Reincarnation:凡人に成り損ねた

偶然の産物か、必然の結果か、

5

 意外なことに降谷はめちゃくちゃ頭がいいわけではなかった。順位としては30位以内といったところか。てっきりずっと1位だと思っていた。先入観良くない。
 テスト期間も終わり、文化祭も終わった。降谷との交流は今も続いている。幼馴染だという諸伏景光とも流れで仲良くなった。
「そういえば先輩、前歌っていた歌なんて曲ですか?パソコン室での」
「あーあれ?秘密ー」
「零が惚れた歌だっけ、先輩俺も聞きたいっす」
「惚れてない!惚れてないぞ!」
 必死なところ悪いが降谷、顔が赤いぞ。こんなに顔に出る人間だったんだ。
「じゃあ降谷君が歌いなよ、さんはい」
「覚えてないですよ…何となくしか、歌詞も分からないし」
 降谷の歌聞いてみたいという欲望から迷いなくルーズリーフに歌詞を書く。英語部分は筆記体でなくブロック体で書く。
「はい」
「いや『はい』じゃなくて」
「これいい歌詞っすね」
 私の書いた歌詞を諸伏はまじまじと見る。いいよね、この曲。
「俺も歌ってるの聞いて、いいなって思った」
「じゃあ君らにあげるよ」
「…これ先輩が作ったんすか?」
「そういうのは一切秘密だよ」
 私が作ったわけじゃない。じゃあ誰がとバンド名を言ったところでこの世界には存在しない。残念だなぁ。
「そういえば先輩、俺シャーロック全部読みましたよ」
 降谷はドヤ顔だ。この前言ったこと気にしていたのか。
「今の俺じゃシャーロックにはなれないので、先輩のワトソンになります。景光と一緒に」
「いいねそれ、零と俺で先輩のワトソンってことで」
「いやいや私シャーロックにならないから。何、諸伏君も読んだんだ?」
「零に付き合わされて読んだんですけど、結構ハマりましたね」
 高1でシャーロック読むとか二人はやっぱ頭良いんだな。
「二人とも凄いなぁ」
「先輩ももう読んだことあるんですよね?先輩の方が」
「そういうことじゃなくて、ちゃんと原作を、折れずに全部読んだことがさ」
 飲み込みの早さと理解力は、この年ではかなりのものだ。真っすぐ褒めると二人は褒められ慣れていないのか、分かりやすく照れた。可愛いなぁ。


 ある日の放課後。先生に頼まれ資料室の掃除をしていて帰りがいつもより遅くなった。といってもたった1時間ぽっちだけど。雨が降った影響で、外部活の生徒は校内で部活動をしている。私を後ろから追い抜く野球部もそれに当てはまる。
(階段一段ずつ降りるのって意外に体力使うよね)
 前方の階段を一段ずつ、腿を上げて降りる野球部を見る。ランニングは集団ではなく、一人ひとりノルマがあるようで速度はバラバラだ。体力の状態から学年と運動歴がうかがえる。
 後ろからまた1人、野球部員が追い抜いて行った。足が上がっておらず結構疲れているようだ。
(その状態で階段降りると落ちっ!!!)
 予見しきる前に彼は階段の滑り止めに足を引っかけてしまった。このままでは落ちてしまう。
(間に合え!!)
 手すりに掴めずそのまま落ちそうになる部員を、ダッシュで後ろから思い切り彼を抱き込む。部員の胸元をきつく抱きしめ、空中で自身の体を下にし態勢を立て直して着地した。部員に怪我がないよう少し無理な態勢で足をついた所為だろう。右足首に激痛が走った。
「っ…君、大丈夫?」
「す、すみません!」
 抱きしめてた腕をほどき部員の状態を見る。特に怪我もないようだ。
「だ、大丈夫ですか!?けが」
「私は大丈夫だよ~。ほら、怪我してない」
 普通に立ち上がる。勿論右足が痛い。そこは無視して、ほらね?と体を動かす。
「滑り止めに引っかかってたね。安全のためにあるのに危険って笑えるよね~」
 焦る部員を安心させるためケラケラ笑いながら言う。私が大丈夫だと分かってホッとした。
「すみません、ほんと、ありがとうございます!」
「いいっていいって。気を付けて運動するんだぞ?がんばれ~」
 ありがとうございました!と頭を下げる部員に手をひらひら振り、階段を降りた。野球部はそのまままっすぐ走るだろうから、すぐに曲がって空き教室に入る。外からは見えないよう壁を背に腰を下ろした。
「いってー…」
 思わず声が出る。あーかっこわりい。痛みが少し引くのを待って保健室へ行こう。右足に負担が掛からないよう伸ばしたところで、しめたはずのドアが開いた。
「あ、やっぱり」
「うぇっ」
 開けたのは諸伏だった。私を認めると直ぐに伸ばした足に目を向ける。
「先輩マジかっこよかったっす」
「見てたんか…」
「……足、怪我したんすね」
「かっこよく決めたかったんだけどね。うーん、おしいな」
 諸伏はそばにしゃがみ、どっちの足ですか?と聞いてきた。右足と答えると諸伏はそっと足に触れた。少しの振動でも痛みが走る。顔には出さないが。
「あれ、痛くないっすか?」
「痛く無かったらここに座ってないよね」
「…痛いなら言うとか顔に出すとかしてくださいよ…」
 呆れたように諸伏はいい、ポケットからなんと携帯を取り出しポチポチと打った後、私に手を差し出してきた。
「保健室連れていきますよ」
「わー、助かるわー。ありがとう」
 ここで「いや大丈夫」と言うほど意固地でもかっこつけでもない。ありがたく手を借り足を引き摺りながら、諸伏に支えられ保健室へゆっくり向かう。
 保健室に辿り着き先生の処置を受ける。結構腫れていたので氷嚢をあてがう。
 風呂上がりのおっさんのようにあ“-つめてーと言っていると、廊下からバタバタと足音が聞こえてきた。
「この足音、降谷君か」
「よく足音で分かりますね」
 保健室のドアが思い切り開く。案の定、降谷だった。
「先輩怪我したって!生きてますか!?」
「勝手に殺さないで」
「ほんとに零だ…」
 私の様子を見て、足の腫れを見て自分のことかのように顔を歪ませる。
「人の痛みを自分のことのように感じる降谷君は素敵だね」
「えっ、な、なに言ってるんですか!というか心配するのは当然ですよ!」
 顔は怒っているのに内容は心配しているという。なるほど、これが
「ツンデレというやつか」
「零はツンデレですね」
「二人してなんだ!」
「降谷君と仲良くなってから思うんだけど、降谷君って意外に足音立てるよね」
「足音だけで誰か見分けられる先輩も中々凄いですけどね」
 足音立てる、の言葉に降谷は固まった。ショックを受けたらしい。
「諸伏君なら付き合い長いし足音で降谷君のだって分かると思ってた」
「流石にこれだけ多くの人間がいる場所だと判別は出来ないですよ」
 固まる降谷を余所に諸伏はあははと笑った。


 二人とも部活だろ?ほら行った行ったと保健室から追い出す。諸伏にはちゃんとお礼を言った。
 暫く足を冷やし、しっかりテーピングをして立ち上がる。やはり普通に歩くと痛みが走る。
「明日は病院行きなさいね?」
「はーい」
 保険医の言葉に素直に頷く。保健室を出て壁に手を当てながら少しずつ前に進む。あー教室にカバン置きっぱなしだった…。しかも3階か……。学校はそこまで新しい建物じゃない。だからエレベーターなんてものもない。頑張るか…。
 いつも以上に時間をかけ、カバンをもってなんとか昇降口まで辿り着く。雨は止んでいた。立ったまま履ける靴も今はゆっくり履かないと痛い。
(あー…しばらく道場行けないなぁ…連絡しとかないと)
「あっ先輩!」
 立ち上がったところで降谷と諸伏が来た。部活違うのに一緒とかほんと仲いいよな。
(…………前世から思ってたけど……やっぱり降谷は)
「右だな」
「?」
「いや、なんでもない、気にしなくていい」
 邪な考えを振り払う。いかんいかん。きょとんとしている二人に、部活お疲れと声をかけた。
「先輩送りますよ。その足じゃ大変だろ?」
「いやいや、そこまでしてもらわなくても。年頃の男女が一緒に帰ると変な噂立つぞ」
「言いたい奴に言わせておけばいいんですよ。それに黒崎先輩との間なら問題ないですし」
「え、何、これ口説かれてるの?」
「え、あ、ち、違います!そうじゃない!おい景光笑うな!」
 この降谷からあのトリプルフェイスが生まれるのか…。諸伏はケラケラ笑いながら降谷の肩を叩く。
「ほらこいつ、見ての通りイケメンじゃないですか」
「諸伏君もイケメンだからね」
「え、ありがとうございます…。じゃなくて、中学の時から女子によく告白されてたんですよ」
「まあだろうね。カッコいいし」
 素直に褒めるとまあ顔が赤くなる赤くなる。褐色の肌でもわかるくらいに顔が赤い。
「先輩と噂立ったら告白する女子減るんじゃねっていう」
「なるほど、私を利用してか、私で役に立つか分からないけど」
「そんなんじゃないですって!景光!おま、ほんとに!」
 ぽこぽこ怒る降谷の可愛いこと。諸伏は降谷を弄る天才だな。
「ほら帰りますよ!」
 降谷は私のカバンを引ったくり、ずんずんと歩いていく。遠慮なく諸伏の肩に手をかける。
「お言葉に甘えて、松葉杖になってくれ」
「うわっ、偉そう。あはは、いいっすよ」
 戦地から帰ってきた兵士、というより、手をかけたまま体重をかけさせてもらいながら歩いた。

黒崎椎名
 映画のようにかっこよく決めたかったのに失敗した人。翌日病院へ行ったが、安静にしていれば2カ月くらいで治ると言われホッとする。でも二か月か、つらっ。そしてその2カ月間、何故か後輩二人が家に送ってくれる。高校生ってこんな感じだったっけなぁ?と前世とのギャップに首をかしげる。
降谷零
 照れると直ぐに顔に出る。先輩へ対する感情は恋愛ではない。自身の周りにいる女子に比べ、接しやすく一緒にいて楽しいし色々教えてくれるので慕っている。ここまで感情が出やすいのは先輩と諸伏、そして後の弾丸相手だけである。言葉や態度は普通の女子なのに、何故だか割と何を考えているか分からない先輩のミステリアスな部分に憧れる。
諸伏景光
 降谷零の幼馴染兼親友。頭脳明晰、才色兼備、人当たりも良い幼馴染が尊敬するという先輩に興味を持った。シャーロックはつられてハマった。実は男女の友情は信じていなかった。しかし先輩と接していくうちに、「この人の隣って居心地いいな」と思うようになる。幼馴染同様、先輩にハマる。勿論恋愛感情はない。
 軽音楽部所属。ベースの練習をしているところに通りかかった先輩から「あの歌ってバンド音楽なんだよね」と言われ、幼馴染と先輩にギターとドラムを強要する。「俺あの歌聴きたいんだけど!」