Reincarnation:凡人に成り損ねた
偶然の産物か、必然の結果か、
7
管理の為には仕方ない。そこが最大の穴だ。
(メンバーが増えているな…。流石にコードネーム持ちまでは調べられないか……)
黒の組織のメンバーデータ。このうち本名は何人いるだろうか。例え根っからの裏の人間だとしても偽名の可能性もある。幹部から情報を引き抜くのは危険だ。下から地道に調べていくしかない。名前のリストにはウィリアムの偽名もあった。
何十億といる地球上の人間を調べていくことは不可能に近い。名前だけなら尚更だ。照らし合わせながら調べていくより、“頭に入れて見ていった方が早い”。特化した記憶力でデータを頭に叩き込んでいった。これで日常でもネット世界でも名前を見かけたら反応できる。
(一度見たものは絶対忘れないとかあるけど、それに近いんだろうか)
ハッキングがバレないよう、跡を残さず静かにデータから離れた。伸びをして次の情報収集に入る。家にいる間は基本このように過ごしている。今日は道場もない。買い物はめんどくさい。気付けば時間が過ぎているのはいつものことだ。夕飯を食べて風呂に入って、PCを前にしてから既に6時間は過ぎていた。時間を見て、流石に一度寝るかと思いなおす。長時間ディスプレイを見ていると白いものを見た時に青や紫色に見えてしまう。目にも悪いし、いい加減パソコン用の眼鏡がほしいな…、と思いながら寝る。ここまででワンセット。
ブルグミュラーの練習曲が鳴り響く。電話だ。寝ぼけてる自覚がある、相手を見ずに時刻を見たのだから。9時か…。
「おはよ…ございます…」
『もしもし先輩?寝起きみたいですね、おはようございます』
降谷からだ。自由登校のこの期間は全く会っていない。学校に行く理由が私にはないからだ。
「やあふるや…今日もイケボだな…みみがしあわせだ…」
『へ?は?え?先輩?』
朝からこんなイケボ聞けるとは…そういえば前世で一時期の目覚ましをイギリスの声にしてたな……。
『椎名先輩、おはようございます』
起きろという念が込められているのが分かる。くぁっと欠伸を漏らし今度こそはっきり返した。
「おはよう、降谷。んでどうしたん?」
『先輩今日は予定ありますか?』
今日も変わらずずっと家にこもる予定だ。情報収集のほかにもやらないといけないことがある。
「予定と呼べるものはないね。ずっと家にいるよ」
『勉強、教えてほしいんですけど会えませんか?』
「勉強?降谷に教えることもうないと思うんだけど」
降谷は既に学年トップだ。教える前に分からないことが殆ど無いだろう。あったとしても自力で解決できる力が彼にはある。
『おい景光、先輩こういうときだけ鈍いぞ』
諸伏も近くにいるらしい。電話の向こうから『俺たちに心開いてる証拠じゃない?』と声が聞こえる。
「ああ、なんだ、私に会いたいだけか」
『そうですよ。もうすぐ卒業だっていうのに全然会えないから、俺たち寂しいんですよ』
「降谷、吹っ切れた?」
『開き直ったんです』
もう先輩と景光に揶揄われませんからと降谷は言った。背伸びしている小学生に思えてくる。
『先輩が良ければなんですが、先輩の家で勉強したいです』
「うちかぁ……」
部屋は散らかっていない。散らかすほど物がない。JKにしては寂しい部屋だった。
パソコンのある部屋も寝室もリビングとは別室だ。どちらの部屋も鍵が掛けられるから問題ないだろう。二人が部屋を荒らすとは思っていないけれど、見られて困るものがちらほらある。
「今からくるの?」
『はい。お昼は持ってきます』
「お昼もって来るならいいよ。うちに食べ物なんもないから」
買い物すら面倒くさくて最近は近くのコンビニで適当に買って食べる日々が続いていた。栄養バランスとか知らん。
『先輩の家って今両親いないんですか?』
「いないよ」
今どころかずっとだけどな。
『じゃあ、そっちでお昼ご飯作って食べましょうよ。食材買って向かいますね』
「はい?」
じゃあ2時間後にそちらに行きますと言い降谷は電話を切った。私の意見は聞かんのかい。
(なんだか逞しくなったな…降谷よ…)
欠伸をしながらベッドから出る。寒さに腕を擦り身支度をした。
2時間後にしっかり2人は来た。両手の食材に呆れる。
「その量すげえな。後で金返す」
「いいっすよ。家庭教師代ってことで」
「教師することもないでしょうに…」
台所に食材を置く。食器棚を見た降谷は流石に気付いたようだ。
「先輩もしかして一人暮らし?」
「そうだよ」
「マジすか、確かに食器少な」
諸伏は食器棚を見て言葉を漏らす。1人分の食器しかそこにはない。2人がここでご飯を作って食べると分かっていたので、待っている間にコンビニで紙皿は買ってきた。
「食器ないけど紙皿はあるよ」
「それじゃあ大丈夫そうですね。俺先輩の手料理食べてみたいです」
「俺も俺も」
二人はキラキラした目で私に期待する。ここ最近は料理していないが、調味料があるから料理できると見たんだろう。
「私料理できないよ」
「これだけ調味料あって、器具も普通にあるのにできないわけないだろ」
慣れ過ぎたのか降谷はちょいちょいタメ口が入る。まあ可愛いから許す。
「人に食べさせられるような料理は作れないよ。2人は料理できないの?」
食材に紛れていたオレンジジュースと烏龍茶を冷蔵庫に入れながら2人に問う。2人はドヤ顔で言った。
「「できません!」」
「胸張って言うなばぁか」
完璧な降谷と器用な諸伏にも胸張ってできないと言えることがあるとは。ケラケラと笑い少し伸びた髪を結う。
「じゃあ作り方言うから…どした?」
ぽかんと口を開けぱちぱち瞬きをしている。何かに驚いたようだ。そしてニヤニヤした。
「いや、なぁ?」
「ああ……。先輩にばかって初めていわれた」
「おいおい、罵倒されて喜んでるのか?」
デジャブだ、そうだ、優作も同じような反応をしていたな。
「罵られて喜ぶ人種の気持ちがちょっと分かったかもしれないです」
「それ一生知らなくても良かった奴だと思うぞ」
「なんだろ、先輩基本優しいし軽口でもそういうの言わなかったから、ギャップ?」
悪くないな、と新しい道を開拓しそうになった2人を全力で止め昼食作りを始めさせた。
横から指示し手を動かす2人。これまで料理をしてこなかったことがよく分かる。それでも手先の器用な2人はぎこちないながらも料理は上手だった。食材の切り方や料理の盛り付けは男子高校生らしかった。2人が作ったあんかけ丼は不格好ながらも食欲をそそる。
「うっま。ほんと手先器用だね」
「先輩の教え方が上手いんですよ。絶対先輩の方が上手く作れるでしょ」
「何かジンクスみたいなのあるんですか?手料理食べさせるなら彼氏だけ、とか、親友だけ、とか」
諸伏は言った後に、自分で言ったのに「彼氏…親友…」とちょっと恨めしそうに復唱した。
「そんなんじゃないよ。ちょっとね、あんまいい話じゃないから」
「気になる…」
答えずぱくぱくとご飯を食べていく。マジでうまい。
「面白い話じゃないし人に聞かせる話じゃないからさ。そうさなぁ警察にでもなれば分かるんじゃない?」
調書は警察に保管されている筈だ。警察になって刑事局にでも入れば簡単に見れるようになるのだろうか。
(公安入ったら余裕そうな気もするけど。そういえば降谷って警視庁と警察庁どっちの公安入るんだろう。いや、警視庁だったら目暮警部らと顔合わせたらバレるか?公安って立場的にはバレないか)
降谷が警察目指すのっていつからなんだろう、もうすでに目指しているのかな。
私が一人暮らししていると知った二人は、それから何かと家に来るようになった。通い妻かよ。夕飯前には帰るのだが、態々私の夕飯を作って帰ることが多かった。一緒に食べてから帰る日も多かったが。そして降谷の料理スキルは目に見えて上がっていった。
(ここ最近は完璧に胃袋捕まれたよなぁ。食に関しては私結構単純だよな)
誰もいない教室。黒板には卒業おめでとう!の言葉が飾られている。3年間の思い出を噛み締めるかのように学校を一周して外に出た。決して目立たず、しかし埋もれすぎて印象に残らないよう、平凡の女子で生きてきた。ほとんど大学へ進学する彼らが社会人になることには、きっと私のことは朧気だろう。
(そうなるよう仕向けた。寂しいのは事実だけど、慕ってくれる子が2人もいた。それだけで十分かな)
桜の木の下に立つ。卒業式に桜だなんてドラマだけのことだと思っていた。流石東京、こんなに早く桜が見えるとは。開花したばかりの桜も風情がある。
「Petals dance for our valediction And synchronize to your frozen pulsation」
いつもと違い女性が歌った曲を鼻歌で歌う。私がピアノを弾けたならあのゲームの曲を弾いていくのに。習っておけばよかったか。
「Take me to where your soul may live in peace Final destination」
ウィリアムはコードネームをもらえたそうだ。ネームを聞いていつか来る悪夢を悟った。必ず助ける、死なせはしない。
「Touch of your skin sympathetically brushed against The shoulders you used to embrace」
クレールとの接触は何とか赤井さんができた。SISがインターポールに潜入することはほぼ難しい。なんてったって理由がない。加えてSIS内にタランチュアがいたなら死にに行くようなものだ。赤井さんは本当に偶然接触したようで、接触時はクレールだとは知らなかった。話を聞いて「そいつがクレールだ!」と思わず叫んでしまった。
「Sparkling ashes drift along your flames And softly merge into the sky」
後ろから二人分の足音が聞こえてくる。椎名先輩、と声を掛けられ振り返る。
「卒業おめでとうございます」
「ありがとう。二人とも泣いてないんだね、意外」
泣いた様子もこれから泣く様子もない。自意識過剰でなく、寂しいと泣かれると思っていた。
「北澤先輩が号泣してましたね」
「あーあいつ、結構涙もろいから。前映画行った時も泣いてた」
「映画?」
ぴくっと映画に反応される。にこやかだった二人の表情から笑みが一気に消えた。お前ら私のこと好きすぎか。
「文化祭手伝ってくれたお礼って映画行ったんだよね、二人で」
「「二人で」」
「なんもないから、お前ら私のこと好きすぎ」
卒業証書の入った筒を自分の肩にポンポン当てながらケタケタ笑う。二人が恋愛感情のないことは分かっているから、軽口が叩ける。
「何気二人が初めてなんだよなぁ。ここまで軽口叩ける年の近い人間」
「親友は年離れているんですか?」
「私より年上だよ。ここ2年くらいほぼ会えてないかなぁ。まあ元気にやってるのは知ってるけど」
優作の書いた本は全て買って読んだ。そして態とファンレターを送ったりもした。直接言うのはちょっと恥ずかしい気持ちがある。
「くそっ、先輩と同い年だったら良かったのに」
「先輩が留年してくれれば全部解決したんじゃ」
「景光、天才か」
「勝手に留年させるなや」
軽く漫才を始める二人に突っ込む。こうして戯れるのもとりあえず今日が最後になるか。
「当分二人には会えないだろうけど、降谷の告白は忘れてないから安心してな」
「こ、く、はく、だけどなんか違う!」
降谷は顔を赤らめる。この若かりし降谷を見るのも下手すりゃ今日が最後か。
「零いつの間に…。先輩、俺先輩好きです、尊敬してます」
「私も景光が好きだっ」
キリッと片手を差し出し告白をする。そこでカッと赤くなる諸伏はまだまだだね。
「結局先輩の進路聞かずじまいでしたけど、どこに行くんですか?」
友人で私の進路を知っている人はいない。勝手に大学に行くと勘違いしているだろうし。
「やっぱり東都大学とかですか?」
「先輩頭いいのにテスト手抜きだから、学校での学力的に東都はきついって止められるだろ」
「待て降谷お前なんで私のテストの成績知ってるんだ」
「この前借りた本に挟まってました」
栞代わりに成績を挟んだ記憶はある。読み終わった後も挟んだままだったか。
「先輩の将来想像つかないなぁ。何でもできるし、非の打ち所がないっていうか」
「私を神格化してない?私のこと凄い凄い言うけどその辺の女子と」
「一緒じゃないですから。俺らには分かってますから」
降谷はお得意のドヤ顔だ。先輩のこと俺らは何でも知ってますよ感。
「椎名先輩の将来の夢って何ですか?」
将来の夢、か。
盲目的に私が追いかけるあの組織。将来の夢というには違うが私の目指すべき未来は、あの毒蜘蛛を今度こそ捕まえきること。それが終わった後のことは頭にない。
散々考えた。それは原作での身の振り方ではなく、あの毒蜘蛛を捕まえるにはどうしたらよいのか、どこへ行けばいいのか、何になればいいのか。結果、各国や組織に交わり身を隠す奴らを相手にするにはここがいいんじゃないかと結論付けた。
「そうだねぇ、まあ、行けたら、だけど」
この言葉は彼らにどう影響を与えるだろう。たとえ伝えたところで、彼らが覚えていたところで、その職場で彼らと会うことはきっと無い。
風が吹き桜の木を揺らす。
「公安、とか、行きたいね」
高校卒業して、そして19歳という若さでここに入るのはやはり異例なのだ。好奇の目を感じる。以前は着こなせていたスーツも、今の私にはまだ着られている感がある。
「イギリスの、ケンブリッジ大学卒業済み、か。英語は大丈夫だと思っていいね?」
「勿論です。クィーンズイングリッシュもアメリカ英語も話せます」
「本当なら1年は研修や事務作業が主なんだけど、君なら研修に半年もかからなそうだ」
教育係として私に指導をしてくれるのは紀里谷雄太さん。少し前まで潜入調査をしていたそうだ。
「改めてよろしくお願いします、紀里谷さん」
「こちらこそ、期待しているよ黒崎さん」
紀里谷さんと握手を交わす。酒が飲めない年齢だ、潜入調査はまだ無理だろう。
公安調査庁 PSIA 通称、公調
私はもう一つのゼロにいた。