Reincarnation:凡人に成り損ねた
今後のことはあまり考えていない
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精神年齢が大人でありながら子供と同じように生活しないといけないのは、思っていたより苦痛ではなかった。前世から場の雰囲気に合わせるきらいがあったし、人と接するときはテンションを上げていたからというのもあるだろう。「元気で明るい、コミュニケーション能力の塊」というキャラクターで家族以外と接していたせいか、余程親しい友人でない限りは「大人しい、静か」の正反対を貫いていた。今の両親の前では割と大人しい時間の方が多いが。
「椎名、晩御飯は何が食べたい?時間あるから一緒に作ろっか」
カートを押しながら母が私に聞いてきた。包丁を使ったり火の回りの手伝いをしたりは流石にさせてもらえないが、母の時間があるときはこうして一緒に作ることが多かった。忙しい母のコミュニケーションの1つだと理解したのは昨年のこと。
「昨日、テレビでパエリア作ってたからパエリア食べてみたい」
「そういえば昨日の『海外旅行記』はスペインだったわね。でも椎名、アサリ嫌いじゃなかった?アサリは抜いて作る?」
「……お吸い物のアサリは好きじゃないけど、パエリアだったら食べられるかもしれないじゃん。嫌いなものとか苦手なものは今のうちから、克服していきたい」
「無理する必要はないと思うけれど、ふふ、克服って。椎名は大きくなったら何かと戦うのかしら」
「大きくなったときに戦わないように今戦うんだよ」
5歳児がいうような言葉でなくても、こうして笑顔で返してくれる親に本当に頭が上がらない。この人たちの娘で良かったと本当に思う。
前世では海外へ一回も行ったことなかった。だから今度はチャンスがあるなら海外へ沢山行ってみたい。その為に今のうちから知識を身に着けようと、日曜日の昼間に1時間ほどやっている『海外旅行記』という番組をかかさずチェックしている。内容としては子供向けというより、どちらかというとおじいちゃんおばあちゃん向けな感じだ。少なくとも若者向けではない。
嫌いなもの今のうちに克服しておくのは、大人になってそれに直面する回数を少しでも減らすためである。または耐性を付けるため。
(こう考えると確かに、私はいったい何を目指しているんだろうか……)
目指しているものはない。ただ行動範囲というか、将来の夢の範囲をより広げるための準備運動みたいなものか。
「こんにちは、黒崎先生」
海鮮コーナーのアサリを睨むように見ていると、母を呼ぶ幼い声が聞こえた。声の方を見ると、どことなく見覚えのある男の子がいた。
「あらぁ優作君!一人でお買い物?」
「はい。母からお使いを頼まれて。ところで、先生の子ですか?」
ちらっと私を見て男の子は聞いた。間違いない、この顔。
(小さくなった工藤新一が眼鏡かけてるようにしか見えない…いや、ちょっと大きくなったコナンか?でも工藤新一やコナンよりも少し大人びて見える)
「そうよ~!この前優作君が読んでいた本、この子も読んでいたの。きっと仲良くなれるんじゃないかしら?」
いや母よ、生徒と自分の娘をそこまで親密にしてどうする。
彼は母の言葉を受けわずかに目を見開いた。
(こんな小さな子がシャーロックを読んだのか、というところか。普通はそもそも読めたのかとかまさか読むわけとか、そんな反応だと思うんだけど。ただ先生を信じてるのか?)
目を見開いて何を思ったのか考えていると、彼はこちらに目線を合わせ笑顔で自己紹介をしてきた。
「初めまして、僕は工藤優作。よろしくね」
よろしくするんかい。というか一人称が“僕”なんですね。“私”じゃなかったっけ。
「くろさきしいなです!5さいです!よろしくおねがいします?」
猫を被るわけではないが流石に全くの他人を前に、親と同じ態度は出来ない。幼稚園と同じノリで自己紹介をした。
「僕はよろしくしたいなぁ」
目を細めじっと私を、依然笑顔で見つめてくる。彼の雰囲気から、私がシャーロックを読めたと信じていないことが分かった。
「わかった!じゃあよろしくおねがいします!」
うへへとだらしない顔で返事をする。本物の工藤優作と分かった今、下手に腹の探り合いだの心理戦だのをしたく無いのが本音である。というか、遠目から見れたらそれでよかったんですが。
母は一切口を出さずにこにこしながら私たちを見ていた。
工藤優作の少年時代、とてもレアじゃん。家に帰ってそれに気づいた。