Reincarnation:凡人に成り損ねた

今後のことはあまり考えていない

プロローグ

 文字を認識し始めるのはおおよそ2歳の後半くらいかららしい。言われてみると確かに3歳くらいの頃から文字を認識できたような気がする。おかしいのは認識というより、読めたのだ。初めて見るはずのひらがなからカタカナ、漢字、更には英語までも。それだけじゃない。例えばカレーを初めて見たとき、それがカレーと認識できただけでなく作り方も何故か知っていたのだ。文字としてではなく、料理過程を映像として想像できたのだ。
 何を見ても何をしても何故かデジャブを感じ、そんな生活が不思議で気持ち悪くて仕方なかった。だが、その理由が今日分かった。
「────続いてのニュースです。昨夜、米花町で起きた女性が殺害された事件の容疑者が逮捕されました────」
 米花町?そんな場所が“実在しているわけがない”。直観的にそう思った。初めて聞く場所の筈なのに、聞いたことがある。これは今までもよくあったことだが、今回は違った。あるはずがない、瞬時に思ったのだ。
 違和感と疑問でぐるぐるしながらその日を過ごした。夜、帰りの遅い父と父を待っていた母の会話が聞こえた。
「おかえりなさい。明日は早いの?」
「ただいま。今日が遅番だったからね、明日はそんなに早くないよ。帰りも夕ご飯には間に合うと思う。お弁当はお願い」
「分かったわ。お弁当作るならいっそ椎名もお弁当にしちゃおうかしら。あの子本ばかりであまり外で遊びたがらないのよね。外出ても図書館にこもっているみたいだし……。明日は日曜日だし、ちょっと遠出してみようかしら」
「場所にもよるけど、送るし迎えに行くよ。椎名、あの年にしては凄い理解力あるからいつも甘えちゃうしね。俺も椎名といっぱい話したいな。あの子は大人びているから」
 文字が読めることが不思議過ぎて、この年にしては難しいだろう本を沢山読んでいた。両親を不安にさせてしまったようで申し訳ないと思った。
「あ、それで思い出したわ。担当しているクラスの凄く頭の良い子が読んでいた本と同じ本を椎名が読んでいたのよ」
「へぇ、なんて本?」
「シャーロック・ホームズの本なんだけど……タイトルは覚えてないわ…。優作君、いつも難しい本読んでいるのよね。先生という立場だけど尊敬するわ」
 シャーロック・ホームズは確かにこの前読んだ記憶がある。図書館で原作を読んでみたはいいが、知らない英単語が多く辞書を引きながら読んだ。どうにか読めても内容が全く理解できず、今も引き続き解読している本だ。
 シャーロック……優作君?、米花?
 3つのキーワードが頭の中でくるくる回る。そして、まるで度忘れした漢字を人に教えてもらって思い出した時のように、ストンと落ちてきた。
(…………名探偵コナン……)
 瞬間、今まで感じた気持ち悪さも拭うことができず消化不良だった違和感も一気に吹き飛んだ。
(一回死んで、生まれ変わったんだ。輪廻転生ってやつ?どこぞのパイナップルかよ。しかも、コナンの世界……)
 黒崎椎名、齢5歳、全てを思い出しました。


 父は電車の車掌、母は小学校の先生。住んでいる町は米花ではない。てっきり工藤優作は米花出身だと思ったがそうではなかったようだ。コナンの知識はあまりない。映画は割と見ていたが全部は見てないし、アニメもほぼ見ていない。原作は家にあったし読んだ記憶はあるが記憶は朧気だ。ただ二次創作は好きだったので、何となく識っているものはある。
 工藤優作の妻、工藤有希子と眠りの小五郎と謡われる名探偵毛利小五郎、そして彼の妻妃英理の3人は幼馴染だか同級生だか覚えていないが、とりあえず同い年なのは知っている。そこから想像するに工藤優作も恐らく似たような年齢だろう。同い年だと仮定して、母の話に出てくる優作が工藤優作と同じであるならば……原作は26年後……。
(待って私31歳じゃね、なんか悲しい)
原作をどうこうとか誰かを救おうとかは考えていない。事件があったからシャーロックは名探偵として、名声を高めたのだ。命を蔑ろにするつもりは毛頭ない。ただ、コナンは主に殺人事件を解決していったはず。
(事件がなければ工藤新一も、ただの頭の良い高校生に過ぎない)
 名探偵は生まれるべくして生まれるもの。というかそもそも原作ほぼ知らない時点で救えるとは思っていない。根本的に関われるとも思っていない。関わりたいかと言われると、ミーハー気分で見てみたいという思いだけはある。殺人事件ではなく、キャラクター達を。
(未だ会ってない今、どう考えてもキャラクターとしか思えないんだよな。多分会ったり話したりしたら1人の人間として見るんだろうけど)
 名探偵多きこの世界。私はその辺の凡人として生きていくのだろうとこの時は思っていた。

名前
東堂椎名(前)→黒崎椎名(現)
年齢
5(現在)→31歳(原作時)
前世
イベント運営会社勤務。
備考
仕事の真面目に取り組む性格から担当したイベントの知識を少しでも多く身に着けて挑もうとした為、様々な分野の知識を広く浅く持っている。演劇のような演技は出来るが、実生活で他人に成りすますような演技はできない。好意のある相手も嫌いな相手も同じ態度ができるくらいには本性を隠すことはできる。故に「何を考えているのか分からない」と評されることもしばしば。相手の機微に敏感。前世での運動能力は皆無だったため、今生はどの競技でもいいから大人になっても継続できるよう頑張りたいと考えている。
黒崎椎名の父親(30歳)
 鉄道会社の車掌。中学生辺りからずっと鉄道オタク。写真を撮るのも好きだが、電車のプラモデルを作ったり走らせたりする方が好き。授業時間に落書きの代わりに路線図を書いているような人間。大学時代に現在の妻と出会い一目ぼれ。オタクを隠して必死にアピールし、卒業後初恋にして結婚できた「電車男」のような男。一般的なコミュ力は妻へのアピールと就活に養われた。
 妻と娘が可愛くて仕方ない。しかし表に出して疎まれるのが嫌で必死に隠している。かなりのオタクであることも頑張って隠している。その為に学生時代の結晶(鉄道モデルや写真等)は実家に置きっぱなし。妻が自分の前だけ油断していて愛おしくて仕方ない。
 自身の学力があまりなく頭が悪かった為、娘の理解力や賢さについては純粋に凄いとしか思っていない。
黒崎椎名の母親(30歳)
 小学校の先生。現在は6年生担当。黒崎椎名の察し通り、工藤優作の担任。実は工藤優作を3年生から担当している。工藤優作の話はよくしていたがあまり生徒の名前を学校外でいうものではないという意識を持っているため、「クラスにいる頭の良い子」という言い方をしていた。しかし今回を含めこれまでにも夫の前で油断しぽろっと「優作君」と名前が出てしまったことがある。夫がオタクであることを知っているし理解もしているが、嫌われたくなくて必死に隠している姿が可愛くて仕方がない。
 娘がこの年にしてあまりにインドア過ぎてちょっと心配している。娘が難しい本を読んでいることを知っており、年齢に似合わず大人びていると思っているが疑問は持たず「この子が心から楽しく会話できる子が、きっと周りにはいないのよね‥‥」と心配している。