Reincarnation:凡人に成り損ねた

今後のことはあまり考えていない

11

「しいなああああああ!!!ほんものだあああああ!!!」
「父さんどうどう」
 仕事の都合がどうしてもつかず空港に迎えに来られなかった父。優作とかほりさんは「家族でゆっくりね」と自分の家に帰っていった。久々の実家はやはり落ち着く。1週間ほどしかいないため、あまり荷解きはしなかった。父のことだ、きっと仕事が終わってすぐ帰るだろう。そう思い夕飯を作って待っていた。
「母さんもいないから…ぐすっ…父さん…寂しくて……ぐすっ……」
「一緒に転勤先行けばよかったのに」
「母さんが『ここで椎名の帰りを待ってあげて、私も仕事が落ち着いたら戻ってくるから、ね?』っていうからぁ…ぐすっ」
「母さんの真似うまいね」
 母さんは今年の4月に仕事場が変わったそうだ。帰国の連絡を入れた際初めて知った。環境が結構変わったらしく、連絡もあまりとれないらしい。
「中学の先生ってさぁ…忙しいって…部活の顧問もやってるんだって……進学校なんだって…担任もやってて……ぐすっ」
「ほら泣きやみなよ。今週父さんに尽くすからさ、な?」
 父さんの女々しさはいつみても、気持ち悪いというよりは可愛い。こういうところが母さんのツボにハマったんだろうなぁ。本人相手には必死に隠してるから余計に。
「忙しいところに電話したら、母さん休まらないって思って、連絡もあんまりしなかったんだ…椎名もタイミング合わなくて…あんま電話できないし…」
「うん、うん。そうかそうか」
 ぐすぐすと相変わらず泣く父さんを宥めながら食卓に着く。久々に頑張って日本料理作ってみたが口に合うだろうか。
「…うまいいいい」
「ありがとう、口に合ったならよかったよ」
 無言でティッシュを差し出す。父さんは鼻をかんだ後、満面の笑みで食事を進めた。
 宣言通り日本にいる間は父さんに尽くした。仕事の時は優作とどこか行ったり事件を解決したり(これは完全に優作に巻き込まれて)、かほりさんとも一緒に新しくできたデパートにショッピングに行ったり日本食巡りに行ったり、なんとも充実した一週間を過ごした。食べた料理やきれいな景色とかを写真に収めジャックさんや赤井さんに送ったりもした。
「椎名の手料理も…今晩が最後か…」
「タッパーに色々作って詰めたから、冷凍庫に入ってるからチンして食べてね」
「うううう!!母さんも最後の晩餐に同じこと言ったんだあああ!」
「この一週間過ごして思ったけど、父さん随分さらけ出すようになったね」
 父さんはきょとんとして「え?」と先を促してきた。
「前は結構見栄張ってたじゃん。理想的なかっこよくて優しい父親っていうか。でも今は女々しいしいつまでもぐずぐずしてるしめんどくさいし…ごめんて泣かないでよ」
「娘に…嫌われた…」
「(めんどくせえ)私は父さんの娘だぞ、見栄張ってる父さんもいいけど、気がゆるっゆるの父さんもいいなって話さ」
 ずずっとお茶を啜り父さんを見る。父さんは言葉をちょっと理解できていないらしく首を傾げた。
「ありのままでいこうよってこと。家族なんだから」
「ううう娘が優しいいいい」
 しっかり完食し箸をおいて父は胸中を語った。
「母さんも、椎名も、頭いいししっかりしてるし、正直未だに信じられないんだ。母さんがなんで僕を選んでくれたのか、椎名みたいないい子が僕の娘として生まれてきたのか。結婚して9年……今はみんな離れ離れだけど、こんなに幸せに過ごせる日が来ると、思ってなかったから……」
 いったいどんな過去を送ったんだ父さんは。母さんから聞いた話だと、小中高といじめにあっていたらしい。鉄道オタクになったのは、通学途中で見かける電車を見たり音を聞くのが当時の癒しだったからだという。それだけでなく両親ともひと悶着あったとか。だからだろう父さんの両親、私からしたら祖父母に一度もあったことがない。母さんの両親は私が生まれる前に他界したという。
「………いつか…椎名を…ちゃんと娘として…父さんと母さんに会わせたいなぁ」
「私からするとおじいちゃんとおばあちゃんか…。聞きづらいんだけどさ、おじいちゃんとおばあちゃんって私の存在知ってるの?」
「椎名が生まれた時に手紙を送ったよ。二人に届いてるかは分からないけど…ごめんね、椎名。こんな父親で…」
「何があったか知らないけど、会いに行くっていうなら私はいつでも行くよ。父さんたちの間に何があったか知らないけど、私は父さんの味方だから」
「……しいなああ」
 話しているときの表情からして相当根深い何かがあったようだ。下手すりゃ私の存在も知らないわけと。これはおじいちゃんとおばあちゃんに会うのは随分先になりそうだ。


 空港までは父さんの車で、かほりさんと優作も乗せていくことになっている。
「工藤さんの家に行く前に、ちょっと電気屋よるけどいいかい?」
「いいけど、なんか買うの?」
「いや買わないよ。同僚がパソコン欲しいけどどれ選べばいいか分からないっていうから、カタログ貰って来ようと思って」
「なるほど」
 父さんの運転は凄く上手い。父さんの運転で寝ない人はいない、ってくらい上手い。母さんは上手いんだけどスピード狂なきらいがあるので急いでいるとき以外は乗りたくない。
 電気屋まではそこまで距離はない。しかし私は既にうとうと状態だ。父さんは車を降りて5分もしないうちに戻ってきた。
「…カタログ多すぎない?」
「はは…紹介するにはちゃんとやらないといけないかなって…」
 違う会社のカタログが6冊ほど。厚さはそこまでないが全部見るにはちょっと時間がかかる情報量だ。グローブボックスに入れたカタログのうち1冊を手にとってパラパラ眺める。イギリスで使用しているパソコンには当然ながら日本語はない。キーボードにある日本語表記を見てふとあのメールを思い出した。
(確か最初のメールにはno namoraとかなんとか書かれれたよな)
 “N”には“み”、“O”には“ら”続けて読んでみると。
(“み らみちもすち”。やっぱりダメか。…ローマ字読みだと“の なもら”だから、逆に当てはめてみるか)
 “の”には“K”、“な”は“U”、
(“k u;o”……文章にならない、でも)
「気になるパソコンでもあった?」
 父さんの言葉に思考を止めカタログを閉じる。
「いや、向こうのパソコン日本語表記ないからさ。向こうに慣れ過ぎてこっちのにちょっと違和感を感じた」
「そういうことか。向こうのパソコン見てみたいなぁ」
「帰ったら写真送ってあげるよ」
 やったと喜ぶ父を尻目に、もしかしたら解けるかもしれないという予感がして早くイギリスに戻りたくなった。
 朝は落ち着いていた父さんだったが、見送りではティッシュ箱が一箱無くなるくらい号泣していた。
「哲朗さん、あんな感じだったっけ?」
「母さんが家にいないせいだろうね。寂しすぎるみたい」
「椎名ちゃんもっとお父さんに電話とか手紙とかした方がいいんじゃないかしら」
「“親孝行しないとだめだよ”椎名」
「あ~、これがブーメランか」
 言った言葉がそのまま帰ってきて苦笑する。父さんの勤務時間が分からなくて電話ができなかった。母さんに至ってはメールでしかやり取りできていないし、返信も遅い。留守電でもいいから電話しようと思った。国際電話って高いけど、親孝行しないとね。


 携帯電話はイギリスで買ったので、日本にいる間はずっと航空機モードだった。イギリスにもどりキャリアをつなげるとメールが届いた。
(知らないアドレスだ…今まではPCの方だったのに、今度はこっちに来たか)
 プレビューを見ると文章はなく添付ファイルがあった。流石に携帯で開くのは怖い。ウイルスチェックをしてからにしよう。あと、今までのメールも解読しないと。
 家に着いたのは朝7時。疲れからか睡魔に襲われ一度寝ることにした。目を覚ますと16時。おなかも空いていないので起きてすぐPCを見ると、帰国中に1件またあのメールが来ていた。時間的に携帯宛のメールより前だ。



so rit an i sun esotari hi nimi
k u ran otam init on inon ran on a mini reran enotan it on tamin i re


 携帯宛の添付メールをPCにつなぎ、開かずに中身をチェックできるソフトを利用して中身を見る。1枚の写真が入っていた。画面の下にはアスファルトが映っており、寝そべって撮ったような写真だ。左右に大きなコンテナがあり、コンテナ番号が良く見える。画面中央にもコンテナが映っているが撮影した場所から少し距離があるようでそこまで大きく見えない。そしてそのコンテナの上にビルが映っていた。ビルは片面が湾曲でどこかで見たことがあった。どこかのコンテナヤードだろうか。
(写真が来たってことはここに何かあるのか?解読終わったら行ってみよう)
 メインディスプレイにメールを、サブディスプレイに検索した日本語キーボードの画像を映す。流石に日本語文字の配置は覚えていない。

Ku;onoqsigqnqibuniiru

Ku;ohqsindeinqi,hurizositeitq

qsigqsuuhon,sqkenihitqru

Odorihqozqrqnqi
Sqkezosuttesqiseizomqtuyoudq

Clqir,Cqlvin
Hokqnisikyokuni;o,kqisyqni;o

く;おのqしgqんくぃぶにいる

く;おhqしんでいんくぃ、ふりぞしていtq

qしgqすうほん、sqけにひtqる

おどりhくぉzqrqんくぃ
sqけぞすってsくぃせいぞmqつようdq

Clqir,Calvin
ほkqにしきょくに;お、kくぃshqに;お

(ちょいちょい日本語あるんだよなぁ。………こっちの文章に“a”がないな…)
 うんうん唸っていると電話がかかってきた。
『やあシーナ、日本は楽しかったみたいだね』
「ああ、チャーリーさん」
 相手がどこにいるか分からないので念の為偽名の方で呼ぶ。電話越しに聞こえる他の音から外にいるのだろう。
『土産話も、できればお土産も欲しいところだが、その前に朗報だ。あのメールがどこから来たかは分かった』
「今丁度解読しているところだったんです。あれからまた来て、一昨日とうとう携帯に写真つきで来たので」
『携帯に?』
「ウイルスは無かったので大丈夫です。あとで写真送ります。それで、メールはどこから?」
『ああ、どうやらあれはフランスから送られたものらしい。そこまでは分かった。もっと範囲狭められたら良かったんだが』
 フランス?フランスに知り合いなんて…いや、1人いたな…。
 桜の花びらが目に浮かぶ。さっきまでは何ともなかったのに嫌な汗が背中を伝う。
『シーナ?』
「……とりあえず写真送ります。そこの場所調べてほしいです、できればすぐに!」
 相手の反応を待たず電話を切る。速攻写真をジャックさんに送り、フランスで使われているキーボードを調べた。
(やっぱり!イギリスのキーボードの配置は日本と同じだから気付かなかった!フランスは違うのか!)
 A、Q、W、Z、Mの配置が違う。フランスのキーボードを基に文章を組みなおした。

くものあしがないぶにいる

くもはしんでいない、ふりをしていた

あしがすうほん、さけにひたる

おどりはおわらない
さけをすってさいせいをまつようだ

Clair、Calvin
ほかにしきょくにも、かいしゃにも

蜘蛛の足が内部にいる。蜘蛛は死んでいない、ふりをしていた。足が数本、酒に浸る。踊りは終わらない。酒を吸って再生を待つようだ。フランスからってことはこの名前もフランスの人名だとして、クレールとカルヴィンか?他に支局にも、会社にも
(文面的に、蜘蛛って組織がいるのか?死んだふりって、壊滅したようにみせかけた?酒を吸って再生を待つ、酒……まさか黒の組織じゃないよな……)
 文章は読めたが意図が読めない。もどかしさに乱暴に頭を搔く。あの写真の場所に最後のヒントがあるのか。
(あのビルはイギリスで見たことがある。ジャックさんならすぐ場所を突き止めてくれるはずだ)
 すぐに出かけられるよう準備をする。優作は友人たちにお土産を渡しに行っているため今は家にいない。念のため『友達に土産を渡しに行く』という体でカバンを持っていく。時刻は17時。この地は冬でも雪があまり降らない。外は今にも雨が降りそうだ。靴を履いたところで電話がかかってきた。ジャックさんだ。
『シーナ、あの場所は××港から15分ほど離れた場所にあるコンテナヤードだ』
「分かった!ありがとう!」
『おい今から行く気か?20分待て、連れて行ってやる』
「マジか嬉しいですけどちょっと待ってられなそうなんで先行ってます」
『シーナ、気を付けろ、あそこは人通りがほとんどない。俺が行くまであまり動きすぎるな』
「……分かりました。××港が近いんですよね。そこで待ってます」
 きっと主人公ならわき目も振らず向かうんだろう。私は自分の力量を分かっているつもりだ。もしものことがあった場合、一人じゃどうしようもない。
 家を出たところで買い物帰ってきたかほりさんと出くわした。
「あら椎名ちゃん、今から出かけるの?」
「友達が『お土産ほしい!ジャパンの話聞きたい!』ってうるさいから行ってきます。もしかしたらそのまま泊まるかもしれないです」
「あらあら、時差ボケもあるだろうし、気を付けてね。優作も今夜は泊まるって言っていたし、今夜は一人かぁ」
「かほりさんすみません…」
「いいのよ、沢山お話しておいで。友達は大切にしないとだめよ」
「ありがとうございます。いってきます」
「いってらっしゃい」
 ここで焦ってはダメだ。かほりさんと話したことで少し頭が冷えた。自転車にまたがり駅を目指した。


 港の最寄り駅まで電車で30分。さらに駅から歩いて10分。近づくにつれ緊張が高まるのが分かった。
「シーナ!ここだ!」
 港近くの駐車場にジャックさんはいた。車から顔を出し存在を主張する。走って向かい助手席に乗り込んた。
「メールは解読できたのか?」
「解読は出来ましたが内容はまだ理解できていないです。そのヒントがあの写真の場所にあるんじゃないかと思って」
「妙に焦っているな。何かあったのか?」
「嫌な予感がするんですよ、本当に、急いでください」
 車通りもなくジャックさんは飛ばしに飛ばしてくれたので3分で着いた。そのころにはとうとう雨が降り出していた。雨脚は強くないがずぶ濡れになるには十分な雨量だ。助手席にカバンを置いたまま雨を気にせず車を降りる。写真と景色を見ながら撮影場所を探す。
(ビルはあの方向、コンテナ番号的にこっちだ)
 ドッドッと心臓が鳴る音が聞こえる。なんだ、この感じは。居てもたっても居られず予測を付け走り出す。濡れるぞ!と言いながらも後ろからジャックさんが追いかけてくるのが分かる。
(頼む、杞憂であってくれ、嫌な予感がするってフラグは寧ろ何もないもんだろ)
 バシャバシャと水たまりを気にせずコンテナの間を駆け抜ける。何度か曲がったところでようやく近い景色が見えた。きっとあのコンテナを曲がったところだ。
(ここだ…!!!)
 雨のにおいに混じる、この臭いは、血だ。視線の先には、横たわる黒い服を着た人間。
「!!」
 ジャックさんが人に気付き近寄る。それより先に私はその人に近づき身体を仰向けにした。触れた肌は、ひどく、冷たい。髪の毛が顔に張り付いており表情は見えない。震える手で髪をかき分けた。
「………………………」
「…ダメだ、死んでいる」
「………………………」
「警察を呼びたいところだが、この時間にここにいるのは俺としても、シーナとしてもまずいだろう。仲間を呼ぶが…?シーナ?」
「……この人が死んだことは内密にお願いします」
 声が震える、顔から目が離せない。前見た時よりも痩せた顔をしている。
「シーナ、まさか知り合いか?」
「彼は…ICPOの刑事です。私が居候している親友の、父親で、名前は…工藤寛司」


 潜入捜査中のジャックさんが、そして未成年の私がここにいることは人に知られるべきではない。そもそも接点などない筈の二人だ。下手に警察を呼ぶとジャックさんの身に危険が及ぶ。そして私にも。
 私の様子や相手がICPOの刑事という異常事態に、ジャックさんは仲間の中でも信用できる人だけに連絡をした。来たのは4人。私のことはジャックさんを通して知っていたらしい。
 場所を変え、びしょ濡れになった私とジャックさんは着替えさせてもらった。風呂も入って温まったほうがいいと言われたが、そんな気になれず体を拭いて用意してくれた服に着替えるだけした。今日はもう帰れない。かほりさんにメールをしておいた。
(…冷たかった……あの時はあんなに……あったかかったのに……)
 ジャックさんの信用できる仲間、ウィリアムさんのセーフハウスにいる。リビングのソファーに座り、入れてくれたココアも飲む気になれず俯く。寛司さんは隣の部屋のベッドだ。
「シーナ…彼の携帯に未送信のメールがあったんだ。日本語だと思うんだが…」
 ジャックさんは私に携帯を差し出してきた。黒いガラパゴス携帯は日本製だった。受け取り画面を見る。宛先は私だった。


子どもの君に託す私を赦してほしい
花見、楽しかったよ


 嗚呼…間違いない…今までのメールはすべて…寛司さんからだ……
「…聞いても、いいですか?」
 ジャックさん含めみんながそれぞれソファーに座る。私の話を聞いてくれるようだ。
「なんだい?」
「“蜘蛛”に心当たりはありますか?組織でも、人でも」
「“蜘蛛”……」
「もしかして、“タランチュア”のことか?」
「2年前潰れた犯罪組織か。残党狩りに苦戦したが今じゃもう壊滅したと聞いているぞ」
 蜘蛛の足が内部にいる。蜘蛛は死んでいない、ふりをしていた。タランチュア。
「どこから話せばいいのか分からないですが、すみません、うまく話せる自信がありません」
「シーナ、大丈夫、ゆっくりでいいよ」
「ありがとうございます」
 深呼吸をする。声は震えていない。かすりもしていない。
「なくなった彼は、工藤寛司、ICPOの人間です。潜入捜査をしていたと聞いています。2年前に捜査は終了したと言っていました。そして潜入することももうないと。ここからは私の予想です。潜入していた組織が“タランチュア”。残党狩りに苦戦したのは内部にスパイがいたから。ICPOに奴らの残党が紛れているんです。壊滅はしていない、他の組織に紛れて時を待っているんです。彼はそれに気付いた、気付いてしまった。だから殺されてしまった」
 ゆっくり、はっきり、伝わるよう話す。5人の大人たちは難しい顔をした。
「その推理の根拠は?」
「半年前からメールが、私のもとに届いていたんです。暗号文だったんですけど、夕方漸く解けて。あの暗号は日本語とローマ字でできていて。内容が、蜘蛛が死んだふりをして、内部や支局、会社にいると。クレールとカルヴィンの名前もあって、あと、酒に浸るとか酒を吸って再生を待つとか、そう書かれていました」
「内部はICPOとして、支局はビュロウ、会社はカンパニーか?」
「酒といえば、コードネームが酒の名前の組織があったな。最近やっとうちの捜査員も潜入できた、あの組織」
「恐らく、ICPOやビュロウ、カンパニー、そしてあの組織で身を隠しつつ組織の立て直しを図っているのだろう。タランチュアは無駄に辛抱強い組織だ。暫くは表に出ないだろう」
「……うちからも潜入していたやつがいたな」
 空気が重くなる。彼らはきっと私も想像していることを考えている。
「……そうだな、可能性としてあるだろう。うちにも残党が紛れていると」
「これは上に知らせるには難しいな……先に内部調査をする必要がある」
「SISのことは後で考えよう。それより、彼をどうする」
 この中で一番の年長者と思われるアデルさんは、彼の眠る部屋に目を向ける。
「死体の状況から即死じゃない。怪我を負いながらも逃げ力尽きたという方が合っている。あの場所もメールで知ったのか?」
「ああ、シーナ宛に、写真が届いたんだ」
「だとすると彼は最期にシーナへ自身の居場所を伝えた。危険な立場であるにも関わらずシーナへ送ったということは、あの場所は追手が来ない安全な場所であると彼は確信していたのかもしれない。とすると」
「ICPOもタランチュアも彼が死んだことを知らない可能性が高い」
「…私としては、彼の死は隠蔽すべきだと思います。生死不明の行方不明より、生存しているが居場所が分からないようにすべきかと」
「生きていることにするだと?」
「彼が死んだとなれば、優作たちに、彼の家族へ必ず連絡がいくでしょう。家族の存在はまだしも、顔や名前が割れてしまえば危険だ。寛司さんが内部のネズミに気付いて誰かに伝えている可能性があると、きっと奴らは考える」
「その相手が家族であったら、確かに、次に狙われるのは彼の家族か。そして、君もだ、シーナ」
 6人の視線を一身に受ける。相変わらず手は震えている。しかし自身の身の危険によるものではないということは分かっていた。
「彼の家族には悪いが、死体はこちらで預かろう。そして生存についても生きているかのように仕向ける。その辺りはこちらでどうにかしよう」
「彼の家族も俺たちで警護できればいいが…」
「それはむしろ危険だ。俺たちの仲間にもネズミが混ざっている可能性がある以上、下手に動けば不審に思われる。奴らが連絡を取り合っていたら、彼の家族もシーナの存在もすぐにばれるぞ」
「……シーナ、すまない」
 ジャックさんが悔し気に謝罪する。分かっている。彼らは彼らのやることがある。しかもジャックさんに至っては現在潜入捜査中だ。いくつも背負っては負担になる。
「工藤家は私が守ります。物理的には何もできませんが、何かあった時みなさんにすぐ連絡を入れます」
「タランチュアはヨーロッパを中心に活動していた組織だ。日本へ戻ってしまえばまだ安全なんだが」
「日本にも諜報機関があったよな?あそこは大丈夫なのか?」
「…確約はできないな……」
「少なくとも大学を卒業するまではイギリスにいることになります。卒業まであと1年半。かといってあまり警戒しすぎるとかえって不審です。壊滅したと思われている組織なんですから。敢えて今まで通りに生活します」
「気を付けるんだシーナ。何かあったら、いや、嫌な予感がしたらすぐ俺たちに知らせるんだ」


 半年前から来ていたメール。裏切者が内部にいると気付いた時、寛司さんはどんな心境だったのだろう。仲間だと思っていた人たちが実は敵だった。その絶望はきっと計り知れない。そして私へのメール。
(もっと早く気付いていれば…寛司さんとどうにか連絡を取っていれば…あのメールは彼のSOSだったのだろうか…私が、早く気付いていれば)
 彼は死ななかったのだろうか。
(たらればの話をしたって仕方ない。私は神じゃない、万能じゃない。今までとんとん拍子に色々出来過ぎていたんだ。私は結局、無力なんだ)
 子供である制約は何をするにしても不可能が付きまとう。コナンはその制約をどう乗り越えた?そうだ、彼には発明家がいたじゃないか。
(便利アイテムはダメだ、なければできないんじゃ。何ができる、私に、何か武器は無いのか)
「シーナ、凄く冷えている。眠れなくてもいいからベッドに入って横になるんだ」
 一向に動かない私にとうとうジャックが私を横抱きにゲストルームへ運んだ。
(ジャックさんが発信地を調べてくれた。そのおかげで寛司さんを見つけることができた。………そうか、あるじゃないか、武器にできるものが)
 情報だ。情報は最大の武器になり、防具にもなる。情報さえあれば私でも優作を守ることができるかもしれない。情報収集、必要なのはこの力だ。

 次の日帰って早々熱を出した。あれだけ雨に濡れて、ろくに温めなかったんだ。そうなるのも当然だ。しかしそのおかげで寛司さんの死のショックを誤魔化すことができた。優作たちにもまだ死を知らせてはならない。
「椎名ちゃん……」
「…うつるよ、優作」
「……昨日、何かあった?」
 熱を出した原因のことを言っていない。流石親友だ、私の気落ちに気付いた。
「…優作…」
「うん?」
「………ごめん……」
 寛司さんを助けられなくてごめん、死んだ寛司さんを生きていることにしてごめん、寛司さんの死を教えられなくてごめん、何も言えなくてごめん、頼っていいって言われたのに頼らなくてごめん、親友なのに隠し事ばかりしてごめん、信頼してくれているのに同じものを返せなくてごめん。
「ごめん…優作…ごめん…」
「椎名ちゃん、熱出して気が弱まってるんだよ、ゆっくりやすも?ね?」
 隠したがる私に優作は追求せず、私の目の上に手を翳し眠りへと誘った。

黒崎椎名
 この事件が自身の将来の立ち位置を決める決定打となる。
 これ以降工藤家にバレないようハッキング技術を高める。ジャックの仲間にも協力を仰ぎ、工藤寛司の家族構成や経歴を偽装することに成功する。しかし工藤寛司が口頭で誰かに自身のことを話している可能性も高いため、イギリスにいる間はICPOや警察をかなり警戒し観察する。みんなが寝静まった深夜にPCから探りを入れている。その中でICPOにクレールとカルヴィンという人物がいることを知る。
黒崎哲郎
 妻とほとんど連絡が取れず悲しんでいる。帰国してから以前より連絡してくれる娘に喜んでいる。娘の後押しもあり両親に会いに行こうとしたが、妻も一緒の方がいいだろうと考えているため、妻が落ち着いてから…と結局先延ばしにしている。それが逃げだということにも薄々気付いている。
黒崎椎名の母
 仕事場が代わってから多忙を極め、家族と滅多に連絡が取れなくなった。
工藤優作
 親友が酷く弱っているのを分かっているのに、何もしてあげられなくて歯がゆい。
 熱が下がってから前と変わらない椎名に、安心すべきなのに何故か安心できない。
工藤かほり
 数日前に夫から電話がかかってきた。「愛している」突然の愛の言葉に戸惑う。「何も聞かないわ。ただ…ずっと待ってるから…」それだけをやっと返す。息子たちが大学を卒業しても連絡が取れない夫に不安を感じるが、健気に、強かに待ち続ける。もう夫が帰って来ない日本の家で、最期まで待ち続けた。
工藤寛司
 2年前に壊滅させたはずの犯罪組織「タランチュア」の潜入捜査員だった。タランチュア崩壊後、残党が中々捕まらず苦戦していた最中、内部に裏切り者がいると気付いた。調べたところタランチュアに魂を売った(ICPOを裏切った)クレールという刑事だった。クレールとは親しかった為、工藤寛司は信じられずに独自に調査を進めていく。クレールが裏切り者だとしても、そうでないとしても、自分の身の危険を感じた工藤寛司だったが誰を信じていいか分からない状況に家族の身を案じる。もし妻や息子に何かあったら、そのとき自分の身分をただ勘であてた少女を思い出す。裏切り者を捕まえて残党を全て捕まえられたらそれに越したことはない。しかし、それこそ自身の“勘”が、自分の最期を予知している。妻や息子を守ってほしい、タランチュアの復活を阻止してほしい、助けてほしい。様々な想いを少女に託した。クレールに殺されそうになり命からがら逃げだしたが、黒崎椎名にこれまで送ったメールから音沙汰が無いままだったので愈々覚悟を決め遺言を残した。
ウィリアム
 ジャックから突然呼び出されNOCだとバレたかと慌てて向かったら、死体があるわ例のギフテッドがいるわで状況が把握できなかった。現在潜入中ではない為、内部調査を担当することになったがずっと味方だと思っていた人物が敵だったらと調査の手は重い。
ジャックの信頼できる仲間
 ジャックと同じくNOCバレだと思い色々準備してきた。結果的に違ったものの、それ以上に自身の仲間にスパイがいるかもしれないと気を引き締める。この場にいた仲間以外の身内に対して気づかれないよう警戒する。全員黒崎椎名と連絡先を交換した。
 この後ICPOに探りを入れ、工藤寛司の死に気付いていないことを知る。工藤寛司の携帯電話から「ある組織の取引現場を見かけた、後を追う」とICPOへメールを送り生きているように見せかけた。それ以降は連絡を取らず行方不明の体裁をなしている。