Reincarnation:凡人に成り損ねた
偶然の産物か、必然の結果か、
プロローグ
──言っただろう?どこにいても助けに行くって──
イギリス最後の日にジャックさんから言われた言葉を思い出す。あの時とはまた意味が変わってしまったが、それでも彼は私を助けてくれるらしい。日本に戻ってからも定期的に彼らとは連絡を取り合っている。タランチュアの真の壊滅を目的に、私たちは改めてチームを発足した。“Alletnarat”(アラレナート)、これがチーム名だ。
ジャックさんは以前とは違う組織に潜入中だ。他のメンバーも潜入していたりサポートしていたり、多忙なはずなのにその立場を利用し探っているようだ。彼らは凄い。
『そのまま新婚旅行に行こうと思うんだ。椎名ちゃんも一緒にどう?』
「いや馬鹿か」
藤峰有希子との出会いは今でも覚えている。すげえ可愛かった、いや、美人だった。会ったのはほんの2,3回ではあるものの、「優作の子供の頃の話聞きたい!」という彼女に押し切られ連絡先は交換済みである。年は離れているとはいえ、女の親友にどう思うのか問うたところ「男女の友情だなんて素敵じゃない!優作と椎名ちゃんは背中合わせの仲かもしれないけれど、私は優作の隣で寄り添う仲なのよ!」と返って来た。背中合わせの仲か、いいなそれ。
『有希子も君と行きたがっていたんだが』
「新婚旅行の意味を辞書で調べてこい大先生様よぉ。それにしても、女優辞めるなんてもったいないな」
二人の結婚式は来週だ。W結婚式だというのだから恐ろしい。そう、彼女の幼馴染である毛利小五郎と妃英理も一緒に式を挙げるそうだ。
(妃英理はともかく、原作レギュラーの毛利小五郎との対面はできればご遠慮願いたいなぁ。この年齢で優作の親友だから、空気にはなれないだろうし。どうしたもんか)
『私としては一緒にいられる時間が増えるから嬉しいけどね』
「そりゃ良かったね」
『そうそう、椎名ちゃんが断った結婚スピーチだけど、太陽博士に頼むことにしたんだ』
「太陽博士?誰それ」
「そっか、椎名ちゃんに紹介してなかったか……。阿笠博士っていう発明家で、9年前からの友人なんだ。椎名ちゃんと出会う少し前かな?」
阿笠博士だと…マジか、この時点で既に知り合いだったんか。一言もその話出てこなかったよな。
「へぇ、優作の友人関係はあまり聞いたことがないから、正直優作に友達ちゃんといるか不安だったけど」
『いるよ』
「分かってる分かってる。にしてもなんで太陽博士?」
『それはまた今度話すよ』
電話を左手に持ち替えPCを起動する。知らない名前を聞いたら調べるのはここ数年で癖になってしまった。
『椎名ちゃんに紹介したい人いっぱいいるんだ。太陽博士もそうだし、最近友人になったマジシャンとか。話したいこともいっぱいあるんだよ。やっぱり新婚旅行』
「行かねえよ」
タイピング音が電話越しに聞こえないよう改造したシリコン製のキーボードを叩く。
(阿笠博士は調べなくても大丈夫なんだけどね…まあどこでどう情報が得られるか分からないから念の為)
『レック覚えてるかい?彼はハワイ出身らしくて、観光案内してくれるんだって』
「あ~レックさん。あの人の紹介するご飯屋はマジでうまい」
『レック今度からインターポール行くらしいんだ。市警じゃなくなるんだって』
手が止まる。阿笠の文字を消し、ハッキングの準備をする。
(流石に両手で操作したいな)
『優作、ご飯出来たわよ』
電話から有希子さんの声が聞こえる。有希子さんグッドタイミング。
『ああ、今行くよ。椎名ちゃん、また電話するね』
「遠恋している彼女か、その愛情妻に向けろや」
『子作りは順調だよ?』
「お前からそういう言葉を聞く日が来るとは…成長したな、優作…」
『椎名ちゃんは僕のお父さんかな?』
一瞬痛みを感じた胸を無視し、そいじゃ切るぞ、と電話を切る。
作業しやすいようキーボードを変え、ブルーライトカットの眼鏡をかける。ウィリアムが用意してくれた、アラレナートだけに繋がる携帯電話をヘッドマイクに繋げ装着、いつでも誰かに連絡できるようにする。時刻は19時、イギリスは10時頃か。
レックさんや周辺人物を調べに調べ、情報だけだと白だということが分かる。調べた人物が広すぎて時刻はいつの間にか24時になっていた。
(あー…腹減った。風呂も入ってない)
洗い出した資料を頭にインプットし、アラレナートの中で今の時間なら電話に出られそうな人を探す。セオドールなら今頃ブリオッシュでも食ってそうだ。3コールで彼は出た。
『やあシーナ、どうした?』
「優作の知り合いがICPOのところに行きます」
『なんだって?』
「その知り合いは、私の調べだと白なんですが、念のため資料送ります。セオドールに送って問題ないですね?」
『ああ、俺からみんなに送っておこう。そっちは夜中だろう?あまり無理をするなよ』
「ありがとうございます。気を付けます」
長電話は不用意にするものではない。伝えることを伝え終えると電話を切り、資料を送った。
タランチュアの新規構成人の増やし方は中々のハイリスク・ハイリターンだった。元々の構成員の始まりは知らないが、新たに増やすときは白い人間を引っ張ってくるようだ。ICPOのクレールやカルヴィンがいい例だ。どう懐柔したのかはまだ分からない。その所為で、例え調べて白だと分かっていても油断ができなかった。アラレナートの連中はずっと白であってほしい。彼らに裏切られたら、私はどうなるか分からない。
結婚式は滞りなく終わった。主役たちの人脈が広かったおかげで私の存在は見事に陰に隠れた。優作も有希子さんも私と話したがっていたが、絶え間なく来る友人や仕事関係の人たちの相手で私の方には来れなかった。隣でかほりさんがシャッターを切る音がする。
「椎名ちゃんはいかなくていいの?」
「優作が友人と接している姿を見るのは、私にとってはそうある機会じゃないですから。しっかり堪能しておこうかと」
「ふふ、あとで優作と有希子ちゃんが拗ねそうね」
パシャ、また1枚アルバムが増える。
本当は私も、結婚式を挙げる優作の隣に立って写真を撮りたい。勿論有希子さんも一緒に。でもそれは今できない。
(かほりさんは寛司さんが生きていると信じている。でもきっと不安なはずだ。寛司さんがかほりさんに最期なんと伝えたか分からない。でも寂しいに決まってる)
客観的に見ても私が悪いわけではないのは分かっている。私の所為で、とか悲劇ぶるつもりはない。それでも死を偽装している罪悪感から、ありもしない罪を滅ぼすのだ。私は目的の為に写真を撮られるわけにはいかない。
かほりさんへは偽装の手紙を出した。携帯を壊して連絡が取れなくなった、新調できたらまた連絡する、といった内容だ。優作もその手紙を確認しただろう。親友のことだ、父親の職業も表向きは行方不明だということもバレるのは時間の問題だ。その時は父親を探さないよう私がどうにかするしかない。
「かほりさん、あとで写真貰っていいですか?」
「いいわよぉ。現像して渡すわね」
パシャ
優作は幸せそうに有希子さんと笑顔を浮かべていた。
結婚式でしっかり話せなかったことは、かほりさんの宣言通りあとで二人に拗ねられた。こちらとしてはかの博士とも後の探偵や弁護士とも、ほとんど面識ないまま(見かけたことがある程度にはなってしまったかもしれない)なので万々歳だが。新婚旅行へ向かう二人をかほりさんと空港でしっかり見送った。
新婚旅行と言っても、有希子さんはまだ大学生。旅行期間は2泊3日だ。この間私は彼らを見守らなくてはならない。行き先も泊まるホテルも優作が話してくれたので知っている。盗聴器や発信機はやめた。付けたかったが流石に親友の、まあ、アレを盗み聞きするつもりはない。