Reincarnation:凡人に成り損ねた
今後のことはあまり考えていない
3
宣言通り、土曜日に来た彼の顔は曇っていた。マジか、解けなかったのか。
「犯人はあの女性ではないことは分かった。それと、殺害現場は死体が発見された場所ではないことも分かった。でも真犯人が分からないんだ」
むすっとした顔で彼は告げる。相当悔しいらしい。ビデオはレンタル期限が過ぎてしまい、もって来ることはできなかったようだ。
(日曜日に家にビデオを持ってきたから、借りたのはそれより前。ビデオのシールに7泊8日ってあったし、期限が切れていることは想定内だ)
私は部屋からノートパソコンと、5枚の折り紙と鋏を持ってきた。ノートパソコンは、父が新調したのでお古をもらったのだ。
工藤優作の強い視線を感じながら、5枚の折り紙を重ねて人の形に切っていく。それぞれ違う色の人型が5枚できた。そしてそれぞれまた切っていった。
1枚目は首を、
2枚目は左の肩から右脇にかけて、
3枚目は右足、
4枚目は左足、
5枚目は胸部の下を。
切った折り紙をまずは同じ色同士で人の形にする。そこで一度工藤優作を見た。
「これは死体?でも死んだのは6人だけど…」
まだ疑問符が浮かんでいたようなので、切ったパーツを並び替えた。
1枚目の頭と2枚目の胴体、
2枚目の頭部及び右腕と5体目の下半身、
3枚目の右足のない人型、
4枚目の左足のない人型、
5枚目の上半身と3枚目4枚目の足
そして1枚目の頭のない人型。
「これは!!」
気付いたようなので、立ち上げていたノートパソコンから先週見た映画の動画を全画面で再生した。もちろんこの動画はよろしくないサイトの転載動画である。
彼が何回この映画を見たかは分からないが、この前とは違い、「そういうことか」とか「まさかそこにも証拠が」とか、死体のトリックを知ってから見落としていた証拠を見つけたようだ。
スタッフロールが終わり、画面が暗くなる。そのタイミングで動画を停止した。
「現代では完結できない、という意味がよくわかったよ。今の科学ならDNA鑑定や指紋採取で死体の数が5体だと分かってしまうから」
彼は小さく息を吐くと、私に質問をしてきた。
トリックはいつ気付いたのか、犯人はいつ気付いたのか、犯人の真の狙いをどうして分かったのか、エトセトラ。
私自身もう彼に隠す気はこの5日間で無くしたので、全て話した。
トリックに気付いたのは6体に見える死体が全部見えたとき。犯人はトリックに気付いた時に。真の狙いに完璧に気付いたのは女が自殺したと分かった時だが、伏線はちらほらあった。
根掘り葉掘り聞かれ、ようやく落ち着いたときには2時間経っていた。
「……解けなかったから、ご褒美は無しか…」
「別にご褒美にするほどでもないと思いますけど」
彼はえっ、と声を出した。
「別に、演技してたり猫被ってたわけじゃないです。ああいう性格の方が世渡り的に都合がいいだけで。呼ばなかったのは…あー、まあこれだけ素を出してしまったから暴露しますけど、なんて呼ぶのが一番自然か分からなかったんですよ。『工藤さん』って呼び方は年齢に似合わず他人行儀過ぎるし、『工藤お兄ちゃん』とか『優作お兄ちゃん』だとこんな中身なので違和感が拭えなくて、慣れればいいんですけどそれまでに呼び辛そうにしてるって気づかれそうだし。他の誰かの目がある外だったら気にせず言えるんですけどね?基本会うのうちじゃないですか。だから余計に呼べなくて」
「そういうことだったんだ…。それにしても、椎名ちゃんの素は本当に大人っぽいね。まるで見た目だけ子供になってしまったかのよう」
えっ今の録音したかった。二十数年後、自分の息子がそうなりますよ。
「僕は別に呼び捨てでも構わないよ。いや、呼び捨てがいいな。それと敬語もないほうがいい」
「ご褒美なしなんじゃないんですか」
「ご褒美にするほどでもないって言ったのは椎名ちゃんだろう?」
さっきまで拗ねていたが、もう機嫌が直ったようだ。にこにこと私を見ている。
「じゃあ、ご所望にお答えして」
意味もなくごほんと咳ばらいをし、珍しく胸中を語った。
「優作とは、大人になってもよぼよぼのババアになっても良き友人として仲良くしていきたい。毎日会うような仲じゃなくていい。定期的に話すような仲じゃなくていい。お互い何してるか常に把握してなくていい。ただ、ふと会いたくなったり話したくなったりした時に気兼ねなく連絡取れるような、そんな関係でありたい」
原作中、彼、優作はアメリカを拠点にしていた。海外へ行きたいという思いこそあれど、さすがにそこについていこうとは思わない。日本食好きだし。それに年も離れているから、今後どれだけ話せるか分からない。でも、きっと彼以上に心を許せる友人はきっとできない。
「凄い告白だね。まるでプロポーズを受けてる気分だ」
「あ、結婚するなら美女にしてね。料理上手で、アグレッシブな人。大人しい人とかおしとやかな人だと気を遣う」
あははははっと快活に優作は笑った。
「椎名ちゃんの、妙に重みのある言葉はしっかり心に刻んだよ。僕も同じだ。椎名とは死ぬまで友人していたい」
「言っとくけど、私かなり口悪いし、察してる通り子供っぽさ無いからね。改めてこれからもよろしく、優作」
「ああ、よろしく、椎名ちゃん」
何度も言うが私は別に、小学生の演技をしているわけじゃない。猫を被ってる、と言われてしまえばそれまでだが、状況や雰囲気に合わせるタイプなのだ。だから学校ではコナンよりも元気に生活してるし、図書室へ行ったからと言って難しい本を読んだりもしない。他にも満点とる子もいるからテストや勉強で手を抜くこともない。同じクラスの子と放課後遊ぶことだってある。いたってごく普通の、小学生として生活している。
ストレスだと思っていなかったが、優作に素を出してからは前より気が楽になった気がする。気付かぬところで溜まっていたようだ。
2年前のスーパーで買い物した時であった優作。きっと母は私の、私ですら気付かなかった心労に気付いていたんだろう。だから図書館の場所を教えた。
日本のヨハネスブルク、米花にきっと行くことになるだろうと直観的に思った。
でも、そんなことはどうでもいいと思えるくらい、私は凄く嬉しかった。