Reincarnation:凡人に成り損ねた
偶然の産物か、必然の結果か、
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高校最後の文化祭は、創立50周年記念とかで中々タイトスケジュールだった。文化祭期間中は生徒会に所属はしていないが役員の手伝いをした。授業で習わないせいかパソコンに弱い人が多いのだ。生徒会で必要な書類作り、プレゼン資料作り、データ集計等を放課後やる日々が続いた。
「It’s OK Go cry Go smile It’s something good to do to live as you want」
誰もいないパソコン室の一番奥。先日行われた文化祭テーマソング決めのアンケートを集計する。珍しく間延びせず歌いながらキーボードを叩く。
「I’m on your side Your life is all yours」
文化祭準備期間中に行われる定期テストで友人が何人か潰れた。テスト1週間前から部活動は禁止なのだ。吹奏楽部に属する友人はマウスピースを加えながら勉強しているという。演劇部の友人は発声練習しながらテスト勉強していたら親に心配されたと言っていた。テスト期間中で部活をしている生徒がいない為、放課後になると学校は比較的静かになる。生徒会役員は、みな勉強面は優秀なメンツが多いので、許可を得て準備を進めている。
「So don’t let other people force you to be good」
後数十枚で終わる。終わったら回答の多い曲をピックアップして生徒会室へ持っていけば今日は終わりだ、多分。
「Be kind to yourself 雨の日には濡れて 晴れた日には乾いて 寒い日には震えてるのは当たり前だろ」
データを保存し印刷をしようとコピーの電源を入れに立ち上がる。コピー機は部屋の入口にある
「次の日には忘れて k」
振り返ると入口に、男子生徒がいた。続きを歌おうとした口は不自然に発音して閉じる。私、今、とても恥ずかしい。
(適当に歌ってたならいいんだしっかり歌ってるの聞かれるの恥ずかしいうわあああああ)
「あの、黒崎先輩ですよね?」
声を掛けられ意識を戻す。彼は数十枚の紙束を手に私に近づいてきた。綺麗な明るい髪がサラッと揺れる。
「アンケート集計してるって北澤先輩から聞いて、今出しても大丈夫ですか?」
目の前に立つ彼の背丈は私より少し高い。碧い瞳に私が映る。
「ああ、そういえば1クラス分足りなかったな。大丈夫、態々ここまで届けてくれてありがとうね」
紙を受け取り再び椅子に座る。手伝いますと彼は隣に座った。
彼がアンケートの回答を読み上げ、私が入力していく。二人でやったのですぐに終わった。コピーも終え、アンケートとコピーした結果をA4サイズのバスケットに入れ二人でパソコン室を出る。
「手伝ってくれてありがとう。んー!終わった!」
「いえ、…遅くなってすみません…」
「気にしない気にしない。先輩にパシられた挙句、元部長に怒られるなんて可哀そうに」
彼が誰であるかは察している。が、気付かないふりをする。これ出して今日は終わりだといいなぁと考えながら生徒会室に向かう。後ろから慌てたようにバタバタと足音を立てて彼は隣に並んだ。
「な、なんで?え?」
「ん?」
彼の方が背が高いが私とそこまで差は大きくない。こうして並ぶと同学年に見えるだろうな。
「なんでそのことに…?」
何のことかと思ったが、先ほどの発言からどうしてそれに気付いたのか驚いているようだ。あー、説明めんどくさいな…。
「まー、うん、勘ってことで」
「嘘ですよね」
「説明めんどくさいんだよ」
未来の探り屋はどうしてバレたのか頭を回転させている。がんばれーと心の中で応援しながら様子を見ていた。
ネームプレートを見れば1年生だというのは一目瞭然。アンケートを出していないのは2年生のクラス。彼の左手首についているリストバンドはテニス部が着けているものだ。よって彼はテニス部。アンケートを出していないクラスの文化祭委員はテニス部だったから、彼はテスト勉強中にパシられたのだろう。右手の小指側の側面が黒くなっているのは勉強していた証拠。生徒会長の北澤は元テニス部部長で、めちゃくちゃ怖いと部内でも恐れられていた。怒られるのが怖くてどうしようかとしていたときに、偶然勉強している後輩の彼を見つけたのだろう。アンケートを託して逃げた。北澤は北澤で、最近ピリついているから碌に確認せず彼を頭ごなしに怒ったんだろうな。彼も北澤の怒りは怖かったようで、アンケートを出してきたとき若干涙目だった。そして私からも怒られると思ったらしくすっごい小動物の目で見てきていた。
生徒会室に着きドアを開ける。
「黒崎ありがとう」
「北澤ぁ、怒るべきはこの子じゃないだろ~?疲れ溜まってるんじゃない?ピリついてるよ」
ジト目で我らが生徒会長を見る。北澤は自身の後輩に厳しい目を向けた。
「提出期限は一週間前だったんだぞ。そりゃ怒るだろ」
「このアンケートは2-4のやつ。この子1年生じゃん。パシられたんだよ」
「……渡辺か…」
北澤は申し訳なさそうに後輩に謝った。後輩は「俺もちゃんと言わなかったので…」と自分にも非があると思っているようだ。
「ほら、今日はもう帰ろうよ。北澤もテスト勉強したいでしょ?」
「まとめなきゃいけない仕事残ってるんだ。期限も近いし、次の職員会議に出さないといけないのも」
「きーたーざーわ。大丈夫だから、ほら」
机に会った北澤のカバンを無理やり持たせる。私も生徒会室に置きっぱなしだった自身のカバンを持った。
「……分かったよ…今日は帰る」
「因みにどれとどれをどうしなきゃいけないの?」
これとこれをまとめて、これは資料にして、と話を聞く。大学時代のレポートに比べれば遥かに楽だ。締め切りは3日後らしい。
「おっけ、私がやったげるよ」
「いや、……いや、お願いするわ。正直俺手一杯。副会長使えないし」
ぼそっと副会長の愚痴をこぼす。聞かなかったことにして、放置していた後輩と3人で生徒会室を出た。
北澤は生徒会室の鍵を職員室に返しに行った。私はこのまま帰る。彼は教室に一旦戻るだろう。
「勉強中に災難だったね、じゃあがんばって」
「あの先輩!」
帰ろうとした私の腕を咄嗟に彼は掴んだ。これが、モテ仕草か。
(確かにキュンとくるな。なるほど、こうして世の女性を誑かしていくのか)
「今日じゃなくていいんで、俺に勉強教えてくれませんか?」
…んあ?勉強?を教える?
「俺英語苦手で…特にリスニングが酷いんです。テスト前だけでいいので、教えてほしいです」
「いや私も英語得意とは」
「さっきの歌の発音すごい綺麗でした。それに、黒崎先輩が先輩の友達に英語教えてるの見たことがあって。お願いします」
教えを乞うという言葉が一番似合わなそうな将来のエースは、私が頷くまで腕を話してくれないらしい。くっ、可愛い。
(10年前の優作を思い出すよ……。原作の中でもコナンに近くなる人物だ。接触は避けたがったが。待てよ?公安に入るんだよな、この子は)
分かったよと折れた私にそりゃもう喜ぶ彼。
「あ、俺、降谷零って言います。よろしくお願いします、先輩」
原作に関わる人間と会うのは3人目。その中でもキーパーソンである彼は、探り屋でも私立探偵でも公安でもない、ただの高校生だった。