけてくれた。
「ハッ、とんだチートな部下を持ったようだな俺は!工具は俺が探してくる。お前はここで待っていろ」
「イエッサー」
 猛ダッシュながら紀里谷さんの足音は相変わらず静かだ。あの速さでどうやってあんな静かな足音でいられるのか不思議でしょうがない。幸いこの近くの病室は全て空き部屋だ。運良すぎかよ。
「持ってきたぞ。病院にも伝えた。どうやら別の場所にも爆弾が仕掛けられていて、こちらに来るのは時間がかかるらしい」
「なんでこう爆弾パラダイス……」
 工具を受け取り解体に入る。紀里谷さんは隣から私の手元をガン見している。
「そんな見られると照れます」
「後学の為にと思って」
 そういえば紀里谷さんは、所謂天才と呼ばれる類の人間だった。大抵のことは一度見たら何でもこなせるらしい。尊敬した人を「〇〇っち」と呼ぶ黄色いワンコのようなあのキャラを思い出す。多分あのキャラと同じタイプの人間。性格は全く違うけど。
(教授の頭がぶっ飛んでてよかった。課題で出されたあれよりは簡単だ)
 パチパチと迷うことなく配線を切る。遠隔で爆発されないようしっかり解体しきった。最後の配線を切って終わりですと声をかける。
「途中でタイマーが止まっていたが、それで終わりじゃないんだな」
「遠隔操作で爆発されたらたまったもんじゃないですから。タイマー止まってからは遠隔操作関係の配線です」
「ううん、同じ形なら俺も何とかできそうだが、仕組みそのものを理解できていない段階では怖いな。今度教えてくれ」
「あ、はい、時間あったら」
 遠くでサイレンの音がする。警察が到着したようだ。
「ようやくついたか…よし、逃げるぞ」
「は?」
 紀里谷さんの言葉に目を丸くする。逃げる?
「俺はトイレに行きたい。それと、お前も解体したことバレたら後々面倒だろう?警察にも公安があるからな。同じナカマだとしても仲良しこよしで仕事しているわけじゃない。さあそうと決まれば逃げるぞ、早くトイレに行きたい」
 工具は片付け爆弾の横に置く。そういえばトイレ行きたいと言っていたな。若干焦り顔の紀里谷さんを見てぶはっと笑ってしまった。


 もう一つの爆弾は観覧車にあったそうだ。そういえば4年前に萩原を助けたのも今日だったな。4年前の爆弾犯は見つかっていないという。……まさか同一犯?
「黒崎が初めてボロボロになって出社したのも、マンションで爆破事件があったのも、4年前の今日だったな」
 デスクに戻り紀里谷さんは言った。同じことを考えていたようだ。
「奇遇ですね、私も同じこと考えていました」
「なぁになにぃ?紀里谷さんと黒崎の間に恋の予感かぁ?」
「洞沢、これをお前にやろう」
「ちょ、俺やっと帰ろうとしたのに!」
「口は禍の元ってやつっすよ、洞沢先輩」
「黒崎、手伝え」
「嫌っす」
 ただでさえ採用人数が少ない公安調査庁。加えてこの部署に来る人数も数年に2,3人らしい。この中で一番若いのが28の私だ。可愛がってもらえるこの職場にくすぐったさと温かさを感じる。
(前世も、上司が変わってからこんな感じだったなぁ…)
 東堂、これやれ
 いや、無理っす
 と~どうのいいとこみてみたいっそれ!
 自分でやってくださいよ、神崎先輩
「黒崎?」
 ハッとし紀里谷さんを見る。
「疲れてるなら今日は帰ってもいいぞ?ボーっとするなんて珍しいな」
「あはは、すみません。さっきの聴取纏めたら帰ります」
 どうもこの職場にいると前世の職場を思い出す。何もこれが初めてではない。
(あー、良い記憶だけなら良かったのに)
 席に座りPCを起動する。釣られるように思い出した前世の記憶。耳の奥で水音がしたような気がした。


 スコッチにNOCの疑いが掛けられている。始末されるのも時間の問題だろう。
 ウィリアムからの報告に手先が冷えた。スコッチの存在を先に知っていたのは不幸中の幸いだろう。
(ぜってー助ける。死なせやしねえ)
 やるからにはさっさとやるべきだ。NOCと疑われる原因は何か、蜘蛛が頭をよぎる。果たしてそれが原因か。何年情報収集やってると思ってるんだ。諸伏の連絡先も、スコッチとしての連絡先も手に入れられる。彼を殺さず助けるための算段を頭に描く。そこで協力者となってくれるだろう、警視庁公安にいるある人物にメールをした。勿論これもハッキングで得た情報。諸伏のことを考えると電話よりいっそ突撃したほうがいいかもしれない。今は18時。諸伏の家を探し出し車のカギをひっつかんで家を出た。


 ここが組織にバレている住処かどうかは分からない。恐らくセーフだとは思うが、諸伏景光として借りていないので何とも言えない。ピンポーンとインターフォンを押す。
「すみませーん、宅配なんですけれども」
「…宅配なんて頼んでいませんが…」
 警戒心の強さ、よしよし。これですぐ出てこられても困る。マンションの監視カメラから今この部屋に彼しかいないのは確認済み。なら問題ないだろう。
「そうですか、“黒崎椎名様からの”お荷物なんですけれども」
 ガタッバタッと大きな音が聞こえた。そして直ぐにドアが開いた。
「!…なっ…え!?」
「大きい声を出すな、“緋色”。ちょっと着いてこい」
 彼の偽名を呼ぶ。目を白黒させながらも、諸伏は直ぐにコートを着て私についてきた。かなり周囲を警戒している。そんな彼を車の後部座席に乗せかなり迂回しながら自宅へ向かった。高3の冬によく来た、私の部屋へ。
 部屋に着くや否や私は諸伏に何も言わせず口を開いた。
「盗聴器の心配はない、安心して。それにしても……スコッチ、それがコードネームだね。まさか降谷と一緒に同じ組織に潜入しているとは思わなかったよ」
「先輩…一体どういう…」
「卒業式のあの日、私が言った言葉に嘘はない。公安に行けたらいい…そして私はそれを叶えている」
「そんなわけ!警視庁に先輩の名前は無かった、警察庁にいたなら降谷も気付いている筈だ!」
「ああ、そうだよ。なあ諸伏、この日本に公安と名の付く組織がもう一つあるのと知っているか?」
 混乱している諸伏に、本来は見せてはいけない手帳を見せる。
「私は公安調査庁の人間だ。公調、PSIA、なんて呼ばれ方もあるね」
「公安…調査庁…」
 諸伏の腕を引き椅子に座らせる。冷蔵庫から開けていない水の入ったペットボトルを取り出し諸伏に渡した。諸伏は受け取ると蓋を開け一口飲んだ。
「…俺が何をしてるか、知ってるってことですよね」
「勿論。私はな、諸伏。お前を助けたいんだ」
「どういう…ことですか…」
「諸伏、スコッチはNOCとして疑われている。恐らく年内には始末命令が下る可能性が高い」
 スコッチは私の言葉を理解し蒼褪めた。状況を把握できたようだ。
「情報源はちょっと言えないけれど、とにかく、このままだと諸伏は消される。しかしこの話を公安にしてはいけない」
「それは…公安内部にスパイがいる可能性がある…ってことですか…?」
「そう、信じられないかもしれないけど」
 諸伏は深呼吸をし、覚悟を決めた目で私を見つめた。
「分かりました。先輩に従います」
「…いや、そう簡単に従われると…公安はいいわけ?そっちのスパイ消したら戻れるわけだし」
「先輩だったらきっと、こうして俺の前に姿を現すことなく俺を助けることができたはず。だというのにそれをしなかったということは、相当焦って俺を呼んだんじゃないですか?俺に近づくことが危険だってことも分かってるはず、だというのに変装もせずに俺の部屋を訪れた。それだけじゃない、俺のことを想って、俺と降谷を想ってですよね?しかも自分の身分を明かすだなんてご法度だ。それをしたのは俺を信頼して。殺されそうになってるのに何言ってるんだ、って思うかもしれないですけど、俺嬉しいです」
 さっきまで青い顔をしていたというのに、今は何やら照れて頬をかいている。確かに、言われてみると冷静さにかけた行動だった。
「…あー、反省する。確かに危険だった…」
「零より先に先輩のこと知れたなー。これは自慢できるぜ」
 先ほどまでの緊張感がなくなる。諸伏のこういうところはある意味尊敬する。
「それで、どうするんですか?」
「そうだね、組織は死を認めないとねっちょり付きまとうから、死の偽装は必須だ」
「ねっちょりって…」
 呆れたように私を見る諸伏に、わざとらしく咳ばらいをし先を続ける。
「公安内部にスパイがいることを考えると、一度公安にも死んだと思わせた方がいい。かといってそれを上に報告せずにいたら諸伏の戻る場所がない。ということで、助っ人を呼ぼうじゃないか」
「零?」
「降谷は警察庁だろ?ちゃんと警視庁公安の助っ人さ」
 ピンポーンとチャイムが鳴る、なんてグッドタイミング。オートロックのエントランスをドアホンのボタンで開錠する。
「いったい誰が…」
「うーん、諸伏は接点なかったのかなぁ。でも一度話に出たし知ってると思うんだけど」
「流石に公安の人間は全員知ってますよ」
「違う違う、そうじゃなくて」
 ドアのノック音がする。部屋の前まで来たようだ。諸伏をそのままに玄関へ行く。
「よくきたね」
「あんなメール来たら来るしかないだろ!」
「どうどう怒鳴るな。中に諸伏がいるよ」
 来客を招き入れる。
「え、き、北澤さん!?え、助っ人って…」
「我らが生徒会長、北澤唯人君です」
「10年も前の話もって来るなよ…黒崎」
 高校の生徒会長だったあの北澤は、なんともビックリ公安にいたのだ。


 あらかたの話を終え、驚く北澤に同じように未開封の水を渡す。そして自室から以前作ったアイテムの改良版を持ってきた。
「これは…防弾チョッキ?」
「この防弾チョッキに銃を撃つと血糊が出る。ちゃんと貫通したかのように見せられるよう後ろも、対応した場所から血糊が出るよ」
「…黒崎、お前いつのまに発明家になったんだよ…それとも、公調は開発室でもあるのか?」
「開発技術を身に着けたのは高校入るより前だよ。まあその話は置いておいて…。確実に死んだと思わせるなら、正直ジンに撃たせるのが確実だね」
「一番危なくないすか?」
「ジンはこれまで多くの人間を葬って来た。命中率は流石だね、“心臓に”100%だ」
 作戦を理解したようだ。そして、北澤も中々頭がいい、自分の役割を把握した。
「俺が諸伏を回収すればいいんだな?そして諸伏は別人として公安に入りスパイを探す」
「そういうこと。都合よくジンが来るとは限らない。ベルモットやキャンティ、コルンは頭も狙ってくるからね。ジンがベストだ」
 ライは殺すどころか助ける可能性が高い。ライがFBIだとバレるのは問題ないが、公安とFBIが手を組まれるのはアラレナートとしては嬉しくない。
「…この話…降谷には」
「そういえばあいつも潜入しているんだったな」
「スコッチとバーボンとライはよく組んでいたね?スコッチへの疑いが確信になったら、仲の良いバーボンが疑われるのは自然だ。今伝える余裕はないだろう。スパイがあぶり出せたら伝えればいい。そこは私が何とかしよう」
「…黒崎の何とかしようは妙な安心感あるよな…10年経っても変わらないな…」
 そういえば高校時代もよく「何とかしよう」といって北澤を助けてたっけ。というか作戦や計画が立っていない時によく使ってる言葉な気がする。何とかするって便利な言葉。
「もしベルモットやライとか、心臓以外を狙いかねない奴が来たら自殺を図ったようにするしかないな。諸伏、できるか?」
「やらなきゃ死にますからね。やりますよ」
 北澤を呼んだのは高校の友人として正義のままであってほしいという願望もあった。10年ぶりに会う友人は、私の目から見ても変わらず白のままだった。


 スコープ越しに廃ビルを見る。まさか日本でライフルを構える日が来るとは。
『狙撃の経験とか…黒崎マジ何者…』
 インカムから聞こえる北澤の声に真面目に「生もの」と答える。ため息をつかれた。
『それは保険だからな!諸伏は拳銃を持ってこれなかったらしいから、保険!』
「分かったから黙って」
 いくら死なないと分かっていても私とて後輩を撃ちたくない。始末命令が来たとウィリアムからメールが来たと同時に諸伏からもメールが来た。目を付けていた廃ビルに向かうよう指示し、北澤にも同様に連絡をした。仕事で外に出ていたため、そのままポイントへと向かった。
「……来たよ」
 屋上に走って来たのは諸伏。続けて来たのは…ライ。思わず舌打ちをした。よりによって…。
 諸伏はライがNOCだと知らない。ライは狙うとき心臓と脳幹は五分五分らしい。不確定過ぎる。北澤にも分かるよう状況説明をする。
「相手はライ。…諸伏はライから拳銃を奪った、自殺へ方向転換。…くっそ、止められた……」
 ライが何か言ったのだろう、諸伏は目を見開き抵抗をやめた。その顔は戸惑っている。これはライがFBIだとばらしたな?諸伏には言っておくべきだったか。ライフルを構える。ライのことだ、仲間に連絡を取るだろう。
(だからFBIと公安が手を繋がれたら困るんだ!!)
 ライフルを構える。公安にタランチュアがいたら、FBIと連絡を取りやすくなってしまう。それだけは阻止しないと。死なないって分かっていても諸伏の心臓に向けるのは心臓がキリキリする。落ち着け、ぶれたら、
「…あぁ!?」
『どうした!?』
「あ、いや……諸伏は自殺した…。でも、なんで…!!!」
 諸伏が自身の心臓に銃を当て放った。そのまま壁に凭れかかり力尽きる。そして屋上に現れたのは……。
『おい黒崎?』
「作戦通り、諸伏を回収して。気を付けろ、降谷がいる」
 サイレンの音がする。北澤が鳴らしたんだ。あの廃ビルは警察署が近い。発砲音がしてサイレンの音がしてもある意味不思議じゃない。スコープ越しにライと降谷が屋上を去るのが見える。降谷の表情は見えなかった。


 職場に体調不良を理由に早退を伝える。北澤が用意した、公安も知らないセーフハウスへ向かう。諸伏と北澤は既にいた。諸伏はソファに座り項垂れている。
「…俺、降谷に…」
「諸伏、落ち着け」
 諸伏は相当ショックを受けている。
「諸伏、状況を聞いて大丈夫?」
「…追いかけてきたのはライだったから、拳銃奪って自殺図ったんです。そしたら、ライが「俺はFBIから潜入している赤井秀一」って…。ライから自殺を止められたんだ。まさか同じNOCだとは思わなくて」
 やはり赤井秀一の話はしておくべきだった。
「でも、足音が聞こえて、このままじゃって、引き金を引いたんだ…そしたら…」
「それが、降谷だった、のか」
「ライは自分が殺したかのように零に話していた。その真意は分からない……」
 いつか降谷が真相を知ったら、その真相は諸伏が生きていることではない。自身の足音が引き金を引くきっかけになったと知ったら…。
「FBIを投げ飛ばして拳銃奪うとは、諸伏も中々やるな。武器を奪われている時点でライもライだ。降谷だけが原因ではないだろ。それに今お前は生きている。諸伏、落ち込んでいる場合じゃない。早くその姿を降谷に見せるために、生きていると安心させるためにお前にはやることがあるだろう」
 北澤は諸伏の顔を上げさせ言った。私は北澤の肩を叩いた。
「諸伏の今後についてやること、あるだろ?諸伏は私に任せて、先に帰れ」
 言外に二人っきりにさせてくれというのが伝わったようだ。北澤は息を吐くと部屋を出て行った。諸伏と同じソファに少し離れて座る。
「諸伏、ごめん、私の所為だ」
「違う、先輩は」
「ライが赤井秀一だと知っていた。FBIの人間であることも!」
 欲張った、目先のことを優先せず、目的の為に動いた。思えば、今固執すべきはFBIと公安がタッグを組む可能性を防ぐことじゃなかったはずだ。そもそも公安にいるかも分からないタランチュアを恐れ、降谷に、諸伏に、嫌な思いをさせてしまった。
「ライは…赤井秀一は諸伏が公安の人間だとは知らないはずだ。私は私の目的の為に公安とFBIが手を組むことを恐れた。諸伏たちは全く関係ないのに、勝手に巻き込んでしまった。私の落ち度だ」
 胸元を掴む、そこにはあの人の手帳。愚かだ、あまりにも愚か過ぎる。もっとやり方はあったはずだ。ライがFBIだと先に知っていれば諸伏の接し方も、今後の展開も変わったはず。好ましいことではないが、赤井秀一単体と接触することも可能だったかもしれない。…接触してどうする?銀の弾丸は黒の組織に対して、タランチュアに対してではない。
(たらればの話をしたってダメだ…冷静になれ黒崎椎名!)
「椎名先輩」
 両手を掴まれ諸伏の方を向かされる。その手は温かい。いや、私の手が冷えていたのか。
「起きてしまったことは仕方ないです。未来を見据えましょうよ。結果的に俺も生きている、何も失っていないんですよ」
「…はは、そうだね…。組織内でも、スコッチは死んだと判断されたそうだ…、ライとバーボンからの報告で…」
 彼の方がしっかりしている。切り替えが早い、流石元潜入捜査官。殺めた時もそうやって切り替えて、前を向いて生きてきたのだろう。
「…公安のスパイを探し出すついでに、頼みがある」
「それは、先輩の目的に関わることですね」
「話が早くて、ほんと、よくできた後輩だよ」
 降谷も諸伏もいずれ協力してもらうつもりで仲良くなった。しかし可愛い後輩たちへ打算的な感情は無くなっていた。いずれ協力してもらいたいという気持ちこそあれど、果たして巻き込むのかと葛藤していたのだ。だが覚悟を決めた。
「私は20年ほど前に壊滅した、タランチュアという組織を追っている」
 いつから追っているという話や、追うことになったきっかけは、今は話さない。公安内部にも残党がいる可能性、そしてアラレナートの話をする。飲み込みの早い諸伏は、私が公安調査庁にいる理由を理解した。
「各国の諜報機関と情報が取れる、だから公調に入ったんですね。先輩の情報収集力はそのために培われたもの」
「そういうこと。組織からのスパイ探しにプラスしてごめん。北澤にアラレナートの話はまだしないで。あいつはあいつで手一杯だろうし」
「分かりました。…はは、降谷より先に俺がワトソンになれたかな」
「その話まだ引き摺ってるのかい…10年も経つんだぞ…」
 空気が軽くなる。諸伏はケタケタ笑った。


 スパイは想像以上に早く見つかった。厳密にはスパイというより、金に目が眩んだ新人の仕業だった。降谷への連絡は、彼が安室透として私立探偵をしていたことを利用し、依頼者という形で北澤が接触して諸伏の生存を伝えた。そして事の背後に私がいたことも。
「俺、先輩に感謝してるんです。だから、そんな謝らないでください」
 諸伏に呼ばれ彼の隠れ家に行くと降谷がいた。その顔を見て半端ない罪悪感から謝罪の言葉しか出なかった。
「先輩がいなかったら本当に俺は、大事な幼馴染を殺していた」
「俺も、零に辛い思いさせるところだった」
「…結局、結果論さ…」
「先輩、それ以上謝ると怒りますよ」
 降谷は困ったように笑った。諸伏と降谷が並んでいるのを見ただけで、不覚にも泣きそうになった。
「例え実際はそうでなくても、自分のせいで大切な人が死ぬのは、そしてそれを知ったら、精神的に来るから」
「……工藤かほりさん、ですか」
 目を見開き降谷を見る。まさか調べていたなんて。
「自ら料理しようとしない理由、警察になったら分かるかもねって先輩言ってたじゃないですか」
「マジで調べたんだ」
「あの夜の鍋の時でさえ意地でも準備手伝わなかったから。すみません」
 降谷の記憶力は本当に凄い。10年も前の話だというのに。
「先輩の親友って、もしかして工藤優作さんですか?」
「そうだよ。ここ数年連絡まともに取れてないけどね」
 こちらからは連絡ができていないが、優作や有希子さんからメールは来る。もう少ししたら、拠点をアメリカに移そうかと考えているらしい。
(優作がアメリカに行く前に、真実を話すべきか、否か…)
「アラレナートの話は景光から聞きました。公安内部は俺も探ります。そして組織も」
「俺も、もう諸伏として公安にいるけど、タランチュアは変わらず探してる」
 心強い後輩に笑みが浮かぶ。赤井さんも、SISも、本堂もみんな遠い地にいる。確かにつながっている筈なのに、日本は私ただ一人、孤軍奮闘。
「はは、こんな心強いんだね…仲間が物理的に近くにいるだけで」
「一人で背負い過ぎなんですよ。俺たちをもっと頼ってください」
「俺はそれを零にも言いたいけどな」
「先輩は俺の比じゃないだろ」
「「自覚してるんだ…」」
 その日の晩久々に3人で食べた夕飯は、ここ数年で一番温かかった。


「赤井秀一がFBIってのは知ってるよね。後は、アクアビットがCSIS、リースリングがBND、スタウトがSIS…MI6だよ。あとキールがCIA」
「…NOC多いな」
「ジン、ウォッカ、ベルモット、ピスコ、アイリッシュ、キャンティ、コルン、シェリー、このあたりはNOCじゃないってことか」
「…そうだね、シェリーに関しては、NOCではないけれど姉を人質になかば強制的に働かされてるようなもんだし。親の後を受け継いで研究を進めてるんだよね」
「…零?」
「いや、何でもない…」
「赤井秀一がNOCだとバレたら、引き込んだ宮野明美の立場が危うくなる。彼女の身に何かあったらシェリーが自殺を図る可能性もあるね」
「シェリーとの接点はありませんが、宮野明美とはどうにか接触できると思います。彼女たちはどちらかというと被害者に近い」
「……(そういえば、かつて宮野エレーナがいた研究所の近くに、降谷は住んでいたな…接点があったのか?)」
「ライに気を付けろよ?あいつ結構ガチっぽいし」
「…降谷、凄い顔してるぞ、そんなにライ嫌い?」
「……どういうつもりだったのか知らないが、とにかくあいつとは馬が合わん」
(降谷も大変そうだな…)

黒崎椎名
 爆弾解体が松田の、そして松田と同じ場所にいた萩原の命を救ったとは露知らず。工具を借りた時点で自分たちの身元がバレる可能性を考え、小田切警視長にオネガイをした。
 諸伏が赤井秀一と降谷零の間に生まれる確執の原因であることを知らない。この時点で原作に大きなズレが生じた。原作を知らない当人は全く気付いていない。
 情報屋として活動するバーボン、降谷零の為にこっそり情報提供するようになる。その中に、ベルモットの弱みとなる情報もある。一先ずこれでベルモットはバーボンを殺そうとはしないはず。
 タランチュアに囚われていたと猛省。アラレナートとして活動しているものの、基本一人行動を20年近く続けて来た結果、身近に心の拠り所がなかったのも一因。親友に会えていないことも一つ。親友へのファンレターは相変わらず送っている。保存されているとは知らない。
紀里谷雄太
 正直今まで自分より、所謂“凄い人”に会ったことが無かった。部下がチートすぎて感動。クィーンズイングリッシュや爆弾解体を教えてもらう。部下のメイク技術は流石に真似できないが、知識を持つに越したことは無いと、洞沢と高桐を巻き込み化粧品の知識を付ける。その流れで男の化粧品にも手を出し、暫くお肌つるつるなイケメンになった。仕事が立て込むとその面影は一切なくなる。
爆弾処理班コンビ
 3秒しか出ないヒント。死を覚悟しつつ、萩原が「先輩が生きろって言ったんだ、意地でも生き延びねえと、きっと怒られるぞ」と言いギリギリまで解除しヒントが出たら3秒で残りを解除するという荒業をしようと二人で作戦を立てたところで、もう一つの爆弾が見つかったと連絡が来る。それを聞きさっさと解体。もう一つの爆弾は既に解体済みで、一体誰が…と聞き込み。最近摘発された宗教団体の一員に聴取に来ていた人間が工具を借りていったと聞いたところで、解体した人が分かったからそれ以上調べる必要はないと上からお達しが来る。結局誰が解体したのか分からず勝手に独自で調べている。
諸伏景光
 突然先輩からの宅配便が来るわ、というか本人いるわ、しかも着いていったら自分のこと知られているわ、でかなり混乱した。「椎名先輩なら何やっても、もう驚かないわ…」助けられて、改めて一生この人に着いていこうと誓った。
 幼馴染に嫌な記憶を植え付けるところだったと、自身の生を喜んだ。先輩に指定された廃ビルは、指定されたものの状況的にそこが一番安全だと確かに感じた。追ってきたのがライと知って汗だらだら。やべえ死ぬかも。実際は同じNOCと知り別の意味で汗だらだら。やべえ先輩どうしよう。からの足音で、ライの隙を突き自殺したふりをする。
 冷静で自分よりも遥か先を行く先輩からの謝罪に動揺。そして先輩の真の目的を知り、「先輩から、ちゃんと信頼得ていたんだ」と嬉しい。公安内部のスパイは北澤と共に速攻あぶり出した。
降谷零
 危うく足音で幼馴染を殺すところだった。高校時代に足音を指摘されたのを思い出す。もっと冷静にならないとな…。先輩の謝罪に動揺。ちょっと弱った先輩を見て正直安心した。「完璧な人だけど、俺も先輩の助けになれるんだ」先輩が赤井のことを赤井秀一とフルネームで呼ぶので釣られてフルネームで呼ぶようになる。黒崎としては赤井務武と区別をつけるためだがそれを知らない。
 「あくまで組織壊滅を優先。タランチュアに意識をもっていきすぎないように」と口酸っぱく先輩に言われ渋々頷く。先輩からの組織の情報を得て、組織内で動きやすくなる。「洞察力、観察力、そして推理力、まるでシャーロックだね」と先輩に言われ久々にかなり照れた。ジンにも似たようなことを言われたが先輩の記憶を上書きしている。
 先輩が人に手料理を作らない理由を警察官になって間もなくして知る。トラウマを抉るつもりはないが、いつか先輩の手料理が食べたいと思っている。アラレナートの活動目的は知ったが、何故タランチュアが壊滅していないことを知ったのか、どうして追うことにしたのか、等のきっかけは知らない。しかし先輩の親友である工藤優作の父親が行方不明であることが関係していると推理している。
北澤唯人
 見知らぬアドレスからのメールに不信感。「君と同じ高校だった黒崎椎名です。覚えてるかな?生徒会長。流石に公安にいたらPC操作も慣れたかな?」と住所と共に記載されていたためすっ飛んでいった。なんで公安だって知ってるんだ!?てか黒崎!?あの!?チッ、どこかで情報が漏れたか?拳銃隠し持ってその場所へ向かっていた。諸伏に狙撃を教えたのが北澤だった為、ライフルを持っていた。今では諸伏に実力を抜かされたが、公安内では2番目に実力がある。狙撃技術は遠距離より視界不良に強い。
 アラレナートの存在は知らない。黒崎椎名が自身たちの情報を知っているのは、公安調査庁として動いている中で得たものだと思っている。
赤井秀一
 ライとして潜入中。諸伏が生きていることを知らない。惜しい人を亡くしたと思っている。スコッチが死んだときのバーボンの様子を見て、バーボンも自分たちと同じなのでは?と探っている。