Reincarnation:凡人に成り損ねた
偶然の産物か、必然の結果か、
10
ロディスから持ち出したデータはある意味宝の山だった。シンドラーカンパニーの極秘情報はもちろん(これは正直いらない)、アメリカ国内にいるタランチュアの残党全てのデータがあったのだ。FBI、CIA、大手企業から中小企業まで、人数は10人。タランチュアの規模を考えたら、この10人は精鋭に入るのかもしれない。警察内部にも仲間がいるのに捕まったやつらがいるということは、そいつらは内部からでさえ誤魔化せない証拠を残してしまったということ。それを考えると、決定的な証拠をつかむのは難しいかもしれない。
『警察組織はその2つだけか』
「この情報が全てであれば。FBIもCIAもウィリアムが潜入してる組織に潜入してるね」
久々に聞くジャックの声はひどく疲れていた。仕事が立て込んでいるらしい。
『シーナが来てくれたらきっと仕事も楽になるだろうに…タランチュアの件が終わったらうちにこないか?』
「はは、検討しておくよ。無理しないでねジャック」
『あのジジィどもが黙ってくれればさっさと終わるんだが…はぁ』
上と揉めているのか。上層部と揉めると大変だよなぁ。前世の記憶を思い出す。現場を知らない人間が上に立ってしかも自分が新人だったときの、あの恐ろしい業務。短時間でこなせるタスクじゃねえよ、と愚痴った記憶がある。
「頭の固い上司だと苦労するよね…」
『なんだシーナ、分かってるな。今の職場がそうなのか?』
「いや、そういうわけじゃないよ。今の上司は貢ぎたくなるくらい良い人だよ」
『シーナが貢ぐ、だと。そいつは相当だな。どちらかというとシーナは貢がれる方だろ?』
「貢がれたことは…ないはず…」
夕ご飯をよく作ってくれた後輩を思い出す。あれは貢ぐには入らないよな…?
『正直、アメリカの内部までは難しいな。CIAかFBIに協力者がいるといいんだが』
赤井さんの言葉を思い出す。彼の息子は今潜入中だったか。
(赤井秀一でなくても、ジェイムズ・ブラックは話が通じそうな気もするな…どこかで接触を図るか)
「FBIについてはどうにかしよう」
『知り合いでもいるのか?』
「いないなら作ればいい、ってね」
扉がないなら作ればいい!な、かの錬金術師を見習ってみようではないか。
黒崎はアグレッシブだな。頼りになるよ。先輩から言われた言葉を思い出す。萩原を助けたあの日から1年、私は今アメリカにいた。BNDの時同様、FBIとテロ組織の情報共有の為にきたのだ。原作に関わるジェイムズやジョディのことを考え、化粧という名の変装をしてきている。仕事で来ているのだ、流石に偽名は使えない。
「やあ、君がシーナ・クロサキか!日本からよく来たね!」
「初めましてMr.スミス。よろしくお願いします」
「ポールで構わないよ!館内はこの入館証をつけていてくれ。それじゃ案内するよ」
FBIの本部にこうも簡単には入れるとは。仕事の名のもとに情報盗み放題…
(いかんいかん、信用を失ったら元も子もない)
「この部屋だ」
連れてこられた部屋には、目的の人物、ジェイムズ・ブラックその人がいた。自己紹介をし、それぞれテロ組織の情報やり取りを行う。そこに黒の組織やタランチュアの話は出ない。
数時間の情報共有を終え、仕事は終わる。私の仕事は共有だけであって対策どうこうではない。そこは政府や警察がやることだ。ジェイムズにしっかり顔を覚えてもらった。声も高めにして口調もやたら丁寧だから、素で出会っても同一人物だとは直ぐに気付かないはずだ。明日は観光していいと一日貰っている。帰国は明後日だ。FBIの本拠地を後にしホテルへ向かう。明日の観光にはジェイムズが案内してくれるそうだ。深い会話ができるならそれに越したことは無い。こちらから深い情報を取ろうとしているのは明らかだ。
(アラレナートの存在は…まだ言うには早いか?彼には黒の組織に専念してもらいたいし、これが原作に大きな影響を与えるのは怖い)
さて、どうしたもんか。
自由の女神は何度見てもため息が出るほど見ごたえがある。アメリカの独立100周年を記念してフランス人の募金によって贈呈されたもの。アメリカ独立戦争の時、フランスはアメリカ側についたんだったな。自由の女神を建てたフランスにドーヴァーを超えた隣国はどんな気持ちだったのか。100年経っていれば心情は変わるか。
(フランス、アメリカ、そしてカナダ、ここ3か国は記念日が近いんだよな。前世ではなかなか美味しかった)
前世でハマっていた漫画…漫画っていっていいのか分からないけど、を思い出す。今生ではそういうジャンルが見当たらないので本当に惜しい。擬人化文化はまだ早すぎるのか…。
「随分魅入っているようだね」
風が気持ちいい。十数年前と同じように、ただの観光としてまた来たいな。この地は何度来ても自身に刺激を与えてくれる。
「我々に女神が微笑んでくれれば、と思いまして」
ジェイムズの話す英語はクィーンズイングリッシュだった。合わせるようにこちらもクィーンズイングリッシュで話す。
「君はイギリスへ行ったことがあるのかい?」
「はい。あそこは趣ある建物が多く、歴史を肌身で感じさせてくれます。……さて、本題に入りましょうか」
ジェイムズは私をまだ見誤っている。それはそれで構わないが、今後協力してもらうからには認識は多少改めていてほしい。
「私個人としてあなた方に協力しましょう」
「PSIAとFBIは協力関係にあると思ったが、個人とはどういう意味だね?」
「当たり屋から発展する恋だなんてドラマとしては三流ですね」
ジェイムズの顔色が変わった。私が情報を掴んでいると気付いた。
「将来、FBIが日本で極秘調査をする。それが公になったら困るのはあなた方の筈だ、Mr.ブラック」
「つまり君は、そうならないよう手引きをしてくれると?では君は何を望む」
「話が早くて助かります。そうですね、とりあえず秘密裏にあなたと連絡を取れるようにしたい、今は」
観光客の声がする。私たちの周囲に人はいない。遠くで子供が風船を手放してしまい泣き声を上げている姿が見える。
「今は、か。…時にその情報はPSIAが掴んだものかい?」
「私個人として協力すると言っているでしょう?この情報は私が独自に手に入れたものです」
「恐ろしいな。君はどれだけ情報を掴んでいるのやら」
「私とあなたが個人的につながっていること。これは決して誰にも知られないでください。あなたが信頼する“赤井君”や“ジョディ君”にも勿論」
「それが協力する条件ということか」
その通り。
「どうしてそこまで隠す必要が?」
「……今は知らなくていいことです。とにかく、そういうことでお願いします」
彼が私の言葉通り隠してくれると信じている。ジェイムズの目に、私はどう映っているのだろう。
『今日会ったネーム持ちはみんな日本人のようだった。バーボン、スコッチ、そしてライだ』
「ウィスキーだねぇ」
この3人はネームをもらった時期が近いらしい。ウィリアムは今日初めて会ったそうだ。
『バーボンの探り屋としての実力は恐ろしい。できれば一緒にいたくないな。何が漏れるか分かったもんじゃない」
「ほー?ウィリアムがそこまで言うなんて」
『そうだな、シーナにうさん臭さを足して怪しさを付けたらバーボンになるな』
言われてるぞ降谷。うさん臭いってよ。思わず笑いそうになるのをこらえる。
「それぞれの特徴は?」
『バーボンは金髪に褐色の肌、かなり童顔だったな、まだ未成年なんじゃないか?スコッチは黒髪であごひげを生やしていて、爽やかそうな青年だったな。ライは黒髪で長髪、隈がひどかったな…。三人とも男で、背丈はライ、スコッチ、バーボンの順で高い』
バーボンは降谷で間違いないだろう。日本人は若く見られやすいが、ウルトラベビーフェイスの降谷は未成年に見えるらしい。入手した情報からライが赤井秀一のようだ。私の記憶だとライというコードネームはいなかった。ということは後に彼はNOCバレするのだろう。
(スコッチも聞いたことがない。アイリッシュやキュラソーのようなコードネームもいたくらいだ。映画版で出るとか?もしくは今後出てくるとか…)
原作ちゃんと読んでおけば良かったなー…。映画は見たけど、沖矢昴とか赤井秀一、降谷を見て「誰だこいつ」ってなったんだよな。二次創作イベントでチラホラ同人誌読んで人物像は何となく分かったけど。
(降谷が赤井秀一にやたら敵意むき出しの描写が多かったんだよな。組織で接点があったからか)
「3人のことはなんとか調べてみよう」
『コードネームだけで調べられるところが凄いよなシーナ。それともう一つ。NOC疑惑のあるやつがいる』
「…なんだって?」
脳内データベースからNOCリストを引っ張り出し閲覧する。本当にデータ化するとあまりに価値が高すぎるのでやめた。スコッチはまだ情報が無さすぎるので要注意人物として覚えておく。ウィリアムはNOC疑惑のある人物の情報を教えてくれた。そこから導かれる人物…。思わずニヤリと笑った。
「どうにかその人と接触できる?」
『ああ、明日そいつとペアを組むことになっている』
「場所は?」
『杯戸ホテルだ。……まさか来る気か?』
「ウィリアムまで疑惑をかけられたらマズい。私が勝手に動くけど、事後報告はちゃんとするから」
『分かった。くれぐれも気を付けるように。セオドールも日本にいるから、何かあったらあいつに連絡するんだ』
「ありがとう」
頭の中にシナリオを描く。その為に、アイテムを作る必要がありそうだ。
夜鍋して作ったアイテムを車に置きっぱなしにして出社する。業務をこなして退社。杯戸ホテル近くの駐車場に車を止め、変装をして外に出る。時刻は19時。アイテムと前に作った立体起動装置もどきの改良版をリュックにいれ裏口から入る。中のロッカーで更に従業員の格好に着替える。ホテルの従業員のパスは偽造済み。ウィリアムとペアの男が泊まる部屋は事前に聞いてある。従業員のふりをしてまず男の部屋に行き、窓の鍵を開けておく。そして最上階の屋上ヘ向かった。
まだまだこの世界にはスマホは無い。故に今手元にあるスマホは私が独自で作ったものだ。端末を操作し、ホテル館内の監視カメラを見る。ウィリアムと男がそれぞれ部屋に入ったのが見えた。二人の部屋は屋上に近い。
(さてとー。この闇夜ならバレずに済みそうだな)
従業員の格好から着替え今は全身黒ずくめだ。化粧も施しグラサンもして素顔は晒さない。彼らのことだから部屋の盗聴器は調べる。だからそういった類は設置していない。とりあえず部屋に入ったのは確認できた。装置を使って下に降り、男の部屋に侵入した。彼は風呂に入ったようだ。
(ちょっとタイミング悪かったか?まあ出てくるのを待つか)
窓に腰かけ出てくるのを待つ。ウィリアムに「作戦実行中。暫くこちらに来ないように」とメールを送った。
風呂上がりを感じさせない格好で、男は出てきた。直ぐに銃を向けられる。
「…誰だ!?」
「お静かにお願いします、“イーサン・本堂”さん」
CIAの諜報員、娘と一緒に黒の組織へ潜入中の捜査官。
「あなたはそう遠くない未来、NOCとして抹殺されるだろう。僕の計画を聞いてみないかい?」
銃を向ける手は降りない。勝手に話すことにした。
「CIAが2名潜入しているだけならまだいい、でもそれが親子となると話が変わる。親子の絆というのは時に厄介だ。些細な仕草でバレてしまうからね」
「…お前はいったい…」
「バーニィ、でしたね、彼女が二人をサポートしているようだけど…。さて、本題です。この計画に乗れば、CIAは組織の更なる中核へ行くことができる上に、組織から一先ずの信頼を得ることができると思う。あなたも娘さんは大切でしょ?とりあえず、銃を下ろしてくれない?」
窓から降りそのまま寄り掛かる。両手を上げ何も持っていないことを示した。本堂は私が持つ情報に目を丸くし、警戒心を更に強めた。銃はおろすものの、いつでも撃てるよう指はトリガーに添えている。
「ありがとう。僕の計画はこうだ」
少々残酷ではあるが、娘さんにあなたを殺させる。あなたは既にNOCの疑いがあるから、あなたを殺した娘さんは組織から認められ上手くいけばコードネームをもらえる。内部の情報を得る手段が一つ減るのは確かに痛い。しかし、
「娘が殺されるのは、父親としては辛すぎるよね」
「……つまり俺に死ねというのか。しかも娘に殺されろと」
「本当に死ねと言っているわけでじゃないよ」
リュックに手を伸ばす。その動きに本堂は再び銃を構えた。まあまあ落ち着いて、と声をかけながらアイテムを取り出した。
「僕が用意した特殊な防弾チョッキです」
「防弾チョッキ?」
「これに銃を撃つと血糊が適正量噴き出るようになってるんだ。これを着た状態で娘さんに撃たれてよ。後はあなたの演技力次第で、あたかも殺されたかのように見えるはずさ」
防弾チョッキをソファーに置く。そして再び窓に寄り掛かり距離を取る。本堂の目は訝し気だ。
「俺を助けるというのか?目的はなんだ」
「僕はある目的で動いている。その目的の中にあなたが潜入している組織も関わっている。そしてCIAも。ここから先は今の関係のままなら話せないかな。僕はあなたを一方的に信頼している。あなたが僕を信頼してくれる、信用するというなら、目的を話すよ。これは前金みたいなもの。この計画を実行して上手くいったなら、あなたは僕を信用してくれると信じてる」
「信じるだのなんだの、俺が反故にしたらどうするつもりだ?」
「そしたらあなたが死ぬだけなので。僕としては非常に悲しいけど、現状できることがこれだけだったから計画を提案してみたんだ」
いつどこで疑惑が確信に、そして殺されるか分からない。だったら打てる手はさっさと打つべきだ。本堂がアラレナートに入ってくれれば儲けものだが、そこまでは望んでいない。FBIにおけるジェイムズのように、CIAにも信頼できる顔見知りを作っておきたい。
(実際に会ってタランチュアとの関係を探ろうと思ったが、勘が言う、彼は間違いなく白)
キール…水無怜奈の情報こそあれど原作における知識はあまりない。原作に登場するNOCがタランチュアの足ではないというのは願望も交じっている。といっても父を追ってCIAに入った彼女なら足になることはきっと無い。病弱な弟の為に骨髄提供をしているとも聞くし。
「この計画に乗るかどうかはあなたの判断に任せるよ。そして無事あなたが生きながらえることができたら、改めて僕から連絡するね。その時に、あなたが僕の仲間になってくれるか聞くから。返答次第で僕の目的を話そう。悪い話じゃないから、安心して」
窓の淵ギリギリに足をかける。これだけ高いと流石に風が強い。
「…父親が死ぬ悲しみを、娘に味わわせるべきじゃない」
「お前は…一体…」
「突然連絡が来ても驚くよね、合言葉を決めておこう。そうだな~、合言葉は“杯戸に月は無い”」
じゃあまたね、と声をかけ小さな閃光弾を投げる。ピカッと光った瞬間窓を蹴りワイヤーを巻き上げた。上に行ったってバレたら、こっちは下るしかないから追いかけられてしまう。そんなダサいことはない。屋上に足をつき直ぐに着替える。従業員の格好をして、従業員ルートを使ってホテルから静かに出た。車内で着替えて化粧も落とし自宅へと向かった。
(これが吉と出るか凶と出るか……彼だってバカじゃない。こんだけ情報を持っている私を警戒しつつ、助けようとする行動から敵ではないと判断してくれるはずだ。なら次にとる行動は、私を味方につけること)
上手く動いてくれよ。ウィリアムには「終了したよ」と送っておいた。
数カ月たち、仕事で遠方に出ていた時だ。車検で車が無かったので電車で来ていた。潜入というほどではないが身分を隠しての仕事だった為、現在変装している。
「…妹がいたとは驚きですね」
「……関係ないだろう」
「まあまあ、バーボンもライもそう睨み合うなって」
「これから任務だってのに、スコッチは気が緩みすぎです」
「そんなに気を張りすぎてれば怪しまれるぞバーボン」
「うるさいですライ」
…ちょっと待て…この声…。
自販でジュースを買うふりをして声の方を盗み見る。一人は初めて見る男、そして二人は、私にとっては可愛い後輩。
──黒髪であごひげの生えた好青年だ──
(スコッチ…まさか…お前だったとは…)
諸伏景光。
公安に入ったことは知っていた。しかしまさかその組織に潜入しているなんて。
(……公安のNOCリストを洗いなおす必要がありそうだ…)
目を細め、背を向ける。原作で出ないコードネーム、バーボンとライと組んだ過去があり、あの悪夢で呼ばれなかった名。
(そうか、スコッチは、諸伏は、原作前に死ぬのか)
勘ではない、嫌な確信があった。