Reincarnation:凡人に成り損ねた

偶然の産物か、必然の結果か、

9

 これまでどこで何をしていたのかという降谷たちの問いには「アメリカで自分探し」と答えておいた。アメリカへ行ったことは嘘ではないし、連絡が取れなかったこともこれ以上聞かれることは無い。警察学校の同期だという3人とも何だかんだ仲良くなったと思う。
(諸伏も含めて、降谷以外の4人は前世の記憶に一切ないんだよな。原作あんま知らないし、見てないところで出ていたか)
 いやしかし、降谷は公安になる人間だ。4人も警察にいたら公安としてやっていけるのか?あ、でも警察官になったからって警視庁や警察庁に入るとは限らないか。考えすぎだよな。予想外のところで警察の知り合いが増えてしまった。仕事に響かないといいが……。


 それから数年経ち、降谷と諸伏が公安に入ったと知ったのは、ドイツのBNDへ国際テロ組織の情報共有をしているときだった。黒の組織だけでなくあくまで全般的な情報のやり取りだ。
(日本の警察のセキュリティはまだゆるい。公安まで行くと固くはなるが、今二人は異動したばかりなんだな、情報が消しきれていない)
 降谷とついでに諸伏のこれまでの情報はチェック済だ。二人に怪しまれない程度に情報管理をしていく。とりあえずは大丈夫だろう。ドイツにいながら日本の情報を見るのは結構骨が折れる。明日は日本へ戻る予定だ。今日はもう寝てしまおうとベッドにもぐりこむと同時に、着信音が響いた。相手は赤井さんからだった。
「もしもし、お疲れ様です」
『やあ椎名。今大丈夫か?』
「後寝るだけだったから問題ないよ」
 もぞもぞと上体を起こし聞く姿勢に入る。赤井さんの声は低く、今の調子で聴いていたら寝てしまいそうだった。
『気が抜けたんだろう、タランチュアの足が掴めた。日本に幹部の一人が潜んでいる。以前君がアメリカで会ったという3人とも、連絡を取っているようだ』
 数年前に宗教団体へ潜入した時に接触した3人の足。日野優香として連絡を交換済だ。メル友としてなんとか交流は続けている。まだ3人ともアメリカだ。
「ふむ、接触するとしても日野優香として接触したら怪しまれるかな?」
『目を向けられているとは思いもしていないだろう。しかし偶然が過ぎると怪しまれる。気を付けたほうがいい』
「いきなり接触より時間かけてでも、の方がいいか…。ありがとう」
『幹部は全員捕まったと聞いていたがまさか日本にいるとはな。一度捕まったが“内部”の手引きで抜け出した可能性が高い』
「日本にいるその幹部の詳細は?」
『アメリカ人の男で、シンドラーカンパニーに所属しているシステムエンジニアだ。シンドラーカンパニーはアメリカの大企業だが、日本への進出を考えて社員を数名送っているそうだ。そのうちの一人で、名前はロディス・オールディントン』
「シンドラーカンパニーか……」
 おいおい、あそこの会社かよ。かのゲームがなんで日本で…と思っていたが、今から布石を打っていたのか。
『コンピュータに強い男だそうだ。各国の足と連絡を取っている可能性が高い。しかし深追いしすぎて足元をすくわれないようにな』
「肝に銘じておくよ」
 帰国してからの行動は決まった。ロディスとやらと接触に当たって、うまく仕事を絡められたら動きやすいのだが…。
『時に椎名、一つ尋ねたい』
「?」
『息子たちのことだ』
 愛ある親は須らく子を心配する。家族思いの(死を偽装してるところは何とも言えないが)赤井さんに笑みがこぼれる。
「長男は見事FBI入り、次男はプロ棋士として活動中、長女は母親と一緒に元気そうだよ」
『秀吉の活躍は雑誌で見ている。まさか羽田になってるとは思わなかったが…。秀一のやつは、そうか、FBIか……。俺か』
「考えられるのは」
 赤井さんが死んだ原因を調べているのか、赤井さんが生きているという前提で探っているのか、私たちには分からない。しかし、赤井さんを追っていることだけは確かだ。かのホテルの防犯カメラに赤井秀一の姿も映っていた。
『FBIにもタランチュアがいるというなら』
「赤井さんが個人的に会うなら構わないけど、アラレナートとしては赤井秀一さんには接触するつもりは現状ない。勿論私個人としても」
 黒の組織に目を付けられるような弾丸だ、タランチュアも情報を掴む可能性が高い。彼を味方につけるのは諸刃の剣だ。
「そりゃあFBIの情報は喉から出が出るほど欲しいさ。だから、私がいる」
『公安がFBIに?』
 私が公安に入ったことはアラレナートも知っている。公安に入ったと言うとみんながみんな“あの”公安だと勘違いする。彼らのことを信用していないわけではない。これは保険だ。どちらの公安も情報が外部へ漏れることは無い筈。その状態で、“あの”公安に私がいないと知った人間は、私を探っているということになる。彼らが、私が嘘をついていると知った時どう反応するかは少々怖いが、ばれた時は潔く言うつもりだ。そしてばれた時こそ、どこから漏れたのか知れる。
「公安としてFBIに接触できるかは不明瞭だけど、公安もFBIも、赤井さんが接触したあの組織を追っている。今すぐとは言えないけどいずれ接触する機会はきっとあるはず」
『いずれとは、随分気長に待つようだな』
「急いては事を仕損じる、ってね。一つずつ確実に仕留めていくよ」
 先ずは日本にいるという幹部の人間だ。どう接触しようか。


 ロディスの居場所も、生活パターンも、日本における人間関係も調べ上げた。中々いいマンションに住んでおりそう簡単には入れそうにない。本職の方は書類整備とセキュリティ強化の仕事が回ってしまい、ロディスに近づくきっかけが掴めずにいた。だが、天は私を見放さなかった。
(本当は最終手段にしようと思ったんだが…仕方ないか…うわーやりたくねー)
 ロディスはアメリカにいる間、一度だけ職質を受けている。その理由が未成年の女子学生を連れまわしていたから、というものだ。実際には家出をした女子学生をなんとか家に帰そうとしたらしい。
 一週間の有給休暇を取る。これは表向きだ。紀里谷さんにのみ「ある男がテロ組織に加担しているという情報を手に入れたので、真偽のほどを確かめるために」と伝えている。あまりいい顔はされなかったが、その理由が「有給使わなくても仕事としてやればいいのに」ということだった。ここにタランチュアがいないとも限らない。調べた限りだとみんな白だが、何かを探っているという情報すら漏れてほしくない。不確かな情報なので、と言うと、「俺からの極秘任務ということにしておこう。みんなには有給と伝えておく」と汲んでくれた。紀里谷さんには頭が上がらない。
 ロディスが本当に女子大生を返そうとしたのか、はたまたそういう目的があったのかは分からない。2年間アメリカで勉強した美容のおかげで、メイク技術も多少上がったはずだ。
(親とうまくいかなくて絶賛家出中。ヤンキー系女子、名前はアリサとでもしとくか)
 明るめの茶色に髪を染め、紺のパーカーを着て下はジーパン。日が暮れたころにちょっと治安がよろしくないところに顔を出して、ちょっとやんちゃすれば訳ありになる。道場で鍛えているからまだいいが、実際の喧嘩は結構違うな。一対一なら相手の行動が読めるが、囲まれてしまうとなかなか難しい。相手を倒さないよう、そして大怪我しすぎないようにしていたが、素で普通に怪我をした。口は切ったし腕に少し痣ができた。
 ロディスの住んでいるマンション付近で待機する。
(……きた、あいつだ)
 会社員のいで立ちで歩くアメリカ人男性。調べた情報通りの背丈だ。間違いない。違和感の無いよう少しふらふらしながら、予定通りロディスにぶつかりそのまま尻餅をつく。
「!、君、大丈夫か?」
(日本語は流暢だな)
 手を差し伸べるロディス。私はそれを払った。
「っせーな、ほっとけよ!」
(自分からぶつかっといてそんなこと言われたら普通はキレるよな)
 自力で立ち上がり、また少しふらふらし、直ぐに近くのガードレールに手をつく。
「…どうやら訳ありのようだな。随分怪我も多い」
 ロディスは私の正面に回り顔を伺ってきた。
「んだよおっさん……アンタ外人か」
「アメリカ人だ。どうだろう、君の手当てをさせてくれないか?」
 きた。
「あぁ?女に飢えてんのかよ、ヤりたきゃ他あたれし」
 ロディスは肩をすくめ、そんなんじゃないさと言った。
「こう見えて俺はモテモテでね、女には困ってないんだ。それより、君のようなお嬢さんからそんな言葉は相応しくない」
(うっわ、鳥肌立った)
「君を手当てさせてほしい。その様子じゃ、行く当てもないんじゃないか?信用できなければ直ぐに叫び声をあげればいい」
 睨みつけるも一切動じない。動じられても困るが。
「…ちっ、変なことしたら殺す」
「随分物騒だな。俺の家はすぐそこだ」
 私の手持ちは2千円ほどしか入っていない財布だけ。身分を証明できるものは一切ない。探られても大丈夫だろう。


 生活感のあるシンプルな部屋。選択の終わった衣類が山積みになっている。少々ずぼらな性格のようだ。
「散らかっててすまないね。そこに座って待っててくれ。えーっと、救急セットは」
 ビジネスカバンを床に置き、ロディスは別の部屋へ入っていった。部屋を物色しながら座らずロディスを待つ。
「お待たせ。暗くてよく見えなかったが、結構ボロボロだな」
「いって!」
 手当され傷口に思いっきり触れる。オーバーリアクションだが、下手に大人しいよりいいだろう。
「…おっさん、女に困ってねえって言ってた割に、一人暮らしなんだな」
「ああ、浮気したら妻に怒られるからな」
「…結婚してんの」
「アメリカに、妻と息子が2人いる。今仕事でこっちに来てるんだ。あと半年もしたら向こうに帰るが」
 4人家族で日本にいるのはあと半年か。あと半年でどれだけ情報を搾りとれるか。リビングのほかに部屋が3部屋。さて、どうにかして中を見れたらいいが。
「今日はもう遅い。なんだったら泊まっていくか?…そんな目で見なくっても、襲ったりしないさ。そうだ、連絡しておいた方がいい相手がいるなら、この電話を使うといい。俺のこと信用できないだろうから、今夜一日はそれを持っていていい。俺はもう一台あるから」
 俺は風呂に入ってくる、とロディスは別室へ行った。そして衣擦れの音がしたのち、スライド式のドアの開閉音のような音がして間もなく水音が聞こえてきた。シャワーを浴びているようだ。
 電話を開いて慎重に中を見る。登録されている連絡先は見るからに会社関係の人ばかりのようだ。見覚えのある名前は社長の名前だけだ。電話をかける宛もないので電話はそのまま閉じる。
(アメリカ人は風呂が短い筈だ。短時間で調べられることも限られてくる、ならば、もう一度来ればいい)
 来たとしても部屋の中を探っていることをロディスに悟られてはいけない。
 この部屋の鍵は無造作にテーブルに置いてある。高級そうなマンションのわりに、セキュリティはザルなのかもしれない。
(鍵番号みっけ。エントランスの暗証番号はこっそり見てたから覚えている。有給中にもう一回潜入しよう)
 鍵番号さえ分かってしまえばこっちのもの。侵入方法の計画が立ってしまえば今夜は一先ず動かなくていい。ソファに膝を立て座りなおす。隣の部屋から聞こえていたシャワーの音が止んだ。


 ロディスはあの晩本当に何もしてこなかった。帰りたければいつでも帰っていい、部屋の中も自由にしていい、ただしこの部屋には入らないでくれ。分かりやす過ぎるフラグをしっかり立ててくれた。中々配慮の利く男で、言うことを言ったら部屋に引っ込んだ。下手に干渉しない、訳あり人間からしたらありがたいことこの上ない。
(これは心開くのも分からんでもないな)
 カーテンから見えた外の景色は、東京のきれいな夜景が広がっていた。シンドラーは中々ホワイト企業だ。残業がない分帰宅時間がだいたい固定される。逆に言えば、昼間は侵入し放題。この階は屋上が近いから、万が一鉢合わせになりそうになったらベランダから上へ逃げればいいか。
(ってことはそういうアイテム作っとく必要がありそうだな。立体起動装置的なのか?…あれじゃ重すぎるしガス要素はいらないな)
 明け方、ロディスが起きた気配を感じてから部屋を出た。拙い字で「ありがとう」と書置きを残してある。筆跡鑑定で出ないよう字体はもちろん変えてある。
「いくら規則正しいと言っても絶対帰ってこないとは言い切れない。だから俺にロディスの監視を頼むということか」
「そういうこと。赤井さんが丁度日本にいて良かったよー」
「イギリス人が監視じゃ目立つからな。ウィリアムが今日本にいるんだろう?」
「いるにはいるけど、ネーム貰ったばかりだし、暫くこっちの手伝いはできないだろうね」
 今私はあの時の変装とは違う変装をしている。髪を黒くし、化粧をして男装をしている。キャスケット帽を被り、髪で隠しているがインカムを付けている。
「椎名は今年で24だよな?」
「へ?そうだけど」
「…その恰好は中学生にしか見えないな…」
「言外にチビと言ってるな?」
「小柄な女性は可愛いと思うが」
「どうもありがとうございます、ほら、出てきた」
 身長が平均より小さめなのは地味に気にしている。年齢確認はまだしも、任務で水族館へ行った時は中学生料金を提示されたのは記憶に新しい。ちょっと腹立った。
 ロディスがマンションから出て、近くの駐車場に向かう。それを見て私は赤井さんの車を降りる。
「気を付けろよ」
「そっちもね」
 カジュアルなリュックを背負いマンションへ向かう。リュックの中はノートPCと外付けHDD、そして超小型立体起動装置もどき。どう頑張ってもティッシュ箱サイズが限界だった。ワイヤーの発射と巻き上げはそのまんまの見た目だ。流石に刃はつけない。
 さも住民のようにマンションへ入り、予め用意しておいた鍵で目的の部屋へ入る。盗聴器の類は無い。
「こちら目的の部屋へ侵入成功。マンションの管理システムへ侵入し監視カメラの合成を行う」
『OK。やつは俺に気付いていない。このまま追跡する』
 帰ってからやればいいが、ロディスは機械に強い人間。常に足跡は消しておかないと不安だ。ハッキング自体は大したことない。形跡を残さぬよう、私がマンションに入るまでの録画記録を合成するのが大変だ。各監視カメラに映る私は数秒単位のみ。映らないギリギリまで残し、映ってからいなくなるまでをカットし、そしていなかった映像をそこに突っ込んで、録画時刻を弄れば。
(とりあえずこれで大丈夫だろう)
 機械に強いからと言ってこういうのも強いかは分からない。慎重に、油断せず。
 履いていた靴に被せるように大きな靴下を履く。これで靴跡は残らない。そのまま室内に入り、入るなと言われた部屋へ入る。
「パソコン見っけ」
 指紋が着かないよう手袋をはめ、デスクトップを起動する。ネットは切断済みだ。起動したら連絡がいく、ということは無いだろう。そのような装置も見当たらなかったし。
(解析も中身見るのも全部後。もらえるものもらってさっさと帰る)
 持ってきたノートPCとHDDにデータを丸っとコピーする。隠しフォルダも怪しいものも全て。メールの送受信履歴やネットの履歴も余すことなく、言葉通り全てのデータを移す。やはり時間がかかる。その間に部屋を物色した。
(パスポート、これは向こうでの免許証か。写メっとこ)
 目についた情報はカシャカシャ撮っていく。そんな場合ではないのは分かっているがちょっと楽しくなってきた。
 後数分でデータが移し終わるというとき、外が騒がしくなった。
(なんだ?)
<<マンションの住民の皆様にご連絡いたします。現在、マンションに不審物があるとの通報がありました。皆様の安全を考慮し、避難をしてください。10分後、当マンションは全て閉鎖いたします。素早く、そして怪我の無いよう慎重に避難をしてください。繰り返します…>>
 突然放送が流れる。不審物?マンションの閉鎖?…まさか…
「爆弾か?」
『椎名、様子がおかしいがどうした?』
「マンションに不審物だって。避難するよう放送が流れた」
『何?…ロディスか?』
「違う気がする。あの組織同様、潰すならそんなバレるようなところに爆弾置かないと思うんだ」
『ロディスは会社に入った。向かいのビルのカフェから見ているが、特に変わった行動は無い』
「うーん、なんかの事件が偶然重なった感じかなぁ」
 データコピー完了の字がノートPCに映る。これでやることは終わった。
「やることは終わったし、とりあえずマンションから出るよ」
『分かった。安全な場所まで出たら連絡してくれ、迎えに行こう』
「ありがとう」
 リュックから例のもどきを取り出し装着する。部屋のドアを叩く音と「警察です。誰も居ませんか?」という声が聞こえる。勿論反応はしない。この階ならマンションの真下から部屋は見えない。ベランダに出てそっと下を見ると、パトライトに加えマンションを取り囲むように警察官が列をなしているのが見えた。
 廊下も騒がしくなってきた。覗き穴から外を覗くと、何かを取り囲む集団。よりによって不審物…爆弾がすぐそこにあったとは…。みんな防護服を着ている。一人を除いて。
(……萩原ぁ!?)
 おいおいおいおいおいおい!?爆弾解除に防護服着ないとか、こいつバカだろ。ドアに耳をそば立てて様子をうかがう。バカだと思っていたが実力はあるようだ。解除は終わったらしい。覗き穴をもう一度のぞくと、防護服を着た集団はその場を離れ、萩原だけが残されていた。電話をしている。
(目の前に劇物があるってのに、随分油断しているな…。彼らが去った瞬間部屋を出て、一度マンションを出てからまた監視カメラ、かな)
 静かに息を吐きドアに耳を当てたまま時を待つ。萩原は松田に電話しているようだ。その松田はマンションの下にいるらしい。早くしてくれねーかなぁと思ってると、ピッという電子音が聞こえた。
「…!な、なんで!?」
 萩原の焦る声がする。まさか。
「カウントダウンが始まった!」
 この部屋は非常階段やエレベータまで他の部屋に比べ距離がある。あと何秒で爆発するか分からないが、あれだけ焦るということは片手に数えるくらいのカウントの筈だ。逃げるなら、真っすぐ外に出たほうが良さそうだ。1秒も満たない刹那、ルートを直ぐに導き出しドアを思い切り開ける。ゴトッと萩原の携帯が落ちるのは同時だった。
「!?まだ住民がいたのか!?」
 私の登場に驚く萩原を無視し、腕を掴んで部屋に引き込む。窓を開けベランダの手すりに足を付ける。この間4秒。
「あんたなに考えて!!」
「黙って助けられろ!」
 空を背に萩原を無理やりベランダから外で引きずり出す。状況が呑み込めない萩原を正面から左腕で抱え、右手はトリガーを掴んだ。そして爆発は起きた。
「!!!!」
「ちっ、くっそ」
 爆風でマンションとの距離が開く。この距離ならまだ射程範囲だ。萩原は突然吹き飛ばされながらも私にしがみ付いた。流石に成人男性の本気のしがみ付きは苦しい。体をマンションへ向け、トリガーを押す。右側のワイヤーが発射され、爆発のあった階の3階下のベランダを捉えた。重力で体が下に落ちつつワイヤーに引っ張られ遠心力でマンションに近づく。
(マズい、萩原にぶつかる!)
 体を更に回転させ膝を曲げ多少でも衝撃を和らげようとする。足の裏と背中に衝撃を受けた。リュックから嫌な音が聞こえる。
「っ!」
「いっ」
 しがみ付いていた萩原の腕もダメージを与えてしまったようだ。それでも離したら落ちて死ぬのが分かっているのだろう、しがみ付く手は以前強い。ワイヤーの掛かった階から2階ほど下の階のベランダの壁に体が着いた。この距離なら萩原も手が届くはずだ。
「痛いところ、悪いけど、何とかそこのベランダに、行けない?」
「え?…ってその声もしかして」
『どうした!?大丈夫か!?』
 インカムから声がする。赤井さんの方まで爆発音が聞こえたようだ。
「話はあとで、いいから。早くベランダ行ってくれ…!」
 背中を打ち付けられて呼吸が苦しい。骨が折れた音はしていないから肺に問題はない筈だ。
 萩原はなんとかベランダの手すりを掴み飛び乗る。そして私を引っ張ってくれた。トリガーを再度押しワイヤーを巻き戻す。爆風で割れたガラスが顔に当たったせいだろう、萩原も私も顔に切り傷だらけだ。
「なんで、こんなところに、それにその恰好」
「警察官の君なら“私は公安だ”と言ったら、理解してくれるよね?」
 嘘は言っていない。意味が違うだけで。萩原は息を呑み、こくりと頷いた。
「私がここにいることは他言無用で。勿論、私が誰であるかも、君の仲の良い友人たちに言うのも」
「…分かった…」
 足の痛みがあるが歩けないほどではない。とにかく、ここを離れないと。
「1つ!…1つ聞いていいすか?」
「なんだい?」
「…あいつらは、元気、ですか?」
 きっと連絡が取れなくなったのだろう。そしてその理由も恐らく察している。だからこそ私に聞いたのだ。少し罪悪感があるな。
「私もあまり会えていないけれど、元気に生きていることは確かだよ」
「そっか…ならいいんだ…」
 明らかにホッとした彼の頭を、乱暴に撫でる。降谷たちは本当にいい友人を持った。
「あいつらがあいつらとして再び君の前に現れるまで、どうか生きていてくれよ」
 降谷も諸伏も、友人を大切に想っている。大切な人がいなくなる喪失感は味わってほしくない。
 萩原をそのまま放置し、部屋を出た。背後から「先輩もな!」と声がした。


 怪我を負っている状態で警察にばれずにマンションを出るのは苦労した。みんなの視線が上を向いていたから何とか野次馬の外まで行くことができた。赤井さんへ連絡を取る。
「なんとか、外出られたよ」
「満身創痍だな」
 すぐ後ろから声がする。赤井さんが車に寄り掛かって立っていた。様になっている。
「ロディスは動く気配がなかったからな。君の方が様子がおかしいし、先に迎えに来た」
「よくここに来るって分かったね?」
「マンションの爆破についてはニュースになっていてな。マンション周辺の警備やマスコミ、ヤジ馬の状況、そして君が怪我をしていることを考えるとここに来るだろうと予想した」
「流石っすわぁ赤井さん」
 車に乗り込み発進する。リュックの中を見ると、案の定パソコンが割れていた。
「うわぁパソコンがぁ」
「綺麗に割れたな」
「うーん、データ領域も多少やられてそうだけど、解析すれば何とかなるかな。HDDは何とか無事みたいだし」
「解析の前に病院だな」
 赤井さんの車に置いていった化粧落としで化粧を落とす。傷口には触れないようにしたが、ピリピリと痛みが走る。
「病院かぁ…保険証は流石に用意してないな」
 偽装の、である。
「気を張りすぎなんじゃないか?一般女性が病院へ行くことが変なことだとは思わないが」
「この怪我でなんて言って病院行くのさ」
「怪我の理由まで探ってくる医者など今の時代いないだろう。椎名、警戒すべきところとしなくていいところの分別はつけたほうがいい。疲れるのは君だ」
 傷に触らないよう赤井さんが私の頭をなでる。
(ああ…この感じは…)
 どうして子を持つ父親は、同じ撫で方をするのだろうか。

黒崎椎名
 侵入した先で爆破事件が起きてしかも顔見知りを見つけちょっと胃が痛い。自身の潜入日と爆破事件の日が重なって色々勘繰ったが杞憂に終わった。爆破のおかげでロディスの部屋に侵入した形跡は文字通り跡形もなくなったので手間が省ける。立体起動装置もどき凄いけど使い勝手がちょっと悪かったので改良しよ、とちまちま改良する。かの博士のような物理法則を無視した発明はまだできない。あれどうやってるんだ一体…。
 原作で萩原が死ぬことを知らない。もし知ってたらもっと他の方法で助けていたはず。
 入院こそしなかったものの(全力で拒否した)、有給明けの出社で紀里谷に怒られる。「怪我を治してから出社しろ!」良い上司過ぎて翌日思わずお菓子を貢いだ。相変わらず怪我が治っていない状態で出社・仕事をして結局紀里谷に怒られる。
赤井務武
 日本に着くなり黒崎椎名にパシられる。ロディスの監視は今までの監視、追跡任務の中で一番退屈だった。しかしインカム越しの状況が騒がしく、ニュースを見たら黒崎椎名が潜入しているマンションに爆発物がどうのこうの言っているのを見て、居ても居られなくなりマンションへ向かった。
 嫌がる黒崎椎名を説き伏せ、東都から少し離れた病院へ向かう。看護師からDVを疑われかけたので実は凄く焦った。
萩原研二
 防護服なんて動きづらくて、と着てこなかったバカ者。後で松田にこってり絞られた。
 先輩がいたことに疑問符しかないが、公安の2文字に口をつぐむ。連絡の取れなくなった友人たちがとりあえず生きているということは分かりホッとした。ところで先輩、警察学校で先輩のこと知ってる教官いなかったんですけど、俺たちより後に入ったんですか?もしかして俺らの方が先輩か!?と混乱している。